好きな白ワインに似た、少しツンとしたコーヒーの香りに交じり、蝋梅の甘い香りがほのかに漂っている。先月は水仙が添えられていた。
季節にはその季節ごとの匂いがあり、一番鮮やかに嗅ぎ分けられるのは、もちろん春だけど、冬の季節の匂いは、街を歩いていたりする時、突然何の前触れもなく鼻の奥から脳天に突き抜けるように広がり、ふと自分の脚の運びを止めさせてしまう時がある。きな臭いようなそれでいて甘酸っぱい匂いの感覚が、それは何だったか又誰だか忘れてしまった誰かを思い出させる。
正月風景の撮影を止め、早々にお気に入りの茶寮で一休みしながら、先ほどの匂いは何だったか、誰だったかと、座って静かにコーヒーを楽しみながら記憶をたどってみた。結局は分からない。遠い過去の出来事だろう。
蝋梅の香りを引きずりながら、庭に出て腰を屈めると福寿草が小さな頭を出し始めている。
いつもとは少しだけ違う装いをして、いつもとは違った食べ物を食べ、いつもとは違う分厚い新聞に一通り目を通し、そして年賀状を一枚ずつ読んだ正月も、松の内を過ぎたらいつもの日常に戻った。
季節はいつものように巡っている
蝋梅の香にもどかしき記憶かな 峨々
この香りは、いつだったか、誰かと一緒だったような気もするがはっきりしない。じれったいが、結局は諦めてしまう。こんな経験は誰にでもあるのでしょう。でも、蝋梅の香りのようにいい時間であったに違いないでしょう。いつか突然思い出すかもしれません。そっと心にしまっておきましょう。