海側生活

「今さら」ではなく「今から」

兄弟舟

2009年08月24日 | 浜の移ろい

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後ろの壁には大きなそして色鮮やかな旗が掲げてある。幅5メートル、縦3メートルはあるだろう大漁旗だ。
神妙に座っているのは花嫁だけだ。花婿は控え室ででも飲んだのかすでに真っ赤な顔をしている。

主賓の挨拶が済むと、招いた100人を前に、花婿は「賑やかにやろう!」とやおら立ち上がり、マイクを手に取るや何やら歌いだした、大きな声だ。打合せに無い出来事に会場の係りの者が催促され、慌てて音楽テープをセットした。良く聞くと歌謡曲の“兄弟舟”だ。花婿は曲に合わせ最初から唄い直している。参列者は呆気にとられている。花嫁は何か言いたそうに花婿に何度となく顔を向けている。

♪兄弟舟はオヤジの形見---♪
   ♪たった一人のオフクロさんに 楽な暮らしをさせたくて♪

花婿のオフクロさんに目をやると小さな肩を上下に揺らして目を拭っている。唄い終わる頃“せいちゃん”もモーニングの袖で目を拭っている。
会場から溢れるばかりの大きな拍手が起きた。

まるで昨日の事のように思い出される、6年前の出来事だ。二人は運命的な出会いをして、50歳近くになっての結婚だった。

一まわり以上も年が離れている奥さんは、どことなく小ざっぱりとしたファッションで身を包み、休む事無く身体を動かしている、漁師の女房には見えない。全く世界の違う漁師の女房に成り切ったとホッとする。間もなく5歳になる息子は保育園が休みになる土・日曜日には早朝からオヤジの職場・浜小屋に来る。そして作業を手伝ったり(手伝っている積り)浜で遊んだり、舟に乗せてくれだの一時もジッとしていない。
誰よりも頼りになるオヤジの職場は息子にとって、最大の安心と安らぎを覚える所に違いない。
高齢化が進む浜では幼児はマスコットみたいだ、皆に可愛がられている。

息子は自分にカラオケに連れて行ってとせがんで来る。
理由を聞くと「兄弟舟」を唄いたいのだと言う。

彼が成長した時、オヤジを、オフクロをどんな風に語るだろう。
きっとオヤジみたいに照れて多くは言わないが、親思いの青年になる事だけは請け合いだ。












何をしたいのですか

2009年08月20日 | ちょっと一言

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「私も田舎暮らしを始めたいのですが」と意見を求められる事が最近度々ある。
「定年を迎えるし?-」とか、「都会がいやになったからこの際に思い切って夫婦二人だけで田舎で暮らしたい」とか。
「風光明媚で、人情が豊かで、新鮮な食材が豊富で、魅力的だから」と。

「何をしたいのですか」と必ず聞く。

風光明媚な所は普通の所に比べ自然環境が厳しく、住民はお互いに助け合わねば生活が成り立たないから地域での共同作業或いは隣人に気を使う習慣や意識が伝統的にある。
そんな中に、突然入って来た足腰が立たなくなるほどのキツイ労働も出来ないよそ者に、田舎の住民が暖かく迎えなければならない理由は何処にも無い。

新鮮な食材に関しても、農業にしても或いは漁業にしても長時間黙々と働き、流れるような手順で作業をしているように見えるのは、それは彼らが子供の頃からの肉体労働で培ってきた体力と段取りが身に付いているからで、例えば好きな野菜だけを作るために面白半分で鍬などを手に持つ程度ならまだしも、素人が60歳前後になって本格的な野菜作りをするのは無理な話だ。

旅人としてたまに遊びに来るのなら別だが、ノンビリと静かに暮らしたいと言うような抽象的な願望ではなく、絵を描くため、陶芸に打ち込みたいため、釣りを極めたいため、あるいは家庭の事情のせいで一旦は諦めた学問や研究を再開するためと言う様な、他の事等どうでも良く思えてしまうような強い目的がなければ止めたほうがいいと思う。しかもやればやるほど奥の深さがわかっていき、何もかも忘れて没頭できるような、そしてハット気が付けば一日が終わっているような目的が無い限り田舎生活は止めたほうが良い、と自分は思う。

貴方は地域社会との繋がりを持てるような“何か”を持っていますか。
イナカは都会の逃げ場ではない。

人は塵一つ浮遊していないような澄んだ空気と、陽の光と、美しい風景だけでは暮らせない。


サザエ漁が解禁

2009年08月12日 | 浜の移ろい

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それはさながらボートレースのスタートのようだ。
漁協組合員の担当者が赤い旗をサッと挙げると、それまで浜で待機していた10艘は舟を海側に押し出し、急いで飛び乗る。そしてエンジンを掛けると港の出入口に方向転換して、一斉に港を飛び出してそれぞれが自分の得意とする漁場に舟を走らせる。
午後2時だ。

8月1日より小坪ではサザエ漁が解禁になった。 
6月、7月は資源保護のため休漁だった。聞くと毎年養殖の幼貝も5月に放流しているそうだ。
網を入れ終わるのに一時間も掛からない。そして明日の夜明けと共に網を上げる。浜に戻ったら網に掛かったサザエを丁寧に外し取る。突起しているイボイボが微妙に網に絡まり外し難い。

サザエは夜行性で、夜になると岩礁を動き回り、海藻を歯舌で削り取って食べる。幼貝のうちはイトマキヒトデやイボニシ、カニ類などに捕食され、成貝の敵はクロダイ、ネコザメ、タコ等らしい。中でも最大の天敵はやはり人間か。漁師にとって敵は密猟者だ。
網に掛かっているのは4~5年もので一個150グラムぐらいか。
この時期、数はまだ少ないが伊勢海老も掛かっている。

獲物を市場まで運ぶ。市場で競りが行われるのは6時30分。

お盆時は漁も休みだ、釣舟も一斉に休業する。
港の両側の岬に挟まれ入り江になっている、ここ小坪は又一段とモノの音や人の声が聞こえなくなる。


風鈴が鳴る

2009年08月05日 | 海側生活

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商店街を歩いていたら風鈴を売っていた。
張り渡したロープに幾つも吊るしてある。風鈴から垂れた短冊が風に揺れ、チリンチリンと鳴っている。ガラス製の江戸風鈴の縞模様が涼しげだ。買いたくなってしまった。両手が買った野菜で塞がっていなかったら思わず買っていただろう。
通り過ぎてからも頭の中でチリンチリンといつまでも鳴っていた。

海側生活に新鮮な野菜は欠かせない。
だが海側には畑はない。いつも手に入る獲れたての魚を引き立ててくれるのは、やはり新鮮な野菜達だ。葉山の朝市にも良く出掛け野菜や花等を購入するが、種類が豊富なのはここ「レンバイ」と呼ばれている鎌倉市農協連即売所で度々出掛ける。

やたらとレトロな趣のある建物で、地元鎌倉の人々に80年にわたって利用されてきた市場だそうだ。

「鎌倉野菜って何?」とよく聞かれる。京野菜のように聖護院大根や京人参などの特別な種類があるわけではなく、鎌倉(一部鎌倉に隣接する横浜)で育った野菜達をいつの頃からか、こう呼んでいるらしい。それらは仲卸を通さずほとんどが直売されるとか。
約30軒の農家が4班に分かれ、一日に7軒ぐらいが交代で出品しているとのこと。一つのブースがいわば一軒の八百屋さんだ。基本的には旬のものが中心だという。低農薬、減農薬で栽培された高い安全性が特徴で、朝採ったものを並べ、ラベルも付いて無く、形も不揃いのものが多いがただ新鮮だ。また、ズッキーニやルッコラを始めとする西洋野菜やハーブなども扱っていて、それが飛び切りの鮮度と他のお馴染みの野菜とほとんど変わらない安い値段で一緒に並ぶ事も人気の一つで、鎌倉およびその周辺の料理店をはじめ、東京の料理店からもわざわざ買い求めに来るらしい。

各売り場の上には、生産者名と住所、電話番号が書かれた札が掛かっている。品物を買うと“K”の字を人物の顔にあしらった“鎌倉ブランド”のビニール袋に入れてくれる。
今日も両手に余るほど買った。

夕食は“せいちゃん”から今朝差し入れのあった「舌平目」に、どんな野菜を付け合わせしようか。海側生活を始めて、料理も少しずつ覚えた、料理の種類も増えてきた。

などと思いを巡らしパソコンに向っていると、またチリンチリンと自分の心の中に風鈴が鳴り始めた。