(佐助稲荷神社/鎌倉)
息が上がり長い階段の途中で立ち止まり、後ろから上がってきている若いオネェさん二人に道を譲った。二人も肩で息をしている。
佐助の谷戸の奥深く、高台にたたずむ佐助稲荷神社。平家との戦いで頼朝を歴史的勝利に導いた神様だとの縁起がある。成功成就や立身出世の神様として、受験生・就活生・起業家などが参拝に訪れる。一人旅らしき参拝者を見かけることも多い。
今日は初午だ。ここは赤い鳥居群がとても幻想的で鎌倉の出世開運スポットでもある。本殿までは長い上り階段がある。無数の鳥居を潜りながら歩を進める。鳥居の両側の柱には奉納された赤色の旗がそれぞれに結ばれている。赤い前掛けをした狐像が途中で迎えてくれる。まるで異空間に続く道にも思える。最初は坂も緩やかで踏面も広く蹴上げも低い。坂は緩く右に左にくねっている。京都の伏見稲荷大社の長く連なる赤い鳥居を思い出しながら半分を上ったあたりから坂は直線になり、勾配もきつくなる。歩調もユックリになる。やがて踏面も狭くなり、逆に蹴上げは高くなる。特に最後の50段ぐらいは登りが急だ。誰もが一休みしたくなる。腿が悲鳴を上げている。咽喉はカラカラになる。カメラが重く感じる。
すでに狭い境内には溢れるばかりの老若男女が式の始まりを待っている。話し声は聞こえない、静かだ。帽子と手袋を脱ぎ、息を整え拝殿でお参りのあと寺務所に目を向けると、巫女姿の若い女性と言うより少女が甘酒を振舞っている。思わず「下さい」と言う。紙コップに注がれた甘酒を受け取ろうと手を出すと、少女は出した手を下から支えるようにやや持ち上げ、笑顔でコップを手に乗せてくれた。その瞬間にいつもとは違う感触を感じた。手が温かくて柔らかい。忘れかけていた感触だ。
床几に腰を下ろし、久し振りの温かい甘酒は優しい甘さだ。冷えた体も暖まり、腿の悲鳴も治まった。落ち着いた。そして改めて自分の手を見た。手の甲を返しながら繰り返し見た。
少女の手の柔らかさは手ばかりではなく、これから変化の時を迎えても何事も柔軟に対処できるに違いないと感じさせる。
経験からくる先入観だけで全てを判断するのを少しだけ変えよう。もっと何事も柔軟に発想しよう。それだけのキャパシティーは、まだ持っているはずだ。少女の手の柔らかさが当たり前のことを想い起こさせてくれた。
苔むした境内にはどこに置こうと自由と言う小さな白い狐が所狭しと奉納されている。