日本の心・さいき

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遊びの哲学(再掲)

2008-02-06 09:15:15 | Weblog
 遊んでばかりいると言うよりも、趣味に凝っていると言うと、聞こえはいいが、実際は、遊びと趣味も同じ様なものだと思う。人間は、遊ぶ為に生きているのか、仕事をする為に生きているのか、そんな難しい話は、私には、分からない。世の中には、仕事人がいて、自分は仕事をする為に生きていると言う人がいるが、その人に少しでも遊び心があるならば、又は、仕事をある所で半ば遊びみたいにしてしまえば、今以上に、能率良く仕事が出来るだろう。本当の遊びには、厳しい束縛があってはいけない。いつ辞めてもいい状態にあり、それでいて、したくてしたくて仕方がないと言った、楽しいものでなければならない。明日、どうしても、付き合い上、ゴルフ(マ-ジャン・飲み)をしないといけないとなると、もう、遊びとは言えない。遊びには、苦しさがあってはいけない。常に、ゆとりがないといけない。変更がいつでも出来るのが(更には、先にも述べた様に、永久に止めることさえも簡単に出来るのが)本当の遊びと言えよう。
 遊ぶ為には、まず、金力がいる。しかし、考え方によっては、必ずしも、大金の必要はない。家族で自転車に乗って、弁当を持って、女島(めじま)の川縁に添って行くのも、立派な遊びだし、大入島を自転車で一周するのも、立派な遊びだと思う。城山に登るのも、汲心亭(茶室、きゅうしんてい)に行って、一人300円のお金を出して、お茶を飲むのも、立派な遊びだと思う 遠くに行かないから、お金を掛けてないからと言って、いい遊びが出来ないことは絶対にない。父親だけが、ゴルフやマ-ジャン狂いをしても、奥さんと子どもにとっては、ちっとも面白くない。
 遊ぶ為には、時間力がないといけない。忙し過ぎて遊ぶ暇がないと言う人がいるが、そんな余裕のないことでは、人間関係もギスギスして、本当のいい仕事は、出来てないのかも知れない。遊べる時間が、沢山あったらどんなにいいだろかと思う人がいるかも知れない。本当にそうだろうか?。
 あるスナックに行った時(かなり昔の話だが)、些細な事で仕事を辞めて、1年近くパチンコばかりしている人と知り合いになった。40歳前後の男性で、働き盛りであるのに、奥さんも子どもさんもいるのに、ちゃんとした仕事に就いていない。奥さんは、真剣に働いている。本人は、パチンコばかり、している。その人が、私に、次の様に言ってくれた。
 ・・・初めの3カ月だけは、良かった。ああ、これで、しばらくは、解放される。今からは、あのいやな奴の顔を見なくていいし、誰にも気を使わなくていいし、好きなパチンコも、いつでも出来る。万歳!。そう思って、毎日、パチンコに行った。初めの1カ月は、本当に楽しかった。3カ月を過ぎても、思った様に職がなく、遊んでばかりいた。
 あんなにパチンコが好きだったのに、いつでも出来るとなると、行く気が全然しなくなる。むしろ、朝になると、嗚呼、パチンコに今日も行かないといけないのかって感じになって、だんだんと苦痛になってきた。家にいても、何もすることがなくて、しかたなく、パチンコに行っていた。それから、だんだんむなしくなり、このままでは、自分は馬鹿になるのではないだろかと、思う様になってきた。
 そうこうしている内に、1年も経ち、今は、兎に角、仕事がしたい。何でもいい。あれば、明日からでも。選ぶ段階ではないもんな(現在は、ちゃんとした仕事に就いておられて、妻子の為に頑張っておられる)。
 つまり、遊びと言うのは、楽しいのであるが、その楽しさは、苦しい時を背中合わせにしているからこそ、楽しいのであって、いつも時間を持て余している人にとっては、本当の遊びの楽しさは、享受出来ないのではと、思われる。
 トルストイの小説の中にもある。乞食が何でも美味しそうに食べるのを見て、王様は、何故、そんなに美味しく食べれるのかと、不思議がる場面がある。いつも、ごちそうばかり食べている王様にとっては、その理由が分からないのである。
 忙しければ、忙しい程、遊べます。暇な人は、何もしません。これが終わってからしようと思う人も、同じです。する人は、もう、始めています。忙し過ぎて(24時間、365日、拘束されて、全く遊べないと言う人は、いないはず)、遊ぶ暇がないと言う人が多いが、そんなに忙しいのなら、他人のせいにしなくて、忙しくない様に、自分なりに工夫すればいいのである。忙しくても、好きなゴルフの為ならば、朝、3時過ぎに、起きている人もいる。仕事で徹夜すると、ひどく疲れるのに、好きな徹夜マ-ジャンだと(勝った時は、特に)、疲れていない。
 毎日、寝る前に、15分間でも、自分の好きなことをしていれば、1年間経ち、2年間経ち、3年間も経てば、継続は力也で、何かが出来ているはず。出来ると、又、面白くなってくる。何もしなければ、いつまで経っても、0である(0にどんなに大きな数字を掛けても、0である)。
 忙しくて、いろいろ手を付けている人は、仕事も遊びも、集中的にせざるを得ない。そうしないと、遊べないものだから、仕事以外も、何もかもが、一生懸命って感じになって来らざるを得なくなる。同じ時間を与えられながら、10年経った時には、忙しかった人の方が、遙かに物事を達成していることだって、あり得る。
 賢人の教えに、”どうしてもしてもらいたい事を頼む時は、暇な人でなく、忙しい人に頼め”、との言い方がある。
 遊ぶ為には、体力がいる。旅行や山登りやサイクリングやマリンスポ-ツは、もちろん、囲碁、将棋、マ-ジャン、パチンコに至るまで、ある程度の体力がいる。遊んだ後の後遺症が仕事に差し支える様では、いい遊びをしていることにならない。
 本当のいい遊びをしている人間には、遊びでの疲れはないし、仕事にも、それがプラスされているはず。昔から、よく遊べ、よく学べ、と言われ来ている。
 そして、最後に、最も大切な事は、それを楽しいと感じ取れる感性力だと思う。
 海外旅行に行っても、スケジュ-ルに追われて、充分にその楽しみが味わえなかったとしたら、反省すべきである。実際、自分の職場の看護師さんが、新婚旅行で、外国から帰って来ての初めの言葉が、「ああ、疲れて、気を使って、英語が出来ないもんだから、怖くて、神経をすり減らして、ゆっくり、楽しむどころでなかった。最後に別府の白菊に泊まったけど、ここが一番良かった」であった。
 目的を持って、自分なりの、納得する楽しみ方をするべきである。外国に行くのなら、歴史や地理を前もって勉強しておいて、現地の言葉でも、ちょっとだけ話せるぐらいの楽しみ方があっていいと思う。外国のいい景色を見ても、その素晴らしさを理解出来る度合いは、人によって、かなりの差があると思う。地学や考古学や天文学を勉強している人であれば、それ相応の楽しみ方があると思う。
 要は、その人個人の感性のキャパスィティ-の問題であり、それを小さい時から常に磨いておくべきだと思う。

お金のある時は、暇がない。暇のある時はお金がない。暇もお金もある時は、体力がない。更には、遊ぼうとする気力もない、これに流されてはいけません。遊びは、人生のスパイスだと思っています。遊びは、よりよい人生のよき伴侶です。忙しさやお金のないことのせいにせずに、自分なりにいい遊びを考えて、実行することが大切だと思います。いろんなことをする場合、やはり、感性は若い人の方が豊かだと思います。が、歳をとっていれば、若い人と違った感じで、それなに感じ取ることが出来ると思っています。 私の場合は、それなりに計画を前からしていて、55歳で一人で約1年間の海外生活中心の生活をしました。そして、思うに、これを小刻みでもいいから、出来るだけ早くからしておくべきだったと思いました。若い時だと、先に述べた様に、感性も豊かで、体力もあり、吸収力もあり、それに、一人で出来るんだと言う強い自信につなげることも出来ます。失敗しても、やり直せるチャンスは、若ければ若い程あると思っています。

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為になるかも知れない本(その262)

2008-02-06 08:35:30 | Weblog
○昭和61年12月2日(火)晴。
 記念すべき日、そう言いたい。13:15に本の原稿を全て出した。後は待つだけと言いたいところだが、・・・。
○昭和61年12月4日(木)晴。
 体重65~66Kgって感じだ。仕事、自転車、ゴルフ、サウナ、ダイエット食、ウーロンって感じの毎日だ。体あっての人生だなあ。
○昭和61年12月8日(月)晴。
 190人ちょっと来た。寒くなった。カゼが少し多くなった感じだが。マイコや溶連菌が時々、喘息もまだ多いし、嘔吐下痢も多い。細気管支炎は、まだ少ない。12月~3月は、毎年いつもきついが、昨年はそうでもなかった。体の調子が今の所まあまあいい。
○昭和61年12月10日(水)晴。
 朝雨が降っていたが、昼から晴れてゴルフ大会となった。120も打って最下位だった。寄せがぜんぜん駄目だ。夜は家で久し振りにのんびりした。恵ちゃん、まあまあ元気。ワコもミーコも伸ちゃんも、とてもかわいい。
○昭和61年12月12日(金)晴。
 本が順調に出来ている様だ。嬉しい。校正が大変だが、3回位で終わりたいなあ。患者さん、まあまあ、昨日は150人越えたけど今日は100人ちょっとだ。
○昭和61年12月18日(木)雨。
 ボーナスの日だった。1○8万円もあった(今までで最高)。スゴイ大金だ。銀行の(家と土地の)払いと親にあげるので、殆ど残らない。それに、修理した家のへいの分も払わないといけない。取り敢えず、土地と家の借金を早めに返して、それから貯める。子どもの教育費もあるので、思った様には貯まらないだろう。しかし、自分の場合、無駄使いはあまりないので、その内に貯まっていけそうだ。
○昭和61年12月19日(金)
 部屋の片付けが一応終わった。後はスライド整理と項目別にファイルを作って、それにどんどん入れていくだけだ。必要な時にパッと出せる様にしておかないといけない。必要ないものはドンドン捨てることだ。後、年賀状書きがあるし、住所録もしっかりしたのを作っておかないといけないなあ。
○昭和61年12月27日(土)雨。
 本の前半分の校正を持ってきた。嬉しかった。本当に立派な本になるんだなあ。それもちゃんとした分厚い本に。一番の読者は、書いた人だと言われる。正にそうだ。記録に残す、これが自分の生き方だ。


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