日本の心・さいき

日本の文化を通じて、世界平和を実現させましょう。

当直明けの医師

2007-11-30 18:27:46 | Weblog
 日本の医師の大半は、当直明けも普通に仕事をしている。それは今まで当たり前って感じだった。しかし、最近、状況が変わってきた。もしも医療事故が起きた場合、そのことが問題になってくるからである。で、そんな職場を去る勤務医が増加している為に、病院にとっては、医師確保に大変だ。
 例えば、パイロットが日本からヨーロッパまで沢山の乗客を乗せて飛行して目的地に着いたとしよう。数時間後に、再び、休むことなくそれに乗って同じパイロットが又別の沢山の乗客を乗せて日本に帰ったとした場合、大問題になるだろう。パイロットが少なかったとの理由で済まされる様な問題ではない。
 しかし、医療では、それが堂々と今もまかり通っているのだ。パイロットも医師も共に命に直接関わる職業ではないか。外科の先生が当直明けでも、翌日の午前中の外来をしている。午後には、手術まで。これが多くの病院の現実の姿なのだ(現在、外科系の勤務医のドクター確保で、多くの医療機関が難儀している様だが)!
 何故って、それは医師が少ないからだ。それが一番の大きな理由だろう。少ないから、当直回数も多くなるし、仕事がきつくなる。そして、仕事がしにくくなって挙げ句の果ては続かずに辞めてしまう。何故、医師を充分に集め様としないのか。それは、やはり、お金が掛かるからだと思う。
 保険請求上は、病院にとっては、経験を積んでいる医師もスーパーローテートの医師も、1人としてカウントされて医学管理料が請求出来る。それが理由で、北海道大学で大騒ぎになるまでは、名義貸しの必要悪が裏でまかり通っていたとの噂もある。しかし、今は厳しくなって、それが出来なくなってしまった。と言うことは、名義貸しの病院で実際に働いていた医師は、高給を理由に、その人の分までこき使われていたことになる。
 医師の生の声がマスコミを通じて聞こえて来ない。マスコミは、しばしば、最先端の医療をしている有名な医師をクローズアップして取り上げて、視聴率を上げようとしている。しかし、皆が皆、そんな高度医療を受けられる訳ではない。医療の多くの問題は、ありふれた病気になっても安心して医師にかかれない状況にあることだと思う。そして又、医師も、いい医療をしようと思っても、いろんな障害が立ちふさがって、出来ない状況にあるということであろう。
 神戸の市民病院で、医師処遇の改善を試みているが、実際は、かなり難儀している様である。
(参考:全国自治体病院協議会雑誌の特集「勤務医医の処遇改善に向けた取り組み」、2007年11月号発行)
http://blog.m3.com/syumi-syounikai/20071130/3

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東国原知事、お手付きでは・・・

2007-11-30 09:05:03 | Weblog
(11月29日の読売新聞より)
 東国原知事「徴兵制はあっていいと思う」…宮崎県の東国原英夫知事は28日、宮崎市で行われた県民との座談会で、「個人的には徴兵制はあっていいと思う」と発言した。
 座談会後、報道陣に対し、「(日本の若者を)ある時期、規律を重んじる機関で教育することが重要」との趣旨だったと釈明した。
 座談会には、同県建設業協会青年部の12人が出席した。県内にある建設業技術者の養成機関の全寮制による規律正しい生活が話題になり、知事は「若者は1年か2年くらい自衛隊とか、ああいうところに入らないといけないと考えている」と述べた。

 ウム一、これは東国原知事、ちょっとお手付きだったのでは・・・と私は思います。
 軍事費の金額、日本は東南アジアではずっと1位で、世界で4位の地位をしめていたが、最近、中国に抜かれて5位になっている。
 軍事費を、もっと医療や教育に使えば、もっと豊かになると思うのだが。
 いろいろ考え方があると思うが、東国原知事の存在が今の日本には大きいだけに、知事がこんな発言をしてしまったこと、残念だなあ。

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保育園健診

2007-11-30 09:00:57 | Weblog
 秋の3カ所の保育園の健診が終わった。年に春と秋の2回あり、こちらに赴任してきてずっと私が楽しく行って診ている。
 子ども達、とても元気がいい。目が輝き、好奇心旺盛そのものって感じだ。こちらも、そんな子どもからパワーをもらい、病気の回復も早まりそうな感じだ。
 3カ所共に、ちょうど15時過ぎなので、おやつの時間。その園でのおやつがいつも出る。どの保育園も、甘みを控えて、手作りで上手に作っている。それを食べていていると、作った人の愛情を感じる。
 ところで、園児の数が減ってきているので、園長先生も、深刻そうだ。田舎で島の箇所は、少子化のおありで、10年前の半分近くになっている園もある。このままだと、3カ所が2カ所に、更に1カ所に統合されるのかなあ?そして、ここでのスタッフも、リストラかなあ。

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緒方洪庵・・・

2007-11-29 09:12:48 | Weblog
 平成19年11月28日(水)の夜、NHKの「その時歴史が動いた」で、緒方洪庵の天然痘予防との闘いのことが放映されていた。
 緒方洪庵が1858年4月24日に幕府からその予防が公認されるまでの苦労がそこで語られていた。

 幕末猛威をふるった天然痘に、西洋の予防接種法=種痘をもって立ち向かった医師・緒方洪庵。民衆の偏見や同業医師らの離反にあっている。それを乗り越えて、人々に種痘を施していった。活動の根底に「医は是唯仁術を旨とす」という洪庵の医師としての信念があった。
 緒方洪庵は、幕末、福沢諭吉や大村益次郎など有為な人材を輩出した蘭学塾・適塾を開きながら、本職の医業に携わった。人材育成と人命保護。通底していたのは、「人を生かす」という洪庵の思想だった。
 その洪庵が半生をつぎ込んだのが、天然痘の予防だった。天然痘は幕末毎年のように流行し、驚異的な致死率を記録。運良く助かってもあばたが一生残るなど、人びとから命や明朗さを奪っていた。そんな中、洪庵はワクチンを入手。貧富の差なく、貧民には無料で種痘を開始。しかし悪説の流布や仲間の医師たちの離反などで種痘は広まらない。洪庵は自ら地方に出向き、種痘の技術と種痘を行う時の信念を医師たちに伝授する。やがてその信念は関東から九州にまで広がり、幕府をも巻き込む大きな潮流となった。
 番組では、洪庵の思いを受け継いだ地方の医師の足跡も取材していた。「人を生かす」という使命感のもと全国の医師と協力し合って種痘が広められていた。(以上、NHKのホームページの内容より引用)

 緒方洪庵の時代には、大衆には、「疱瘡神」と言う神様に、天然痘になっても、軽くて済む様にお願いしますと言う認識でしかなかった。緒方洪庵も天然痘になり、運良くそれから救われている。
 緒方洪庵は、4人の子どもの内、3人の子どもを亡くした家族から、残りの1人を亡くしたくないから、どうかして救って欲しいと頼まれる。で、不確かなまま、鼻腔に人の天然痘を入れると言う人痘法をして、死亡させてしまう。
 1849年、日本に西洋から牛痘ワクチンが入っている。分苗式(ぶんびょう)式といって、それを次々と7日毎に植え替えて行く方法である。又、大阪に除疱館を設立し、あちこちに分苗所を設立した。その数、関東から九州まで186カ所。
 牛痘法をする上で、緒方洪庵は、貧しい人からお金を取らない主義を取った。それは、その為のお金を集める為に健康を害して亡くなってしまっては、元も子もないと思ったからである。しばらく順調に行く様に見えたが、しかし、牛の膿を人体に入れれば、牛になってしまうとの噂が流れ、パタッとする人がなくなってしまい、挙げ句の果てには、こちらが出かけていって、一般の人に頭を下げて、物やお金を与えて、牛痘ワクチンをさせてもらって、それを維持して行く状態にまで落ち込んでしまう。その結果、それを続けようとしていた仲間の医師までが、次々と去ってしまう。
 しかし、ある村では、それをした所からは、1人も天然痘で死亡者が出なかったとの噂も広がる。しかし、いい噂が広がると、それを利用して、まやかしの商売も出回ってしまう。
 今まで、緒方洪庵は、幕府に除疱館を公に認めるように何度も働きかけていたが、報われなかった。1853年、ペリ一が来航し、日本も開花せざるを得ない時期に来ていて、1858年4月24日、公に幕府から、除疱館での植え疱瘡が認められることになる。
 緒方洪庵は、54歳で亡くなっている。緒方洪庵が最後に残した言葉は、「これただ仁術を旨とするのみ」であった。

 なかなかいい方法公に認められるまでには、いろんな中傷も浴び、想像以上の苦労を強いられる。

 話は変わりますが・・・
 私の場合、熱が非常に高くて子どもが興奮状態にある時、どうすればいいのか、ずっと悩み続けてきた。
 中医学では、カゼの引き初めの薬として、葛根湯とか、麻黄湯とかある。確かに、風邪の初期で、実の人には、効く。しかし、既に熱が上がり切った場合は、証が合わないし、手足も熱く、口の中も顔も真っ赤で、興奮気味の子の場合、物理的に冷やす以外にどうすればいいのか、ずっと悩んできた。
 インフルエンザの高熱で苦しんでいる人に、座薬を使って一気に下げる方法には、いささか疑問を感じていた(ボルタレンが中止になったが)。
 前のいた救急病院では、とても漢方の好きな看護師さんがいた(時間外外来で、1週間に1回、いつも顔を合わせていた)。その看護師さんの5歳前後の男の子どもさん、検査はたいしたことないのに、熱が上がると41度近くの高熱が4~5日間程続き、ぐったりなり、何をしても下がらないと言う。必ず、そうなってしまって、毎回入院していると言う。「先生、何かいい方法ありませんか?}と尋ねられた。で、その子が入院した時(葛根湯など大量に使用するのだが効かず)、いろいろ試みるのだが、やはりいつもの同じ感じの日数を要して治る。で、その時、「本当は、飲むとまずい黄連解毒湯を注腸したいんだが、経験ないから、出来ない・・・」と言った。
 で、そんな感じで言っていた為、次回高熱になった時、その勇気ある看護師さん自身が、自分の子どもにその黄連解毒湯を注腸して、直ぐに解熱させていた。もう、この看護師さんには、私は、全く頭が上がらないと思った。実は、これが、私に、黄連解毒湯を注腸するきっかけを作ってくれたのである。
 漢方では、熱証でのそんな状態で、黄連解毒湯を使うことは当たり前とのこと。黄連解毒湯の点滴まであるので、ウイルスの肺炎でも、直ぐに熱が下がるとのこと。
 カゼに関してのエキス剤になっている漢方薬、カゼ薬として、足りない所がある。熱が上がってから使用するギンキョウサンやソウギクインは、日本では、保険が使えない。
 まだまだ、この考え方、浸透しそうにないが・・・。


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狙われる中後年・退職後の夢

2007-11-28 08:56:14 | Weblog
 平成19年11月27日(火)のNHKのクローズアップ現在で、「狙われる中高年・退職後の夢」と題して内容があった。”狙われた海外生活への夢”の例として、フィリピンでのロングステイ計画で、退職金をゴッソリ2000万払った後にドロンと関係者が消えてしまった例、又、”狙われた自己出版の夢”の例として、有名人と同じ棚に並べられるとおだてられて500部137万円で出版してしまった例などが取り上げられていた。
 ある解説者によると、(自分が成功したとの証を得んが為の)自己実現の例として、まず、1、自己出版をすることと、2、退職後の(主として海外での)悠々自適の生活の2つがあげられるとのこと。
 しかし、そんな自己実現何て難しいことを考えなくて、退職後は、自分なりに楽しく過ごし、好きに遊べばいいと思う。もちろん、仕事をずっと続けることで自己実現をしている感じになっている人は、それはそれで結構なことだと思う(そんな日本人、今でも1割近くはいるだろうが?)。
 私の場合は、30代と40代に、自費出版を2冊している(非売品で、300ページ余)。それも、忙しい時に作成した。初めの1冊は、全く要領が分からなかった。出来てから、分かった、・・・兎に角、後で継ぎ足すことはしないこと、初めに原稿をしっかり書いておくこと、校正の回数は最大3回程度で止めること。こんな簡単なことが分からなかった。で、2回目の出版の時には、時間も短縮して、かなりいい感じで出来たかな?
 又、退職後の海外での悠々自適の生活が本当に出来るかどうかを確認する為に、まる1年間、全く仕事をせずに海外生活中心の生活をした(考え方によれば、これ自体が、悠々自適な生活だったかな?、この経験も、出来るだけ若い時の方が、体力もあり、感性も豊かなので、いいと思った。自分は55歳で実現できたが、この年齢は、ギリギリって感じに思った。有給休暇を利用して、もっと以前から少しずつでもしておくべきだったと思っている)。
 で、海外旅行をして、知りました。人を介するとお金が掛かるということ。つまり、旅行会社を介して行けば、それなりに、倍近くお金が掛かると思った方がいいかも知れない(東南アジアでの、その地域の人の給料を考えると、スゴイ高額ですよね、私の場合は、例えば、タイでは、1日1000円以内で、朝食付き冷暖房付きのゲストハウスでしたが。ある若い日本人がいて、その人は、冷房なしファン付きのゲストハウス1日300円前後で満足していた様ですが)。インドネシアのバリに行った時に、現地のホテルの人から言われました、「1人でテクテク歩いて来て、交渉したのが一番安い(タクシーで行くと、そのタクシーの運転手にもちゃんとマージンが入っていますよ)」と。
 それと、タイのチェンマイに滞在していた時に、殆ど海外で生活しているある日本人から、海外でのトラブルに合わない為の3つの条件を言われました。「海外では、1、不動産に手を出さないこと、2、商売をしないこと、3、異性に手を出さないこと、この3つさえしっかりと守っていれば、まず、大丈夫」と。
 海外で不動産で失敗したり、商売で失敗したり、異性で失敗した例を、山ほど聞いてきました。その話が、自分にとっては、貴重な体験でした。
 外国だけの話ではありませんね。学校の先生が、退職金を全て株につぎ込んで、大損してしまった話もありますし、日本でも、かっての豊田商事まがいのこと、多いですね。
 生きる上で、失敗しても、全ては、自己責任と思うべきです。上手く行ったら、多くの人のお陰で上手く行ったと思うべきです。
 自分の頭で危険性を判断できる能力、困った時は素直に人に聞ける勇気、上手なコミュニケーション力、これらは、直ぐには身に付きませんね。しかし、私自身、あちこち行って困った時に、多くの人から助けてもらいました(私は、方向音痴なので、よく道を尋ねていました)。
 定年前に慌てることなく、普段の時から忙しい中にもそれなりにゆとりのもてる生活習慣(遊びの時間)を身に付けておくことが大切ではないでしょうか。


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医療の進歩

2007-11-27 11:01:25 | Weblog
 てんかんと言えば、薬でって感じに思ってきている人は多いと思う。しかし、今や、脳外科的な治療で治す施設が、日本で既に50カ所余もあるとのこと。
 それによって、意欲や記憶力が低下気味になったりする副作用が見られることもあるが、普段の生活がかなり改善される為に、朗報とのこと。
 昔は、てんかんと言えば、皆の前でパタッと倒れて、大変だった。中学・高校の時にも、同じクラスにそんな人がいて、普段は全く普通にしていたので、何か信じられない感じになっていた。
 てんかんの数自体には、昔も今もあまり大差はないが、今は、いいお薬が出来て、そのコントロールが上手くできる様になっている。
 小児がけいれんを起こす場合、どんな治療をするべきかは、どうしても患者さん側の理解が不可欠だ。
 薬は対症療法にしか過ぎないし、年に起きる回数が少ないし、それに座薬のけいれん止めでけいれんが防げるので、けいれん止めを常時服用したくないと言う人が多くなっている。しかし、中には、遠くにて直ぐに病院に来れないし、今まで何度も起きて難儀しているので、もう起きない様に薬をあげたいと言う人もいる。
 医者も、試行錯誤の感じで治していることも多いのです。


(以下は、東京大学脳神経外科のサイトからの内容です)
 小児てんかんにおける外科的治療適応判断の特殊性

小児に対して外科的治療の適応を考慮する場合には、成人とは別の視点が必要になります。乳幼児期にてんかん発作が頻発すると、脳組織の正常発達が妨げられ非可逆性の精神運動発達遅延の原因となりえます。したがって発作そのものが日常生活に及ぼす支障のみならず、精神運動発達に対する考慮が必要なのです。外科的治療は発作を抑制するだけでなく精神運動発達にも好影響をもたらしうることが明らかとなり、欧米では乳幼児の難治性てんかんに対して外科的治療が勧められるケースが非常に増えています。一方、日本では未だ小児難治てんかんに対する外科的治療の認知度が充分高いとは言えない状況で、早期に外科的治療を行えば予防できたかもしれない精神運動発達の遅延が、いたずらに内科的治療に時間を費やしたために、回復不能な脳障害を残した例に遭遇することも多くあります。

小児に対する外科的治療が躊躇されやすい理由としてAicardiは、致死的な疾患でないにもかかわらず脳を切除することに対する文化的・心理的な反感の他に、小児てんかんでは自然寛解が多々あること、1950年代の先驅的外科治療の結果が思わしくなかったこと、小児重症てんかんの多くが全般てんかんであること、小児では頭蓋内留置電極記録など侵襲的検査が困難であることなどを挙げ、これらのほとんどは既に克服された問題だと記しています。すなわち、ビデオ脳波記録の導入によりてんかん症候群分類が発展し、手術の対象とならない良性小児てんかん症候群は明確に定義・診断されるようになりました。また画像診断技術の進歩により器質的異常がより正確に高頻度に診断されるようになり、非侵襲的な局在診断技術も進歩してきています。更にこれまで全般てんかんとみなされてきた疾患群の中にも局在関連のものが多く含まれていることが明らかになってきました。半球切除術などでは手術手技そのものが進歩し、手術に伴う危険性が大きく低下しています。さらに、乳幼児期の脳は可塑性が高く、それぞれの半球がともに優位半球となりうる潜在的能力を備えています。また、運動神経も片側支配が確立する前であれば、一側の運動野が障害されても、片側半球の両側支配により高度の代償が可能です。したがって、乳幼児の外科的治療では、てんかん焦点に対して、より根治的な手術を目指すことが可能で、この点も近年の小児てんかん外科症例の増加の背景となっています。

小児手術例に対する松坂らの後方視的研究によれば、頻発発作が7ヶ月以上持続すると発達指数が低下しています。更に発達指数の低下が出現してから3ヶ月以内に手術を行った場合には術後に発達指数の回復がみられましたが、10ヶ月以上遅れて手術を行った場合には、術後もその回復は困難であったということです。したがって、小児難治性てんかんでは、発作が薬剤で比較的容易にコントロールできる場合を除いて、早期の外科的治療を常に念頭におく必要があります。特にMRIやCTなどの画像診断により、切除可能な病変が見つかった場合には、てんかん外科専門施設への早期の紹介が勧められます。



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歳の差婚

2007-11-26 11:46:14 | Weblog
 「歳の差婚」が流行しているとか?周りにもしっかりいます。男性50歳前後で、女性30歳の後半とか、女性が8歳下の男性と結婚したとか・・・・。芸能人にも多くなっていて、あまり違和感を感じなくなっている。それはそれで結構なことだと思います。
 テレビで、女性が「歳の差婚」の良さを言っていました、「(男性が年上で10歳以上離れていると)安心できる、頼れる」って感じで。しかし、今はそうでしょうが、その内、介護する感じになって、逆になるのではと思ったりもするのですが、余計なお世話でしょうか?
 昔は、50歳過ぎた人が恋をするのは、みっともないって感じで言われていましたが、今は違いますね。元気な50歳過ぎの人が多いし、離婚が5組に1組もある時代です。その結果、欧米の様に、我慢できなくて離れたり付いたりする傾向がなきにしもあらずです。男女ともに、死に別れても、結婚しなくても、親しい異性はいくつになっても欲しいようですが(生きる上では、異性が欲しいのが正常かなあ)。
 ある人が次の様に言っていました・・・人がトコトン好きになれる状態でいれるのは、普通5年間までで、それ以後は次第にときめきがなくなってくるとか。つまり、それ以後は、相手の嫌な所も認めて、自分を納得させて、上手に付き合って行くしかない。それが上手く出来ない人は、別れるって感じになるのかなあ?
 又、別の人は、真面目に「2度結婚説」の良さを説いていた。性欲は、青春期が一番強い訳で(それを押さえて受験勉強ばかりしていると精子の数が減少したり、異性から見ての男性としての逞しさが減少するのでは??!)、それに合うのは、(お産を終えた)40歳代の子持ちの女性。で、そこでまず結婚をする。男性は、いろんな人生の生き方を女性から学べるし、女性も、激しく性を満喫できる(男性は、40歳の後半にもなると、もう性欲の力が確実に落ちていますから)、で、男性がお金もあり、人生経験も積んで、体力的に少し疲れた年齢になった頃に、今度は、若い女性と結婚して、子どもを産んでもらう。
 ウムー、生物学的にはいいのだが、社会的に受け入れられそうもないなあ、・・・。


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ミシュランガイド東京

2007-11-25 10:14:47 | Weblog
 ミシュランは『ミシュランガイド東京2008』を11月22日に発売した。それに先駆けて19日、星のついたレストラン名を明らかにした。150軒がセレクトされ、三ツ星が8軒、二つ星が25軒、一つ星が117軒。
 で、累計191個の星がついた東京は「世界で最も星つきレストランの多い美食の都」(ミシュラン関係者)となった。『ミシュランガイド東京2008』では星のついたレストランのみ掲載することになり、これは他のミシュランガイドにはない特徴だという。

初版で三ツ星は以下の8軒
★★★神田(日本料理)
★★★カンテサンス(現代風フランス料理)
★★★小十(日本料理)
★★★ジョエル・ロブション(現代風フランス料理)
★★★すきや橋 次郎(日本料理 寿司)
★★★鮨 水谷(日本料理 寿司)
★★★濱田家(日本料理)
★★★ロオジエ(フランス料理 )

・・・ウム一、フランス人が中心になってランクを日本料理店に付けている様であるが、本当に日本の料理の素晴らしさが解るのかなあ?それに、三星付けていくら良くても、金額が高ければ、躊躇してしまう。
 星の意味するところは、☆☆☆・・・そのために旅行する価値がある卓越した料理、☆☆・・・遠回りしてでも訪れる価値がある素晴らしい料理、☆・・・そのカテゴリーで特に美味しい料理とのこと。
 本場のパリでも、それを維持するのが大変で、それを返上して安い料金で客のニードに合う様にしている所も出ているとのこと。
 高いのが必ずしも美味し訳ではないが、高くてまずければ問題だろう。安くて美味しければ、最高だ。それに、味だけでなく、給仕する人の笑顔やトークも大切と思う。
 いい料亭だと、一度に沢山出さないですね。温かい食事がいいと思われる物は、その都度小刻みに出している(それで、人件費が要るのは当然)。旬なものが多く、好みを聞いてくることも多いですね。馴染みの気の利いた料亭だと、次に行った時には、同じコースを頼んでも、それなりに食材を替えていますね。そして、食事を持ってきた時に、シェフ自らが説明をしたりして会話がありますね。
 美味しいもの、いい感じで食べれたと思えば、多少高くても満足しますね。それでも、5000円以内ですね。カロリーが高いと高脂血症にもなるし、普通は、2500円~3500円前後のディナーで、充分に満足していますが(それも、毎月とはいかないですが)。
 私の場合は、病院の食事で充分に満足しています(看護学生と同じものを摂っていますが)。食事って、いつも最高のものを食べていたら、それに舌が慣れてしまって、美味しい物を食べても美味しいと思う感性が低下する様に思います。
 自分で作り、自分で美味しく食べ、時々、そんな3つ星でなく1つ星でいいと思うんですけど、食べれればいいんじゃないんですか?それよりも、気にあった相手と楽しいトークをしながら食べる方を選びたいですね。


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男女の差

2007-11-24 18:17:15 | Weblog
 民放テレビで、男女の違いを(女性の)ドクタ一が語っていた。
 男性は大脳皮質で考え、女性は大脳辺縁系で考えると自分なりに思っていたが、このドクタ一は、男性は扁桃体で考え、女性は大脳皮質で考えると説明していた。(そうかなあ?)
 男性は、ヌード写真を見て、興奮する。つまり、頭でリアルに想像することが出来るのだ。女性の場合は、ロマンチックな愛の言葉を並べ立てられるよりも、ハッグされたりして、大脳辺縁系が満たされる感じで、愛されていると実感できるのではと思っていたが(違うかな?)。
 このドクタ一によれば、感情を処理する所が、男性は扁桃体で、それは主として短期記憶に関係し、女性は大脳皮質で、それは長期記憶に関係する。だから、男性は、嫌なことは直ぐに忘れ(ザル)で、女性は、嫌なことをずっと覚えている(バケツ)とのこと。
 ドクタ一によれば、女性は、本音を言わないで、腹を探り合う感じになっていることが多く、噂や陰口が多く、子どもや夫のことが多くのことで絡むのでその分気を使うことが多く、それに派閥を作りやすいとのこと。
 男は縦社会だが、女同士は、昔1人で生きられなかった関係で、横社会になっている。お互いに助け合わないと生きていけなかった関係で、横並びにいたいとの本能が強く、その結果、上に立とうとすると周りの女性から打たれてしまう。そんな中で、流行に遅れまいとしてどうしても情報交換に敏感になってしまうらしい。
 男にどうしても理解できないのは、仲の良い女性同志が、トイレに行く時に、誘い合って手をつないで一緒に行っていること。トイレは、女性にとっては、情報交換の場所(聖域)なのだ。

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人皮膚細胞から万能細胞!

2007-11-23 16:50:36 | Weblog
(11月21日の毎日新聞より)◇ESよりも有望

 ヒトの皮膚細胞から、心筋細胞や神経細胞などさまざまな細胞に分化する能力を持つ万能細胞「人工多能性幹細胞(iPS細胞)」を作り出すことに、日米二つの研究チームが、それぞれ成功した。患者自身の遺伝子を持つ細胞を作り、治療に利用することに道を開く技術。クローン胚(はい)から作る同様の能力を持つ胚性幹細胞(ES細胞)と違い、作成に未受精卵を使うなどの倫理的問題を回避できる。拒絶反応のない細胞移植治療などの再生医療や新薬開発など、幅広い応用に向けた研究が加速しそうだ。

 京都大などのチームが20日付の米科学誌「セル」電子版に発表。米ウィスコンシン大などのチームが22日付米科学誌「サイエンス」電子版に発表する。

 京大の山中伸弥教授と高橋和利助教らは、体細胞を胚の状態に戻し、さまざまな細胞に分化する能力をよみがえらせる「初期化」には四つの遺伝子が必要なことを発見し、昨年8月にマウスの皮膚細胞からiPS細胞を作ることに成功。これを受け、世界の研究者がヒトのiPS細胞の開発を目指し、激しい競争を繰り広げていた。

 山中教授らは、マウスでの4遺伝子と同様の働きをするヒトの4遺伝子を成人の皮膚細胞に導入し、ヒトのiPS細胞を開発することに成功。この細胞が容器内で拍動する心筋や神経などの各種細胞に分化することを確認した。iPS細胞をマウスに注入すると、さまざまな細胞や組織を含むこぶができ、多能性を持つことが示された。

 一方、ウィスコンシン大のジェームズ・トムソン教授らは、胎児や新生児の皮膚細胞から、京大チームとは異なる組み合わせの4遺伝子を使い、iPS細胞を作ることに成功した。

 英紙によると、世界初の体細胞クローン動物、羊のドリーを誕生させた英国のイアン・ウィルムット博士は、今回の成果を受け、ヒトクローン胚研究を断念する方針を決めたという。クローン胚由来のES細胞より、iPS細胞の方が治療には有望と判断したためだ。

 一方、初期化に使う4遺伝子にはがん遺伝子も含まれ、発がんなどの危険性がある。今後は安全性の確保が研究の焦点となりそうだ。【須田桃子】


 実際に山中先生がNHKで話されていたのを拝見した。謙虚、誠実、信念、愛、そんなものを感じました。整形外科医をしていて、そこでぶつかって、基礎の世界に入っている。動悸が実に素晴らしい。

 「科学者になる方法 第一線の研究者が語る」なる本の中で山中先生は、以下の様に語っておられます。
・・・もともと整形外科の臨床医だった私が研究者に転身するきっかけの一つは、ある重症リウマチの女性患者さんを担当したことでした。全身の関節が変形し、ベッドの傍らに置か れた写真にあるかつての面影をほとんど残していないその姿に、ショックを受けたのです。そして、基礎研究を行えば、こういう患者さんも救える治療につながるかもしれないと考えるようになりました。現状の治療法には限界があるということも、痛いほどよくわかり ました。新たな治療法を求めて研究していくことは、患者さんを実際に診療するのと同じくらい、もしくはそれ以上に患者さんを助けることになるかもしれないと考えました。こうして、臨床の世界を飛び出したわけです。最初は薬理学の研究から始めましたが、やがて、薬の効果を観察するだけでは限界があると悟ります。1990年代の初頭には、遺伝子操作マウスが普及しはじめていました。そこで、大学院修了後は、雑誌の求人広告に応募してアメリカへ渡り、遺伝子操作マウスを扱う研究室に入りました。・・・

 もう、これは、日本の品格を示す上で、現在月を回っている「かぐや」以上のものかも知れない。(ノーベル賞に値しているのは、当然!!)

 神戸大学医学部を卒業されて、臨床の道に進まれ、大阪市立大学大学院医学研究科に入学され、アメリカに渡られ、その後、大阪市立大学医学部の助手、奈良先端科学技術大学院大学の遺伝子教育研究センターの助教授、教授と経歴を積まれ、平成16年に京都大学再生医科学研究所の教授になられている。
 柔道も2段の腕前で、高校時代に大阪府高校生大会ベスト16に2回入っていて、その後、大学ではラグビー部に入って、西日本医学生大会では準優勝。その後、マラソン(フルマラソン完走4回)トライアスロンなどを趣味としてしていて、子どもが生まれると子どもと遊ぶのが趣味だったとのことで、子どもが遊んでくれなくなった今は、水泳や大学の周りでジョギングしているとのこと。
 実に人間的だなあ。



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