日本の心・さいき

日本の文化を通じて、世界平和を実現させましょう。

退職後の雑感(742)

2024-03-31 10:53:48 | Weblog
  「退職後の雑感、さいき桜まつり」

 令和6年3月30日(土)の午後、佐伯市恒例の「さいき桜まつり」に、家内と一緒に行きました。行きも帰りも、途中の景色を、一期一会の精神で、見て歩きました。
 山桜は、もう、最盛期を過ぎていました。
 「日本の道・100選」の周囲の桜は、やはり、道とマッチして、風情がありますね。
 満開には、なっていなくても、それでも、人は、それなりに(例年よりは少ないですが)集まり、行った時、ステージの上で、鶴岡八幡の太鼓の演奏が見れました。
 雨は降らなかったのですが、前日同様、少し暑かったですね。空は、少し曇りがちで、黄砂のせいでしょうか?!
 「さいき桜まつり」、昔は、3日間あって、(佐伯小学生→鶴谷中学校の時は)とても楽しみにしていましたが・・・今は、2日間となっています。
 昔は、自分も、子どもの太鼓チームに加わって、ステージ上で、大太鼓を打っていました・・・昔が懐かしいです。

*写真は、3月30日の16時頃に、撮ったものです。

 (令和6年3月31日、記載)






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退職後の雑感(741)

2024-03-30 08:10:50 | Weblog
  「退職後の雑感、花見」

 令和6年3月29日(金)、11:00~、いつもの「ひまわり児童公園」で、「花見」をしました。同級生を中心に、11人ほどが集まり、半世紀余ほど会ってなかった「A」君が、参加しました。
 前日の天気が嘘の様に、雨が降ることなく、少し暑い感じでしたが、風が少し吹いていました。肝心の桜は、帰る時に、2分咲きって感じだったでしょうか・・・?!
 朝「M」君から電話があって、篠笛演奏を依頼されたのですが・・・演奏に自信をなくしていて、あまり、気乗りでなかったのですが・・・「是非!」と言われて、吹くことにしました。
 「A」君からも、私の笛が聴きたいと、何度も言われ・・・「ふるさと」「さくらさくら」「美しい十代」「釜山港へ帰れ」「高校3年生」「荒城の月」など、演奏しました。風が吹いているのに、気温が高く、湿度も低くなくて、いい音色が出ました。持って行った拍子木で、「一本締め」もしました。「最高!」と、主催者の「I」君からも言ってもらえて、嬉しかったです。
 「A」君は、NHK関連の会社に永いこと勤めて、定年退職後、新しく、企業を立ち上げていました。顔色はとても良く、目は、輝き、仕事は、バッチリ、現役でした。
 愛知県にいる関係で、藤井8冠との関わりもあるみたいで、驚きました。
 14:30まで、いろんな話が出て、「A」君が、「今、会いたい人は誰?」と一人ずつ、聞いていって、それも、3周もして・・・→(NHKからインタビューを受けている感じで)それなりに、面白い、異色の今回の花見でした。

*写真は、今回の花見で、3月28日に、撮ったものです。

 (令和6年3月30日、記載)



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退職後の雑感(740)

2024-03-29 08:42:04 | Weblog
  「退職後の雑感、ミャンマー語」

 佐伯の街中でも、よく、外国の人に会います。そんな時、「こんにちは」で終わることが多いのですが、出来れば、もっと外国語で話してみたいものです。
 令和5年12月31日の県の報告だと、佐伯市にいる(在留外国人)数が、フィリピン244人、ベトナム147人、インドネシア140人、ミャンマー44人、スリランカ26人、中国25人、韓国12人となっています。
 で、一応、フィリピン語のタガログ語と、ベトナム語と、インドネシア語を、私なりに、しばしば、勉強しているのですが、今、それに、ミャンマー語を加えて、勉強しています。
 ミャンマーに行くつもりは、今は、全くないのですが、ミャンマーの人と話す機会があれば、是非、話してみたいものです。
 ミャンマー語には、声調が3つしかないので、それなりに、声調に関しては、ベトナム語よりも楽なのですが・・・それに、アイウエオの母音も、エが2つ、オが2つで、7つで、それなりに楽なのですが・・・末子音「n」で終わる音節を細かく覚えるのは、大変で、それに、末子音「ʔ」で終わる音節を覚えるのも、大変ですが・・・。
 よく使う子音字の26文字は、何とか、覚えたのですが・・・。
 今は、ユーチューブで、いい教材が多くて、独学がある程度まで出来ますね。それに、アチコチから外国の人も、来ているので、それなりに、話すチャンスは、多くなっています・・・?!
 

*https://www.pref.oita.jp/uploaded/attachment/2207750.pdf(←在留外国人数)
*https://www.youtube.com/watch?v=BsUNXBOq7oA(←私が重宝している内容です。)
*写真は、26文字中の11文字を、私なりに覚えやすくしたものです。

 (令和6年3月29日、記載)







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退職後の雑感(739)

2024-03-28 08:54:16 | Weblog
  「退職後の雑感、自然は、嘘を付かない」

 3月26日、大分駅から佐伯駅に、「にちりん」で帰る時、家内は、山際の方に座りました。家内が、佐伯駅に着いた時、「山桜が綺麗で良かった!」と言いました。人が住む所に咲いている「ソメイヨシノの桜」は、今、最盛期でないですが、「山桜」は、最盛期なんですね。でも、そんな報道、マスコミでは、あまりないですね・・・。
 大谷翔平選手の通訳の説明が、一転、二転として、マスコミが騒いでいますが・・・一方で、キックバックや統一教会の件などで、国会議員が、嘘に嘘を重ねる感じで、説明していますが・・・国を代表する立場の国家議員の場合は、最後まで、正直に言えないことが常態化しているのかなあ・・・?!
 今年は、桜の開花は、遅れています。3月29日(金)は、同級生が集まっての「花見」があり、3月30日(土)と3月31日(日)は、恒例の「佐伯の春祭り」がありますが、残念なことに、桜の開花時期が少し早いですね。
 時々、いろんな桜の木を見ると、早咲きの桜の木もありますね。桜も、いろんな見方をすると、それなりに、楽しめます。年に1回、短い期間だけ、咲き、散る時に、多くの人に惜しまれて咲く日本の桜・・・自然は、正直ですね・・・、

*https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A4%E3%83%9E%E3%82%B6%E3%82%AF%E3%83%A9(←山桜)
*写真は、3月24日に、佐伯駅を出発する時に撮った、「7つ星の列車」と「山桜」です。

 (令和6年3月28日、記載)






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退職後の雑感(738)

2024-03-27 08:36:03 | Weblog
  「退職後の雑感、日記」

 令和6年3月24日(日)から、2泊3日で、大分市に宿泊しました。雨三昧かなと思っていたのですが、そんな感じでもなかったですね。ただ、26日の大分市での風は、強くて、持って行った傘が、役立たずになってしまいましたが・・・。
 あまりトレブルは、起きないと思っていたのですが、おおありでした。
・24日(日)、
 10時過ぎの「にちりん」で行ったのですが、3号車の、無料の車両がなくて(←誠に残念!)・・・3月からのダイヤ改訂で、そうなったのかな?!
 県立美術館に行って、そこにあるレストランで昼食を摂りました。
 宅急便で衣類をホテルまで、この日の12時から14時までの間に届けることになっていたのですが、24日に着くようにするべきなのに、間違って、家内が26日と書いてしまって、それをホテルでチェックインする前に気が付いて、それから、いろいろめんどくさいことをして・・・→その日の夕方までに、無事に、着いて、ホッとしました。
 この日は、大相撲の千秋楽で、部屋で、真剣に見ていました。不戦勝になったら、どうなるのかなあ、何ていろいろ考えていましたが・・・→尊富士(24歳)が勝った時、ホント、嬉しくて、涙が自然と出ました。幕内どん尻の17枚目、怪我の後遺症が残らなければいいのですが・・・。
 夕食は、ホテルの近くの「ソイ・カフェ」の(健康的な)弁当を美味しく食べました。
・25日(月)、
 昼から、再び、県立美術館に行って、前日、昼食を摂ったレストランで、昼食を摂りました。それが、食事が、なかなか来なくて、自分の後から来た人の食事が私よりも早く来ていて・・・かなり待ったので、催促すると・・・直ぐに、持って来てくれましたが・・・もう、歳なので、遅れた理由を問い正す元気は、もう、なくて、終わりましたが・・・。
 その後、年間一人5.000円払って、「びび」のメンバーになりました。これだと、「企画展」も「コレクション展」も、何度も見れますね。
 さっそく、前回も見ましたが、3階で、再び、「信長」が使っていた茶碗や、利休作の茶杓を念入りに、拝見しました。3階のコレクション展示室で、再び、「風景をめぐる」を見ました。
 最後に、1階で、「佐藤哲氏」が、個展「佐藤哲世界展」を開いていました。作品の前で、笑顔で、80歳の佐藤氏が、自分の作品を説明していました。
 夕食は、いつもの「花邨はなむら」で摂り、麦ご飯で、「あら」を二人で腹一杯美味しく食べました。
・26日(日)、
 ホテルの部屋(17階)から見る外の景色は、「雲海?!」って感じで、面白く見れました。
 帰る直前で、i-phoneのトラブルが起き、「トキハ」の近くにある「auショップ」に行って、治してもらい(←私の場合、i-phoneのトラブルは、よくあることですが)、12時過ぎの「にちりん」で帰り、駅の近くの金水苑の「番匠亭」で美味しく頂き、テクテク自宅まで家内と歩いて帰りました。
 後で考えると、いろいろあって、思いで深い旅行となりました。
 この日は、大分の明豊高校と群馬の健大高崎高校との戦いで、0対4で、惜しくも、敗れました。健大高崎高校のピッチャー、素晴らしくて、打ち崩せなかったですが、明豊も、良く頑張りました、お疲れ様でした。

*写真は、3月25日に撮った、県立美術館の3階の景色です。

 (令和6年3月27日、記載)





 
 

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退職後の雑感(737)

2024-03-26 15:44:32 | Weblog
  「退職後の雑感、何故、小児科医を選んだのか?」

 サウジアラビアでは、日本の習慣を真似て、学校で子どもたちが、掃除をする様になったとのことですが・・・日本では、生徒が掃除するのは当たり前になっていますが・・・海外では、学校は、教育する所で、生徒に掃除をさせる所ではないって感じに思われているんですね・・・?!  
 「掃育(そういく)」と言う言葉も日本にはあるみたいで、お寺で、僧侶が、廊下を毎朝磨いていますが・・・そう言われれば、夏休みの早朝、佐伯の修行寺で座禅を組んだ後に、必ず掃除をしていましたが・・・そんな意味があったんですね。
 それに関する話で、私事ですが・・・→「どうして、医者になったんですか?」「どうして小児科医を選んだのですか?」と、今まで多くの人によく尋ねられてきました。
 小さい時から、学校の先生か、医者になりたいと思っていました。自分が物心付いた時、既に、父は、小学校の校長でした。
 父は、私には、決して何になれとは、言いませんでした。私は、父には、「学校の先生、しかし、医者でもいいかな、・・・」と、小さい時に言っていた様な記憶があります。
 教員の裏も見てきました。父は、管理職の為、組合からつつかれて、胃潰瘍で苦しんでいました(現役の時、手術で3分の2ほど胃を取りました)。自分に、「校長先生に宜しく・・・」と、いろんな教員からよく言われました。父は、若くして校長になっていました。あちこちで、よく講演をしていました。学校では、すごく立派で、尊敬できる父なのですが、家では、母の方が強い感じでした。又、父も、その様に、言っていました。
 4人兄弟の末っ子の自分は、小学校にまだ上がる前、隣の赤ちゃんを抱いて、すごく喜んでいて、こんな赤ちゃんが自分の所にいたらどんなに楽しいだろうかと思い、隣の人に聞くと、「よかったら、ボンチャンに上げるよ」(私は、ボンチャンと言われていましたが)と言うのです。自分は、母にも、「ホントにホント?」と聞くと、「隣の人がいいと言えばいいよ」と言うのです。
 それから、牛乳が飲みたくしかたありませんでした。そんな時、母が、「子どもの無い校長先生がいて、子どもを欲しがっている。そこの養子になれば、牛乳が毎日飲める。行くか?」と母が何度も聞くのです。
 それでも、大きくなったら、親を楽にさせて上げたいと思っていました(家に今でもある当時の日記にも、そうはっきりと書かれています)。
 そんな出来事が数多くあって、”大人は、嘘つき”と言うトラウマから逃れることが出来ない様になっていました。
 毎日繰り返される奥様方の井戸端会議の話をじっと聞いていました。その内容、小学校に上がる前の自分は、殆ど理解していたと思います。大人のずる賢こさを、如実に、頭に叩き込まれました。
 大人が嫌いだから、小児科を選んだ、これが正直な理由です。
 人に興味を抱く様になったのは、小さい時からで、生き物も、大好きでした。先生と医者であれば、人に直に接しられるからいいかなと思う様になりました。
 小学校2年生の時に、父の移動と同時に、蒲江小学校から、西上浦小学校に転校しました。かってその学校の生徒であった人から、ある時、タクシーの運転手さんとして偶然乗り合わせ、「田原校長先生が、廊下が光れば、心も光ると言われました。今でも覚えています・・・」と言われて、父の教育が今でも生きているのだなあと感無量になりました。
 西上浦小学校に通っている時、住んでいた所は、住民が1000人もいませんでした。1時間近く掛けて、学校までテクテク歩いて通っていました(そこの学校からは、校区としては、一番遠い所でした)。しかし、そこには、お医者さんがいて、スクーターで往診をしていました。そこでは、テレビがある家は、2軒だけで、夜、時々、そのお医者の所に見に行きました。
 ある時、私は、急性喉頭蓋炎になり、息が止まりそうになりました。夜の10時過ぎでしたが、父が私を背負って、ドンドンとそのお医者さんの門を叩くと、そのお医者さんは、寝巻き姿で起きて来て、診察してくれて、注射を打ってくれました(恐らく、ペニシリン・・・)。
 翌朝、嘘の様に、私は、元気になりました。母が、産婦人科の看護師だったこともあり、私は、医学の道に進むことになりました。

*再掲です。
*写真は、26年前に、「盆踊り大会」で打っている私です。

 (令和6年3月26日、記載)





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退職後の雑感(736)

2024-03-24 07:41:34 | Weblog
  「退職後の雑感、便秘」

 ある女性が次の様に言いましたが・・・「調子が悪いとお腹をこわします。便秘になったり、下痢になったり・・・。でも、そうでない時も、そんなことが度々あります。で、よく考えてみると、自分では意識してないけど、やはり、その時、それなりにストレスを体が感じていたんだなあと思う様になりました。で、お腹の調子がおかしい時、何がストレスか、考えることにしています。」と。
 そうですね・・・ストレスがあると、交感神経が働き過ぎて、自律神経と副交感神経のアンバランスが起きて、当然、お腹の調子がおかしくなります。胃腸への直接物理的な刺激でも変調が起きますが、精神的なストレスでも、下痢になったり便秘になったりしている人、現に周りに多いですね。
 今の日本、ストレス社会で、過敏性腸症候群の人って、とても多い感じがします。やっかいなことに、胃腸って、免疫にも深く関わっていることです。
 腸美人って言う言い方がありますね。顔の手入れも大切ですが、腸の手入れも、健康上、とても大切ですよ。
 腹の虫がおさまらない、腹を割って話そう、腹が立つ、腹立たしい、腹積り、腹が黒い・・・何て、よく言われますが、これって、お腹に心が宿っている感じの表現ですね。日本の切腹も、お腹に魂があると思っていたからではないでしょうか・・・?!
 さて、貴方の今朝の便の調子は、如何でしたか?
 犬の健康状態は、便を見ればよく分かるとか(犬だけではないでしょうが)。
 長生きしている人、胃腸が丈夫な人が多いですね。ニコニコしている人、快眠、快食、快便みたいですね。
 取り敢えず、次の20項目をチェクして、自分の腸年齢を、実年齢+項目数としてみては如何でしょうか。
 日本人女性は、多くの人が便秘に悩まされている様で、女性の半数は便秘や便秘気味で、その内の半分近くが、5日に1回しか出てないと言う報告もあります。特に若い人、肥満の人、専業主婦より仕事をしている女性の方が、ストレスの関係で腸年齢が老化している様です。お化粧での見せかけ美人よりも、見えない所での腸美人の女性に是非なって欲しいものです。
1、いきまないと出ないことがある。
2、用を足した後も残便感がある。
3、うんちが硬くて出にくい。
4、うんちをする時間は決まっていない。
5、時々ゆるいうんちが出る。
6、コロコロのうんちが出る。
7、うんちの色が黒っぽい。
8、うんちが臭いと家族から言われる。
9、おならが臭い。
10、たばこを吸う。
11、顔色が悪い。
12、肌荒れや吹き出物が悩みの種。
13、運動不足を自覚している。
14、寝つきが悪く、寝不足である。
15、ストレスが多い。
16、朝食は食べないか、よく抜く。
17、朝食を食べる時間が短時間。
18、食事時間が決まっていない。
19、野菜不足を自覚している。
20、週に4回以上外食をする。 

*参考図書:ウンコミニケーションBOOK、辨野義己(べんのよしみ)著
*再掲です。
*写真は、12年前に、家内と一緒に行った「さっぽろ雪祭り」です。(←超良かったです!)
*https://www.youtube.com/watch?v=QwCVv1SiW6Q(←ワクチン?!上の内容とは、関係ありません。)

 (令和6年3月24日、記載)






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退職後の雑感(735)

2024-03-23 08:58:06 | Weblog
  「退職後の雑感、親しき仲にも礼儀あり」

 家内も私も、70代で、お互いに、歳を感じる年齢になっていますが、幸いに、私は、趣味に没頭していて、家内は、家内なりのペースを保っています(家内は、よく、中国や韓国のドラマを、それに、カタログを見ていますが・・・)。
 次の3つを、私の場合、クリアーしていて、それがいいのかな・・・?!
1、あいさつをする。
 普段、夜は、私の場合は、22:30頃に、床に就いていますが、家内は、それより1時間遅れて、床に就くことが多いですね。
 起きるのは、私の方が遅くて、起きて来て、家内と初めて会う時は、必ず、「おはよう」と挨拶をお互いにしています。
 しばしば、「ありがとう」「ごめん」を素直に言っています。
 一家の大黒柱だとの思い込みが強過ぎると、いけませんね。誰のお陰で飯が食えるんだって感じに思って、夫が常に上から目線で奥さんを見ていると・・・家事や子育て、それに、仕事などで難儀している奥さんにとっては、感謝の言葉も一欠片もないって感じに思われてしまって・・・→そんな夫が凄いストレスになってしまっていることもあるのでは・・・?!
 言わなくても分かると思うのは、男の世界であって、女性には、しっかりと、モノや言葉で表現しないと、伝わりませんね。それを結婚後だけでなく、子育てが終わっても、ずっとずっと先になっても、マメに言わないといけないのです。(急に始めると、何か悪いことをしたの何て、変な風に疑われるかも知れませんが・・・?!)
2、趣味がある。
 定年後に、趣味がない夫が、奥さんの旅行や買い物に常に付いてくるとなると、ストレスになっているケースがある様です(←私の場合は、家内から一緒にと言われて、買物にも、付いて行って、お金は、私が払うことが多いのですが・・・)。
 男の趣味も、あまりお金を使わないのが、いいですね。ギャンブルを控えめにするのは、当たり前ですね。
3、妻のすることには、出来るだけ、口を出さない。
 「手伝う」は禁句で、「分担」と言うべきで・・・いろいろ言うより、夫は、黙っていた方がましなケースが多い様ですね。老いては、妻に従う方が、賢明ですね!
 「旅行」は、私達、二人の趣味で、それをしばしば楽しんでいます。まあ、遠方は、もうきついので、大分県内に行くことが多いのですが・・・。
 時々、軽い口喧嘩も大切かも知れません・・・ずっと貯め込んでおくと、時に爆発しますから・・・お互いに、あまり我慢しないことも大切ですね(←最後は、必ず、妻を持ち上げておくことが、大切ですね)。

*https://www.youtube.com/watch?v=chSH_98iKuQ(←75歳後の生き方)
*https://www.youtube.com/watch?v=N37MkwhWOfo(←老人脳にならない方法)
*https://www.youtube.com/watch?v=udn77MyK05A(←後、1年としたら?!)
*写真は、2年前に、会津若松城の敷地内で、お茶を、家内と一緒に美味しく頂き、その時のものです。

 (令和6年3月23日、記載)





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退職後の雑感(734)

2024-03-22 08:36:16 | Weblog
  「退職後の雑感、水漏れ」

 「水漏れがあるのでは・・・」と、毎月、水量をチェックする人から言われて・・・その関係の業者に電話して、来てもらって・・・いろいろ探索して、3月21日、やはり、水道管から、肉眼的に見ても、しっかりと、漏れていて・・・修理してもらいました。
 医師の聴診器みたいな物で、音を聴いて、場所を突き止めて、掘って、当たりって感じでしたが・・・大工事になったら困るなあ、と思っていましたが・・・幸いに、軽くて済んで、ホットしました。
 人間と同じで、我が家も、昭和57年に建てて、もう、それから42年も、経っていて・・・その後、天井が漏ったり、風呂が使えなくなったり、壁が落ちたりと、既に、いろいろあって・・・今からも、それなりに起きることを覚悟していますが・・・。
 そんな我が家も、時々、子ども達が帰って来ていますが、私達二人がいなくなったら、どうなるのかなあ・・・壊すのも、お金が要るし・・・そこまで考えて家を建てなかったなあ・・・?!
 借り家がいいのか、借金をしてまでして、買うのがいいのか、ケースバイケースでしょうが・・・?!

*https://www.youtube.com/watch?v=KNRIdq_0GWc(←日本は、世界一!)
*写真は、3月9日、鶴谷中学校の週へを流れる小川で撮ったものです。

 (令和6年3月22日、記載)






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退職後の雑感(733)

2024-03-21 08:01:43 | Weblog
  「退職後の雑感、国家試験」

 国家試験に、いろいろありますが、ある基準の点を取れば、合格となれば、その対策もし易いのですが、合格する人の割合が決まっていると、難しいですね。何故なら、自分が出来たと思っていても、他の人がそれ以上に出来ていれば、合格しませんから。
 医師国家試験で、基準点を設けなくて、毎年、それなりに切るとしていれば、何か、不自然な感じがしますが・・・?!
 医師国家試験の場合、入試の時の難関校の東大や京大や九大などの難関校が、医師国家試験でも同じ様に、いい成績かと言えば、全く、違いますね。
 その理由として、しっかりと、受験対策をしないと、そんな名門大学出身でも、合格できないと言うことです。これって、不自然ですよね。
 医師国家試験、覚えるべき事がとても多くなって、昔よりも、遙かに、難しくなっていると思われます。それに、まぐれでは、とても合格しない感じになっていますから・・・。
 そんな国家試験を改善する気は、厚労省、今の所、ないみたいですが・・・?!
 それに付いて、問題視する人も、今の所、いないみたいですが・・・?!
 医師の場合、卒業するまで、少なくとも、6年間を要します。それは、歯科医師も同じです。又、薬剤師も。免許証を手にしても、それから、実地の修練が必要ですね・・・。人は、厳密に言えば、同じ病名でも、経過が違いますから・・・。
 
*https://resemom.jp/article/img/2024/03/15/76445/353814.html(←医師国家試験)
*https://resemom.jp/article/2024/03/15/76442.html(←歯科医師国家試験)
*https://www.mhlw.go.jp/content/11121000/001074357.pdf(←前年度の薬剤師国家試験)
*https://www.youtube.com/watch?v=-PmbXPjWJsc&t=1580s(←空腹の勧め、上の内容とは、関係ありません。)
*小錦さんと一緒に、京都で、撮っています。

 (令和6年3月21日、記載)





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