山上俊夫・日本と世界あちこち

大阪・日本・世界をきままに横断、食べもの・教育・文化・政治・歴史をふらふら渡りあるく・・・

朝鮮学校除外は恥ずかしい

2010年02月28日 08時38分06秒 | Weblog
 高校授業料の無償化について、朝鮮学校を除外せよと中井拉致担当大臣が要求している問題で、鳩山首相がこれを認めるかのような発言をし、波紋が広がっている。「国交のない国だから、どういう教科内容かも調べようがない」ともいっている。
 朝鮮学校が反論したようにカリキュラムは公開されている。ようやくだったが、何年も前から各大学とも朝鮮学校卒業生の大学受験資格を認めている。以前は、朝鮮学校生は大検を受検したり、通信教育で高卒資格をとったりと二重の負担を強いられていた。他の外国人学校が大学受験資格をもっていたのに、朝鮮学校だけが差別を受けていたのに対する批判がつよまり、カリキュラム的にもなんら問題がないことから、受験資格が認められた。今さら、首相が「どういう教科内容か」などというのは、根拠がない。
 朝鮮人の民族教育は、その開始のときから弾圧と妨害の歴史だった。どの民族にも、普遍的教育とは別に民族の言語・歴史・文化などの教育をする権利がある。これにどの程度の寛容さをもつかは、日本の人権状況を示すことになる。民族学校にも無償化の支援をするのは日本の高校生と同じ扱いをするという考えなのだから、各民族学校のなかにおいても差別的扱いはすべきでない。
 根本は外交問題を子どもの世界に持ち込むべきでないということだ。北朝鮮は経済制裁をしている国だから、日本に住む子どももその対象にするというのは、あまりに見苦しい。情けない。本格的な外交交渉を直接北朝鮮とおこなう努力をすべきだ。
 時あたかも、国連人権委員会が開かれ、日本の人権状況についての審議がおこなわれていた。ここでさっそく問題になった。国際政治を子どもの教育に持ち込むなと外国から指摘された。まさにその通りだ。
 見せしめ的に子どもをいじめるのは、日本国民として恥ずかしい限りだ。
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カモたちがシベリアに帰った

2010年02月28日 07時49分31秒 | Weblog
 今朝、家の南100mのところを流れる尻無川の様子を見に行った。港区と大正区の境を流れる川だ。カモたちがいない!ここ10日ほど、ずいぶん暖かくなってきたので、シベリアに帰ったのだろう。
 2週間ほど前の夕方に見たときは、オス・メスあわせて50羽いた。お椀型の防潮扉が設置されている水面が毎年の越冬地だ。防潮施設の陰で風があたらないので夜眠るのにいいのだろう。石橋の箕面川や、淀川だと草むらやヨシ原が隠れ家となり安心できるが、何もない水面に50羽もいる。大体1メートルくらいの間隔をあけて水面に浮かんで夜をすごす。
 カモたちも日本の湿地が減って、越冬地をさがすのに大変だろう。条件的にはよくない尻無川に毎年来てくれて、ありがたい。なにしろ川底は分厚いヘドロなのだ。
 遠くのシベリアまで飛ぶ栄養を蓄えたのだろうか。今ごろは故郷のシベリアで羽を休めていることだろう。来年もまた来てほしい。
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政治家のことば

2010年02月24日 08時46分38秒 | Weblog
 政治家は自分のことばに責任をもたなければならない。政治家でなくとも、人は人として言葉には責任をもたなければならない。政治家は公人であり、権力をにぎっているのだから特別に重い。
 ところが、トップに立つ政治家が、日によって発言がころころかわり、1月前、1週間前と明らかに矛盾することを平気でいうという憂うべき事態が常態化している。大阪でのことだ。橋下知事だ。日本の政治史上かつてない状態だ。本来なら、その責任、能力、人格が問われる事態だ。だが、80%という異常な支持率=人気があるから、ジャーナリズムを標榜する新聞もこのことを問わない。
 もともと知事に立候補する時、20000%ないといいながら覆した人だ。2万%という表現自体首をかしげるのだが。今年の府の新年互礼会では「関空をスーパーハブ空港にすることが必要。そのためには、1にも2にも3にも、4にも5にも6にも、7にも8にも9にも伊丹廃港しかない」とあいさつで述べたそうだ。まあなんという表現だろう。
 去年12月、橋下知事は、4月の豊中市長選挙で伊丹廃港が決着する、そのため廃港をかかげる市長候補を募集するといった。ところが1月になったら、伊丹の廃港について近隣自治体の同意はいらないと違うことをいう。
 先日の箕面市議会との意見交換会で、廃港に同意するなら北大阪急行を千里中央から箕面まで延ばしてやるといった。「脅しといわれてもしょうがない」と言い切った。自分の政治目標について、ある市議会の支持をとりつけるために鉄道をつける約束をするのは、政治の、府財政の私物化以外の何ものでもない。
 さらに同日、伊丹廃港の前提としていたリニア構想にかえて、新幹線が現実的ではないかと府の担当部局に検討を指示したといった。なんだ。リニアは現実的ではないと自分で認めた。私のブログでもリニア論議がいっぱい交わされた。私は、リニアは空論で、府民の生活・福祉には有害だと述べてきた。で、今度は新幹線か。13分で結ぶそうだ。府庁に新幹線建設を検討する部局があるとは知らなかった。つぎつぎと命令される府庁職員も困惑しているだろう。
 普通、政治家が、権限をもった政治家が発言をするときは、検討をし終えて、関係の市や団体とも話をすすめてから、発表するものだ。だが、橋下氏の発言は、自分と取り巻きの話で出てきたものを新聞やテレビがいるところでしゃべるというものだ。これでは新聞はふりまわされる一方だ。だから、知事発言の新聞スペースが膨らむ一方だ。はっきりいって、垂れ流し報道だ。一週間後にころっとかわるであろういいかげんな発言を大々的に報じて、府民をひきずりまわす。そのスペースが大きいほど、支持率は維持される。引きずり回した結果がどうであれ。新聞記者はろくに検証もせずに、人気者から離れてはいけないと、付き従うばかりだ。
 平松大阪市長は引きずりまわされるのに相当怒っているようで、「知事はコメンテーターを卒業して」といったが、コメンテーターどころがその振る舞いは、テレビで目立つことに全精力をかたむけるお笑いのタレントの行動スタイルそのものだ。政治家のものではない。
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朝鮮学校除外は論理が別だ

2010年02月24日 08時07分35秒 | Weblog
 鳩山内閣の目玉として期待されている高校無償化法案には、国公私立高校に加え、外国人学校も対象にしているという。21世紀の日本としてすばらしいことだ。外国人でも日本で仕事をし生活をしておれば当然税金を払う。その税金の使途として教育がある。国籍ではなく、人として扱うことが今は求められる。
 ところが中井拉致担当大臣が、朝鮮学校をここからはずせと、川端文科大臣に要請している。北朝鮮制裁のひとつと位置づけるねらいだ。子どもを対象に制裁をするという。実に目立つ。ごく一部の人々は拍手するかもしれないが、民主党もその程度かと思ってしまう。中井大臣のことはまったく知らない。北朝鮮に対しては、自公政権以来、対話と圧力といいながら、圧力あって対話なしで手詰まり状態だ。これは外交とはいわない。
 ここで飛び出した外交策が、子どもを対象にした今回の要請だ。これでは寂しい。
 政権としては、教育の論理を貫いてほしい。日本の社会でのよき隣人の子どもたちであり、これからの日本社会を築いていく人達だ。見識が求められる。
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追悼 藤田まことさん 

2010年02月21日 01時44分22秒 | Weblog
 藤田まことさんが亡くなった。音川刑事が活躍する「京都殺人案内」31作を追悼番組としてやっていたので、つい最後まで見てしまった。この作品は、なにか独特の哀愁がただよっているなあと思ったその秘密は、クロード・チアリのギターにあった。京都を舞台にした映画にぴったりだ。
 私が、藤田まことさんを偉いと思ったのは、彼が舞台を終えた後、観客に対して戦争反対の思いを切々と訴え続けておられたことだ。なかなかできることではない。
 藤田まことさんには別の思いもある。それは、石川県の田舎にいる私の兄が、藤田まことさんにそっくりなことがある。あまりにも似ていて、帰省した時によくそれが話の種になった。
 まだまだ活躍が期待されていただけに残念だ。ご冥福をお祈りする。
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死刑容認高まる世論に宗教者の警告

2010年02月16日 00時17分54秒 | Weblog
 『毎日新聞』10・2・15付けの、法然院貫主の梶田真章さんの「死刑容認の『世論』に僧侶の責任を考える」という論考が目を引いた。
 死刑容認が85%と過去最高に達した。廃止論は5・7%だ。被害感情を考慮した厳罰論が高まっている。国連の死刑廃止条約にも日本は背をむけている。
 学校で死刑問題をあつかい、生徒に意見を書いてもらったその分布よりも世間の意見のほうが厳罰に傾いている。高校生ももちろん厳罰論が多数だ。だが廃止論は新聞調査よりはずっと多く、意見分布はバランスがとれている。廃止論の論拠は思慮深いものだった。
 梶田さんの文章には目を開かされた。引用しよう。「日本には平安時代、空海を援護した嵯峨天皇が818年に出した死刑廃止の宣言により『保元の乱』に至る約350年もの間、死刑が執行されなかったという近代以前の世界に例のない事実と、戦の勝利者は敵味方の亡霊を平等に弔ったという歴史がある。仏教は特定の対象に対する『愛』こそが、迷いや苦しみの原因(例えば、オリンピックでは喜びの種である愛国心が戦争の原因となる)であるとし、『同悲』の感情を通して、生きとし生けるものの上に拡がりゆく慈しみ」(増谷文雄)という『慈悲』の実践をとく宗教である。敵も味方も仏の慈悲によりすべて救われるという仏教の『怨親平等』の思想は、日本人が、自身の未来の成仏のために修行や信心に励む仏教徒であった室町時代前半までは浸透していた」「仏教では死者を安らぎの境地へ導くのは仏さまの慈悲心であり、加害者が死刑にならないと被害者が浮かばれないわけではない。」
 この基本に立って、僧侶の責任を論じておられる。これまでの死刑論議にはなかった、日本の国民的宗教である仏教の立場からの、死刑に対する問題提起であり、われわれにも理解できる内容である。死刑論議が深まる契機になればと思う。
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イラクで身体障害者急増

2010年02月15日 23時48分33秒 | Weblog
 2010・2・12付け『しんぶん赤旗』の国際面に「イラク身障者100万人超 米英軍の侵攻後に急増」という記事がのった。
 人口2500万人のイラクでは大変な数だ。この数字は、イラクの労働省・保健省と国際身障者団体の共同調査によるものだ。2003年の米英軍のイラク侵攻後急増したのもだ。10万人が手足を失い、10万人が失明しているという。義足・義手等の対応もすすめているということだが、大変な事態だ。イラク戦争以前の数が不明なので戦争による犠牲がいくらなのかははっきりしないが。
 国境なき医師団などの支援の状況はどうなっているのか。医師団から報告書を送っていただいているが、ちゃんと見ていなかったので確めたい。
 イラク戦争のイラク人死者の数は、数万人程度から60万人程までいくつかの数字がだされている。この点もあらためて調べる必要がある。
 この記事の横に、アメリカの戦争請負会社の職員250人に対し、イラク内務省が退去命令を出したという記事もあった。ブラックウオーターから改名した米民間軍事会社Xeの職員に対する命令で、米高官の護衛中に14件の殺人罪、20件の殺人未遂罪をおかしていることが問われている。
 アメリカが国際法をふみにじってイラクに侵略し、占領を続けていることにすべての根源がある。
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上村愛子さんよくがんばった

2010年02月15日 10時55分13秒 | Weblog
 女子モーグルの上村愛子さん、よくがんばった!メダルが取れなかったのは本人は残念だろうが、すばらしい滑りだった。
 ターンは、本来はスキーのずれによって生まれるが、競技ではずれをともなわないカービングターンでないと勝負に参加できない。でも大きいコブは怖いからずれを排除するのはなかなかだ。上村さんは女子としてはカービングターンで世界を引っ張ったが、他の選手がそれを取り入れ追いついた。
 上村の滑りはコブの腹、解説では肩といっていたのでそれを使うと、肩から肩へととんで滑っていた。男子の滑りをみると上村の滑りをもっと洗練させスピードアップしたもので、信じられないスピードだ。一般スキーヤーの世界とは隔絶された技術だ。
 上村愛子の活躍を機に、スキーの人気があがるといいなあ。
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バンクーバー・オリンピックが始まった

2010年02月14日 09時07分38秒 | Weblog
 バンクーバー・オリンピックが始まった。私はスキー・モーグルと回転を楽しみにしている。上村愛子と回転の皆川賢太郎と佐々木明に注目だ。
 ところで、肝心の雪がなくて、大型トラックばかりかヘリコプターで400回も雪を運んでやっとコースができた。『毎日』は、雪の大量運搬が温室効果ガスを抑える大会理念と相いれないと報じた。
 また、開幕前に「貧困オリンピック」が開かれ、ホームレスや低所得者が、富める者のための五輪より貧しい者への支援を訴えた(『朝日』)。いずれも大事な問題だ。
 いまこれを女子モーグル予選を見ながら書いている。
 斜面は平均28度というが、上からみると震え上がる急斜面だ。整地斜面でも震え上がるのに、大きなコブが行方をさえぎる。志賀高原丸池Aコースなみの大きいコブだ。そこを猛スピードでコブの谷から谷へとすべる。私もコブに挑戦するが、谷を直線的にすべるのは、衝撃が大きく、スピードがでて怖くて気持ちが続かない。コブに跳ね飛ばされて転倒するか、コースをはずれて止まるかしてしまう。私程度の技術では、コブの途中まで上ってコブの腹をこすりながら下りて、次のコブを同じように処理する。だからスピードを極力おさえるすべりだ。上村愛子のすべりとはランクがちがう。
 オリンピック級の選手がもしわれわれのゲレンデですべるとすると、ゲレンデ内のすべての人が凍りついたように見つめてしまうだろう。とにかくけた違いの技術なのだ。解説で元モーグル選手の三浦豪太が言ったように、とてつもなく難しいすべりを、何の苦もなくすべっているように見せるのがいいすべりなのだ。とにかくすごい。
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伝統の府立園芸高校を勝手に売り飛ばす計画

2010年02月13日 04時59分26秒 | Weblog
 なんでも市場が適正に配置をする!市場原理、新自由主義が大阪の地方政治を席巻している。
 池田市の倉田市長は、伝統ある府立園芸高校を引越しさせて、池田北高校と統合し、その跡地を巨大再開発事業地として料理しようという途方もないプランをぶちあげた。計画は公開され、新聞にも載った(『朝日』2・11北摂版)。
 園芸高校はその敷地の広さ西日本一を誇る。なにしろ実習農場が広い。計画によれば、125億円で売れるそうだ。そこに最近流行の大型商業施設をつくり、マンション群を建設する。さらに、阪急石橋と池田の間に新駅をつくり、この商業施設・マンション群とを結ぶ。
 125億円のうち50億円で実習農場の代替地を確保し、校舎建設をする。五月山の西側の東山町の植木産業の畑を予定している。植木産業も今は斜陽で、もう95%の農家は売却に賛同しているというのだ。手回しがいい。ここを実習農場にして、実習棟も建設する。池田北高校にくっつけるわけだからそこにも校舎を建てる。土地代、建設費あわせて50億円。すると跡地売却代金との差額は75億円にもなる。これが府の利益になるというのだ。市場にまかせればすべてばら色だ。
 去年末に、池田市が府に園芸高校移転の要望書を出したら、橋下知事から「地域主権の趣旨から、市が構想を提案してほしい」(『朝日』)と依頼され、まとめたそうだ。これをまちづくりの「起爆剤」するという。また火薬が爆発する。南港ベイエリアを起爆剤に!、湊町駅再開発を起爆剤に!、霞町車庫跡フェスティバルゲートを起爆剤に!、関西空港を起爆剤に!、りんくうタウンを起爆剤に!、阪南スカイタウン(通称阪南すかたん)を起爆剤に!、箕面新町開発を起爆剤に!、WTC府庁移転を起爆剤に!、そして園芸高校強制立ち退き再開発を起爆剤に!これまでどれだけ火薬を仕込んできたことか。大阪中、爆発の連続だった。
 いや、こんどはちがう!府民・市民の血税をつぎ込むのとは違う。大阪府は75億円も儲かるのだ。橋下知事が提案を促したのもうなずける。
 だが待って欲しい。これはとんでもない提案だ。倉田市長は園芸高校の所有者か?
 園芸高校は府民の共有財産だ。なにより生徒・父母・教職員・卒業生の宝物だ。それをたまたま池田市の市長をしているからといって、倉田市長がこれを売りに出すなどということは許されない。植民地主義の発想だ。批判をうけた倉田市長は、橋下知事は国の伊丹空港を売却するといっているのだから、それにくらべたらまだかわいいものだという意味のことを言ったと漏れ聞いた。これまでタッグを組んできた二人だ。手法もそっくりだ。
 当該の園芸高校、池田北高校は何の相談も受けていない。学校を蚊帳の外において、売り払い、強制移転をさせるという計画を平然とやる神経がわからない。学校は生きた組織だ。主人公は生徒・教職員・父母だ。これをないがしろにして、もてあそぶことは許されない。きっと園芸高校関係者の総反発をうけるだろう。利用される池田北高校も軽く扱われたものだ。主体性が認められていない。
 園芸高校は学区がないから府下各地から通っている。その生徒が、便利な現校舎でなく、海抜149メートルの伏尾台の池田北までいくのにどうするのか。現に池田北の生徒も苦労している。計画では、阪急石橋・池田、千里中央、箕面新町の4箇所からスクールバスをはしらせるという。実習の授業のために伏尾台の校舎からバスで農場まで送り迎えするという。着替えをして運動場に出るのにも時間がかかるのに、次の授業に出るのにバスで向かうという。普通の学校の10分の休憩時間を20、30分にしなければならない。普通科の生徒と園芸3科の生徒の時程は違うことになる。チャイムが錯綜してなりひびく。時程をそのままにすると、実習はほとんど授業の体をなさなくなる。バス代として池田市が年2500万円負担するというが、そんな金額で年間走らせるのは無理だろう。教育のことを考えない、金儲けの大プロジェクトだ。
 統合して、従来の学科に加えて、園芸療法をとりいれた福祉ボランティア科も設置するという。それにとどまらず、池田市の他の高校の教育課程にも手をつっこみ、池田高校は進学校、渋谷高校には英語科を設置するということも書いている。やりたい放題だ。北豊島小学校と北豊島中学校を連携型小中一貫校にし、北豊島中学校の土地を売って、園芸の校地に新校舎を建てる計画も含んでいる。建設業者はうるおうだろう。
 橋下知事はどういう行動にでるか。でも待て。園芸、池田北の所管は教育委員会だ。知事の権限の範囲外だ。勝手な言動は許されない。
 教育委員会も去年の秋の段階でこの動きは知っている。こんな非教育的な、植民地主義的な計画に、よもや引きずられはしないだろう。でも橋下知事の独裁下の大阪のことだからどんな方向にいくかわからない。
 だが、主体は当該の学校であり、生徒・父母・教職員・卒業生だ。さらに地域の人々のささえがあって生きてきた学校だ。これら主体となるべき人々をないがしろにし、もてあそんで、ことがすすむと考えるのは短絡にすぎる。関係者は思慮深く連携をとりあうだろう。そして立ち上がるだろう。
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大阪北部から和泉山脈がくっきり見えた

2010年02月13日 04時28分08秒 | Weblog
 昨日(10・2・12)は、前日の雨で空気がきれいな上、気温が低かったので、大阪北部・池田市の五月山のふもとの校舎から生駒山はもとより、和泉山脈和歌山あたりまでくっきり、実にあざやかに見渡すことができた。大阪市内の高層ビル群もいつもより近くに見えた。
 六甲山の東側も普通は青く見えるところが、冬山の本物の色を見せてくれた。その手前にある鉄兜を伏せた形の甲山(かぶとやま)は小さいながらも独立峰。小型火山だ。
 校舎の裏の五月山は、木々の一本一本までよく見える。まだ芽吹く前の冬の装いだが。
 雨の翌日は、空気が浄化されてよく見えるのだが、天気がいいとすぐにもやがかかってしまう。太陽で暖められた水蒸気が立ち込める。夕方には遠い山々はまったく見えなくなる。だからとくに夏はだめだ。昨日は、太陽が雲にかくれて、昼になっても気温が上らないままだった。自然には縁遠いように思われる大阪でも、目を凝らすと自然が語りかけてくれる。
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子どもをUSJに招待することの是非

2010年02月11日 09時30分13秒 | Weblog
 2月10日夕方のテレビで報道したし、今日の朝刊にも「大阪は苦しい世帯が多いというデータがある。府内にUSJがあるのに、それで行けないなら、じゃあ公が親代わりに連れて行っても子育て支援の一環になるんじゃないのかな。リサーチでいらないよとなれば必要ないし。どうですか。やっぱウケ悪いのかな。1回貸し切りで5千万円、3日間で1億5千万円だったらどうですか。」(『朝日』2月11日付け「橋下会見」欄)と伝えている。ただで連れて行ってくれるのなら行きたいとなるだろう。でも、冷静に考えないといけない。
 『毎日』の11日付け朝刊は、「知事は、10日報道陣に『芸術やスポーツ鑑賞よりも多く子どもはUSJに行きたいのでは』と延べ、府費で公立小中学校の児童生徒を無料招待する考えを示した。通常料金だと約28億円の負担となり、府内部からも疑問の声が上っている。府幹部は『遠足の行き先をあえて府が指定し、公費で負担する必要があるのか』と困惑している」と報じた。『毎日』の方がちゃんと関係部局にも取材している。連日のようにおこなう記者会見をそのまま垂れ流すのではテレビといっしょで利用されているだけだ。まあ、でもどんなことを言ったのかわかるから、便利な面はあるのだが。要は垂れ流しに終わらずに、独自の取材をするかどうかだ。
 平日3日間USJを貸切にできるとして、1億五千万円なのか、その3日間で全大阪の小中学生50万人余を参加さすことができるのか?日数を増やさないと不可能だろう。
 この案を実施すると、府の幹部(おそらく府教委の幹部)がいうように、遠足の行き先を府知事が指定することになる。遠足以外に新たに行事日を確保することは不可能だ。遠足を全府下一律にする、しかもUSJに遊びに行くのはどうかと思う。各学校の独自の教育計画を否定するものでばかげている。里山に入り自然に親しむ、飯盒炊爨をしてクラスレクレーションをする、博物館見学と街並み観察を組み合わせる、歴史遺跡を訪ねるなど各学校はちゃんとした年間の教育目標に遠足を位置づけて実施している。それを知事の一声でUSJにもって行くのは教育的には何の値打ちもない。知事の人気取りにはなるだろうが。
 気になるのは、もうひとつ「芸術鑑賞よりも」とのべていることだ。芸術鑑賞とUSJを並べたら子どもはUSJを好むだろう。しかし学校教育で芸術鑑賞を組み込んでやることの意味は大変大きい。教育委員会の予算として、子どもをUSJに!ということを実施すれば、芸術鑑賞の補助その他教育予算を減らすことになるだろう。知事は各部局の予算の更なる削減を求めている下ではそうなるだろう。人気取りに惑わされてはいけない、重要な問題がひそんでいる。
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橋下知事、違法な権力行使

2010年02月10日 12時16分07秒 | Weblog
 2010年2月2日付け『毎日新聞』に、「進学特色高 知事『入れ替えを』 3年に1度 府教委に指示」という見出しの小さな記事がのった。全文引用しよう。
 
 難関大への進学指導を強化するため、府教委が11年度から府立高10校で始める「進学指導特色校」について、橋下知事は1日、私学関係者の会合で「3年に1回判定会議を開き入れ替えをすべきだ。教育委員会に指示した」と述べた。
 昨年6月、北野、茨木、大手前、四条畷、高津、天王寺、生野、三国丘、岸和田、豊中を進学指導特色校に選定。橋下知事は「(入れ替え制を導入すれば)本当の意味で公公、公私の競争が生じる。質の高い日本一の教育をめざしたい」などと持論を述べた。進学指導特色校は府内全域から、1校につき160人を募集。10校共通の試験や勉強合宿、大学との連携などに取り組む。

 この進学特色校自体が、去年3月退任し、副知事に昇任した前教育長が、最後に知事の意向をうけてねじ込んだ施策だった。
 この記事ではっきりわかるように、重大な問題は、入れ替えを「教育委員会に指示した」と明言したことだ。知事に教育委員会が所管する事項に指示命令をする権限はない。ところが当初は教育委員会も指示には抵抗のそぶりを見せていたが、いまやまったく言いなりになっている。
 このたびの記事で、「教育委員会に指示した」ことがはっきりした。『毎日』は貴重な仕事をした。『朝日』にはこの記事はなかった。
 「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」は知事の権限と教育委員会の権限を明確に分けている。
 
  第三章 教育委員会及び地方公共団体の長の職務権限
 (教育委員会の職務権限)
第23条 教育委員会は、当該地方公共団体が処理する教育に関する事務で、次に掲げるもの を管理し、及び執行する。
 1 教育委員会の所管に属する第30条に規定する学校その他の教育機関の設置、管理及び  廃止に関すること。
 5 学校の組織編成、教育課程、学習指導、生徒指導及び職業指導に関すること。
第24条 地方公共団体の長は、次の各号に掲げる教育に関する事務を管理し、及び執行す  る。
 1 大学に関すること。
  第四章 教育機関
 (教育機関の所管)
第32条 学校その他の教育機関のうち、大学は地方公共団体の長が、その他のものは教育委員会が所管する。

 法律はすっきりしている。知事は府立高校を所管する権限をもたない。組織編成、教育課程、管理運営に関し、「指示」する権限はない。指示したというのは明らかな越権行為、違法行為だ。直ちに撤回すべきだ。指示された教育委員会は抗議し、撤回を求めるべきだ。
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食料砂漠

2010年02月08日 03時19分23秒 | Weblog
 先日、NHKの「クローズアップ現代」でフード・デザート(食料砂漠)というテーマをとりあげていた。後半しか見なかったのだが、そうかこんな問題があるのだ、これからますます深刻な問題になると思った。 
 取り上げていたのはある地方都市だが、車をもたない老人が1キロも2キロも歩いても食料品店がみつからないという事態がおきているというのだ。身近な食料品店がつぎつぎと店を閉め、車で国道沿いの大型スーパーにいかないと明日たべるものも手に入らないという現実。テレビに映ったおばあさんは残っていたインスタントラーメンで食いつないでいるが、野菜など食べれなくなってしまった。バランスのとれたものを食べないと、たちまち健康破壊につながる。医療費がふくれあがる原因となる。
 問題の大本は規制緩和だ。大規模小売店舗法が廃止されて、どんな場所でも、どんな大きさでも、営業時間も自由に出店し放題というようになった。その結果、全国で大型超大型スーパーが猛威をふるい、商店街はシャッター通りとなっていることは周知のことだ。地方都市のほうがその傾向が顕著だ。大型スパーにいけばなんでもあるが、それ以外では何もない。車がない、運転免許をもたない老人所帯・単身所帯は、生きていく基礎栄養さえままならない。
 去年、猪名川町の住宅地の友人宅におじゃましたことがあったが、この街づくりは住宅のみで商店がない。買い物は車で超大型スーパーまで行く。運転してくれる人がいなくなったらたちまち孤立してしまう構造だ。千里ニュータウンなどは住宅として手に入れた土地を商店にしてはならないという規則でしばられている。ごちゃごちゃしてなくて確かにきれいな住宅街だが、本来人の住む街としてはいびつだ。ニュータウンはそれをおりこみずみで入居しているから今はまだいい。旧来型の街が一気に変貌すると大変だ。食料品店の閉店で食料砂漠になっているレポートをみて、自営業者の経営がたちゆかずシャッターを閉める問題をこえて、消費者が生きる権利を奪われるレベルまで問題が拡大していることを知った。全国を覆う大問題になると思った。
 番組でやっていたが、新自由主義の先進国イギリスではもうすでに問題になっていたという。規制をとりはらい、すべてを自由に!、そこに幸せがある!強者の利益がすべてだ!
 民主党政権ができたが、新自由主義の暴走にはまだ何もブレーキがかかっていない。
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横浜事件 実質無罪判決

2010年02月06日 10時45分25秒 | Weblog
 10年2月4日、横浜地裁大島隆明裁判長は、横浜事件の元被告の遺族に対し、請求どおり刑事補償を認め、実質無罪の判決を言い渡した。これまで無罪をもとめた再審裁判では、治安維持法の廃止と大赦があることから有罪無罪に踏み込まない免訴とされてきた。
 稀代の悪法である治安維持法も法だとしても、でっちあげ治安維持法事件は、被告ではなく、でっちあげにかかわった警察・検察関係者、でっちあげに有罪判決をだした裁判官こそが裁かれなければならない。無罪の被告がその名誉を回復するのに、死んだ後でしかかなえられないというのは、あまりにもむごい。
 相互に関係のない言論・出版関係者を共産党の再建計画をしたなどとしてひとくくりにして犯罪だとした横浜事件。事実誤認、拷問によるうその自白の強要。さらに、戦争が終わったのだから、ポツダム宣言に照らせば、獄にとらわれた被疑者を無罪放免しなければならないのに、8月の30日から9月にかけてつぎつぎと即決裁判をくりかえし、被告を有罪にしていった裁判所の責任は重い。だから責任追及を恐れて、時期はわからないが、裁判資料を全部破棄したのだ。
 戦争に反対し、民主主義を主張する運動に対して、死刑をもってのぞむ治安維持法。この法の下で1600を越す人々が命をうばわれた。横浜事件でも4人が獄死した。いや国家によって殺された。出獄してすぐ命を落としたひとも4人いたはずだ。
 死刑法の治安維持法で命をうばわれた人々は裁判で死刑判決をうけて命を奪われたのではない。その手続で死刑になったのは2人だけだ。あとは悪法にさえもとづかず、なぶり殺しにされた。その責任者の処罰はおこなわれないどころか、戦後、大出世している。なぶり殺しにされた人の損害賠償、国家賠償はされていないどころか、名誉回復もされていない。命をながらえた治安維持法犠牲者全般の名誉回復と補償もまったくなされていない。
 治安維持法下であっても、拷問を合法化していたわけではない。だが横浜事件でもそうだが、拷問が公然とおこなわれていた。私の指導教授だった歴史学者の鈴木正四先生は、東大在学中特高警察に検挙され、激しい拷問でせめたてられた。江戸時代からのそろばん攻めといわれる拷問をうけた。特高は、鈴木先生を三角の棒を並べた上に正座させ、そのうえに鉄板を3枚のせ、警官がその上に乗って飛び跳ねるということをやった。一連の拷問で、先生の足は戦後長い間、皮膚が黒くなったままでとれなかった。
 今度の横浜地裁大島裁判長によって、やっと5人の名誉が回復し、刑事補償もなされた。だが、何万という治安維持法犠牲者の名誉は回復されていない。本来ならば、彼らこそ、平和と民主主義の闘士、真の愛国者として戦後民主主義国家から顕彰されてしかるべき人たちなのだ。
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