山上俊夫・日本と世界あちこち

大阪・日本・世界をきままに横断、食べもの・教育・文化・政治・歴史をふらふら渡りあるく・・・

人を育てない指導者、部下に嫌われる上司が組織を腐らせる

2011年09月30日 05時38分42秒 | Weblog
 橋下維新の会の「教育基本条例」「職員基本条例」の危険な本質が新聞紙上でようやく取り上げられるようになった。教育委員や府の総務部長というこれまで橋下知事に協力してきた人たちが、こぞって反対を唱えているのが記事として取り上げられた。
 橋下知事を批判した教育委員の任期がきたとき、橋下氏はこれを再任せず、鳴り物入りで入れ替えた二人が今度、橋下批判の急先鋒となっている。橋下氏の教育介入に実質的に協力してきた教育長も徹底批判に回っている。総務部長も橋下氏の部長級総入れ替えのとき、引っ張ってきた一番の懐刀であった。その人が法律違反の条例だとして立ち上がった。
 橋下政治の本質は遠くからぼんやり見ていてはわからない。ましてテレビを通してでは認識を誤る。教育なら教育関係者、福祉なら福祉関係者、文化なら文化関係者がこぞって橋下政治を批判するのはなぜか。現場にいて詳細を知っているからだ。
 橋下政治を推進してきた協力者たちが反旗をひるがえした。橋下人気に同調してきた人たちも目をこらして、細部を見て欲しいものだ。
 今度の条例案は、教育を破壊し、職員の意欲を削ぎ、組織を腐らせる。職員が意欲と使命感をもって自律的に働く組織でないと発展しない。猜疑心と恐怖が支配する組織は必ず崩壊する。橋下維新が目指すのはまさに猜疑心と恐怖の組織だ。でも独裁者には心地よいだろう。5%の職員を最低ランクに評価し、2年で免職の対象にする。これを毎年つづける。どんどん粛清していく。
 やる気を引き出さない、人を育てない指導者は指導者ではない。教員の仕事が難しいのはまさにこのことだ。野球の有名な指導者でも苦心している。処分のおどしが組織を良くすると考えるのは組織の長としては最低だ。
 橋下氏が知事になる前、彼の事務所の弁護士たちがすぐにやめてしまうことを産経新聞の「橋下徹研究」は指摘していた。高い能力を持つ人が嫌気がさしてやめてしまうのは腐った組織だ。大阪の学校を、府庁をそのようにしてはならない。













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宮城県震災復旧ボランティアで気づいたこと・自然の変化

2011年09月27日 03時22分08秒 | Weblog
 宮城県山元町の復旧ボランティアであれっと思ったことがあった。私たちは道路のみぞ・側溝の泥をかきだして水が通るようにする仕事をした。割り当てられたのはコンクリートの蓋のある部分だったのだが、私を含め5人ほどは、横へ曲がった、蓋のない溝にも手をだした。溝の交差点にから横にでた溝だ。道路が交差しているから当然溝もそうなのだ。
 この部分は蓋がなかったので、土・砂が一杯になり溝があることさえもわからない。草もいっぱい生えている。長い枯れた草をかきわけ、引き抜き、やっとスコップを差し込む。底まで全部泥・砂をかき出し袋につめ込む。こんな作業でクタクタになった。
 あとで、あれっ!?と思った。それは蚊にさされていないのだ。まったく。家では、庭の植木鉢、枯れ葉の重なったところからいっぱい蚊がでてあっというまに2つや3つはさされる(大阪では蚊にかまれるという)。ところが、枯れ草をかきわけ、作業をしたのになんということだ。虫も飛んでいない。トンボもいない。
 きっと塩水に長くつかったので、そのため蚊や虫が発生しなくなったのだろう。
 また、杉と檜は、見た限り、すべて赤く枯れていた。無惨な風景だった。松は元気だった。もともと海岸は黒松の防風林がびっしりだったのだから、塩には強いのだろう。津波で黒松林はすいぶん倒された。社保協の方は、街の復旧とともに黒松林も復旧したいと意欲を語っておられた。
 自然の復旧にも、いましばらく時間がかかりそうだ。



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宮城県山元町で震災復旧支援

2011年09月24日 06時48分45秒 | Weblog
 23日(2011・9・23)19時に難波を総勢25人で出発。年齢構成は20歳から70代まで。西成・大正・港の医療生協の派遣チームだ。うれしいことにバスの座席は3列で30人乗りだった。これなら0泊3日の弾丸ツアーでも体が持つかもしれないと一安心。バスは阪神・名神から東名に行くのかと思ったら北陸道に入った。ずっと新潟までとばして、磐越自動車道に。福島県猪苗代湖から郡山で北に向かい東北自動車道へ。
 福島・宮城の境にある国見サービスエリアで大休憩5:50。うんこをし顔を洗って朝食だ。見るとテレビの全国B級グルメでやっていた「あぶら麸丼」があったので、これは食べなきゃと美味しくいただいた。白石ICでおりて海の方の山元町へ。宮城県ではずいぶん福島寄りだ。
 8時、山元町役場横のボランテイアセンターのテントへ。数人で来ている人たちもいた。医療生協の関西ブロックではこれまで独自に支援に入っていたが、こんど初めて社会福祉協議会との協力のもとで仕事をしたということだ。私たちに付いてくれたのは京都の社協から入っている人だった。
 看護婦さんもいたが土木現場仕事だ。海岸から2キロ位のところの道路の側溝の泥をかき出す仕事だ。すぐそばにJR常磐線の痕跡があった。なんと蒸気機関車がそのまま放置されていた。側溝のコンクリートのフタを取り、スコップで泥をすくう。泥状になっているが実は砂だった。津波で海の砂が運ばれたのだろう。依頼された150メートル分を終えた頃にはフラフラ。腰痛必死の様相。60過ぎた体には堪えた。水分がとれたあと土嚢袋に詰め込んで並べる。スコップで道路に残った土も掻いて一応終わったと思っていたら、一番年配の70歳は軽く超えている職人気質の方がススキの束をホウキがわりに掃除し出した。黙々と。それを見て社協の人が軽トラで竹箒を6つほど持ってきたくれた。それで道路を掃除した。つぎつぎとゴミと砂の山ができた。これも袋に詰めた。箒の目もあざやかにきれいに仕上がった。
 暑い一日だった。水を1・5ℓは飲んだのにほとんど汗になった。周りにはガレキは全くなく見た目にはきれいだった。台風で水があふれたらしく、側溝を埋めた土、砂をどけないといけなかったのだ。復旧作業もガレキレベルからここまですすんだということだ。
 でも道路の横のわりと新しい家は、一階のガラスはすべて割れ、家の中のフスマの上まで水に浸かった跡があった。家財道具はひっくり返ったまま。古い家はまったく悲惨な状況だ。ガラスも壁もやられ中は目も当てられない。壊すしかない。ひとつの家は戻って生活を始めていた。
 まわりはもともと水田地帯だ。だが、稲は植えられていない。塩害がひどいから。全体に地盤沈下したらしく、台風で田んぼは水浸しになった。海岸からもっと山の方へいくと津波を免れ、稲がたわわに稔っていた。
 ボランティアセンターの人は「速攻側溝隊」というTシャツをきていたが、側溝の延長距離も相当だ。まだまだ手が必要だ。これまで支援活動に来たいと思いながらも機会がなかった。医生協のおかげでほんのちょっとお手伝いができた。帰りのバスでは日帰り温泉にも浸かり、さっぱりして帰途についた。






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震災支援週末ボランティアにいってきます

2011年09月22日 02時42分31秒 | Weblog
 港、大正、西成の三つの医療生協が派遣する23日~25日の震災支援の行動に参加します。行き先は宮城県の亘理郡です。現地の社会福祉協議会のお世話で仕事の内容もきまったようです。ひとつ心配は強行日程です。いわゆる弾丸ツアーです。0泊3日。新幹線ではお金がかさむし、旅館に泊まるとさらに。で、バスの車中泊ということです。
 若い頃は夜行バスで信州のスキーによくいってたが、こんどは信州の二倍以上遠い。体がもつかな。私の体には、ヘルペスのウイルスが住みついていて、風邪を引いたり体力が弱まったりすると唇のまわりに症状がでる。全治2週間のやっかいなものだ。じつは、昨日の夕方からこれがでてきたのだ。なんででたのかわからない。夜、冷えたからか、朝8時から5時まで弁当を食べた20分以外びっしりだったからか。
 幸いにも抗ウイルス剤が残っていたので飲んだ。栄養ドリンクも。朝のうちに診療所へ行って薬をもらい、それを携行してバスに乗り込もう。あ、それから長靴を買わなくっちゃ。
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秋刀魚がおいしい・さんまの刺身

2011年09月20日 11時34分17秒 | Weblog
 秋刀魚がおいしい季節だ。しかも新鮮なものが出回っている。さんま料理をふたつ。
① さんまの刺身
 刺身包丁でさんまを尾の方から中骨に沿って引いていく。頭の近くで切り落とす。裏側も同じように引く。
 水で腹を洗い、包丁を寝かせて、腹骨を削ぎとる。
 頭の方から皮をつまんで尾の方まで引っ張ってはがす。
 身を三つに切る。身の真ん中に短い小骨が尾の方まで並んでいるので、これを包丁を引いて細く細く切り取る。つまり片身が細長く6つに切り分けられる。もう肩身も切って盛り付ける。
 おるし生姜とポン酢で食べる。
 
※以前は、肩身を普通の刺身の要領で頭の方からやや斜めに切って盛り付けていた。小骨はしょうがないとわりきって。小骨を骨抜きで取ることもできるが、そうすると身が崩れてくる。どこかの料理の写真でちらっとさんまの縦切りの造りをみた。そこではじめたのがこの方法だ。身がしっかりと厚みを味わうことができるし、いっさい小骨を気にしなくてもいいのでこれが最高だ。
 
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教育は20000%強制!

2011年09月20日 10時29分18秒 | Weblog
 教育は20000%強制だ。いわずとしれた橋下知事の名言だ。
 だが20000%には前歴がある。知事選挙には20000%出ないといったのに出た。だから2万%はいかがわしさの代名詞のようなものだ。
 思い出すことがある。橋下氏が知事になるずっと前に「徹子の部屋」に出演したときのことだ。橋下氏は、自分の子供が小学校で読書感想文を書くように指示されたがそれをいやがったことをテレビで訴えた。読書感想文を押し付けることが許せないというのだ。徹子さんは「まあそれはひどいわねえ」という受け答えをした。国語の授業では読書感想文を書くこともある。1年中読書感想文しかやらないのであれば不当だといえなくもないが、そんなことはまずない。
 2万%強制論とのかねあいはどうなのかずっと疑問だ。自分の子供はかわいいということか。
 幼児の頃、ことばがわからないときには強制という要素も必要な場合はある。でもことばを獲得してからは説得が教育の方法だ。たたいて大きくするとあとで大変なことになる。また家で学校や、先生への信頼を育てないと学校教育は成り立たない。学校と家庭は協力して教育をするのが原則だ。教育の一番の基本は信頼だ。信頼関係の構築なしに教育はおこなえない。
 橋下知事が教育委員や現場教員への処分のおどしで統制をしようという条例をあと1ヶ月で通して大阪市長に転身しようとしている。この教育基本条例の恐ろしさは並みのものではない。
 教育基本条例と20000%強制と徹子の部屋とが頭を交互によぎる。
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さようなら原発集会6万人・あたらしい社会の構築へ

2011年09月20日 06時43分21秒 | Weblog
 さようなら原発集会が9月19日、東京・明治公園でひらかれた。夕方のテレビニュース一斉に映し出された。ぎっしりの人、公園の外にもあふれた。脱原発の集会やデモは全国各地で小さいものは毎週のようにやられている。その集約点、結節点となったのがこの19日の集会だ。脱原発の新しい社会、人間を大切にする社会への大きい流れができたことを示した集会だ。
 一方で、日本経団連は原発推進、TPP推進、法人税減税・大衆課税、非正規雇用の拡大など命を粗末にし、社会のきずなを破壊する方向を求める。震災復興に資金を提供しない日本財界の度量の小ささはあきれるばかりだ。
 しかしとにかく、あたらしい人間社会への本流を大きくしなければならない。
 今日(2011・9・21)の『朝日』社説に「脱原発集会 民主主義が動き出す」というのがのった。集会の意義を認めた社説だ。「人々が横につながり、意見を表明することは、民主主義の原点である。」「60年安保では群衆が国会を取り囲んだ。ベトナム反戦を訴える街頭デモも繰り広げられた。それが、いつしか政治的なデモは沖縄を除けば、まれになった。」「しかし、東日本大震災から半年あまり、この国のどこか深いところで変化が起きている。とりわけ『脱原発』のうねりは、かつてない勢いで広がる。」「『私らには民主主義の集会や市民のデモしかない。しっかりやりましょう』呼びかけ人の一人、作家・大江健三郎さんの言葉が印象的だ『脱原発』は、私たちの民主主義に新たな1ページを刻む動きに見える。」うん、そのとおりだ。最後に、「新聞や放送などのメディアが変化に注目し、政党や政治家も問題意識を共有することが欠かせない。」で結ぶ。
 でも新聞や放送がというくだりは、本気で言っているのか。脱原発の運動を報じないで何が原発報道だ、イカサマ報道だと私は思っている。そのイカサマ報道も、こんどの集会では重い腰をあげた。『朝日』も記事を載せた。だがカラー写真がほしかった。橋下知事のくだらない発言やパフォーマンスには嫌というほど紙面を提供するのに、社会運動は完全にしりぞける。それがどんどんひどくなってきた。だから日本ではこの主張がいうように、運動が停滞した。正当に報道すれば、それ相当のひろがりはでてくるものだ。逆に小泉ワンフレーズ政治以後の特定の政治運動・政治家とメディアの結合は、与論と政治をあやつるようになってきた。日本のメディアは、中国やヨーロッパやリビアの社会運動については詳細に報道する。でも特派員も不要の、すぐ近くの日本の社会運動については徹底して、それほど嫌悪しなくてもいいのにと思うほど、報道しない。逆に政局報道というくだらないことには執着する。
 でも、脱原発運動にしろ、労働運動にしろ、社会保障運動にしろ、そういう抑圧を突破するエネルギーをもたなければならないのだが、脱原発を核にするあたらしい社会を構築しようという運動は、妨害をこえて進んでいくことはまちがいない。
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野菜中心の今日の料理

2011年09月16日 17時31分10秒 | Weblog
 今日(2011・9・17)の晩ご飯の紹介。中央図書館で戦争末期の軍隊の学校駐屯のことを調べていたが5時閉館。となりのスーパー・コーヨーで買い物。小松菜一把、シメジ1パック、小鯛3匹パック、さんまの焼き霜つくり、ナス5本パック。魚が安かった。

①小鯛の煮物
 小鯛のウロコを出刃包丁でこそげとり、腹に切れ目をいれ、はらわたを取る。
 魚用の浅い鍋に水1カップと生姜の細切りをいれ煮立たせる。
 小鯛を並べ、砂糖大さじ4、醤油大さじ3をかけ、7、8分煮て皿に盛り付ける。

②なすびのオランダ煮
 単になすの煮物なのだが、田舎では母がオランダ煮といっていた。
 なすび5本のヘタを切り落とし、洗って、縦半分に切れ目を入れる。農薬がついているのはぬるぬるしている。だがいまはそんななすびはほとんどない。
 鍋に出汁2カップ入れ、なすびを並べて蓋をして10分、出汁だけで煮る。
 みりん大さじ2、砂糖おおさじ1・5、醤油大さじ2をいれ、さらに8~10分煮る。
 火を止め、なすびの色が落ち着くのを待つ。
 茄子の紫色を大事にしたいので必ず蓋をする。ふたをしないと色がとんでしまう。紫色がいったん煮汁にとけこみ、茄子は茶色になるが、やがて醤油の色と合わさって紫色がもどる。

③小松菜のにんにく炒め
 小松菜を5センチの長さに切り、水で洗い砂をおとす。シメジの根を切りばらばらにする
 にんにくひとかけを包丁でつぶして、小さく切る。生姜を細切りにする。
 中華鍋に油大さじ2をいれ、にんにくと生姜をいれ香りをだす。
 そこに小松菜の軸の部分をいれてひと炒めする。中華だしを少しいれる。シメジと葉の部分をいれ、塩小さじ1をいれる。少し小松菜の汁が出るくらいまで炒めて皿に盛る。

④ピーマンのオイスターソース
 冷蔵庫残っていたピーマン1袋と赤ピーマン半分を洗う。
 ピーマンを半分に切り、へたをきりおとす。これをさらに三つに切る。赤ピーマンは細めに切る。生姜の細切りを用意する。
 中華鍋に油を入れ、生姜とピーマンをいれて炒める。
 胡椒を適量ふりかけ、みりん大さじ2、オイスターソース大さじ1、醤油大さじ1をいれ味をからめる。
 
⑤きゅうりといちじくの金山寺味噌
 冷蔵庫にきゅうりといちじくの残りがあったので。
 最初、きゅうりを斜め切りにしてもろみ味噌をあえようと思ったのだが、イチジクの残りがあったのでこれを二個皮むきでむいて、縦に四つに横に二つに切って、もろみキュウリの周りに盛った。もろみが少なかったが、金山寺味噌の残りがあったのでこれをきゅうりの上にのせた。
 イチジクのほのかな甘味にほんの少しの味噌が合った。

⑥サンマの焼き霜づくりは買ってきたのを皿に盛るだけ。
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橋下維新の教育基本条例が教育を破壊する

2011年09月16日 03時09分01秒 | Weblog
 橋下維新の教育基本条例を実行したら、大阪の教育は復興不能なまでに破壊される。それはなぜか。教育の条理、原理に反することをやるからだ。制度はいったんきめたら、あともどりがきかず暴走し、被害は甚大になる。
 昨日(2011・9・16)教育委員会議が開かれた。その様子は夕刊で報道されたが、組合(府高教)からも代表が傍聴に入った。教育長を含む6人の教育委員の誰一人橋下維新条例に賛成しなかった。批判噴出だった。陰山委員は「いささかも、根本的に同意できない」といった。さらに教育委員総辞職以外にないとも。
 私は、これまで教育委員の面々が橋下氏の教育への不当な要求を次々と受け入れ、付き従ってきたことを苦々しく思ってきた。橋下の臣下かとさえ思ってきた。その人たちでももう、いささかも同意できないのだ。すくなくとも教育の現場を知っている人にとっては、橋下維新のやろうとしていることは教育の条理に反するゆえにもう同意できないのだ。
 条例案が憲法違反、法律違反の条例だということはこのブログで指摘した。法律家である橋下氏がつくったことについて、他の弁護士たちは「これが同じ弁護士がやっていることかと思うと恥ずかしい」という。恥もすててやろうというのは、政治が教育を押さえるためだけだ。政治が教育を押さえること自体、違法で、やり方も違法。
 テストの成績を学校別に公表する。1から100まで学校がランク付けされる。上になれば喜ぶものもいるだろうが、そうでないものには屈辱しかない。思いやりのみじんもない。地域ごとにランクが付く。学力は現実的には地域ごとの経済力に対応している。残念ながら。だから教員はそれに抗して努力している。これをふうみにじるものだ。悲しくてやりきれない。
 定員割れが3年続いた府立高校は廃校にする。私が以前勤めた定時制などはまたたくまに廃校だ。橋下氏が北野に通っていた頃、夜に学ぶ定時制生徒のことなど頭にあっただろうか。定時制は社会のセーフティーネットだ。全日制でも、いわゆる困難校や地理的に不便なところの高校は定員割れになった(今年は橋下知事の意図的な予算措置によって見事に仕組まれた定員割れだった。この点は前に書いた。)。学校の設立にはそれぞれ思いがこもっている。広い土地を割安で提供した地域の人の思いも。なんでもかんでも好きに、思い通り引きずり回したら、権力者はやったーとスッキリするのだろうが、やられる方はたまらない。
 公立高校の学区を全廃する。9学区が4学区にされて、成績下位の生徒は、近い高校にいけず、遠い学校にいかざるを得なくなっている。交通費がかさむ。退学率がふえる。全府1区にすると格差ランク付けが極限まですすむ。橋下さんには気持ちがいいのだろうが生徒はたまらない。それでなくても、日本の競争教育は国連の人権委員会から何度も是正勧告をうけているのにもっとひどくなる。競争の教育のために不登校に陥る生徒が大変な数になって久しい。
 教員の5%をDランクにして2年続くと首の対象にする。今も成果主義評価をやっている。校長もふくめてこれには批判がつよい。教育という仕事には、何の役にもたたない、弊害が多いからだ。いまは絶対評価でやっているが、これを相対評価に変え、毎年5%最低ランク者をつくりだす。今でさえ評価が恣意的だと不満が強いのに、5%だとむりやり3、4人を血祭りに上げることになる。先生は、いろんなタイプの生徒にさまざまな関わり方で結びつき指導をしている。子どもは百人百様だ。昔のように一律にやればそれですむということはない。一人や二人の我が子でさえ、子育てに悩む時代だ。学校では、多様な接近、多様なチャンネルが必要だ。いろんな教員がいないとダメだ。成果主義は、影で果たしている役割などそこのけそこのけだ。ビシバシ評価して、どんどん排除する。恐怖の職場が出現する。目を付けた教員を排除するために恣意が闊歩する。こびへつらうものがでてくる。教員のモチベーションは生徒の笑顔、伸びようとする姿に触れること、これがすべてだった。
 校長は任期制、民間ふくめ誰でも、マネジメントがすべて。校長は教育のリーダーだ。マネジメントに徹するというのは、知事が決めた目標をやるのがすべてということ。教育の課題は日々児童生徒のなかにある。リーダーとしての見識が問われることがしょっちゅうだ。そこに上から売上目標のように知事の目標をふりまわすのは混乱をまねくだけ。府教委によれば、今でも管理職になろうとするものが少ないという。真面目な、立派な、この人を見よというべき教員はおしなべて管理職になろうとしない。徹頭徹尾教育者であろうとしているからだ。授業への意欲を失った人が管理職に走るといったら言い過ぎか。それはともかく、知事の手下としての校長にはなり手がさらに減るだろう。そこで民間人校長のオンパレードとなる。橋下維新の息のかかった人なら誰でも校長になれる。ここに至って教育破壊は形をととのえる。
 戦後66年、かつて見たことのない教育破壊の計画を許してはならない。乱筆失礼。
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ヨーロッパの富豪が、増税ならわれわれにと主張

2011年09月11日 11時29分55秒 | Weblog
 ちょっと前になるが、『しんぶん赤旗』2011・9・1付け外信面にロンドンの小玉特派員の面白い記事があった。
「欧州の富豪ら主張『増税なら、われわれに』 生活予算削減に異議 独50人・仏16人・伊フェラーリ社長ら」という見出しの記事だ。
 ドイツの資産家50人のグループ「富裕層に資本課税を」が29日、メルケル首相に「財政赤字の打開策は、貧困層に不釣合に痛手となる歳出削減でなく富裕層への増税だ」と主張した。フランスの富豪16人も財政赤字削減のため富豪を対象にした特別貢献税の創設を提唱した。化粧品大手、石油大手さらに航空エールフランスのCEOらが名を連ねている。イタリアでも自動車大手のフェラーリ社長が「富裕層に求めることから始めなくてはならない」と語っている。
 これらは、富裕層への増税を呼びかけた米国の投資家ウォーレン・バフェット氏の訴えに呼応したもの。彼は、『ニューヨーク・タイムズ』紙15日付けに「超大金持ちたちを甘やかすのはやめよ」と題して寄稿し、自らを含む富豪への増税を政府に求めていた。

 弱肉強食の新自由主義万々歳の日本では考えられない動きだ。日本で金持ち増税をいっているのは共産党くらいのものだ。新聞などは、庶民増税の消費税増税一本やりだ。日本では貯蓄ゼロの世帯がふえているし、高校では大学進学の奨学金(実態はローン)の説明に生徒がおしかけ、何教室も用意しなければならない事態になっている。労働者の賃金は減り続けている。正規雇用はへりつづけ、非正規雇用がついに38%にも達した。
 日本の所得税の最高税率はかつて1983年までは75%だった。その後どんどん引き下げられ、今は40%である。83年までは、様々な控除分を引いた課税所得1000万超が42%、1200万超が46%、1500万超が50%、2000万超が55%、3000万超が60%、4000万超が65%、6000万超が70%、8000万超が75%だった。それが今は、課税所得195万以下が5%、195万超が10%、330万超が20%、695万超が23%、900万超が33%、1800万超が40%となっている。最高税率が大幅に下がっているだけでなく、5000万の人も8000万の人も、2億、5億の人も上はいっしょ。超高額所得者にはゆるゆるだ。
 だから、超高額所得者の実際の所得税負担率は所得の多い人ほど税率が下がっている。所得100億以上では14・2%らしい(2007年)。つまり株式等の所得(税率10%)と分離課税になっているため、総所得が多くても実際は税率がどんどん下がる。すごい世の中だ。「努力した人がむくわれる社会を」という新自由主義の理想社会ができ上がっている。でもこのスローガンはインチキだ。むくわれなかった人は努力しなかったとはいえない。実際は、努力してもむくわれない人がほとんどだ。
 日本では、財政再建、社会保障費用といえば消費税に直結させようとする。でももっと税負担して当然の人が負担すべきだ。日本の所得税の累進制は社会の安定のため、社会が疲弊しないための所得の再分配機能を果たしてきた。でもそれが壊れてきている。修復しないと社会が崩壊する。
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やはり違法はかくせない 大阪府教育基本条例

2011年09月03日 02時13分25秒 | Weblog
 8月の末になって、大阪維新の会の「大阪府教育基本条例(素案)」を手に入れた。長文、詳細であるが、政治権力が教育行政と学校を支配する意図で貫かれている。
 前文では「教育行政からあまりに政治が遠ざけられられ、教育に民意が十分に反映されてこなかったという不均衡な役割分担を改善し、政治が適切に教育行政における役割を果たし、民の力が確実に教育行政に及ばなければならない。」という。
 政治権力から教育行政を独立させるという大原則に攻撃の矛先を向ける。政治権力の教育支配をねらう。教育も民意をうけてやらなければならない、その民意は選挙で出てきた知事であり維新の会だというのだ。いったん選ばれた権力者の考え、行動はすべて民意だと。だがもともと学区の撤廃、学校の統廃合、競争の徹底などが民意、世論として形成されているわけではない。選挙を通過すれば、権力者のどんな思いつきも民意だといいつのる。
 だが政治家の考えが民意だという言説にはうそがある。教育における民意とはなにか。それは直接教育を受ける児童生徒の保護者の願いだ。これと離れたところに教育への願いすなわち民意などありえない。あるのは政治的な狙いだけだ。
 教育における民意とは、保護者から願い、具体的要求だ。その要求をまとめ上げたものが民意だ。個別要求には、学校として応える。学校の取り組みを教育委員会に反映することが大事だ。保護者の教育要求は昔に比べ強くなっている。わが子への思いは強い。
 橋下氏が権力をにぎって以後の3年余、知事が教育委員会に指図をしてやらせたことはたくさんある。学力調査の成績公表、特別進学コース文理科設置、英語やその他成績を挙げた学校の優遇など競争主義の徹底をはかってきた。さらに教育委員会をも無視して入試に混乱をもちこんだ。これら教委への指図自体が、教育法体系のもとでは違法なものだ。思いのまま教育委員会をあやつってきたのにも満足できず、さらに根本から制度をひっくり返そうというのが、こんどの教育基本条例だ。違法に違法を重ねるものだ。指図をする場面を知られないように気をつかうのに苛立ちをおぼえ、条例で知事が目標設定できるようにしようというのだろう。
 これが通れば、保護者からの願い、要求を積み上げていく、教育本来のやり方は否定され、知事が決めた上からの目標を達成することが学校の任務となる。教育の破壊だ。

 「教育基本条例案」とつくった人々は自らの違法には気づいているわけで、前文ではこうもいっている。「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」では、23条と24条で教育委員会と知事・市長の職務権限の分担を規定し、教育委員会に広範な権限を与えているが、一方、「25条においては、教育委員会及び地方公共団体の長は、事務の管理・執行にあたって、『条例』に基づかなければならない旨を定めている。すなわち、議会が条例制定を通じて、教育行政に関与し、民意を反映することは、禁じられているどころか、法律上も明らかに予定されているのである」と。条例をつくれば、教育委員会を下に従え、知事が教育目標を設定し、それを教委、学校が忠実に実行する、不十分な教育委員は罷免するという、教育を権力者が支配することが違法どころか、法律上も予定されている、すなわち合法だというのだ。
 こんな陳腐な論を書かねければならないのがこの条例案の弱点だ。「地方教育行政法」の25条を引用しよう。
「第25条 教育委員会及び地方公共団体の長は、それぞれ前3条の事務を管理し、及び執行するに当たっては、法令、条例、地方公共団体の規則並びに地方公共団体の機関の定める規則及び規定に基づかなければならない。」
 25条に、条例にもとづいて事務を執行しなければならないとあるのにとびついて、これを使えばなんでも出来る、議会多数の力でなんでもできる、教育をわがものにできる、違法のそしりを免れることができると思ったのであろう。浅はかだ。25条は、事務の執行にあたっては、法令、条例、規則、規定に基づかなければならないとしているのであって、当たり前のことを述べているにすぎない。つまり法に基づかなければならないと。条例の文字があるから、これを使えばなんでも思いのままとはあまりに自分勝手だ。条例で法を覆すことができるのなら、規則、規定も書かれているのだから、条例よりさらに下位の規則、規定で法を覆すもできるということになるではないか。
 そもそも、法が法の一番の趣旨(政治権力からの教育の独立)を否定することを下位の条例にゆだねることなどありえない。憲法第94条を再び引用しよう。
「第94条 地方公共団体は、その財産を管理し、事務を処理し、及び行政を執行する権能を有し、法律の範囲内で条例を制定することができる。」
 地方公共団体は、法律の範囲内で条例を制定できるのであって、法律を覆す内容を条例で制定することはできない。
 結論。「大阪府教育基本条例案」は違憲、違法のしろものだ。
 
 














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新藤兼人監督「一枚のハガキ」を見る

2011年09月02日 15時07分16秒 | Weblog
 8月末、テアトル梅田で「一枚のハガキ」を見た。99歳の現役、新藤兼人監督渾身の作だ。新藤さんは32歳の時に召集されて、予科練が入るため天理教の宿舎の掃除に従事した。作業終了後、召集された100人のうち60人がフィリピンに陸戦隊(海軍)として送られ、途中、米軍の戦艦に撃たれて水没。あとの40人のうち30人が潜水艦にのせられたが生きてはいない。残った10人が宝塚歌劇団に送られ、予科練の宿舎にするための掃除に従事。掃除がおわり、4人が海防艦の機関銃士となった。残ったのは6人。やがて戦争は終わり、6人が生きて帰った。94人が戦死した。
 新藤さんはその6人のひとりだ。生かされた人間として、この映画をつくったと新藤さんはいう。戦争は2等兵、1等兵がやる、偉い人がやるんじゃないと新藤さんはいう。2等兵である民衆が死ぬと、やっと保っていた貧しい家庭がいっきにむちゃくちゃになる。それを伝えたいと、この映画をつくったのだ。
 戦争末期には中年の男性もつぎつぎ召集された。1945年には兵役義務年齢が45歳に延長された。北野夜間中学でも教員の応召がふえた。1942年2名、1944年5名が45年には14名に増えた。そのうち9名は今でいう非常勤で昼の北野中学校の教諭だった。なかには職歴22年の人も応召している。
 新藤さんらは海軍飛行予科練習生の宿舎の整備に従事したのだが、そんなに宿舎が足りなかったのか。予科練は操縦士を養成する。アジア太平洋戦争に入り、操縦士の消耗がはげしくなり、もともと予科練の志願者は千人台だったのが、1943年から各中学校に志願の割り当てがきて大量に送り込まれるようになった。中学校を中退して行く甲種では、志願者は43年31353人、44年87704人、45年23792人と激増した。北野夜間でみれば、志願者の半分が合格・入隊しているので、全国では相当数になったであろう。必然的に練習生の教育・訓練の施設、航空隊も増設され、全国19ヵ所となった。天理教の宿泊施設はたくさんあったので接収されたのだろう。
 映画は、豊川悦司、大竹しのぶが主演だが、大竹の迫真の演技に圧倒された。
 
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