白井聡氏の『長期腐敗体制』(角川新書、2022年)第5章で実に興味深い、ある意味衝撃的な調査が紹介されている。
それはアメリカの大学で教鞭をとる堀内勇作氏の日本の有権者の政治意識についての調査だ。政党の政策の評価と投票行動が有権者の中でどう関連しているのかを検証したものだ。この調査では、「コロナ対策」「外交・安全保障」「経済政策」「原発・エネルギー」「多様性・共生社会」の5つの分野について2021年総選挙で各党が掲げた政策をランダムに割り振り、架空の政党に分けて政策一覧表をつくる。架空の党の政策一覧を2つ並べて、どちらを支持するかを問う。これをくりかえしてどんな政策が支持されているかを明らかにする。
その結果、もともと自民党の政策だったものはあまり支持されていないことがあぶりだされる。とくに「原発・エネルギー政策」「多様性・共生社会」では最低の数字だ。逆に共産党の「経済政策」は極めて高い支持を受けている。白井氏はこの結果は政治学者の常識を粉々に打ち砕くと評した。有権者は政策を基準として投票先を決めているだろうという常識は現実と大きく乖離していることが明らかになった。白井氏は日本の有権者は政策をロクに見ていないと断ずる。
では、自民党の政策は支持されていないのになぜ選挙で勝つのだろうか。堀内氏の研究は先に進む。ランダムに並べられた政策一覧の一方を自民党の政策として提示し、もう一つの一覧を架空の党の政策として選ばせると、どんな政策でも「自民党の政策」として提示されると大幅に支持が増えた。安保条約廃棄という共産党の外交安全保障政策も「自民党の政策」として提示されると、過半数の被験者から支持された。
つまり多くの有権者は政策を自分の目で確認をしておらず、なんとなく自民党への好感から、あるいはコロナ禍によって根拠なしが証明された自民党の政権担当能力があたかも自明のごとく備わっているかのような幻想が投票行動を支配していることがわかった。
じつに深刻な事実が明らかになった。白井氏は「これほどの政治的無知が最近始まったのか、それとも昔から存在しているのかについては何とも言えません。ただはっきりしているのは、有権者の大半がこのように思考停止しているのであれば、そんなところで選挙などやっても無意味である、ということです」「野党の実力がどうだとか政策の打ち出し方がどうだとか以前の問題です」という。
京都在住の白井氏はこれにつづいて、大阪での維新の政治支配について、これも上の状況と同j列だという。維新の統治能力の実態は大阪でのコロナの死亡率が全国一高いという事実があるにもかかわらず、これがほとんど知られず、維新吉村知事はコロナでよく頑張っているという評価がまん延し、得票を伸ばした。吉村知事はコロナの間、連日大阪のテレビ局を渡り歩いて頑張ってる感を振りまき続けた。アナウンサーやコメンテーターは死亡率にはいっさい触れず、応援団としてよいしょし続けた。テレビ局は視聴率稼ぎのために吉村知事を奪い合った。テレビと維新の合体によって事実を批判的にみるというかつての大阪の政治風土はあとかたもなくなった。
有権者が政策を検証しないという風潮は戦後社会の本来的なものではなかろう。民主党政権崩壊後の「2012年体制」のもとではびこった病だとみるべきだと思う。
白井氏は「2012年体制は、戦後日本社会全般の行き詰まりと劣化の産物そのもの」だという。そして日本人が抵抗することを長い間忘れてきた倫理的退廃を基盤として、腐敗の大輪を咲かせたのが「2012年体制」だという。