山上俊夫・日本と世界あちこち

大阪・日本・世界をきままに横断、食べもの・教育・文化・政治・歴史をふらふら渡りあるく・・・

大阪歴教協研究大会で報告

2009年06月28日 08時49分17秒 | Weblog
 昨日(09・6・27)大阪歴史教育者協議会第44回研究大会で「北野夜間中学とアジア太平洋戦争―朝鮮人生徒の思想調査など―」と題して報告する機会をいただいた。歴教協の会員でない方が何人も来て下さり、報告を聞いていただいたのは大変ありがたいことだった。
 1時間の予定で準備をした。いつものどろなわで、報告文書をつくるのに、追い込まれて大変だった。朝鮮人生徒の問題とともに生徒全体が戦争体制の下で翻弄される姿をわかりやすく伝えたいと思った。なんとかこの願いは達せられたのではないかと勝手に思っている。1時間のつもりだったが、司会の土井さんから質問時間いれてということをいわれ、じゃ50分でということで話した。準備の過程では、もしかしたら時間に収まらずに破綻してしまうのではないかという恐怖心とまではいかないが、心配があった。また、からまわりして、聞いてくださる方にうまく伝わらないことがなければよいが、とかが頭にあって、始まる直前まで心配がつきまとった。
 でも、いつものことだが、始まってしまえばそれはそれでなんとかなるもの。皆さん関心をもっておられる方ばかりだから。
 自分のことより、午後の、平井美津子さん(西山田中学校)の「『まるごと社会科・公民』を作成して~プリントの作り方・使い方」、松崎康裕さん(門真なみはや高校)の「アルバイトの調査から見える高校生の姿」は大阪の代表的な実践家の報告で中身たっぷり、得るところ大だった。平井さんの分厚い公民の本を買ってしまった。松崎さんも全民研の機関誌(といっても350ページもある分厚い本)を持ち込んでいた。『民主主義教育21 現代資本主義は変わったか』だ。2000円だ。分厚さに比べて安い。おすすめだ。
 さらに神戸女子大学の松崎喜良さんの「いま、憲法の生存権規定をどう生かすか」という題の記念講演(90分)。ケースワーカーとしての長い実践をふまえた講演は、社会科教員も生活相談に応じられる、あるいは専門家とのあいだをつなぐ役割が、いまの時代求められていることを強く感じさせてくれた。
 盛りだくさんの研究大会だった。次回以降、多くの教職員の参加呼びかけたい。
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梅田ー関空「リニアで8分」の妄想

2009年06月20日 07時50分57秒 | Weblog
 今日(09・6・20)の「朝日」に、橋下知事が梅田・関空をリニアモーターカーで8分でむすぶ、事業費1兆円の「新構想」をぶち上げたと報じた。こんなことを府の事務局に調べさせて発表しているのだ。いいかげんにしてほしい。
 知事は、新大阪ー関空を30分台でむすぶなにわ筋線をすでにぶちあげている。そのいかがわしさ、30分台という唯一のウリがありえないウソだということを、わたしは4月19日のこのブログに「橋下知事 なにわ筋線で新大阪ー関空30分台の大ウソ」と題して書いた。
 毎年2200億円削減によって社会保障がどれだけズタズタになっているかを考えれば、国の事業であってもリニアなど絶対いらない。特急はるかも関空快速も、南海ラピータもある。接続は十分だ。
 こんなばかな妄想を記事にする感覚もどうかと思う。橋下氏がなんでもしゃべれば記事にしテレビで報じる。人気がでるのはあたりまえだ。新聞・テレビ(特にテレビは毎日のように)がもちあげるのだから。この記事も、いかがわしさをえぐって書くくらいの知恵があってもよいのにと思う。これでは単なる垂れ流しだ。
 
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「研究費獲得教員に報奨金」の堕落

2009年06月15日 07時47分09秒 | Weblog
 先日の「朝日」に「研究費獲得教員に報奨金 大阪府立大」という見出しの記事があった。大阪府大では国や企業から研究費や寄付金を獲得した教員に、報奨金をボーナスに上乗せして支給するという。獲得額の1%、上限は50万円。今回は、182人に計2017万円の支給だそうだ。
 大阪府大では、「橋下知事から『府民に存在意義が十分理解されていない』と批判され、存廃を含めた抜本改革の議論が進む。報奨金で教員の意欲を引き出し、研究の充実や大学経営の改善につなげる狙いだ」そうだ。
 そもそも大阪府大が府民に存在意義が理解されていないとどうしていえるのか。研究の個々の中身を知らないのは当たり前で、だからといって、大阪府大の存在意義はない、つぶしてしまえと言う世論は今まで聴いたことがない。唯一そういうことをいったのは橋下知事だけだ。彼は人気があるから、自分の言うことが世論だというのだろうが、とんでもない独善だ。
 それにしても情けないのが府立大当局だ。研究費を獲得した教員に報奨金?報奨金で教員に研究意欲がでる?まったくばかげている。
 思い出されるのは、ノーベル賞を受賞した益川敏英さんの発言だ。受賞はうれしいですかと聞かれて、益川さんは、あまりうれしくありません、世俗的なことですから、理論が実験で証明された時点ですでに決着がついたからです、という主旨の発言をした。ノーベル賞に対してでも、研究の正しさが証明されることが喜びであるといった。
 報奨金で意欲を引き出すとは、その思想はあまりに貧しい。真理探究のよろこびとは相容れない原理だ。
 こういう発想をするところまで府立大当局を追い込んでいるのが橋下氏。大阪市立大と統合すると脅しをかけている。大阪市大は府のものではないのに、勝手に統合するという非常識発言にはあきれる。大阪市大は府立大との統合話に応じることは100%ないだろう。とすると統廃合という脅しをかけて、教育研究組織を企業組織に改変し、利益を生まない研究を淘汰し、府立大への交付金を大幅削減しようというのが、橋下氏の当面の狙いだろう。いずれにせよ、研究教育機関を新自由主義的な経済論理で解体再編しようと狙っている。
 
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鶴彬 その2

2009年06月13日 08時42分33秒 | Weblog
 『鶴彬全集 一叩人編1998年版』より、喜多一二・鶴彬の川柳作品を紹介しよう。

15歳
 皺に宿る淋しい影よ母よ
 表現派の様な町の屋根つゞき
 悲しい遊戯を乗せて地球は廻る
 肥臭い侭の身体のある誇り
 鳥が枝に止まるが如き人の生命
 弱き者よより弱き者を虐げる
 求めずして子等は与へられ
 
16歳
 一銭銅貨子供は確乎(しっかり)握ります
 眼をつむり念仏する真っ暗さ
 裏長屋押潰されたやうに低い
 嵐に勝って帰(き)た男に妻がゐる
 風と波の 奮闘に泣く浜の女
 暴風と海との恋を見ましたか
 仏さまと呼べど答へなし
 咽喉の奥にうそをためてる
 三角定規真ン中に住める

17歳
 仏像はあはれ虚栄を強いられて
 経文へ老僧水洟(みずばな)ぽとりぽとり
 流る水一つの哲理を持たざりき
 電線に唸り伝へてあらし過ぐ
 棒杭と水、さやうなら、さやうなら
 花紅、柳緑と太陽の認識
 宿命の軌道を汽車は煙吐きつつ
 資本主義の工場ニヒリストの煙突
 神代史男神けものと恋をする
 太陽の注射! 街、朝の蘇生
 地上が太陽の思想にかぶれた、夏
 若葉の圧力の下で女と語る

18歳
 君よ見ろ、兵器工場の職工募集
 米つくる人人、粟、ひえ、食べて
 マルクスの銅像の立つ日は何時(いつ)ぞ

19歳
 遂にストライキ踏みにじる兵隊である
 肺を病む女工小作争議の村へ
 大砲をくわへ肥った資本主義
 指のない手に組合旗握りしめ

20歳
 淫売も出来ず馘られた老工女
 肺を病む乳房にプロレタリアの子
 仇に着す縮緬織って散るいのち
 出征のあとに食へない老夫婦

21歳
 食堂があっても食へぬ失業者
 猥談が不平にかはる職場裏
 三・一五うらみに涸れた乳をのみ
 三本きりしかない指先の要求書

21~24歳は金沢第7連隊入営、および「第7連隊赤化事件」で衛戍監獄に。

25歳
 しなびた胃袋にやらう
 鬼征伐の
 キビ団子!
 
 工場へ! 学校へ!
 わかれて行けといふ
 道だ!

 捨て売りの
 いのち織り込んで
 人絹のダンピング

 姉妹
 つぎつぎに売って
 不作!

 綿ほこりで腐った胸に
 レールは村へ ―
 ひた走る

 これしきの金に
 主義!
 一つ売り 二つ売り

26歳
 首をくくるさへ
 地主の
 持山である

 ふるさとは病ひといっしょに帰るとこ
 地下へもぐって春へ春への導火線
 奪はれた田をとりかへしに来て射殺され
 銃剣で奪った美田の移民村
 凶作の村から村へ娘買ひ
 働けばうづいてならぬ……のあと
 土工一人一人枕木となってのびるレール
 玉の井に模範女工のなれの果て
 みな肺で死ぬる女工の募集札

27歳
 空家がありあまるといふのにベンチベンチの野宿
 ゴミ箱あらさせるために産みつけやがった神様の畜生
 ざん壕で読む妹を売る手紙
 修身にない孝行で淫売婦
 仲間を殺す弾丸をこさへる徹夜、徹夜
 暁をいだいて闇にいる蕾
 枯れ芝よ! 団結をして春を待つ
 貞操を為替に組んでふるさとへ
 こんなでっかいダイヤ掘って貧しいアフリカの仲間達
 銀座裏ヅケを争ふ人と犬  註・ヅケは残飯の意
 監督に処女を捧げて歩を増され
 嫁入りの晴衣こさへて吐く血へど
 奴隷ではない女らの手のヨイトマケ
 内地人に負けてはならぬ汗で半定歩のトロ押す 
               註・半定歩は日本人の賃金の半額の意
 ヨボと辱められて怒りこみ上げる朝鮮語となる
 鉄板背負ふ若い人間起重機で曲る背骨
 母国掠め盗った国の歴史を復習する大声
 春の太陽へ廻る地球の奴隷たち
 地球まだ老ひぼれず奴隷の春近し
 セメントでこわばった白い肺で血も吐けないのだ
 もう綿くずを吸へない肺でクビになる
 サナトリウムなど知らぬ長屋の結核菌
 紡績のやまひまきちらしに帰るところにふるさとがある
 タマ除けを産めよ殖やせよ勲章をやろう
 これからどうして食ってゆこうかと新婚の夜を寝つかれず
 昂奮剤を射された羽叩きでしゃもは決闘におくられる
 賭けられた銀貨を知らぬしゃもの眼に格闘の相手ばかり
 稼ぎ手のおんどりを死なしてならぬめんどりの守り札
 しゃもの国万才とたほれた屍を蠅がむしってゐる
 稼ぎ手を殺してならぬ千人針
 花園の蜜をあつめて奪られる箱を与へられ
 蜜箱空っぽにする手を知らず稼ぐばかりの蜂である
 
 高粱の実りへ戦車と靴の鋲
 屍のゐないニュース映画で勇ましい
 出征の門標があってがらんどうの小店
 万歳とあげて行った手を大陸へおいて来た
 手と足をもいだ丸太にしてかへし
 胎内の動き知るころ骨がつき

 最後の6句は、1937年11月15日発行『川柳人』に載った最後の作品。
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 天声人語に鶴彬が紹介される

2009年06月08日 10時06分05秒 | Weblog
 昨日(09・6・7)の朝日の「天声人語」に反戦川柳作家・鶴彬(つるあきら)のことが書かれていた。鶴彬(本名・喜多一二・きたかつじ)は川柳で国家に刃をむけ、国家に命をうばわれた人だ。この鶴彬の生涯を映画化した「鶴彬 こころの軌跡」を紹介している。監督は、「ハチ公物語」「月光の夏」や「郡上一揆」などをつくった神山征二郎さんだ。
 鶴彬は、1909(明治42)年、石川県高松町生れ。少年時代より句作をはじめ、「北国新聞」に投稿していた。やがてプロレタリア川柳を提唱するようになり、仲間とともに19歳で検挙された。澤地久枝は、彼の「おそれを知らない文章」と率直な行き様に思いを寄せる。
1930(昭和5)年、第9師団金沢歩兵7連隊に入営。翌31年、兵営内に「無産青年」紙を持ち込んだことで7連隊赤化事件として軍法会議にかけられ、懲役2年とされ、大阪衛戍監獄(えいじゅかんごく)に囚われた。衛戍監獄は大阪城内にあった。いまも一部遺構がのこる。大阪市の大阪城公園事務所がそれだ。大手門から入ってすぐ右手にある。高いレンガ造りの塀は当時のものだ。師団司令部のある戦争の一大拠点大阪城は、反戦抵抗の場でもあった。
 17歳で大阪の町工場に勤めたが、以後、軍隊生活をはさんで、故郷と東京での生活をおくり、句作と評論の活動をおしすすめた。
 1937(昭和12)年12月3日朝、出勤を待ち伏せていた特高警察によって、治安維持法違反で検挙され、中野区野方署に留置された。権力の恣意によって延々と留置された。野蛮なとりあつかいと粗末な食事は体力を消耗させた。翌年8月後半、赤痢にかかった。警察は治療をせず、肉親を呼びつけ、自費治療を命じなからも釈放はしないという不当な仕打ちをした。豊多摩病院に移されたが、重篤となり、9月14日死亡した。お通夜に野方署の人間がきて型どおりのくやみをのべたのに対して、母は「殺しておいて今さら何を言うか」と詰め寄った。まさに、警察権力によって殺されたのだ。
 赤痢菌は食物や水により伝染する病気だ。鶴は差し入れもとだえ、警察の食事ではやせ衰える一方だった。だから差し入れの食事に赤痢菌が入っていたとは考えにくい。とすれば、警察の食事か水が原因となる。だが、他の留置者も含めて集団感染したということではない。だとすると疑念は深まる。鶴彬は、頑として屈しない男だった。激しく抵抗する人だった。特高は鶴を人一倍憎んだだろう。私は以前から、鶴彬は特高によって、赤痢菌を盛られたのではないかと思っていた。
 昨日、金沢の川柳人岡田一杜(いっと)氏の『川柳人 鬼才鶴彬の生涯』(機関誌出版、1997年)を読んだら(当時買って読まずにそのままになっていた)、年譜の後に、重要な証言が載せられていた。

 元731部隊で従事し、伝染病棟の医師でもあった湯浅謙氏は、数年前広島で開催された「731部隊展」の折に、川柳「和」同人の質問に対して次のように答えている。
 (解答要旨)「1937年頃<丸太>は傷病兵に対する隠語であった。留置場で普通の赤痢で死亡することは皆無である。とても考えられない特異な例だ。赤痢菌添加物を食べさせ実験をしてから、赤痢菌多量接種して死亡させる、は考えられる。―皇軍による罪科の殆どは証言者が現れ解明されているが、特高関係については未だに誰も詳言して呉れない。だから特高の本当の任務内容が闇の儘である。証言者が現れたら赤痢菌を接種されたかどうか見当がつくのだが―。鶴彬は(731部隊用語の)マルタ1号にされたのではないでしょうか。」

 鶴彬の死の真相は究明されなければならない。
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橋下知事、府庁移転で責任転嫁再び

2009年06月06日 08時21分17秒 | Weblog
 昨日(6月5日)の夕刊(朝日)に、「橋下知事発言は責任転嫁 平松市長が会見で反発」と言う見出しの小さな記事があった。以下、引用する。

  「私の頭に浮かんだ4文字熟語は責任転嫁」。大阪市の平松邦夫市長は4日の 記者会見で「大阪ワールドトレードセンタービルディング」(WTC)への大阪 府庁移転が頓挫した理由を市側の責任などととらえた橋下徹知事の発言に強く反 発した。
  橋下知事は先月の府議会で府庁移転条例案否決の理由として「市の本気度が感 じられない。防災も解明すべき点があるという2点がポイントだったと思う」と 答弁。これに対し平松市長は「知事と2人で『本気度はある』と言って府市で都 市構想を出した。これで本気度足らんと言われたら、どうすんねん」と語った。
  橋下知事が「WTCへ市役所も移れば、府庁も行く話しになる」と述べたこと にも、「市役所も府庁も全部入れるスペースはなく、現実的にはあり得ない」と 不快感を示した。

 府庁移転がうまくいかなかったことについて、橋下知事は当時、部下に責任転嫁した。部下のやる気が足りなかったからだと。3月26日のこのブログに「部下に責任転嫁・負将の弁」というのを書いているのでご参照を。
 今度は、平松市長と大阪市に責任があると言った。これに対する平松市長の批判は納得がいく。
 私は、「WTCへ市役所も移れば府庁も行く」という橋下知事の議会発言を聞いた時、「市役所もなどと変なことをいうなあ、まだ移転をあきらめていないのか」と思った。府庁移転案は市の部局がWTCから出て行くということが前提だったのに、何を変なことをいうのかと思った。
 平松市長は当然、WTCには市役所も府庁も入るスペースはなく、ありえないといった。その通りだ。
 これに対し、昨日、橋下知事は、テレビがおしよせる記者会見で、「『府と市が移ったらキャパ(スペース)がない』とか、行政の理屈としか思えない。何百億の金を放り込むわけだから、大阪に変化を。それこそ『ギョエー』という政治判断をやってもらいたい。」といった。
 まったく勝手なりくつで、支離滅裂だ。彼は、最近よく「ギョエー」という政治判断を、といいまわっているが、そんなことにつきあわされたらたまらない。成り立たないことをいっているが、その気分を私なりに解釈すれば、市役所が中之島を放棄して(売却して)、WTCの近くにビルを建てて全部移転すれば、府庁移転をむしかえすことができるのに、ということになるのだろう。
 責任転嫁とその場その場での言いたい放題。いいかげんにしてほしい。
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