山上俊夫・日本と世界あちこち

大阪・日本・世界をきままに横断、食べもの・教育・文化・政治・歴史をふらふら渡りあるく・・・

墨絵の世界

2011年02月28日 22時16分42秒 | Weblog
 今日は朝から雨だった。昼に、裏の五月山を見ると、雲が垂れ込め、雲の根っこがすじをつくって、谷筋はもとより尾根にもおよんでいた。まさに墨絵の世界だった。学校から800メートルくらいのところに五月山がある。西の六甲山、その手前の鉄兜を伏せたような甲山は完全に雲に覆われていた。
 ところが、夕方、帰るときは雲はすいぶん高くなっていた。澄み切った空気のもと、六甲もきれい、生駒山、金剛山も青い稜線をきわだたせていた。雲の切れ目から、青い空も見える。大阪のビル街もくっきりと浮かび上がっていた。数時間で大きい変化を見せた日だった。
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周防町通りをずっと東へ

2011年02月27日 11時13分31秒 | Weblog
 昨日は昼前から自転車で市岡の家を出て、東へ向かった。
 まず、大阪市立中央図書館に立ち寄った。地理・紀行というコーナーを見た。世界の、県別の、温泉の、色んな本が並んでいる。そのなかに吉永小百合さんの『吉永小百合 街ものがたり』という文庫本があった。借りて、ポケットに入れ、また東へ向かった。
 あみだ池筋と周防町通りの交差点あたりで「BAU WAU」という店で昼ごはんを食べまた東へ。なにわ筋、四ツ橋筋をこえると、そこはアメリカ村だ。
 アメリカ村にある交番は、40年以上前からそこにあった。大阪で新聞配達をはじめたころ、販売所の先輩が休みの日に、この周防町の交番のところを通って戎橋のパチンコ屋「ナンバ一番」に連れて行ってくれた。なつかしい周防町は、いまは大阪一、若者のつどう街になっている。
 これを横目に見てどんどん東へ。道路も石畳になっている。御堂筋をこえ、堺筋を越したら、向うに茶色の大きい建物がみえた。あ、目的の大阪市立中央会館かな。近づくとそうだった。中央区民図書館も併設だ。あの橋下さんからすると、二重行政のシンボルだ。文化さえも市場原理におきかえる人には無駄にしかみえないだろう。しかしこれこそ人間らしさのシンボルだ。
 入り口になつかしい定時制の先生たちが何人もいた。埼玉県立浦和商業高校定時制の4年間を密着取材、もしフィルムならば名十巻にもなる映像からまとめた「月あかりのしたで」の上映会を準備してくれた。入場料なんと300円。まあ、文化祭みたいな値段だ。悪いなあと思いつつ中へ。すると、北野定時制でいっしょだったMさん、Oさんと顔をあわせた。昔話にひきずりこまれた。
 区民ホールも7割くらい埋まった。2時から、藤井寺工業定の音楽部のバンド演奏、和泉総合定の生徒の意見発表があり、いよいよ上映。わたしにとっては、ニ度目の鑑賞だ。目頭を拭く人も。この映画をつくった大田直子さん、いい仕事をしてくれたとおもう。なにより浦商、その生徒、そして担任の平野先生などがすばらしい。
 見終えて、Oさんと地下鉄近くまで歩き、あとは西へむかった。周防町の三角公園と交番につくと、たこ焼きを食べる若者でいっぱいだ。みんなたこ焼きだ。あたりにはたこ焼き屋が多い。
 中央図書館のとなりのスーパー・コーヨーで晩ご飯の買い物をして、さらに西へ向かった。自転車のカゴはいっぱい。帰って、さっそく台所に立ち、晩ご飯の準備をした。
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暖かい卒業式

2011年02月26日 08時09分14秒 | Weblog
 毎年、卒業式の日は寒い。底冷えする日もある。定時制にいたときは、寒くて特別に大型石油ストーブを2台借りたほどだ。
 だが昨日の卒業式はおどろくほど暖かかった。4月中旬の気温だったそうだ。300名近くの生徒が巣立っていった。
 暖かく、水蒸気でもやがかかり、生駒山は見えない。梅田のビル街もかすんでいる。秋から冬は空気が澄んで、校舎4階からは、ビルはもとより、生駒山、金剛山、和泉山脈がみえる。右手には六甲山のどっしりした姿がある。
 でもよく晴れているのに、暖かくて、ほとんどみえなかった。
 まだまだ、3月いっぱいは、生駒山、二上山、金剛山、高野山をみることができる。
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「月あかりの下で~ある定時制高校の記憶~」26日(土)上映会

2011年02月24日 00時37分52秒 | Weblog
 この土曜日(26日)午後2時から、大阪市立中央会館ホールで「月あかりの下で~ある定時制高校の記憶~」の上映会がある。このブログをみていただいた方に是非みていただきたい、おすすめの映画だ。
 このブログの2010・12・4付けに感想を書いた。埼玉県の浦和商業高校定時制の4年間を追ったドキュメントなのだが、ドラマ以上のドラマになっている。韓国のドキュメント映画「牛の鈴音」と同等の感動を味わった作品だ。
 浦和商業高校定時制は廃校にされるのだが、なんとこの上映会を大阪府教育委員会が後援しているというのがおかしい。大阪でも府立定時制を半分に減らすという前代未聞の大リストラをやった教育委員会が、定時制つぶしへの激しい怒りを内包させたこの映画の後援をするとは。おそらく見ていないのだろう。後援を依頼したのは、主催の「大阪の夜間高校を励ます会」のユーモア精神のあらわれと私は解釈した。

 中央会館ホールといっても、わたしも行ったことがない。
 
 中央区島之内2-12-31 大阪市立中央会館ホール
 電話は、06-6211-0630
 地下鉄堺筋線・長堀鶴見緑地線の「長堀橋」下車、6号出口、南東へ徒歩6分
 大人300円、生徒は無料

 このフィルム借りるのに10万円かかるのだが、300円で大丈夫か。「夜間高校を励ます会」は太っ腹だ。
 是非、見に行こう。
 
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鳩山前首相の「抑止力は方便」は正しい

2011年02月20日 08時37分31秒 | Weblog
 鳩山前首相が普天間基地県外移設断念の理由として在日米軍の抑止力をあげたことを「方便だった」と述べたことが問題になっている。
 この問題を考えてみたい。
 ①普天間をかかえる宜野湾市、移設先とされた名護市、沖縄県民にとって侮辱であることはいうまでもない。国外移設をいいながらアメリカに正面きって何もいえず、当初から他県移設。これもどうぞどうぞというところは出るはずもなく、逆戻り。腰をすえてアメリカに談判する気がなければ、解決しないことは最初からはっきりしていた。方便として抑止力を持ち出したことより、実態そのものが問題なのだ。
 ②この抑止力は方便問題にいちばん怒っているのが、日本の自民・民主の保守政治家たちだろう。つまり、普天間基地は日本をよそから攻撃させないだめの抑止力だといい、これをアメリカに持って帰らすことは抑止力の崩壊=日本の安全の危機だといいつのってきた勢力にとって困ったことなのだ。抑止力論の虚構が見えてきたからだ。
 鳩山さんは弁明会見で、「私は、この抑止力に関して、普天間にいるヘリ部隊、海兵隊そのものの役割を考えれば、それ自体は必ずしも抑止力とは言い切れるものではないと。トータルとして、すべてパッケージになっているから切り離せないワンパッケージになって、全体として米軍の活動がある。全体が抑止力という意味で私は言った。一部の普天間だけを考えたとき、必ずしも抑止力と言い切れるかどうか自信がないということを言った」と説明した。
 抑止力論の立場に立っても、普天間だけを取り出せば抑止力とはいえないというのだ。その通りだ。鳩山さんは率直な人だ。米軍べったりの抑止力論者(マスコミにもいっぱいいる)は普天間自体が抑止力だと言い切っていた。
 ③鳩山さんの「抑止力は方便」発言は、抑止力論を触れてはいけない領域あつかいしてきたのに亀裂を入れた。抑止力は新聞・テレビにとって疑問をさしはさんではいけないタブーになっている。礼賛一辺倒だ。産経、読売から、朝日主筆・船橋洋一まで。神のごとくあがめてきた抑止力論の地位をひきさげたことに鳩山さんの功績がある。
 ④私は常々、日米軍事同盟礼賛、抑止力論に疑問をもってきた。たとえ軍事同盟賛成・抑止力賛成だったとしても、現在のレベルの在日米軍の軍事力が必要かどうかは別に検討すべきことだ。しかし、自民・民主・公明・みんななどの政党、テレビ新聞などは私が今言った観点には立たない。私は、すぐに日米軍事同盟解消をこれらの人々に求めているのではない。
 日米同盟といういいかたで軍事同盟を礼賛している人が、なんで今のレベルの米軍が必要なのか、半分、三分の一ではダメなのか、いっさい触れない。抑止力をいう人は、三分の一の米軍で抑止力はなくなるというのか。論及不能のタブーとなっている。
 今の在日米軍、在沖米軍は、アフガニスタン侵略、イラク侵略の軍隊だ。アフガンやイラクには行っていないというなら事実を示してほしい。イラクまで攻め込むのがなんで抑止力なのか。
 すでにタブーになっている抑止力論を方便として使い、気軽に議論できる対象に引き下げた、ここに鳩山さんの功績がある。抑止力論の歴史的転換点になってほしい。
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ミスター・マリックの5秒間脈を止める超魔術のトリック

2011年02月18日 20時46分33秒 | Weblog
 今、日本テレビ系で、ミスター・マリックの超魔術をやっている。事前の番組宣伝でも心臓を手づかみする映像を流していたので、これが一番の魔術なのだろうと思う。5秒間脈を止めるという魔術だ。
 まず、マリックさん自身の脈を止める。勝俣州和さんと西田光さんがマリックさんの脈をとって脈のたびに小太鼓をたたく。すると両人とも同時に小太鼓をたたかなくなる。5秒くらい。で、脈が復活してたたき始める。
 うーん。これは、マリックさんの腕にしめつけ具をつけていて、操作で締め付けるようになっているのだろう。そうすれば、手首の脈は止まる。その瞬間に心臓にさわったらよかったのに。
 次が、会場の若い女子芸能人たちを相手に実験をする。また全国の視聴者にもよびかける。二人一組で脈を取ろうとよびかける。小太鼓の音は続く。マリックが脈が止まると呼びかける。すると会場がざわつく。なかには脈が止まった人がでてくる。確かに止まっているのだろう。小太鼓も止まった。
 五秒はすぐに過ぎる。みんなに安堵の顔とともに、やっぱりマリックのいうとおり脈は止まったんだというざわめきが広がる。
 でも、わたしは、なんだ当然の現象ではないかと思った。
 真実はこういうことだ。マリックが脈が止まると宣言すると、なかば意識をコントロールされている会場の女子芸能人やテレビをご覧の人の中には、実際脈が止まる人が出てくる。しかし、マリックさんも心臓が止まったわけではないのと同じように、これらの人も心臓が止まったわけではない。あくまでも脈が止まったのだ。
 偶然にも時を同じくして脈が止まったのか。マリックの指示によって止まったのか。
 そうではない。指を強く押しすぎて脈が止まったのだ!!緊張してその時を待つ。否が応でも指に力が入る。さあ止まる、といわれるとその気がなくても余計に力がはいる。すると脈がとまる。ためしにやったらいい。指に力をいれると脈は弱くなり、すぐ止まる。ゆるめると脈がうつ。
 私も、脈をとって、指に力をいれたら脈は弱くなり止った。ゆるめると脈は打った。マリックのマインドコントロールを受けやすい人はもちろん、緊張していた人も思わず指に力が入って、脈が止まっただろう。
 これがマジックの真実だろう。
 こんなことを書こうと思ってパソコンを引きずりだし、書き終わったらもう9時20分になっている。もちろん番組は終わって、日本アカデミー賞を放送している。
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がんばれ「自然と猫と私」

2011年02月18日 10時11分34秒 | Weblog
 田中美智子さんのブログ「自然と猫と私」をみたら、よくブログが消えるそうだ。書いて登録しようとしたら消える!ほんとに腹が立つ。いやになる。かかった時間を返してくれといいたくなる。でも気を取り直してもう一度書くことになるのだ。田中さんは妖怪がいるという。そう、妖怪かもしれない。
 わたしもよく消えた。登録を押したのに消えたことが何度もある。あれはなんで消えたのだろうか。
 でも、ここのところ、うまくいっている。そういえば、gooブログの方でも配慮してくれて、「投稿する」というところの面積を大きくしてくれている。クリックしそこないをなくしてくれている。
 田中さんのブログもうまくいきますように。
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八角弁当の復活をよろこぶ

2011年02月18日 09時20分17秒 | Weblog
 昨年倒産した水了軒の八角弁当が復活した。デリカスイトという惣菜会社が水了軒の工場を買い取り、このたび再販売にこぎつけた。かつてたずさわっていた調理人が結集し、味を復活したという。
 うれしいことだ。大阪駅、新大阪駅から列車に乗るときに、水了軒の店にでくわした時は必ず八角弁当を買っていた。でもプラットホームで八角弁当を買おうと思っても、買えないほうが多かった。JR会社関連の弁当がはばをきかせていて、水了軒を見つけることは困難だった。そんなことで経営が苦しくなったのだろう。決して人気がなかったわけではない。組合の大会の昼食弁当でも八角弁当に人気があった。
 それが復活したのはうれしい。当面は予約注文ということだ。駅での販売も再開してほしい。
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志賀高原です

2011年02月13日 07時42分28秒 | Weblog
 信州・志賀高原にきています。大阪スキー協議会のスキー祭典のツアーに参加してすべっています。講習つきです。さらに上のレベルにつなぐためのさまざまなバリエーションの練習をしてもらいました。今日(日曜)は最終日で昼まで。
 大阪でも5センチも雪がつもったそうですが、志賀高原はそれほど激しい雪ではありませんでした。ときには太陽が顔をのぞかせることもありました。でも、今日は厳しい感じです。今日はオプションでポール練習のコースに入ったのですが、ポールができる条件があるかどうか?
 二日間の講習で、自分の不十分な点が鮮明になり、またその克服方法を教えてもらったので、意義のある講習でした。班のなかには相当ハイレベルの人もいて、はげみになりました。
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商店街のチラシ

2011年02月09日 14時09分48秒 | Weblog
 新聞に繁栄商店街のチラシが入っていた。写真のない黒と赤の二色刷りの簡単なものだ。港区の繁栄商店街は過去には名前の通り繁栄していた。だが今はさっぱりだ。このチラシでも、11軒の店しか載っていない。片面で充分なのだ。
 チラシの裏面は、「市岡中学校2年生が繁栄商店街で職場体験学習」と大きく書いてある。「大根100円、ティッシュペーパー150円、新鮮たまご100円、中学生が販売します ご協力をお願いします」とある。わが家の子どももかつて職場体験をした。店の数が減っても、人通りが少なくなっても、地元の中学校に協力している。
 近くには、関西スーパー、ライフ、長崎屋が衣替えしたドンキホーテがある。商店街が立ち行かなくなるのは当たり前だ。それもこれも大規模小売店舗法を自民党政府が廃止したからだ。以後、どんなに大きい店舗でも出店し放題、営業時間も無制限。ヨーロッパでは考えられないことだ。
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安治川岸壁へ

2011年02月06日 10時46分41秒 | Weblog
 今日(2010・2・6)朝、安治川の岸壁の方へゆっくりと走った。安治川まで1・5キロ。岸壁には倉庫がずらっと並んでいる。倉庫群は、大阪港の天保山埠頭までつづいている。その倉庫の一部が撤去されて海遊館などになっている。安治川の埠頭のつづきに弁天埠頭があり、かつては関西汽船、加藤汽船のフェリーが出ていた。にぎわった建物が今は廃墟のようになっている。
 安治川岸壁を走っていると、鏡のような水面にカモたちが20羽、27羽とかたまって休んでいた。以前からホームレスの人がいて、鍋を2つかけて朝ごはんの準備にはいっていた。
 また休日の安治川には、釣り人が何人もいる。高校生の二人連れに、何が釣れるの?と聞いたら、何が釣れるかわからんとのこと。餌のオキアミの冷凍のブロックが固くてどうしていいかわからないという。前の晩から外に出しておけばよかったね、というと、朝買ったからとのこと。じゃあ、そのバケツで水を汲んで水で溶かして餌かごに入れたらいい、といったら、バケツをつるすひもがないという。うーん、じゃあ、ブロックをコンクリの角にぶつけて割って餌かごに入れたらいいよ、といったら、ゴンゴンとぶつけてえさの準備をはじめた。バケツを用意しながら、水を汲む縄を持ってきてないとは・・・。
 走って向うの方に行くと、おじさん達のグループでは、大きい魚が網かごに入って泳いでいた。聞くと、ハネ(スズキの小さいもの)の47センチだという。ときどき上るらしい。
 岸壁の端から端まで走って、大正区との境の尻無川の近くの家にかえった。すこし汗をかいた。
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大相撲・八百長と違法労働

2011年02月05日 08時11分26秒 | Weblog
 うごかぬ証拠がでて大相撲の八百長はもはやいいのがれができなくなった。八百長はとくに十両で多いという。十両は月百万円あまりの月給があるが、幕下におちると月給はゼロになる。天国と地獄といわれる。八百長を誘発する原因がここにある。なんで幕下以下は月給をださないのか。
 幕下には、2カ月に1度7~15万円の場所手当がでる。三段目以下にも場所手当はでるのだろう。なぜなら、土俵に上って相撲を取るから。この場所手当は、プロボクシングのファイトマネーにあたるのだろう。前座の試合に出ても少しはファイトマネーがでる。
 大相撲はプロだからファイトマネー=場所手当だけでいいじゃないかというのもひとつの理屈だ。ボクシングもそうだ。
 でも、多くのボクサーは本業は別に持っている。大相撲の幕下以下の人は、別に仕事をもって、必要な範囲で稽古をして、場所の時だけ出場する、そして場所手当をもらう、ということが許されるのか。許されない。そこが問題だ。
 大相撲の世界では、幕下以下の人は休日なしで、朝から晩まで十両以上の関取の身の回りの世話、食事の用意、部屋の維持管理などの労働を強制されている。これは、労働そのものだ。しかし、賃金が支払われない。違法な不払い労働だ。労働契約さえ結んでいないのに働かされている。
 部屋に入門するのは、もともと労働契約ではない、弟子入りして相撲を教えてもらうのだから、あなたの言う理屈は間違っているといわれるかもしれない。
 でも、入門して一定期間は教育を受ける期間として、授業料のかわりに労働を提供するというのならばわかる。でも長期にわたって無償で労働させるのは違法としかいいようがない。労働基準法違反だ。まして十両から転落すると、無償労働を強要されるのだから、違法性はかくせない。プロ野球で言えば一軍から転落すると無給になるだけでなく、一軍の選手の身の回りの世話をさせられるのだ。プロ野球では、選手会という労働組合があり、二軍の選手の賃金改善にとりくんでいる。
 大相撲の世界はほとんど民主化されていない。労働組合など夢のまた夢だろう。労働組合がないところで民主主義なんてありえない。
 根本問題が、無償労働の問題だ。違法状態は改めなければならない。
 
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服部緑地・民家集落博物館に行った

2011年02月04日 09時40分20秒 | Weblog
 昨日、学校の耐寒マラソン大会があった。すべておわったあと、あらかじめ時間休をとっておいたので服部緑地の民家集落博物館を見学した。博物館といっても広い敷地に日本各地の民家が移築展示されている。飛騨白川の合掌造り(岐阜県)、日向椎葉の民家(宮崎県)、信州秋山の民家(長野県)、南部の曲家(岩手県)はじめたくさんの古民家がある。
 合掌造りと曲り家は一度は見たいと思っていたのでよかった。わたしの田舎の家も昔はわらぶきの家(かやぶきではない)だったので懐かしい家々ばかりだった。子どものころ住んでいた家の屋根のふきかえは10年に1度くらいやっていたのではないかと思う。全面葺きかえの記憶は1度だけなので。わらぶきは雨ですぐいたむので、わらが腐ってへこんだところは部分的に修理していた。新しいわらの束を差し込んでいくのだ。展示されている民家はわらぶきはひとつもなかった。かやを大量に用意することはむずかしいので、手近なわらをつかうことになるのだが。
 見学していて、あれっ?と思ったのは、それぞれの民家の土間が維持管理されていないことだ。土間は土にいろんなものを加えて打ち固めたもので、表面は黒光りし、雨の日は土間もややしっとりしていた。だが民家集落博物館の土間は崩壊していた。乾燥して単なる土となり、土ぼこりさえ舞う状態だった。
 民家集落を見学して、合掌造りの里をぜひ訪ねたいと思った。また北信州・秋山郷にも行きたいと思った。
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