白井聡さんの『長期腐敗体制』(角川新書、2022年)と白井聡・望月衣塑子『日本解体論』(朝日新聞出版、2022年)を読んだ。
白井さんは『永続敗戦論』で一躍注目された気鋭の政治学者だ。望月衣塑子さんは言わずと知れた東京新聞の有名記者だ。
ここでは『長期腐敗体制』について感想を述べたい。
まず章立てを記そう。
序章 すべての道は統治崩壊に通ず――私たちはどこにたっているのか?
第一章 2012年体制とは何か?――腐敗はかくして加速した
第二章 2012年体制の経済政策―アベノミクスからアベノリベラリズムへ
第三章 2012年体制の外交・安全保障Ⅰ――戦後史から位置づける
第四章 2012年体制の外交・安全保障Ⅱ―「冷戦秩序」幻想は崩壊した
第五章 2012年体制と市民社会――命令拒絶は倫理的行為である
見てわかるとおり、この本は「2012年体制」について論じた本である。2012年体制という概念は、政治学者の中野晃一さんが発案し、白井さんが展開したものだ。2012年体制とは推測がつくように、第2次安倍政権以後の政治体制をさしている。中野さんは安倍政権から菅政権に代わるときにこの概念を提起した。
安倍政権が登場して3、4年で「安倍一強体制」という言葉がメディアに登場した。そして長期政権へと展開していく。長期政権は佐藤、中曽根、小泉政権などがあるが、安倍政権については単なる長期政権ではなく、「一強体制」として認識されていった。安倍政権が終わって、中野・白井氏によってこれが「2012年体制」として捉えなおすことが提起された。
当然、「1955年体制」が想起される。分裂していた社会党が統一したことを引き金に、危機感を抱いた保守勢力がこれに対抗して自由党と保守党と保守党が「保守合同」をなし遂げた。のちに「55年体制」とよばれる。米英の2大政党制になぞらえてそこまでは行かない1・5大政党制ともいわれた。ただ改憲を可能にする自民党3分の2を阻止していた点で歴史的役割を果たしてきた。1993年自民党過半数割れ、細川経験誕生によって「55年体制」は終わった。
2009年の民主党政権を経て、2012年第2次安倍政権が登場する。以後の安倍政権が単なる長期政権でなく体制と呼べる政治を築いてきた。白井氏は、安倍政権とその継続の菅政権の特徴を不正、無能、腐敗ととらえる。これはコロナ対策に如実に表れ、迷走をくりかえした。それまでのアベノミクスなる経済政策しかり、ソ連崩壊後対米自立を放棄して対米従属を自己目的化、選挙利用しか念頭にない朝鮮政策、とくにロシア外交の馬鹿さ加減にいたっては安倍信者も手を引く状況だ。
わたしが「安倍2012年体制」のコアだと考えるのは、ひとことで言えば憲法無視の立憲主義破壊の政治手法だ。内閣人事局をもうけて官僚人事を一手に握ることで、官僚を憲法・法に基づく仕事からトップの顔色をうかがってうごめく忖度官僚に変質させた。日本の官僚制の根本的な変質をなしとげた。そして内閣法制局長官を安倍直系の外交官にすげ変えて、9条解釈を専守防衛をすてて集団的自衛権行使容認へと180度転換というクーデターを実行した。これで9条改憲なしでも実質改憲をなし遂げた。森友、加計、桜を見る会にいたっては、法制度も、国家財政も、国家行事も私物化する。私物化に何の恥じらいもない。腐敗の極みだ。しかしすでに私物化した官僚が法を踏みにじって最高権力者をガードする。民主主義国家の仮面をかぶった権威主義国家だ。これが私のとらえる「2012年体制」の核だ。
この政治システムと政治思想は体制として出来上がっているので、菅政権にも受け継がれる。無能と腐敗はコロナでいかんなく発揮されたが、受け継いだ「2012年体制」の象徴は日本学術会議議員の任命拒否だ。これは日本学術会議法という法に明らかにそむいて、気に入らない候補者を排除したものだ。戦前の滝川事件に匹敵する大事件だ。法治国家もどこへやら、中国の香港政策といい勝負だ。岸田政権も体制の政治と思想を引き継いでいる。安倍国葬の強行にあらわれている。佐藤栄作元首相の葬儀に当たって、内閣法制局が憲法上国葬は無理だとして、以後ずっと封印されてきた国葬をいとも簡単に解禁した。その手助けをしたのが、安倍によって憲法の番人から政権の番犬に変質させられた内閣法制局だ。「2012年体制」脱却は自覚的な立憲主義回復によってしか成しえない。