山上俊夫・日本と世界あちこち

大阪・日本・世界をきままに横断、食べもの・教育・文化・政治・歴史をふらふら渡りあるく・・・

橋下氏の文楽への侮辱的発言

2012年07月27日 20時27分00秒 | Weblog
 橋下大阪市長は昨日(7月26日)文楽鑑賞をした(曽根崎心中)。昨日も文楽演者への敬意を欠いた発言をしたが、今日(27日)は人格を疑った。文楽鑑賞の翌日も、得意満面でお立ち台にあがった橋下さんは、「人形を操っている人の顔がぽこっと出ているのがおかしい。でなくていいんじゃないですか」ということをいった。
 橋下氏は、文楽にさんざんいちゃもんをつけてきた。橋下氏の分身の特別顧問を会長にする部会が前年同様の援助額を決めたのに対して、最終的に橋下氏は3900万円に減額して7月市議会に予算提案した。自ら減額提案した文楽への援助予算を、文楽の人々が気にくわないから支給しないと言い出したのだ。その表向きの理由はテレビをいれて橋下氏との言い合いの場面を拒否したからだというのだ。橋下氏はすべての補助予算にテレビを引き連れてやっているわけではない。そんなことをやれば年末になってしまうし、担当部局はいらないことになる。文楽の関係者が橋下氏にこびへつらわないから屁理屈をつけて止めにかかっているのだ。
 でも公的補助金をうけるからといって権力者(市長)に媚びる必要はない。堂々やればいい。それにしても愚劣なのが橋下氏だ。文楽は3人が人形を操るが、主な演者は顔をかくさない。人形芝居に集中していくと、演者の顔は気にならない。逆に演者の顔、表情が人形との関係で興味が増してくる。橋下氏は、文楽の基本中の基本に関することにいちゃもんをつけ、顔をだすなといいだしたのだ。それでは文楽でなくなるではないか。橋下氏がそれほどいいたいのであれば、文楽世界に入って修業をつづけたあとでいえばいい。
 その道で何十年と厳しい修業をつづけた演者たちへのリスペクトを欠いた発言にはあきれてしまう。「学者は役立たず」といったのと同じだ。演者は顔を隠せというのは、子供じみた発言だ。一人前の大人がいうことではない。大人はそれぞれの世界で必死に頑張っている。それぞれの努力への敬意を忘れない。
 大リーグの松井が戦力外通告をうけた。残念なことだ。日本人大リーガーはみな松井への敬意をこめたコメントをしていた。そのなかでダルビッシュがすこし覚めたコメントをした。これに対して、ダルビッシュは野茂、松井と道を切り開いた人へのリスペクトが足りないのではないかと批判がでている。わたしは決してダルビッシュは松井へのリスペクトを欠いているとは思わないのだが、大リーグファンはきびしい。それに比べたら橋下市長などは、リスペクトを欠くにもほどがある。まるっきり相手を馬鹿にしているのだから。文楽の演者たちは屈辱に歯噛みしていることだろう。
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淀川のうなぎは保護しよう

2012年07月27日 15時39分36秒 | Weblog
 淀川は漁業権が設定されていない。自由に魚を取ることができる。夏になるとうなぎを釣る人たちで淀川大橋はにぎわう。といっても10数人くらいか。細いうなぎが釣れている。でもうまくいって一晩で2、3匹程度だから修業みたいなものだ。
 ところが四万十川などでやられている方法で、つまりエサをいれた筒を沈めておいて引き上げるやり方をすれば大きいうなぎがとれる。これで淀川うなぎをブランド化しようという動きがある。淀川のうなぎなど大丈夫かと眉をしかめられそうだが、淀川はきれいで、日本一の魚種を誇る川だ。
 しかし、最近は日本はもとより世界的にうなぎの稚魚がとれなくなり、うなぎの価格高騰につながっている。しらすうなぎを取るのも規制しないと将来があぶない。せっかく育っている天然うなぎは取って食べずに、川をくだってマリアナ海溝あたりの産卵場所まで帰ってもらうようにしようではないか。これまで淀川うなぎが注目されずにきたのが産卵につながっていたのだ。金になると知ったら取りつくしてしまう恐れがある。淀川由来の天然ウナギが将来うんとふえるように、今はがまんして見守ろうではないか。
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オスプレイ配備反対!緊急岩国集会に行ってきました

2012年07月23日 14時03分12秒 | Weblog
 安保破棄大阪実行委員会のバスにのせてもらって、「7・22オスプレイ配備反対・緊急岩国集会」にいってきた。21日は、広島県北部の米軍低空飛行訓練が傍若無人にやれれている地域を視察した。説明してくれたのは、長年この問題を調査し追及している岡本幸信さん。旧芸北町の職員として違法な低空飛行訓練を記録し続けてきた女性にも証言してもらった。
 山口県岩国のホテルに一泊して、22日午前は、集会の実行委員長でもある吉岡光則さんに岩国基地の実態調査の案内をお願いした。日本海軍の基地を接収してできた米軍岩国基地。1962年から海兵隊航空基地となっている。1997年から、2500億円の「思いやり予算」で沖合に基地を移設する工事がすすめられ(1・4倍に拡張)、2010年から運用している。この埋め立てのため、市内の愛宕山を削って土砂をはこんだ(120メートルの山が50メートルに)。削った愛宕山にこれから米軍住宅をつくるというのだから、基地は大拡張だ(住宅も米軍が使用できる施設設備=基地)。オスプレイは今朝(23日)、海上や岸壁での抗議行動を無視して基地に上陸した。オスプレイは、沖縄・普天間配備を狙っているが、全沖縄あげて反対運動が高まっている。8月5日には、宜野湾市で大集会が予定されている。沖縄のバスの経営者団体は片道無料で参加者を運ぶといっている。普天間配備ができなければ(させてはいけない)、オスプレイは事実上岩国配備となってしまう。そして中国山地の「エリア567」「ブラウンルート」と米軍が勝手に名づけている地域で危険極まりない訓練をするのだ。
 22日の集会は岩国市役所前の公園で2時からはじまった。韓国・ソウル市役所前広場での集会のようだ。吉岡さんの主催者あいさつにつづいて共産党井上国会議員の、沖縄からの、四国の低空飛行反対運動の、地元愛宕山などたたかいの報告などがあった。朝は曇り空だったが、かんかん照り。3時からJR岩国駅までのデモ行進。汗だくだ。
 少しびっくりしたのは、テレビカメラの数だ。野田首相、森本大臣がアメリカの腰ぎんちゃくのような動きをしていることが、心ある国民の反発をさらに大きくしている。地元のテレビは特に熱心にデモが終わってもまだ取材をしていた。
 16時前、帰りのバスは出発。一路大阪へ。前日朝出発した新大阪バスのりばに到着したのは21時10分。充実した2日間だった。
 
 
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代々木公園の「さようなら原発10万人集会」に参加しました

2012年07月16日 22時10分11秒 | Weblog
 7月16日、大江健三郎さんらがよびかけた「さようなら原発10万人集会」に参加した。前の日に上京し、夜、新宿末広亭で落語を楽しみ、渋谷のカプセルホテルに宿をとった。探すのに時間がかかって、いい運動になった。おかげでぐっすり長時間寝てしまった。カプセルは小さい電気を消せばずっと夜だ。ゆっくり起きて、大きな風呂に入り、着替えをして、チャックアウト。3700円。ガスト(初めて入った)で朝食。
 代々木公園はいままで原宿からしかいったことがなかったが、渋谷駅にでてみるともう集会に行くために集まっている人がたくさん。旗を立てて目印をつくったりしている。テレビの中継車もスタンバイしている。渋谷から行く人が多いのだ。地図をみると渋谷区役所の向こうが代々木公園だ。ならば歩いて行こうと適当に歩いた。ところが区役所とはずれて左の方にいってしまった。まずいとおもって途中で右にかじをきったのだが、ここは道路が京都や大阪市のように碁盤の目になってなくてわけがわからなくなった。途中の松濤(しょうとう)というところは今まで見たことない高級住宅地だ。びっくりした。大阪市の普通の家6、7軒分の間口で鉄筋3、4階の豪勢な家だ。大阪市では私の港区にはもちろん見たことがない大邸宅ばかりの地域だ。関西でも高級住宅地といわれるものがあるが、それらは古い。しかしここで見たのは、新しい大邸宅ばかりだった。富が東京に集中している結果を垣間見た。
 迷ったため、早々と着く予定が定刻になってしまった。そのため、もう人がぎっしり。サッカー場と、これと同じ広さのイベント広場がメインで、その周辺の道路も会場となっている。原宿とは反対側から原宿へ続く道路にたどりついたがなかなか進めない。ゆっくりすすんでイベント広場の一角にもぐりこむことができた。家から持ってきた新聞をひろげてすわった。周りで立っている人にも一枚ずつすすめた。経済評論家の内橋克人さんの発言の終りのほうから音が聞こえるようになった。坂本隆一さん、鎌田慧さんのあいさつは聞こえる位置はいなかった。あと、大江健三郎さん、落合恵子さん、澤地久恵さん、瀬戸内寂聴さんとつづいた。寂聴さんはなんと90歳。冥途のみやげに来たとおっしゃった。なんという気迫だろう。今日は気温が最高を記録し、全国で500人も救急車ではこばれたというのに。そのあと、広瀬隆さん、福井から中島哲演師、福島から武藤類子さんのあいさつ。参加者は17万人と発表があった。そうだと思う。私が人生で経験した集会でかつてない規模のものだ。60年安保がこのようだったのだろう。70年安保でも経験がない。現状維持、保守化がすすんできた21世紀の日本で、社会の深部から変化、変動が起きていることを体で感じることができた。
 2時すぎにおわって、あとはライブ演奏だ。すでに1時半からデモ行進がはじまり、すこし会場にすきまができた。2時頃、サッカー場に入りメイン会場の雰囲気をちょっとだけあじわった。原宿に向かって流れに沿って歩いた。デモは3方向で行われた。原宿近くで少し見ていたがデモに加わったら、家にたどり着かないかもと思い、やめた。原宿の駅の混雑も半端ではなかった。太い流れにのってゆっくりすすんだ。
 東京駅から、のぞみの3時半の自由席にのり6時過ぎに新大阪に着いた。大阪に着いた頃でもデモは続いていたようだった。明日は、退職後の非常勤の授業のある日なので体調を整えなければ。
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21世紀の治安維持法「大阪市政治行為制限条例」

2012年07月15日 11時33分55秒 | Weblog
 橋下大阪市長が7月臨時市議会に提出した「職員の政治的行為の制限に関する条例案」は、21世紀版治安維持法だ。憲法19条・思想良心の自由、21条・集会結社表現の自由をじゅうりんする憲法違反の条例案だ。
 条例案は、地方公務員法36条2項5号の「条例で定める政治的行為」を利用して、あらたに10項目の禁止項目を列挙している。たとえば、政治団体の機関紙を編集・配布・またはこれらの行為を援助すること、行進を企画・組織・援助すること、集会でまたは拡声器で政治的意見を述べること、政治的目的ををもつ文書・図画を発行・回覧・掲示・配布・朗読または著作・編集すること、政治的目的を有する演劇を演出・主宰・援助すること、政治団体に用いられる旗・腕章・記章を製作・配布することなど。
 5月に「歌わせたい男たち」という大阪の演劇集団の公演をみた。この戯曲は永井愛の作品で、2005年読売演劇大賞をとった。学校での君が代強制をめぐる人間模様をコメディータッチに描いた劇だ。政治的テーマを扱った作品だが、ステレオタイプでなく、見事に演劇として芸術的レベルに昇華していた。俳優たちもなかなかの実力だった。
 条例が通ると、もし職員がかかわっておれば、このような演劇も監視・取り締り・懲戒の対象になる。演出・主宰だけでなく、「これらの行為を援助すること」を処罰の対象にしている。いい演劇だからと切符を売ったり、会場の係りをすれば立派な援助行為だ。もはや、治安維持法の再現としかいいようがない。人のいるところで政治的意見を述べても懲戒だ。公務員には憲法19条・21条は適用されない、人権を封殺するのだ。橋下という市長(弁護士でもあるらしい)の身震いするような恐ろしさを感じる。
 条例が通る前から、もうすでに危惧は現実化した。
 『朝日』7月12日付に、「ビラ配布処分対象・橋下市長」という記事があった。ごみ収集業務の民営化や環境局職員の非公務員化の計画を進めている橋下市長の方針に対し、労働組合が反対するビラ70万枚を市民に配ったことについて、橋下氏は議会で、「断固許せない。トップの私が危ぶまれることをやるわけがない。(ビラの配布は)完全に信用失墜行為で大変危機的な状況」「懲戒処分の対象になる」といった。橋下氏の計画は、環境局の現業職員2000人を2014年までに非公務員化し、やがて完全民営化するというのだ。
 組合が民営化に反対するのは当然だ。民営化が市民のためにもならないと訴えることのどこが信用失墜か、あたりまえの議論ではないか。橋下氏は超優良黒字企業の市営地下鉄を民間に売却、市バスのうち黒字路線も民営化するという。個人も組合もどんどん意見を出さなければ将来は危うい。橋下氏は、市長の意見に反対することはいっさい許さないというのだ。組合は独立した組織だ。市長の指図をうけるいわれはない。条例ができる前から政治的意見をいったことで懲戒だというのだから、条例が通れば市役所は暗闇、橋下独裁体制・職員茶坊主体制が完成する。
 この条例案は原則懲戒免職と書いていたが、12日、公明党市議団が橋下市長と修正合意した。原則懲戒免職を戒告、減給、停職または免職にした。また教職員も市職員と同列の処分基準にする修正をした。公明党はまたしても、党利のために橋下維新の独裁政治に手を貸した。
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民主党野田政権打倒から、擁護へ

2012年07月12日 11時37分13秒 | Weblog
 橋下大阪維新の会代表・大阪市長は、ここにきて(7月10日、11日)野田首相を絶賛している。自分と同じように、「決める政治」やっているからだそうだ。公約をくつがえして消費税を衆院で強行したから。でもそれだけではつじつまがあわない。強行から日にちが経ちすぎる。
 真相はこうだろう。首相は、9日衆院予算委員会で、集団的自衛権を認める方向で「政府内で議論を詰めていきたい」と発言した。翌日の新聞は1面トップだ。野田首相が公式の場で、憲法9条破壊、集団的自衛権ふみこんだことに対して、嬉しさがこみあげてきての絶賛発言になったのだろう。橋下氏は、名うての核武装論者、集団的自衛権論者だ。集団的自衛権とは、アメリカ海兵隊といっしょに戦争をするということだ。橋下維新が国会に進出するようなことになれば、国会は、9条改憲、集団的自衛権で興奮状態になるのだろう。自民・公明・民主・小沢・みんな、そして維新。対抗するのは共産・社民のみ。でも、憲法9条改憲反対世論は5割を超える。この世論と国会議席の乖離がはなはだしい。
 ところで、橋下氏は4月ごろには、いや5月でも、野田民主党政権は打倒すると叫んでいた。それとの整合性はどうなるのか。テレビはみなちょうちんもちだから聞きもしない。是々非々できたが政権末期で打倒の方針をかかげるというのがこれまでの政界の姿だった。ところが、打倒から擁護への新種が登場した。
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屈伏しない・媚びない文楽協会へのいじめ。橋下市長、助成停止を宣言

2012年07月11日 23時42分46秒 | Weblog
 7月10日、橋下大阪市長は、文楽協会への市の補助金は執行しないといった。たとえ議会で決まったとしても、自分のいうことを聞かないから執行しないというのだ。公開で、つまりテレビカメラを入れて会わないならば執行しないと。橋下氏は、テレビの前で、自分の言い分と文楽協会の技芸員の言い分をくらべてどちらが正しいか判断してもらうといっていた。技芸員の側は、口のうまい橋下氏に公開の場で意見を言うのは難しいと、非公開を申し入れてきた。テレビを前にすれば結果はやる前からわかっている。これまでも橋下氏は、テレビで学者と討論をしたが、現場を知らない、学者の抽象論だと自分の土俵に引きずり込んだうえで、だから学者の議論はだめだ、きわめつけは「学者は役立たずだ」とまでいいはなった。橋下氏は、極端な上から目線で、人に対する敬意というものがない。学者はそれぞれの分野で専門的な業績をあげている。その立場から発言するのを政治がどう取り入れるか、聞く耳をどれだけ持っているかが問われるわけで、意見を言う人をとにかくこき下ろすというのでは、度量の狭さが見えるだけだ。文楽協会に対する橋下氏の一連の態度、物言いも、その道の達人への敬意というものを感じない。偉そうな物言いの根拠は何なのか。
 文楽協会は2月から5月にかけて、「文化助成のありかた検討会議」から5回のヒアリングをうけている。「検討会議」はヒアリングをもとに検討のための会議を3回(3月27日、4月28日、5月16日)行っている。この「文化助成のありかた検討会議」は橋爪紳也特別顧問を座長に5人の特別参与の計6人でやってきた。橋下側近グループだ。5月16日の会議を経て、報告書「文楽協会及び大阪フィルハーモニー協会への助成について」を発表した。そこでは、文楽の若手技芸員の育成に2000万円、運営補助3200万円、計5200万円の助成を行うと書いている。前年度の当初予算6200万円を1000万円減額した助成金を提示した。
 5月31日には、担当部局である「ゆとりとみどり振興局」に対する市長ヒアリングが行われた。その結果、文楽協会への予算額は、さらに3900万円に減額された。
 5回にわたって詳細な事情聴取を行い(2・10、2・27、3・9、3・14、4・9)、市長の意思で3900万円にまで減額して決定した予算額だ。それをあとになってむしかえして、テレビを入れて市長と面談したうえで判断する、公開に応じないなら執行しないとゴネだしたのだ。どっちに理があるかははっきりしている。自分の言うことに少しでも異を唱えるものには、けんかをふっかけて、市長という大統領的な権力(普通の市長でも)を振りかざして予算執行を止める。たちの悪い子供に権力を与えたらこうなるという見本のようだ。
 『赤旗日曜版』7月8日付けが、「世界無形遺産・歴史300年 文楽は大阪の誇り」という記事を2面にわたって載せた。日本国籍をとったドナルド・キーンさんの「文楽が生を受けて見事な花を咲かせた大阪で、もし死に絶えるのなら、大阪の政治家の蛮行を世界は決して許さず、また忘れることもないでしょう」ということはを紹介している。また文楽の三味線奏者の竹澤團七さんが写真入りで登場し、「文楽は、世襲制を採らない実力だけの世界」「橋下さんが言うように、伝統に胡坐(あぐら)なんかかいちゃいませんよ」と言い切っている。
 橋下氏は、市民の税金、市民が納得しないとテレビカメラにいったが、市民はみんな文楽協会を応援している。大阪の誇りだから。2万9千も寄せられたパブリックコメントを「読んでいません」、概要についても「詳細には聞いておりません」と議会で答弁した橋下市長。だのに、市民の名を使って執行を停止する。「文楽は二度と見ない」といい、市場の競争に負ける文化は消えて当然という文化観をもつ橋下氏。究極の新自由主義、市場原理主義者。
 文楽協会補助金問題の顛末は、橋下政治の本質を余すところなく示している。
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がんばれ文楽協会!橋下のいじめを許すな!

2012年07月05日 19時05分52秒 | Weblog
 橋下大阪市長は、大阪でうまれた文楽の価値を理解できないことから、文楽協会への市の補助金5200万円を打ち切ろうとしている。担当部局の意向(努力?)もあり、25%カットの3900万円でということになっていたようだが、ここにきて橋下氏は、「文楽協会と直接意見交換したいといってきたが、協会が拒否してきた、市長に直接会う合わずに関係なく補助金をもらえると勘違いしている。恐ろしい集団だ。こういうところに衰退の原因がある」と文楽協会を口をきわめて罵倒した。あまりの攻撃に心臓の動悸がとまらない。「特権意識の集団に、議会で可決されても執行しない」とまで言い放った。だが、文楽協会は、「市の予算ヒアリングに応じており、改めて説明することはない」というのだ。理解できる。
 だが、橋下氏は「文楽協会に拒否された、特権意識の集団だ」とわめきちらす。文楽協会は、非公開ならば市長との面会に応じると伝えた。しかし、5日、橋下氏はこれまで「補助金はすべて公開の(テレビを入れて)面談をへて支給してきた。非公開はありえない。非公開を言うなら支出しない」と言い放った。えっ、数多い補助金のすべてに市長がテレビを引き連れて面談したのか。初めて聞いた。これは関心のある人、特にテレビ関係者はきちんと検証してほしい(そんな勇気があるかどうか)。
 5日、橋下氏は、「公開(の場)でしか会わない。すべてをオープンにして、僕の言い分がおかしいのか、文楽協会側に問題があるのかチェックしてもらう」とのべた(7・5『朝日』夕刊)。これまで橋下氏は知事当選の直後から、テレビを引き連れて攻撃の相手に論争をふっかけてやり込め、会館の廃止、補助の廃止などをすすめてきた。文楽協会の技芸員は口では勝負にならないからと非公開を主張した。当然だ。意見を聞いて補助をすべきかどうか市当局が慎重に判断すべきことだ。補助しないならばその事実が残る。テレビを前にコテンパンにやっつけたい、それだけのことだろう。それにしても、直接面談しないならば、ゼロにするというのは、やくざじみた脅しそのものだ。
 文楽協会がんばれ!
 なんら恥じるところはない!
 大阪発の世界的芸術に補助を打ち切るという政治家の名が世界に恥をさらすだけだ。片方でカジノに大阪の未来を託す橋下氏。21世紀の大阪の魅力はどちらにあるか、世界の人に聞いてみたい。
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橋下維新、政務調査費を政治集会・選挙集会に支出

2012年07月04日 16時40分15秒 | Weblog
 またしても橋下維新の会の政務調査費の支出に違法と思われるものが発覚した。昨年11月の大阪ダブル選挙前に、維新大阪市議団が市内24区で開いた「区民会議」と称する政治集会の経費の8割、約315万円を政務調査費から支出していることがわかった(『朝日』7・3)。
 大阪市の政務調査費の規則では、選挙活動、政党活動、後援会活動には支出できないことになっている。広報・広聴活動には支出できる。市民の意見を聞くための活動にはつかえる。
 「区民会議」は8月から始まったから、途中までは広聴活動だったのかもしれない。ところが、選挙が近づいた10月22日、橋下氏は出馬表明し、同日の東淀川区の「区民会議」では、「市長選に立候補します」「市民対役所の戦いに勝利をおさめましょう」(『朝日』)、23日の城東区の「区民会議」では、「平松市長の側には現体制を守る勢力が全部ついた。どちらを選ぶか、新しい仕組み作りのためにどうぞよろしくお願します」(『毎日』7・2夕)といった。「会議」は選挙の決起集会の様相だった。
 問題が指摘されて、橋下氏は「投票のよびかけはやっていない」、だから違法な支出ではないと弁解している。彼は弁護士だ。だから一票をお願いしますという言葉は、用心深く使っていない。そこがずるい。しかし意見をあつめるための活動ではなく、政治集会いや選挙集会の実態を備えていたことは明らかだ。
 違法な支出は全額返還すべきだ。
 それにしても橋下氏はずるい。一方では、公務員の政治活動に懲戒免職を「ばんばんやる」という。軍事独裁国家じゃあるまいし、公務員が勤務時間外に政治活動をするのをとりしまって首にするというのはとても現代の民主国家とはいえない。自分の違法な公金支出を不問にするのとのバランスの欠如は常識ある人間業とはいえない。
 もうひとつ、このブログの6月9日付に書いたが、橋下氏が知事時代、共産党の政務調査費が目的外支出だとして返還を求める裁判を起こした(1審2審とも却下、知事の敗訴)。共産党の政務調査費支出は人を雇って調査活動をしその成果を分厚い印刷物にまとめあげたのもので、政調費の目的にもっとも適合していたにもかかわらず、橋下氏は裁判に訴えたのだ。
 これら一連の経過をみると、橋下氏という政治家そして人間が信用できるのかどうかという根本的な問題に行き当たる。
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深部からのうごき、脱原発

2012年07月01日 11時21分50秒 | Weblog
 原発再稼働反対の集会が首相官邸を包んでいる。警察は1万数千人、主催者は20万人と発表した。歩道だけでなく、官邸周辺の道路をうめつくしてしまった。実際は、20万とまではいかなくても相当の数だ。
 マスメディアは無視していたが、ようやく載せ始めた。今日のサンデーモーニングで毎日新聞の岸井さんが、デモや集会はイデオロギーがからむので慎重になっていたが、それも少し度が過ぎたようで、ここにきて目が覚めたということをいっていた。あらゆる政治現象はイデオロギーがからむ。あたりまえだ。日本のマスメディアは、イデオロギーがからむというのを理由にして、反体制の政治運動を報道しない。しかし外国の政治報道ではデモや集会を詳細に報道する。なぜか。そこに政治動向が象徴的に表現されているからだ。だが日本の問題ではカタツムリのように殻にとじこもる。また、一方、デモや集会は報じないが、権力政党の動向は個々の政治家の些細な動きまで、あるいは後援会の内部の動向などを詳報する。権力の対極にある動きには、イデオロギーを理由に報道をシャットアウトし、権力政党・権力者はそのイデオロギーが問題にされず、癒着していると思わざるを得ないような報道をくりかえす。これが権力安定化装置としての機能だ。二大政党制推進、民主党持ち上げ、つぎは維新の会持ち上げで財界・アメリカ奉仕の政治体制は安泰だ。
 だが、いま深部からの動きが社会を動かそうとしている。そのシンボルが脱原発・再稼働反対の運動だ。メディア関係者は官邸前の集会では労働組合などの旗がないことをことさら言い立てるが、これは運動の枠がけた外れに広がりつつあることを示しているに過ぎない。いい発展方向だ。旗がある集会とない集会とはなんら対立するものではない。どちらもどんどん大きくなればいい。これが社会を動かす。
 ちょうど1960年安保の国会周辺の動きと似てきた。70年安保の運動もあったが、今の動きは、60年安保の再来を暗示しているようだ。
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オスプレイ配備アメリカの横暴、小番頭・民主党野田政権

2012年07月01日 10時16分02秒 | Weblog
 アメリカが6月29日、オスプレイの日本配備を通告してきた(接受国通報本文は『赤旗』7・1付)。7月下旬に山口県岩国基地に陸揚げ、10月以降24機を普天間に配備するという。アメリカは単なる機種変更であって、事前協議の対象ではないという立場だ。なんら日本に相談したり意見を聞く必要もない、アメリカの権利の範囲だというのだ。装備の重要な変更は安保条約の事前協議の対象という建前だ。だがこれは、「日本における米国のプレゼンスを大きく変更するものではない」(接受国通報)、だから協議の対象ではないというのだ。勝手にできると。
 オスプレイは、くりかえし墜落事故をおこし、43人の死傷者をだしている。沖縄が配備反対をいうのはあたりまえだ。それにしてもなさけないのは、野田政権と森本防衛相だ。米軍の小番頭、いや使いっぱしりだ。根っからの日米軍事同盟推進・集団的自衛権論者の森本氏は、米軍のの決定を説明しに沖縄に入った。当然、県民の猛反発をうけ、宜野湾市長から「事故が起こらない保証はだれがするのか」とつめよられ、答えられなかった。
 アメリカは安保条約上何の問題もない、当然の権利行使だというのだから、安保条約をやめればいいのだ。米軍海兵隊は殴り込み専門でベトナム戦争、アフガン戦争、イラク戦争をしてきた部隊だ。安保条約は、日本の安全と極東の平和および安全に寄与するために基地の使用を許されるとなっている(第6条)。だが現実は、安全どころか地元住民を危険にさらし、極東どころか中東の戦争の基地にしている。安保条約にさえ違反する事態がずっと展開しているではないか。安保条約賛成の立場の人も、もういちど条文を読み返したらどうか。
 国民的レベルで安保条約の是非を議論すべき時だ。原発こそがオール電化の日本の快適な生活をつくってくれているという妄想からようやく覚めたのだから、安保条約と米軍への妄想からもそろそろ解放されてもいいのではないか。安保条約10条には、一方的に破棄を通告できるとりきめがある。
 


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