山上俊夫・日本と世界あちこち

大阪・日本・世界をきままに横断、食べもの・教育・文化・政治・歴史をふらふら渡りあるく・・・

安倍にこびる橋下、数の独裁を推奨

2015年08月31日 22時37分32秒 | Weblog
 30日の国民的な大集会・デモ、とりわけ国会周辺にあつまった12万の運動に対して、大阪の口から出まかせ政治家、うそつき政治家橋下徹がまたいいかげんなことをいっている。「日本の有権者は1億人。国会前のデモはそのうちの何%なんだ。ほぼ数字にならないくらいだろう。こんな人数のデモで国家の意思が決定されるなら、サザンのコンサートで意思決定する方がよほど民主主義だ」
 国会前の12万の意思表示に対して、安倍・菅と同レベルの反発・反感をもったようだ。だが60年安保を彷彿させる事態が生じていることは動かない。サザンのコンサートで意思決定する方が民主主義などくだらんことをいうが、サザンの方が橋下よりどれだけ人間的に立派か。
 12万といっても1億人のなかではとるに足りないといいたいのだろうが、それなら、世論調査の数字に従うのが一番民主主義的だろう。FNN8月調査では安保法案の今国会での成立に「賛成」34・3%、「反対」56・4%、JNN調査では安保法案の今国会での成立に「賛成」30%、「反対」61%、安保法案は憲法に「違反」52%、「違反していない」30%となっている。国民世論ははっきりしている。その世論を形成している富士山の頂点が12万人の国会行動なのだ。橋下は世論と民主主義について勘違いしているのではないか。
 橋下はよく言った。選挙の結果が民意だ、選挙で選ばれた者の口から出る言葉が民意だと。選挙で選ばれたら、あとはフリーハンド、何をやっても許されるのか?それが民主主義か?そこには話し合いや、譲歩や、少数意見の尊重などはない。選挙の後は何をやっても許されるというのが橋下政治だ。安倍政治と同じだ。
 橋下政治は党内でも民主主義はない。橋下のその日その日の口先が党の決定だ。討論・批判はついぞみたことがない。

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戦争法案は廃案しかない

2015年08月30日 21時57分41秒 | Weblog
 今日(2015・8・30)は朝10時、地元の市岡から三先へ往復50分のお散歩デモをした。ありがとうとの声をかけてくれ津人も。
 で、16時、扇町公園へ。JR天満のホームからぎっしり。扇町公園は大変な人で、まわりの小高い丘のところに陣取った。大阪大学の木戸教授とゼミの院生二人の意見表明がやられていた。
 参加者は2万5千人との発表だったが、わたしがこれまで参加した扇町公園での集会では空前の規模だった。2万5千はひかえめな数字だとおもった。集会30分でデモ出発に移ったが1時間たっても3コースのデモはなかなか出られない。ここ30年経験したことのない規模だった。
 東京では12万人が集まった。安倍自公内閣の横暴に対する怒りは極に達している。立憲主義の否定、法治国家の崩壊を何とも思わない異常事態だ。保守的な立場であっても、立憲主義、法治国家の否定はないだろう。立場を超えて立ち上がる時だ。
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一夜で前言ひるがえす橋下

2015年08月29日 23時05分05秒 | Weblog
 橋下大阪市長・前維新の党最高顧問は、27日、維新の党を離党するとき、「党が割れるようなことはしない」とメールで発言し、自分の子分の大阪系議員の離党をとどめる姿勢を示した。
 ところがその翌日、地域政党「大阪維新の会」の全体会議で「大阪維新の会で国政政党をやる。年内にはしっかりとその道筋をつけていきたい」といい、大阪系議員を脱党させ、新しい国政政党を作る方向を示した。
 政治家の発言は、うそをくりかえす不良少年とちがい、そのひとつひとつに責任を負わなければならない。しかし橋下という政治家の発言はずっと不良少年並みのうその連続、発言に何の責任も取らない7年半だった。一晩で正反対となった今度の件はわかりやすい。正常な人間なら、このような政治家をまともな人間扱いするはずもないのだが、世の中にはだまされる人が多い。
 都構想なるものに引きずり回されたあげく、大阪市民は悩みぬいたうえで判断をくだした。もうこれで決着のはずが、またまた、都構想をもういちどやりたい、区割りを変えて出すからなどとたわけたことをいっている。この日の会議で府知事・市長選挙の公約に掲げることを決定した。判断を下した市民をばかにするもはなはだしい。
 都構想否決の晩、もう政治家はきっぱりやめると宣言した。だが任期いっぱいまで知事選・市長選でダブル勝利をねらうといい、年内いっぱい国政政党の道筋をつける活動をすると宣言した。やめるといったのだからさっさとやめろ。うそばかりつくな。
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橋下・松井、衰退一里塚パフォーマンス

2015年08月28日 12時29分22秒 | Weblog
 維新の「創業者」(自称)橋下・松井氏が27日(2015・8・27)、維新の党を離党した。
 その理由が面白い。維新の党柿沢幹事長が山形市長選挙で民主・共産が支援する候補を応援したことが出発点だ。松井氏がこれを、「お子ちゃま」とか「今の執行部は永田町病にかかっている」といって幹事長辞職を要求してきた。だが山形市長選に維新が候補者を立てているのをくつがえしたのか?支持推薦決議を裏切って反対候補を応援したのか?単に民主推薦候補の応援を一回応援しただけだ。幹事長が勝手な行動をしたということだ。だが維新という党は、これまで橋下氏の勝手な行動の連続ではなかったか。党の正式な機関にはかることなどほとんどなく、思いつくままにメールで指示をだし、マスコミに発言し、ここまで引きずってきたではないか。橋下氏のこれまでの勝手な言動に比べれば、柿沢幹事長の行動などとるに足りない。
 永田町病というなら、橋下・松井コンビこそが安倍・菅に手なずけられ、エサを与えられ助けてもらって、完全にポチのようになっているではないか。この25日(火)にも松井は上京し、菅官房長官と密談している。6月には橋下松井が安倍首相と3時間も親しくお食事会談をしている。3時間のランクは右翼俳優・津川雅彦くらいなもので、沖縄県知事・翁長さんは就任から5カ月もたってやっと短時間会談したにすぎない。橋下松井は安倍・菅に頭が上がらない、憲法改悪までずっとつき従いますと約束している。菅官房長官に創価学会と公明党を動かしてもらって、府議会市議会が正式に否決した都構想をくつがえし、可決させた恩義があるから。この25日、どんな話、約束をしたのか。
 橋下氏は離党表明で、「国政政党としては今、安全保障関連法案に全力を注がなければいけない」(安倍政権に協力して)、「僕と松井知事は大阪府知事選、大阪市長選に力を注ぐ」といった。知事選市長選に力を注ぐために、自ら創業した維新を離党する?意味が分からない。都構想住民投票に力を注ぐために代表を退いて顧問になったのに、世紀の決戦・住民投票で負け、こんどは選挙のためにさらに退いて、何もなしになるのだ。まあ、勝手にすればいい。論理的整合性は2万%以来一貫してないのだから。整合性がなく、その場その場でテレビを通じて耳目を引き付けるパフォーマンスをくりかえすのが橋下政治の手法だ。でも、東京のキー局のキャスターの反応は冷めたもので、なかにはあきれたという意味のコメントがあった。
 一番びっくりしたのは、市長選の候補者について、「ちゃんとした地方政治をやろうと思えば、地方議員をトップにするのが王道だ。メディアで知名度がある人を持ってきても、行政はできない」といったことだ。これはこれまでの自分をすべて否定する発言だ。お笑い発言だ。
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地域で「戦争法案反対!お散歩デモ」やりました

2015年08月24日 23時43分13秒 | Weblog
 今日(2015・8・24・月)、大阪市港区市岡・磯路地域で「戦争法案反対!お散歩デモ」をやりました。4時市岡交差点に集合して8名で出発、途中1名合流で計9名。長谷川義史さんデザインの「戦争いやや」の絵や金子兜太さんの「アベ政治許さん」の書を思い思いに首からぶらさげて歩いた。わたしは署名運動の時につかった戦争法案反対の大きいポスターをぶらさげた。短いめの幕ももって一列で歩いた。目的地は夕凪の喫茶店。4時とはいえまだまだ暑いので、喫茶店で涼んでコーヒーでも飲んで語ろうという企画だ。
 もちろん正式のデモではなく警察に許可を求めるものでもない。ゆっくり、散歩がてらに歩道を歩くのだ。「安倍総理はやめろ」とか「戦争法案は廃案にしろ」「「わかものを戦争に行かさない」などにわかづくりのシュプレヒコールを叫んだ。
 到着地点ははっきりしているが、そこまでの道筋は決めてない。だからバス通り、路地裏、スーパー前まで出向いたり、保育所の前の細い道も歩いたり、公園で将棋を指している人たちにあいさつをかねて大回りしたり、じつにくねくねとデモをした。
 普通、デモといえば大通りばかりだが、大通りも路地裏も、あそこも行ってみようと歩きながら相談するのも楽しい。それなりに注目を集めた。直線距離では短いが、結局45分も歩いた。汗をかいたが知り合いの喫茶店で1時間近くもゆっくりしてしまった。
 全国各地で、数人で、意思表示になるものを持つなりぶら下げるなりして、5メートル先の人に聞こえればいいという気持ちでやりましょう。
 
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塚本晋也監督の「野火」を観る

2015年08月17日 22時10分21秒 | Weblog
 今日(2015・8・17)、梅田スカイビルのシネリーブルで塚本晋也監督の映画「野火」を観た。去年のベネチア映画祭で注目された作品だ。だが戦場の残虐シーンに批判が集まったのも事実だ。
 大岡昇平の『野火』が原作だ。市川崑監督がいちど映画化している。塚本監督はフィリピン戦友会会長らに10年前から聞き取り調査をし、今つくらないと機会を逸するとの思いで製作にとりかかり、完成にこぎつけた。資金難で、多くのスタッフ・キャストがボランティアだ。軍服や銃、鉄兜などほとんどが手作りだ。
 実は私の娘婿がこのオーディションに応募して、ボランティアの役者として出演した。いくつかセリフももらていた。エンドロールで4人目くらいに名前が出てきた。わたしは塚本監督作品をいままで観たことがなかったが、そんな関係で観に行った。
 塚本晋也さん自身が主人公・田村一等兵を演じた。田村一等兵は肺を病み、部隊から追放され原野をさまよう。だが入院を拒否した貧相な野戦病院は攻撃を受け全焼、原部隊も壊滅。崩壊した軍隊の兵は、おのれの食料だけが関心、もはやむき出しの欲望のみの、人間かそれ以下の動物の境界線上の生き物となる。
 若い部下の人格をあやつって、たばこと芋を交換する商売のような行為をさせる上官。この片足不自由という上官をリリー・フランキーが演じる。猿の干し肉といって田村は薄い肉片をもらうが、どうやらそれは人肉だった。この映画では、人肉にするためにフィリピン人を追いまわし、撃つシーンがある。生の人肉にむしゃぶりついていくシーンもある。戦闘シーンはあまりに残酷だ。カラー映画なので赤い血が、口のまわりが真っ赤になっているのが、これでもかと観客に迫る。
 田村一等兵はだまされて芋を分け与え、あるいは執着心を相対化して芋や塩を与える。現地の若い男女にマッチを欲しいと銃を向けながら言うと、おびえる。「殺さないから、殺さないから」といいながらも、おびえて泣きわめく若い女を、そして男も射殺する。
 もともと文章を書いて生活していた田村が、戦地からからくも生き延びて帰国し、戦後の生活に入る。だが、みずからの戦場での行為が、簡素な座り机の前の田村を苛み続ける。ここで映画は終わる。
 塚本監督は、「戦争体験者の肉声を体にしみ込ませ反映させたこの映画を、今の若い人をはじめ少しでも多くの人に見てもらい、いろいろなことを感じてもらいたいと思いました。そして議論の場に使っていただけたら幸いです」と述べている。
 
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歴史の検証に耐えられない、歴史を修正する安倍70年談話

2015年08月15日 10時57分07秒 | Weblog
 アメリカには事前に文案を送り了解を求めて発表した安倍・戦後70年談話。戦後50年談話にくらべほとんど値打ちのないものゆえ、文章の量だけは異常に多くし、一大政治ショーにするため、終始カメラ目線のねっとりした読み上げぶりだけが目立った。でも歴史には残らない。
 村山元首相が、自身の談話を「引き継がれた印象はない」「踏襲もしていない。出す必要はなかった」「焦点がぼけて、さっぱり何を言いたいのか分からない」「何をおわびしたいのか不明確だ」と切って捨てたのはのは当たっている。
 談話を聞いて、また全文を読んで、まず思うのは、主語のない文章だということだ。責任逃れの、たちの悪い文章は主語がない。もう一つは傍観者の文章だということ。そして徹底したごまかしと歴史の修正。これが安倍談話をつらぬく方法だ。また村山談話のいくつかのキーワードが入っているかどうかが注目されたが、人を小ばかにしたような扱いに、安倍首相の本質が露呈された。
 談話は言う。「百年以上前の世界には、西洋諸国を中心とした国々の広大な植民地が、広がっていました」、しかし「日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました」という形で「植民地支配」というキーワードをずるいやり方でクリアする。だがこれはクリアとは言えない。植民地支配の問題は西洋諸国の問題だと自らを別の位置に置いて傍観し、あまつさえ、日露戦争を起点に朝鮮の植民地化を着々とすすめた歴史を隠し、逆に植民地に独立のエネルギーを与えたと位置づけるのだ。歴史の隠ぺいと修正。
 第1次世界大戦は「1千万人もの戦死者を出す、悲惨な戦争でありました」、この戦争を機に「戦争自体を違法化する・・・潮流が生まれました」といいながら、満州事変以後の日本をこの新しい潮流・国際秩序への「挑戦者」だと位置づける。挑戦とは勇気を出していどむことであり、まったく不適切、「破壊者」と表現すべきものだ。
 世界恐慌から経済のブロック化がすすみ、これが戦争の原因かのように言う。遠い要因であるが、まったくの謬論だ。日本の軍国主義、アジア蔑視の侵略主義、天皇制ファシズムなどに触れない戦争論など子どもだましだ。
 侵略戦争への道のりを反省し、侵略の罪責を告白し、謝罪することなくして、植民地にされ、侵略された国民との和解はありえない。経済の行き詰まりが戦争に追いやったと他律的にえがき、満州事変以後を「挑戦者」扱いし、「進路を誤り」、「日本は、敗戦しました」と結ぶ。論理不明。歴史の修正。
 「先の大戦では、3百万の同胞の命が失われました」というが、第1次世界大戦が1千万の戦死者を出した記述との整合性はない。あくまで祖国のために「戦陣に散った方々」や「たくさんの市井の人々」の犠牲をいう。侵略した国々といわずに「戦火を交えた国々でも、将来ある若者たちの命が、数知れず失われました」という。自然現象として失われたのではなかろう。主語をつけ、自動詞で、日本がアジア諸国民2千万の命を奪いましたというべきだ。「歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なものです。一人ひとりに、それぞれの人生があり、愛する家族があった」などと文学的表現を各所に散りばめながら、主語のない傍観者の記述がつづく。
 「戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも、忘れてはなりません。」日本軍慰安婦のことを指すのだろうが、そうとは明記せず、日本軍の責任を不問にし、自然現象のごとく描く。河野談話の頃にくらべ研究は格段に進展し、日本軍の関与と責任はまったく動かしようもなくなっているにもかかわらず、20何年前と同じことをくりかえす。慰安所は民間業者がやっていたことだと。歴史修正主義者は隠ぺいの作業はするが、歴史の真実を探求する精神がない。
 侵略については触れないのかと思ったら、4割くらいすすんだところで、「事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない。植民地支配から永遠に訣別し・・・なければならない」という。事変、侵略、戦争で読点、丸だ。だが論理不明。いったいどこの国の侵略だ。つづく文も一般論。植民地支配からの訣別も一般論。主語のない文章だ。侵略について何も語らず、日本の1931年満州事変以後の戦争が侵略であったとは一言も言わない。侵略でなければ責任は問われない。植民地支配も無答責の一般論。安倍首相は何の痛みも感じず、キーワードを二つクリア。世界全ての国がとるべき戦後の一般論で日本の責任は溶けて消える。
 この談話の後半は、いっそう浮いた言葉が延々とおどる。ただその中に、見過ごすことのできない一節がある。「あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」謝罪はもう終わりだとの宣言だ。子や孫に責任がないのは明らかだ。だが、その国民が選ぶ政府が戦争責任がないかのごとくふるまうならば、子や孫の時代の国民の責任が生じることになる。それよりも問題は、今の政府が植民地支配と侵略戦争の責任を一点の曇りもなくはっきりさせ、明快な謝罪と後の世代の教育に力を尽くすことを明らかにすることだ。そのうえで、侵略された側が謝罪にはけじめがついたと言ってくれてこそ、解決する。もちろん時として日本の戦争責任はと問われることはある。そのときも変わらぬ態度をとることが必要なのはもちろんだ。いや、責任は前に言ったから、もういう必要なない、どうでもいいことだ、というのではすべて覆る。口先と行動、心の中が違うのが問題だ。50年の決議、談話に反対し、以後50年談話をくつがえすこと、ポツダム宣言にはじまる戦後レジームの転換を中心テーマに活動してきた安倍氏らの存在が、けじめをつけることを困難にしてきた。子や孫に謝罪の責任はない。だが政府にはある。子や孫に責任はないといういい方の中に、もうこれから後の時代には責任はないという意味を滑り込ませようとしている。じつに狡猾だ。
 安倍談話でおもわず笑いそうになったのは、「法の支配を重んじ」という言葉があったことだ。いちばんの側近が「法的安定性なんか関係ない」と繰り返しても、この人物を擁護する安倍首相だ。砂川判決が判決文で触れてもいないのに、最高裁も集団的自衛権行使は合憲だといっているなどといい、憲法改正の手続きによらず改憲行為をしているのが安倍首相だ。その人物が「法の支配を重んじ」というのだから、この談話も同等の重みしかない。
 キーワードはたしか4つあったはずだが、目に付かなかった。線を引きながら読んだ談話をもう一度ていねいに探すと、意味もない飾ったことばが並ぶ後半冒頭に、「我が国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明してきました」と、二つのキーワードを一気にクリアする。私はという主語をもちいて、あらためてお詫びするという、当然の態度を注意深く退けて、過去にくりかえし表明したといってできるかぎり薄めようとはかる。4つのキーワードをどうにか組み込むことに成功したが、そのキーワードのもつ意味をほとんど理解不能なまでに弱め、もはやキーワードではなくなってしまった。冗長なだけで、歴史的文書としては意味をなさなくなってしまった。
 最後の最後に、「積極的平和主義の旗を高く掲げ」と宣言している。アメリカ軍と一体になって自衛隊が集団的自衛権行使の旗のもと「これまで以上に貢献してまいります」という意味だ。戦後70年談話というより、新たな戦前談話となるものだ。
 歴史の検証には全く耐えられない談話だ。
  
 
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戦争法成立の前にすでに自衛隊が「軍部独走」。文民統制もどこへやら戦争法成立後の日本軍

2015年08月12日 22時48分35秒 | Weblog
 昨日(2015・8・11)参院安保法制特別委員会で、日本共産党の小池晃議員が防衛省統合幕僚監部の内部文書「日米防衛協力のための指針(ガイドライン)及び平和安全法制関連法案について」を暴露した。小池議員が独自に入手したもので、驚愕の内容だ。推測するに、自衛隊関係者から小池議員に誰からと分からない方法で届けられたのだろう。信頼できる議員、党だということで託したのだろう。おそらく自衛隊内部では、犯人探しにやっきになっていることだろう。秘密保護法は制定されたが、これらの文書が特定秘密に指定されたという段階まではまだ至っていないので、情報提供の勇気を持つ人もいたのだろう。秘密保護法体制が完璧になれば、身の危険と天秤にかけることになる。いや、現在の自衛隊がすでに実態はそうなっているだろう。そのなかを勇気をふるって正義の行動をとられた自衛隊員を称賛したい。
 『赤旗』11日付によれば重大な内容が含まれている。文書は戦争法案が国会に提出された5月末時点につくられたようだ。「今後の進め方」と題する日程表は、法成立を前提に、「8月法案成立」「6か月以内の施行」すなわち来年2月施行だとして、来年3月から南スーダンPKOについて「駆けつけ警護」を認めるとしている。さらに「同盟調整メカニズム」(ACM)について、「ACM内には、運用面の調整を実施する軍軍間の調整所が設置される」と明記している。自衛隊はすでに軍に昇格している。軍と軍の間で直接に作戦計画の調整をおこなう機関の設置を書いている。文民統制もどこへやら、憲法違反の米軍・自衛隊の共同司令部発足だ。安倍内閣は平たんは後方支援で安全なところで主体的に判断してやるなどとごまかしをくりかえしているが、この自衛隊文書では、どんな危険なところでも途中で手を引くなどということができない仕組みがつくられているではないか。南スーダンPKO自衛隊派遣はこの7日に閣議決定されたばかりなのに、この文書では何カ月も前に文民統制もどこへやら、8月末から第9次部隊の派遣を明記していたのだ。
 明白な憲法違反の文書だ。国会軽視、国会をないがしろにするもはなはだしい。内閣総辞職すべき代物だ。
 追及された中谷元防衛大臣は「ご提示していただいている資料がいかなるものかは承知をしていない」と逃げを打ったが、さらなる追及で「同じ表題の資料、これは存在する」と、中身は知らないが表題の同じものは知っていると、しぶしぶ、わけのわからない答弁をした。
 審議している法案が通ったものとして、その先を戦時中の軍の独走よろしく、文民統制を投げ捨て、軍軍間の作戦調整機関をつくって、ぐんぐん進める新段階の日米軍事同盟へとステップアップする計画書だ。
 とんでもない文書だ。もう戦争法案を審議する土台がひっくりかえった。法案撤回して出直すべきだ。これ以外にない。
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大阪市下水道局、大木をばっさり

2015年08月10日 09時26分14秒 | Weblog
 わたしの家の前に、下水道局の古い施設がある。昔は市岡抽水場といっていた。いまはふたをして撤去した自転車の置き場にしている。この一部にかつての職員宿舎が廃墟のようにのこっている。その裏庭にあたるところに、何本もの大木がしげっていた。この地域では一番の大きさだった。ここ5,6年は、年中ではないがカラスの棲家となっていた。カラスが進出してくるとヒヨドリがどこかへ行くので庭がよごれない。
 カラスが巣を構える以前は、この大木の下、および周辺の雑木、雑草の自然の小空間が、ウグイスの棲家だった。なんと大阪の下町(大阪はほとんどすべてが下町といっていいが)の零細工場と零細商店、そして住宅の混在しているところにウグイスの繁殖地があったのだ。春、4月になるかならない頃、コンクリートブロックに囲われたこの自然の小空間にそっと近づくと、「ホーホケッキョ、ホーホケッキョ、ケキョケキョ」と鳴く声がきこえた。例のごとくウグイスは姿をみせない。でも毎年鳴いてくれた。最初聞いたとき、わたしはびっくりして、隣の何十年も営業している酒屋のおじいさんに聞いたところ、「ウグイスや」と答えてくれた。赤錆色のトタンの工場がたくさんあるこの地域に、ウグイスがいてくれることがどれだけ地域の人をなごませてきたか。だがカラスの進出以来、ウグイスはどこかへ引っ越した。これはこれでしかたがない。
 でも下水道局が、何十万円か支出して、業者に木を切らせたのは容認できない。午前中は、下草を刈ったり、のびたツルを切ったりしていた。夕方家に戻ると大木は影も形もなくなっていた。なんの感慨もなく伐採の命令を出す。現場に来てその風景を見たのか、近所の人に感想を聞いたのか。
 
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安倍首相、いやいや非核3原則

2015年08月10日 09時04分16秒 | Weblog
 安倍首相は6日の広島市の平和式典でのあいさつで、「核兵器をもたず、つくらず、もちこませず」の「非核3原則」をちゃっかり脱落させていた。ところが彼の予想を上回る批判にびっくりして、長崎では「3原則」をもりこんだ。
 安倍首相は、広島で触れなかったことを国会で追及されて、「広島でのあいさつの案と、長崎での案はセットだ。重複する言葉もあれば、そうでない言葉もある」(7日)と言い逃れをしていた。
 いいかげんなことでごまかせると思ったら大間違いだ。広島と長崎はセットだ。当たり前だ。だが、片方は「非核3原則」は宣言するがもう一方は宣言しないという、そんなセットはありえない。それは「非核3原則」をどうでもいい扱いをしているという見本のセットだ。「重複する言葉もあればそうでない言葉もある」、たしかにそれはある。でないと全く同じ文面を読み上げることになり、どちらの市民に対しても失礼だ。だがしかしだ。核廃絶や被爆者援護、非核3原則など絶対欠かしてはいけない言葉を、あちらでは入れるがこちらでははずす、こういうことは許されない。その言葉に重きを置いていないことの証明だ。
 安倍首相は「・・・でごじゃます」などと、ぺらぺらとした言葉をまきちらすが、その狙うところは恐ろしいものがある。「非核3原則」も大事だと思うなら、外すことはぜったいない。
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同志社中高校での研究会に参加

2015年08月07日 11時18分11秒 | Weblog
 7月31日~8月3日に京都・同志社中学高等学校でひらかれた全国民主主義教育研究会大46回大会に参加した。今出川の同志社大学とは違う場所、地下鉄終点・国際会館前にある。まず400mトラックを擁する緑のグランドにびっくり。ゆったりとしていい環境だ。同志社中高校副校長の竹山幸男氏のご尽力で会場を提供していただいた。竹山さんは初日全大会で、「新島襄と同志社の教育」と題する特別報告もおこなった。
 全体会は、立命館宇治中高校の杉浦真理さんの基調報告「18歳選挙権と教育の課題、全民研での実践」ではじまった。いま青年期教育の焦点となっている課題だ。全民研が発足以来追及してきた課題・主権者教育がまさに教育界全体の中心テーマになったのだ。
 特別報告のひとつが、福井県小浜市明通寺就職の中嶌哲演師の「原発反対の活動と私の歩み」だ。いまや全国的に有名な運動家であり宗教家だ。二つめが竹山さん、そして3つめにわたしが「大阪都構想を阻止した市民運動」と題して30分報告をした。
 5日間この準備にかかりきりになってやっと形にすることができた。ためていた新聞を切り抜き、捨てずにおいていたチラシなども積み上げると山のようになった。2日目はそれに赤線を引き、使うものとそうでないものを分けた。3日目から年表づくりにかかった。橋下政治登場以来だからたいへんだ。ときどきの彼の発言も組み込んだ。A4でレジュメが3枚、年表4枚、あと資料で計15枚になった。当日朝も印刷に追われた。パソコンにつなぐ印刷機では4時間半もかかる。でも昔は、全民研で発表しようとすると、印刷させてくれるところをさがすのも大変だった。それにくらべるとずいぶん便利になった。文句を言ってはいけない。
 レジュメ通りに資料をつかって話すと90分はかかるので、自分の体験を中心に都構想・住民投票・橋下政治の手法などを結合させる形で話をした。30分手前で切り上げた。司会者はレジュメの進み具合を見てハラハラしていたようだが、あっさり切り上げた。よくわかったという声もただいて、ほっとした。重荷がおりて楽になった。でもちょっと疲れたのか、そのあと夏風邪を引いてしまった。
 2日目は分科会にわかれての報告と討論。3日目は、記念講演。同志社大学教授・国際金融論専攻の浜矩子(はまのりこ)さんの「今、生徒たちに伝えたいアベノミクスの現実」と題する講演だ。文書にほとんど目をおとすことなく、演壇の脇に出て、聴衆に語りかける。予定通り1時間きっちりでおわる。質疑討論を大事にしましょうということで、これがなんと50分。関連する質問、一見無関係と思える質問にも丁寧に答え、浜さんの経済学の姿が富士山のように立ち現れる。浜さんはアベノミクスをアホノミクスといってることで有名だが、歯に衣を着せぬ論理明快な話には、みな溜飲を下げた。
 この日は、京都の気温が39度を超えた。浜さんにサインをしてもらった本を読みながら大阪に向かった。
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大阪市があぶない教科書育鵬社版を採択の異常

2015年08月06日 15時03分04秒 | Weblog
 5日(2015・8・5)、大阪市教育委員会議が西区の市立中央図書館の会議室で開かれ、中学校社会科歴史・公民とも育鵬社版の教科書を採択した。広い会議室で十分傍聴者を収容できるにもかかわらず、ひとりも入れず、港区の教育センターの講堂を傍聴会場とした。抗議の声、傍聴者ともに遠さけて決めようという魂胆からだ。
 教育委員は6名。
 委員長・大森不二雄(首都大・教育センター教授・元文部官僚、首都大学の教員紹介頁では研究分野・研究テーマ欄が空白)公募で橋下面接による任命
     西村和雄(経済学者、神戸大社会科学系教育研究府特命教授、京都大学名誉教授、数学ができない大学生話で名を売った)橋下推薦任命
     林 園美(主婦)公募採用、橋下面接で意気投合
     高尾元久(産経新聞アドバイザーを2月までつとめる、育鵬社=産経新聞という利害関係を隠すために教科書採択を前に退職したと思われる)
     帯野久美子(インターアクトジャパン代表取締役、和歌山大学副学長、中央教育審議会委員、産経に建国記念日礼賛文執筆)
     山本晋次(教育長、教育委員会事務方のトップ、市政改革室理事から橋下市長によって抜擢された)
 歴史教科書採択では、林園美・高尾元久・帯野久美子・山本晋次の4名が育鵬社に賛成、大森不二雄・西村和雄の2名が帝国書院を推薦。
 公民教科書採択では、大森不二雄・高尾元久・帯野久美子・山本晋次の4名が育鵬社に賛成、西村和雄・林園美の2名が日本文教出版を推薦。
 教育長の山本晋次氏は、育鵬社版がすぐれていることをひと言もいわないまま育鵬社に賛成した。社会科教科書に造詣が深いはずもなく、教育とは無関係の部署から抜擢されたことへの恩返しの意味で育鵬社に肩入れしたのか。
 そもそも教科書採択の最終の権限は教育委員会にあることははっきりしている。しかし非常勤の教員免許も持たない教育委員が全教科のすべての教科書を精読して、どれが大阪市の子どもにもっとも適しているかを決めるのは絶対不可能だ。能力的にも、時間的にも絶対不可能だ。ところが社会科教科書だけ、現場教員が教科書を評価する「学校調査会」、教科ごとの「専門調査会」の調査結果を無視して決めるのだ。
 もともと教育課程の編成権は学校にある。各学校の教育目標、1年間の予定、各教科の時間配分、時間割、行事・教科外活動、教科書など。教科書だけが政治的な思惑=安倍首相の日本をとりもどす=戦前の大日本帝国に回帰するという特異な政治目的のもとに誘導されるなど、教育破壊以外の何物でもない。
 大阪市教委は、6月、これまでの採択では現場教員による教科書のしぼりこみが可能となっていた長所・短所を書く調査用紙を長所・短所を書かさないように改悪し、教育委員が好き勝手に選べる方式に替えていた。その後ろには、安倍=下村文部科学省の通知がある。
 現場から権限を取り上げ、教育委員がすべて決めるというなら、全教科・小中9学年分・すべての教科書およそ1000冊をちゃんと読んで、質問に答えられるよう見解をまとめたうえで、採択行為をしろ。社会科以外は現場に頼りながら、政治目的で社会科教科書を押し付けるのは反教育活動だ。大阪市の採択は大都市としては横浜に次ぐものだ。ここまで着々と手を打っていたのだ。
 ところでこの日の教育委員会議では妙な付帯決議がついた。すなわち第2位として採択されなかった、帝国書院の歴史、日本文教出版の公民の教科書を副教材として買うというのだ。もちろん公費で。事実上教科書が2冊になる。現場が全く望んでいない教科書を押し付けることからくる矛盾の現れだ。
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何年ぶりかの風邪

2015年08月05日 16時01分37秒 | Weblog
 何日も前から、咳が止まらず、のどがはれ、苦しい。あまりの暑さにたまらずクーラーを入れているが、これが原因だ。28度にしているから官公署の設定温度とおなじだ。だが、これでも気管支は冷えを感じるのだ。クーラーが原因で風邪を引いたのは初めてだ。風邪自体永くひいたことがない。
 昨日診療所で診てもらい、うがいしたり、薬を飲んだりしているが。ひどくなるまで何日かかかったから、治るまで同じくらいはかかるだろう。寝るときは29度の設定でも涼しいということがわかった。
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「戦争にいきたくない」は利己的か

2015年08月05日 14時55分56秒 | Weblog
 自民党の武藤貴也衆院議員(36歳、滋賀4区)が、ツイッターで戦争法案反対の運動をしている学生団体「SEALDs」について「自分中心、極端な利己的な考えだと」非難している。また「利己的個人主義がここまで蔓延したのは戦後教育のせいだ」ともいっている。
 戦争に行きたくないというのはまったく正しい考えだ。世界すべての国の若者が戦争には行きたくないと声をあげるべきだ。{SEALDs」は利己的に言っているのではなく、戦争は相手の人々も殺す、そんなことはしたくない、できないという人命尊重の普遍的な考えに基づいていると推測する。
 アメリカがアフガニスタン掃討作戦で、ある村に2人のアルカイダが隠れているとして、村人50人をふくむ全員を殺害した。非戦闘員への無差別攻撃(国際法違反)だ。日本も、中国で同様に日本への抵抗をつづける八路軍が潜んでいる村をどれだけ皆殺しにしたことか。その際に女性を強姦して刺し殺すことも含め。
 たとえ自民党から「利己的だ」といわれようと、「戦争には絶対行きたくない」との声をうんとあげよう。
 武藤議員はこういうことをいうのだから、いつまでも国会議員の地位にしがみつかず、できるだけ早く自衛隊に入隊して戦地への派兵を願い出るべきだ。
 ところでこの議員、滋賀ではなく北海道出身だそうだ。2009年の衆院選で自民党の全国公募で滋賀へ落下傘候補として送り込まれた。09年落選、12、14年当選。もともとのウルトラ右翼のようだ。国民主権、平和主義、基本的人権みな嫌い。核武装論者。日本国憲法を実践すべき国会議員にはもともふさわしくない人間だ。
 言論抑圧と沖縄への侮蔑的発言をした大西議員、法的安定性は関係ねえといった磯崎首相補佐官、そして武藤・自民党安保法制特別委員会メンバー。年齢はばらばらだが、いずれも2回生議員。多数与党のもとでおごり高ぶっているだけではなく、憲法遵守の考えなどまったくない、政治家に最もふさわしくない人物ばかりだ。右翼安倍自民党がこういう人物を集めるのだ。
 
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