山上俊夫・日本と世界あちこち

大阪・日本・世界をきままに横断、食べもの・教育・文化・政治・歴史をふらふら渡りあるく・・・

財界主導の復興をねらう宮城県知事

2011年05月29日 23時51分09秒 | Weblog
 今日(2011・5・29)の『赤旗』に、宮城県の震災復興計画に財界のシンクタンク・野村総研が全面関与していることが報じられた。宮城の村井知事は、すでに、漁業復興にからんで水産特区構想をもちだし、大企業に漁業権を開放することを打ち出している。これには漁民がはげしく反発している。
 今日の報道では、宮城県の復興計画の原案作成には県の担当者と野村総研とが共同で作業をしているというのだ。さらに宮城県の「復興会議」の委員12人のうち、県内在住者はわずか2人だ。岩手県の「津波復興委員会」は19人全員が県内在住者だという。宮城の「復興会議」の第2回会議は、なんと東京でやったそうだ。委員の大半が首都圏在住のため、村井知事らが上京して開いたという。村井知事は、「あえて地元の方はほとんど入っていただかないことにした」「地球規模で物事を考えているような方に入っていただいて、大所高所から見ていただきたいと考えた」といっている。
 これは、恐ろしい事態だ。最も大事にしなければいけない被災者・地元の声をないがしろにして、財界の思惑で「復興」の計画をつくろうというのだ。すでに、日本経団連の米倉会長は、道州制をふくむ巨大な構造改革の実験場にしようと狙って、さまざまな発言をしている。人の不幸を利用した火事場泥棒のようなものだ。菅首相も「創造的復興」という言い方で財界主導の復興=地域改造を容認している。
 こんなやりかたを認めれば、地元住民・被災者は打ち捨てられることは火を見るよりも明らかだ。
 復興計画の性格を左右する重要な情報を暴いてくれた『赤旗』に感謝。
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三代徳田八十吉展

2011年05月29日 22時37分21秒 | Weblog
 昨日(2011・5・28)、兵庫陶芸美術館へ「三代徳田八十吉展」を見に行った。没後初の大規模回顧展だ。徳田八十吉は、九谷の現代陶芸家であり、人間国宝であった。
 三代徳田八十吉は紺・紫・緑・黄を基調に、200に及ぶ釉薬の調合を成し遂げ、これを駆使してみごとな色のグラデーションを生み出した。伝統九谷にあって、花鳥風月や具象を突破して、抽象九谷をつくりだした。
 展示されているのは各コンクールで入選した大作ばかりで、皿なら90センチはある大きさだ。綿密なデザイン構成と下書きをもとに、2度から3度、作品によっては4度も彩釉と焼成を繰り返すという。顔を近づけ、目をこらしてみると、貫入に変化が大きく、色の変化と貫入の変化をあわせて読み取っていくと、面白みがぐんと増すように思った。貫入とは、釉面に現れたヒビのことで、焼成・冷却の際の膨張・収縮の度合いの違いから、ガラス質の内面にヒビが入るのだ。気づいたのは、黄色の釉薬の部分が貫入が少なく広く安定しているのだ。色によって貫入の度合いが違うことから、まさに作品を手に取るようにして眺めていると、味わいが一気に増してきて、作品と対話しているような気分になる。
 兵庫陶芸美術館は陶芸の里・今田町にある。今は篠山市に合併しているが、以前は独立した今田町(こんだちょう)だった。じつは、30数年前社会科研究部の生徒とともにこの立杭焼(たちくいやき)の調査活動をしたことがあった。新右衛門窯さんにお世話になって詳しくお話をきき、登り窯の調査もしたことを思い出す。
 陶芸美術館から立杭焼の里を見下ろし、向かいには700メートル近い虚空蔵山がどっしりとひかえている。調査活動以後二度ほど訪れたが、でも20数年ぶりのことだ。雨が降っていたこともあるが、2~30年前に比べて、緑が深くなっているように思った。
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強権による「君が代」強制の撤回を訴えます

2011年05月27日 10時37分06秒 | Weblog
 大阪維新の会が、5月府議会で公立学校教員に君が代の起立斉唱を義務づける条例を制定するとしている問題について、組合が府庁周辺で配布した(2011・5・25)ビラの内容を以下に紹介します。

 「強権による『君が代』強制の撤回を訴えます」

 脅しや命令によって教育を左右することは誤りです
 5月17日、橋下知事は「大阪維新の会」が府議会で過半数を占めたことを背景に「時の権力に仕えることが国民・市民に仕えること」「従わないものはやめさせる」として卒業式等での「君が代」斉唱に際し教職員の起立を義務づける条例を制定することを明らかにしました。
 処分の脅しを背景とした「命令に」よって教職員の良心を縛り、生徒・府民への「君が代強制」を進めよとするこの強権的なやり方は、教育を歪める不当な介入そのものであり、私たちはその撤回を強く要求します。
 「時の権力に仕えることが国民・市民に仕えること」という知事の主張は「戦中は『鬼畜米英』と教えた同じ先生が終戦後は豹変しアメリカ占領軍を礼賛した」という例(朝日5・17付投書「鬼畜米英叫んだ教師の豹変」)に象徴されるような無惨な教員類型を良しとするものに他なりません。しかし、このような教育や教職員のあり方を再び生み出してはならないという決意こそが戦後の新しい教育のスタートでした。
 学校教育法28条は「教諭は(児童の)教育をつかさどる」と簡潔に教員の職務権限を定めています。しかし戦前の法律は「訓導ハ校長ノ命ヲ受ケ教育ヲ掌ル」(国民学校令第17条)でした。真理・真実、良心に基づくのではなく「上が命じたこと」を無批判に教えさせるという教育政策をすすめたことがついには国を誤り、無謀な戦争で周りの国の人たちにも大変な災厄を与えるに至ったことへの深刻な反省が行われました。戦後教育法制の確立にあたっての国会論戦では山本有三氏(緑風会参院議員・作家)らのこうした提起を受けて学校教育法から「学校長ノ命ヲ受ケ」が削られたという経緯を重く受け止める必要があるのではないでしょうか。

 国旗・国歌法は義務化、強制をしていません
 1999年、国論を二分する論議のなかで国会での多数によって議決された現在の国旗・国歌法は「1、国旗は日章旗とする。2、国歌は君が代とする」と定めています。しかし、わずか2条のこの法律には何ら義務づけや罰則の規定はありません。その制定の過程では当時の小渕首相や野中官房長官、有馬文部大臣らによって繰り返し「義務づけはしない」「強制はしない」ことが答弁され、その後も「教育委員会と教職員組合の間で、立つ、立たん、歌う、歌わんで処分までやっていくというのは、制定に尽力した私の気持ちとしては不本意で、・・残念に思っています。」(野中広務氏、日弁連「自由と正義」2007年12月号より)とされています。

 学習指導要領は教育の内容、方法を学校の判断にゆだねています
 卒業式での日の丸・君が代に関わる職務命令やそれに基づく教職員処分の根拠とされているのは学習指導要領・特別活動の項にある「入学式や卒業式などにおいては、国旗を掲げると共に国歌を斉唱するよう指導するものとする」という規定のみです。
 しかし、学習指導要領はもともとが教育の全国的な水準を維持するための「大綱的な基準」であり、「法的拘束性」を持たせることへの疑義が繰り返し表明されています。教育のあり方自体として、指導要領そのものを廃止して学校現場での実態に則した教育課程編成ができるようにすべきであるという方向性が自民党政権時に出された経緯さえあります。
 「教育内容への介入は抑制的であるべき」との最高裁判決をうけて、学習指導要領は具体的な教育の内容や方法については記さず、個々の学校の判断にゆだねています。卒業式の内容についても、子どもたちの門出を心から祝い励ますことを主眼とした学校独自の創意ある実践を次々につぶし「日の丸・君が代の扱いについての望ましい形」まで押しつけている現在の教育委員会のやり方は、こうした学習指導要領のあり方からさえ、既に大きく逸脱しています。

 学校教育で国旗・国歌を強制する国は少数です
 多くの国でも国旗・国歌に対する尊重と教育の場での取り扱いは別のものです。文部科学省調査にもあるように学校教育の場で国歌・国旗の強制を行なっている国は天安門事件以降の中国などごく少数でヨーロッパ諸国ではほとんど行われていません。日本の場合、「国旗・国歌」そのものが司法の判断でも「『日の丸・君が代』は、政治的・宗教的に見て、未だ価値中立的な存在となるまでに至っていない」(東京地裁06・9・21)とされる現状ではなおさらではないでしょうか。


 東京高裁判決は懲戒権の乱用と断じ、処分取り消しを命じています
 東京都で行われた君が代強制に関わる168人の不起立行為等への処分について、3月10日東京高裁第二民事部(大橋寛明裁判長)は職務命令の適法性を認めながらも「不起立行為等を理由として懲戒処分を科すことは、社会観念上著しく妥当を欠き、重きに失するというべきであり、懲戒権の範囲を逸脱し又はこれを濫用するものというのが相当である」として懲戒処分を取り消しています。
 判決は「控訴人等の不起立行為等は、自己の個人的利益や快楽の実現を目的としたものでも、職務怠慢や注意義務違反によるものではなく、破廉恥行為や犯罪行為でもなく、生徒に対し正しい行為を行いたいなどという動機によるものであり、少なくとも控訴人らにとってはやむにやまれぬ行動であったということができる」と述べています。これを「バカ教員の思想信条のの自由」(橋下氏twitterより)の問題に矮小化する知事の姿勢は大きな間違いにつながります。

 子どもたちの最善の利益を追求できる学校を
 「日の丸・君が代」に対してどのような立場をとるかに関わらず、命令による強制によって学校教育の内容が左右されることに対しては圧倒的多数の教職員が不同意です。
 教育の場が「時の権力」におもねって、子どもたちの最善の利益よりも為政者への迎合を優先することがあってはならないという思いは、全ての府民にとって当然のことではないでしょうか。
 
 強権による「君が代」強制の撤回を強く訴えます。

   大阪府立高等学校教職員組合(府高教)
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橋下知事の知性のない、反民主主義発言

2011年05月25日 07時40分23秒 | Weblog
 橋下知事は(2011・5・24)、「都道府県の議員は人口10万人あたり1人でいい、鳥取は60万人で40何人いるが、6人でいい」と記者会見で発言した。知性のかけらもない、反民主主義発言だ。
 当然ながら、鳥取県知事は「余計なお世話。発言は大都市のおごりだ」と批判した。
 橋下氏は、かねてから他の市や県のことをとりあげて口出しをし、しかも横柄な物言いをしてきた。今回もそうだ。
 さらに、鳥取県議会は、6人でいいというのだが、これが問題だ。住民代表機関である県議会が6人でいいという感覚は、およそ民主主義の立場ではない。ほとんど寡頭支配というべきだろう。いま日本中を、議会の議員を減らせ、金がもったいないという世論がおおっている。テレビや新聞が自民・民主などの権力政党とタッグをくんで広めたものだ。議員は少なければ少ないほどいいらしい。その見事な例が橋下発言だ。
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勤務時間におさまらない

2011年05月24日 06時34分18秒 | Weblog
 10日ほどもなにも書かずに時がすぎてしまった。1学期中間考査で忙しかった。
 今は、再任用で週24時間の勤務なのだが、現代社会と日本史Aをもっている。あと校務分掌・進路部と部活顧問というぐあいだ。担任は無い。でも北野定時制の最後の年はおなじ24時間(6×4)だったのに担任も持った。
 日本史を久しぶりに持ったので、教材研究とプリント作りで時間が足りない。勤務時間におさまらない。夜は眠たくなるので、朝5時におきたり、追い込まれた時は4時おきたりしてなんとかしのいでいる。定時制のときは朝遅くてよかったので、夜が楽しかった。通常の日本史のプリントをつくるのに加えて、試験問題もあって、ブログ更新から遠ざかってきまった。見てくれている人にお詫びしなければならない。
 若いときから、社会科の問題を作るのに、正味7時間かかっていた。それから印刷に移る。ところが今度の日本史は正味10時間をこえてしまった。三日がかりになった。情けない。
 そんなこんなで、24時間の勤務時間にはとてもおさまらない。社会科の人たちは8時ごろには出勤している。その日の段取り、授業のチェックをしなければ、いきなり教室に向かうことなどできないからだ。担任は生徒の早朝指導もやっている。問題作りとともに採点も時間がかかる。とくに最初の授業で返さないといけないから大変だ。わたしは、昔、義父の葬儀ですぐに返せなくて生徒に文句をいわれてから、とにかく最初にかえすようにしている。ほかのひともそうだ。でもいっぺんにというのはなかなかたいへんだ。ひどい場合は徹夜になる。
 ところで教員には時間外手当(残業代)がつかない。残業がないという前提だからだ。でも教員の労働時間はトラック運転手につぐぐらいだ。持ち帰り残業が多いのも特徴だ。大阪では、朝の出勤時間だけはカードリーダーで記録する。ところが帰りはなしだ。スッと通すだけなのでやればいいのに、府はやらない。なぜか。時間外勤務が記録されてしまうからだ。20年30年も前は、試験中は学校全体で学年対抗のソフトボールやったり、早く帰って映画をみたりしたものだ。そのかわり夜中でも仕事をすることをいとわないという前提でだ。でもその後、ソフトボールをやって勤務時間にあそんでいるとかで、いまは何のゆとりもなくなった。機会でも組織でもいわゆるあそびの部分がないとよくない。だが、日本全体締め付ければ締め付けるほど管理者としてはすぐれているという風潮だ。さらに成績主義。
 だからかつてのようなゆとりはいっさいなくなった。すべて勤務時間で管理する(ただし出勤時間だけ)。ならば膨大な時間外勤務をきちんとすべきだ。残業代を払うべきだ。明らかな違法状態だ。
 でも大阪の橋下知事は、教員は保護されすぎていると攻撃する。なにをいうか。ならば残業代をすぐに払え。 
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維新の会・前例のない「君が代起立条例」で恐怖政治ねらう

2011年05月15日 09時04分29秒 | Weblog
 『朝日』(2911・5・14)が、「大阪維新の会」が5月府議会に、府立学校の教員に君が代斉唱時に起立を義務付ける条例案を提出すると報じた。条例でがんじがらめにしようというのは全国で初めてだ。橋下知事は、「(起立しない教員は)公務員の身分保障に甘えすぎ」といっているとも報じている。身分を奪うことをちらつかせている。彼の強健・独裁ぶりがみえる。
 3月10日、東京高等裁判所(大橋寛明裁判長)は、都立学校の君が代懲戒処分取り消し裁判で、168人全員の処分取り消しを命じる判決を言い渡した。同日都内小中学校の教員2名の事件でも、同様の処分取り消しの判決を言い渡している。判決では、「本件不起立は、自己の個人的利益や快楽の表現を目的としたことでも、職務怠慢や注意義務違反によるものでもなく、破廉恥行為や犯罪行為でもなく、生徒に対し正しい教育をおこないたいなどという…真摯な動機によるものであり、少なくとも控訴人らにとっては、やむにやまれぬ行動であったということができる」と指摘している。
 そもそも、「君が代」は国民主権を基本原理とする日本国憲法に決定的に反する。すなわち、「天皇陛下がお治めになる世の中が、先年も万年も永遠につづきすように」という歌で、国民主権とは相容れない。教員は全員、憲法擁護を宣誓署名している。 
 このような意味をもつ歌の斉唱時に起立してこれに敬意を表することに同意できないとするのは、教員であれ保護者であれ生徒であれ、等しく保障されている内心の自由である。内心の自由に法律でしばり、強制的に同じ行動に駆り立てようとするのは、強権政治、独裁政治、恐怖政治だ。
 
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福原愛ちゃん メダルおめでとう

2011年05月13日 11時46分49秒 | Weblog
 昨日(2011・5・12)夜、たまたまロッテルダムで開かれている卓球世界選手権の実況中継をみた。混合ダブルスで岸川・福原組が準々決勝でシンガポール組に勝った。準決勝で中国ペアに負けたが、銅メダルが確定した。福原愛ちゃんは初のメダルだそうだ。おめでとう!
 テレビで見ていて、こちらまでが息がつまるような緊張状態になった。大変な集中力で卓球台にはりついている愛ちゃんの表情は、阿修羅像のようにみえた。
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福島原発1号機・やっぱりメルトダウン

2011年05月13日 10時33分47秒 | Weblog
 東京電力が12日(2011・5・12)に発表したところによると、福島第1原発1号機で核燃料のメルトダウンが起きていることが明らかになった。圧力容器に毎時間8トンの水を注入し、格納容器全体も水浸しにすべく注水しているにもかかわらず、まったく溜まっていないことは、注入量相当が漏れているということだ。
 水位計を調製しなおしたところ、圧力容器の水位は燃料頂部からマイナス5メートルだったという。つまり4メートルの燃料棒がむき出しになっている。ということは、溶融していることは確実だ。これまで1・7メートルくらい露出したことで一部溶け、引っかかっているのではないかと説明してきた。注水でおさまっているものと思わされてきたが何のことはない、ざざ漏れ状態だ。メルトダウンによって圧力容器底部に穴があいているということは、とけた燃料の一部が格納容器へとしたたり落ちているだろう。圧力容器は16センチの鋼鉄でできているが、格納容器は3センチだ。格納容器も破れていると考えるべきだ。でなければ水浸し作業は完了していいはずだ。ということは、2号機だけでなく1号機も放射能汚染水が漏れ続けているということになる。
 さらに今朝のテレビでの映像では、1・2号機で水蒸気が上っているように見えた。水蒸気は必然的に放射能汚染水蒸気ということになる。ではどこから漏れているのか。
 事態がこれ以上にならないことを願うばかりだ。
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浜岡原発停止

2011年05月08日 07時28分13秒 | Weblog
 菅首相が6日(2011・5・6)、静岡県御前崎市にある中部電力浜岡原子力発電所の運転中の4,5号機を含め、すべての原子炉を停止するよう中部電力に要請した。今後30年以内にマグニチュード8程度の東海地震が起きる可能性が87%もあるのだから、この決定は当然であり、歓迎したい。
 浜岡原発1,2号機がつくられた当時は、東海地震の危険性が充分知られていなかったそうだが、問題はその後も建設をつづけたことだ。廃炉進行中の1,2号機の代わりということで新たに6号機建設計画まである。菅政府は去年6月には、この6号機も含め全国14機の新増設をきめたのだ。
 首相は、白紙に戻して検討すると表明していたのを今度具体化したということだ。ただ、停止であって廃止ではない。中長期の対策としての防潮堤ができるまでの停止だ。
 だが、福島原発では、停止中の4号機でも燃料プールで重大事態におちいっているのだから、停止だけでことたれりとはいかないのは明らかだ。
 ここで、思い出したのが、大阪の橋下知事が「関西電力の原発の新増設と古い炉をとめにかかる」といいだしたことだ。これまでそういう考えにはいっさい立っていなかったのに、突然いいだしたので驚いた。そういう方向がすすめば結構なことだ。
 でも理解できないのは、一方で日本も核兵器を持てと主張しており、考えがアンバランスなことだ。普通、放射能をばらまくことを目的にし、大量殺人をねらう核兵器には反対だが、原発はしょうがないと考える人は多いのだが、その逆は理解ができない。
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安売り焼肉の激安路線が犯罪までまねく

2011年05月07日 10時36分11秒 | Weblog
 焼肉酒家えびすという安売り焼肉店が、ユッケをたべた客4人を死に至らしめた。90人をこす患者がでている。
 テレビなどでは指摘しないが、命にかかわる食品がただ安ければいいという激安路線が問題だと思う。「えびす」では、一皿100円のものがたくさんあるし、最高価格が380円。ユッケは100円値引きして280円で売っていた。ユッケが280円は常識ではありえない。この値段で出していること自体がいかがわしい。こんなに安いから1日、300皿ほど出ていたらしい。ユッケ用の肉をそれだけ用意している焼肉店はほかにるだろうか。鶴橋ではどうだろうか。「えびす」ではユッケの売り切れはなかったのか。他の肉もユッケに回せばいくらでもユッケはでてくるのだが、事実はどうか。解明が待たれる。「えびす」ではユッケ用の肉の表面を削る作業をしていなかった。まじめな焼肉店が意見をいうべきだ。
 テレビのバラエティー番組は、色んな食べものの激安店を紹介する。それをお笑い芸人が大声をだしてほめたたえる。こんどの「えびす」も4月18日に、島田伸介の「深いい話」という番組で取り上げられた。「深いい」に選んで久本雅美も絶賛。伸介は「安物の肉を」と口をすべらせたふりをしてほんとのことをいったが。
 安いものの裏には何かがある。ものの価値はそこに投入された労働の量によって決まる。牛を育てるところから、肉として処理する、調理する、サービスするすべてに人の労働、つまり手間がかかっている。安いということは手間をかけていないということだ。どこかの段階で、あるいはその多くで、いいかげんなことをしているから安いのだ。肉を100円や280円で売ってどうやって儲かるのか。
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第7芸術劇場で映画・愛しきソナ

2011年05月07日 09時42分14秒 | Weblog
 昨日(2011・5・6)は金曜日だが、短時間勤務ゆえ、出勤日ではなかったので、十三の第7芸術劇場にいった。環状線福島から淀川を渡って十三まで歩いた。前の学校にいたときは、帰りにしょっちゅう歩いた道だ。
 映画は「愛しきソナ」。ヤン・ヨンヒ監督作品。大阪生れの在日2世だ。父は済州島出身で朝鮮総連の元幹部だった。ヤン・ヨンヒさんの3人の兄は70年代はじめに北朝鮮に渡った。2番めの兄の娘ソナを中心にして10数年にわたって撮ったドキュメントだ。
 北朝鮮の生活の一端をみることができると思って観た。だが、一家はピョンヤンでマンションに住み、ソナは大学の英文科に進学する。ソナのおじいさんは総連の幹部で金日成といっしょに写真をとった人だ。だから北に渡った息子達も安定した地位と生活を維持することができたのだろう。それでもおじいさん・おばあさんは鶴橋の家から生活の助けにと様々な品を送り続ける。ソナが小学生の時の映像で、他のこどもが布製のランドセルなのに、ソナだけが日本の赤い皮のランドセルを背負い、ミッキーマウスのハイソックスをはいていたのが印象的だった。ヤン・ヨンヒさんがおじいさん・おばあさんといっしょに訪問したときのホームパーティーもピョンヤンの一般家庭の生活ではないようにみえた。料理もそうだが、食器棚には各種食器がたくさん積まれたいた。炊飯ジャーも日本製だ。つまり、日本からの仕送りによって生活が支えられている。このパーティーによって、せっかく持ってきたお金が大半消えてしまうとナレーションは伝える。
 おじいさんは、脳梗塞の末、数年前に亡くなった。墓をピョンヤンにつくろうかという相談場面もでてくる。北朝鮮に思いをよせて一生をおくったおじいさん、北に渡ったその息子たち、北で成長するそのこどもたち、兄が渡った時はまだ小さくて日本にとどまり別の人生を歩み、アメリカにも滞在し映画監督になった妹ヤン・ヨンヒ。2005年の「ディア・ピョンヤン」というドキュメンタリーが原因で北朝鮮への入国を禁止される。
 60年代に北に渡って辛酸をなめた多くの人たちとはちがう人生と生活が描かれる。でもこれはこれで、鶴橋でつつましい生活を送る朝鮮人のおじいさん夫婦につながる一族の真実の記録だ。
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大英博物館古代ギリシア展の目玉展示「円盤投げ」の不思議

2011年05月05日 12時57分37秒 | Weblog
 昨日(2011・5・4)、神戸市立博物館に大英博物館古代ギリシア展を観に行った。あこがれのギリシア美術だ。
 水や穀物を入れる壷・アンフォラがたくさん展示されている。黒絵、赤絵があり、大きさはさまざまだがいずれも均整のとれたギリシアの壷だった。絵の内容によって各コーナーに分けて展示されている。この壷絵が、ギリシア人の生活からオリンピア競技、戦争、神々、人生観までうきぼりにしてくれる。
 アンフォラとともにわたしを満足させてくれたのが、大理石の彫刻だ。ギリシアの大理石彫刻はいずれも上質の白大理石を使っている。女神アフロディテ像もよかった。だがギリシア彫刻といえば、なんといっても青年(男)のひきしまった肉体美の表現だ。
 そのなかでも、今度の展示会の目玉は「円盤投げ(ディスコボロス)」だ。展示されていたのは、前5世紀の彫刻家ミュロンのブロンズ像にもとづいてローマ時代につくられた大理石の模造品だ。図録によると大英博物館の「円盤投げ」は、1791年にローマ近郊の皇帝・ハドリアヌス帝の別荘から出土したものだ。この別荘からもうひとつ「円盤投げ」が出土しており、これはヴァチカン美術館に所蔵されているという。ミュロンの「円盤投げ」の大理石コピーはローマ時代に数多くつくられ、現在27点知られている。そのうち完全に近いコピーは、現在ローマ国立博物館に所蔵されているものだそうだ。
 ところで、わたしはこの「円盤投げ」をぐるりと2回まわって鑑賞したのだが、あれ変だなと思うところがあった。
 それは、円盤投げに適した形になっていないからだ。わたしは会場で、円盤投げの格好を自分でやってみた。すると、この彫刻とは足が逆になるのだ。「円盤投げ」は、右手に円盤をもち後ろへ大きく振り上げている。それで右足に重心をおいて深く曲げている。左足はつま先で支える形だ。右手を振り上げているので、上体はひねられ、力が蓄えられている。そのバネを解放し、かつ右足を伸ばして円盤を飛ばすのだ。
 だが、右手の円盤を体をひねりつつ投げようとすると、やはり左足を前へ出して重心をかけて投げるのが自然の形になる。円盤投げはしたことはないが、運動の基本のスタイルからいって、彫刻の足は逆だと思った。
 家に帰って、2300円の図録を読んでいくと「円盤投げ」の解説があった。この解説はすべて大英博物館がかいたもので、それを日本語訳して出版している。そこにわたしの疑問を解く解説があった。

 1896年、アテネで開催された第1回近代オリンピックでは、古代ギリシア独自の競技である円盤投げが行われた。ギリシア人選手団は、この伝統ある競技に自国の誇りをかけて臨んだが、アテネにやって来るまで円盤を投げた経験がほとんどなかったと言われるあるアメリカ人選手の前に苦杯をなめる。
 敗北の原因はミュロンの≪円盤投げ≫だった。ギリシア人コーチは円盤投げの方法をこの古代ギリシア彫刻の名作に求めたが、ミュロンの≪円盤投げ≫と同じように投げる作戦自体が誤りだったのである。なぜなら、ミュロンの≪円盤投げ≫は、現実に円盤を投げる人のありのままの姿ではないからである。

 逸話まで添えて書いてあった。足が逆だとまでは書いてないが。古代オリンピア競技では、円盤投げは投げる手と同じ側の足をふんばるというルールがあったのなら話しは違うが。でも、他の競技では近代スポーツのようなルールは整備されていなかったのだから円盤だけ特殊なルールがあったとは思えない。



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ビンラディン容疑者殺害に思う

2011年05月04日 08時34分55秒 | Weblog
 2001年の9・11同時多発テロの首謀者と目されるオサマ・ビンラディン容疑者が、パキスタンのイスラマバード郊外で米軍によって殺害された。
 ブッシュ大統領は、テロの翌日、「これは戦争だ」といった。そしてアルカイダをかくまったとしてアフガニスタン・タリバーン政府に対する戦争をはじめた(10・7)。それから10年たつ。
 同時多発テロはテログループ=犯罪組織によるものであって、国家による武力攻撃ではなかった。だから国際的な協力の下、捜査をすすめ、犯罪者を逮捕し法に照らして処罰することが正しい対処の仕方だった。
 だが、ブッシュ政権は、戦争に対して自衛権行使としての戦争を宣言した。しかし約1ヵ月後にはじめた武力攻撃は、国連が「必要な措置をとるまでの間、個別的または集団的自衛の固有の権利を害するものではない」という国連憲章51条の自衛権にもとづくものとはいえない。しかも10年もつづけているのだ。
 わたしは当時、組合の役員をしていて、ブッシュが戦争をはじめたその日、戦争に抗議し、あくまでも法にもとづく捜査と処罰をすべきだという声明のような文章を書いたことを思い出す。
 この戦争でアフガニスタン人がたくさん殺されている。9・11の犠牲者約3000人をはるかに越える。アメリカ兵の死者数は発表されるが、アフガンの人々の犠牲には頓着しない。こんどのビンラディン殺害報道でも、アフガンの犠牲者には触れない。
 今回の米軍の殺害に至る行動についても、国際法に反するのではないかとの指摘がある。当然だ。容疑者の潜んでいる場所が特定されたならば、パキスタン政府によって拘束し裁判にかけるのが筋だ。
 初めから終わりまで(これで終わったとはいえないが)軍事力で決着をつけようというアメリカ政府の独善的な姿勢だけが浮き立つ。
 
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津波の及ばない地域にあった鉄塔倒壊が外部電源喪失の原因

2011年05月01日 06時39分20秒 | Weblog
 昨日(2010・4・30)の『しんぶん赤旗』の「外部電源喪失 地震が原因」という記事をおどろきをもって読んだ。
 
 吉井英勝議員が27日の衆院経済産業委員会で、地震による受電鉄塔倒壊で福島第一原発の外部電源が失われ、炉心溶融が引き起こされたと追及しました。経済産業省原子力安全・保安院の寺坂信昭院長は、倒壊した受電鉄塔が「津波の及ばない地域にあった」ことを認めました。
 東京電力の清水正孝社長は「事故原因は未曾有の大津波だ」(13日の記者会見)とのべています。吉井氏は、東電が示した資料から、夜の森線の受電鉄塔1基が倒壊して全電源喪失・炉心溶融に至ったことを暴露。「この鉄塔は津波の及んでいないところにある。この鉄塔が倒壊しなければ、電源を融通しあい全電源喪失に至らなかったはずだ」と指摘しました。
 これに対し原子力安全・保安院の寺坂院長は、倒壊した受電鉄塔が「津波の及ばない地域にあった」ことを認め、全電源喪失の原因が津波にないことを明らかにしました。

 わたしは、外部電源喪失の原因が何か、これまで考えようとしなかった。宮城・岩手では停電になっているのだからこれと同列に考え、福島原発でも外部電源喪失を当然の前提にして非常用電源水没・喪失にのみ関心がいっていた。清水社長は大津波のみに原因を求め、想定外の津波によるものだから責任はないとの考えを押し出している。鉄塔倒壊による外部電源喪失を明らかにせず、いっしょくたにして津波のせいにしてきたのではないか。盲点だった。
 これまでの報道ではこのこと知りえなかった(ひとつも報道がなかったと確認しているわけではない)。ウィキペディアでも外部電源喪失問題にはふれることなく、津波により非常用電源が水没し全電源を失ったという記述をしている。
 もともと福島原発が立地している場所は、海抜30メートル以上の高台なのに、それを削って海抜10メートルにして原発をつくった。鉄塔は津波のおよばない高いところにあったのだから、津波のせいにはできない。福島では鉄塔がたくさん倒れているのだろうか。鉄塔はたやすく倒れるものだろうか。
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