山上俊夫・日本と世界あちこち

大阪・日本・世界をきままに横断、食べもの・教育・文化・政治・歴史をふらふら渡りあるく・・・

日本被団協にノーベル平和賞

2024年10月31日 17時16分45秒 | Weblog
 地域の新日本婦人の会のニュースに投稿した記事を紹介します。
 「核兵器の非人道性を訴えつづけた日本被団協にノーベル平和賞」
 日本被団協(日本原水爆被害者団体協議会)が、10月11日、ノルウェー・ノーベル賞委員会から2024年ノーベル平和賞を受賞しました。
 その授賞理由は被団協の活動と役割を高く評価しています。
 「核兵器のない世界を達成する努力、また目撃証言を通じて核兵器が二度と使われてはならないということを身をもって示してきたことによって平和賞を受賞する。」
 被団協のたゆみない努力が、「核廃棄の使用は道徳的に容認できないとの悪の烙印を押した。」
 「ノーベル賞委員会は一つの励まされる事実を認めたい。それは、過去の80年近く1発の核兵器も戦争で使用されていないという事実である。」
 核廃絶を願い署名にとりくんだすべての人の喜び
 被団協のノーベル平和賞受賞は、「核兵器の危機から女性と子どもの生命をまもります」と5つの目的のひとつに掲げてきた新婦人にとって大きな喜びです。
 新婦人は、1978年の第1回国連軍縮特別総会に向けた「核廃絶署名」(新婦人分49万)、86年から2000年までの「ヒロシマ・ナガサキからのアピール署名」(1000万)、2016~20年の「ヒバクシャ国際署名」(165万)まで核廃絶の署名運動を中心にすえてとりくんできました。
 2016年、被爆者の平均年齢が80歳を超えたとき、最後の大きな運動をと、核兵器を禁止する条約をすべての国に求める「ヒバクシャ国際署名」がとりくまれましたが、この中で2017年、核兵器禁止条約が国連で採択されました。
 これを受け、「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)にノーベル平和賞が贈られました。今度の受賞は草の根の被爆者の運動への授与です。
 核兵器禁止条約を敵視さえする自民党政府
 衆院選挙中の討論会で、ノーベル平和賞受賞を機に核兵器禁止条約に日本も加入すべきだと迫った日本共産党田村委員長に、石破首相は「われわれは『核抑止力』に頼っていることは間違いない現実だ。いい悪いの問題ではない」と核兵器禁止条約を拒否する姿勢を示しました。条約の締約国会議へのオブザーバー会議への参加についても、触れない形で拒否しました。
 石破首相は「核共有」まで主張しており、その「核抑止」論は、被爆国の首相としては到底認められないものです。
 そもそも「核抑止」は、いざとなったら核兵器を使うぞという脅しをかけて相手を抑えるものです。この立場に立つ限り、核兵器はずっと持ち続けることになります。岸田前首相は広島出身だということで、核兵器所有国と所有しない国との「橋渡し」をするといっていましたが、石破首相はそれさえもいわず、「核共有」に執着しています。もちろん、岸田氏も核の傘の下から持たない国に手招きをしても信用されず、なにも橋をかけられませんでした。
 国連が、核兵器は道徳的に容認できない悪魔の兵器だとして絶対的に否定したのは、被爆者の訴えそのものです。
 核兵器禁止条約は、使うことはもちろん、脅しに利用することも禁止しています。「核抑止論」を乗り越え、否定しています。被爆者の思想が条約になりました。

 「新婦人しんぶん」11月2日号に新婦人の会員でもある日本被団協事務局次長の児玉三智子のインタヴューが載っています。
 児玉さんの被爆の体験記憶は胸を打つものです。
 7歳の時に爆心地から4キロの木造校舎で、経験したことのない閃光と爆風におそわれ、気がつくと左半身にたくさんのガラス片が突き刺さっていました。
 迎えに来たお父さんに背負われ、家に帰る道中は「地獄」でした。全身が焼けただれた人、真っ黒い炭のようになった赤ちゃんを抱き、ひどいやけどを負ったお母さん、爆風で飛び出した内臓を抱えた人たちが逃げまどっていました。
 親戚のお姉ちゃんは家にたどり着いた3日後、いとこのお兄ちゃんは、被爆から1か月たったころ、目の前で突然、大量の血の塊を吐き出して亡くなりました。
 児玉さんのその後の人生は、いつも「被爆」の重石、差別がのしかかり、就職や結婚、日常生活でも苦しみの連続でした。
 もっともつらかったのは、2010年以後、娘さんががんで亡くなり、2人の弟さんも骨髄腫などのがんで亡くなったことです。専門医によれば放射能による遺伝子の傷によるものでした。
 核兵器の非人道性をこれからも伝えていくと児玉さんは語っています。
 
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石破派も裏金派閥

2024年10月08日 14時45分20秒 | Weblog
「赤旗日曜版」2024年10月6日号が石破派の裏金疑惑の爆弾報道をした。裏金まみれの犯罪集団安倍派などとちがって、石破派は清潔であるかの装いをしていたが、とんでもない、化けの皮がはがれた。
 石破派が「健康保険政治連盟」にパーティー券を6年間で274万円買ってもらってたのを政治資金収支報告書には134万円しか報告していなかった。その差額を裏金処理していた疑いが極めて濃い。
 赤旗報道、そして国会の志位さんの代表委質問に、石破首相は「事務的なミスだ」といい逃れをした。
 ちょっと待て。6年間も同じ団体にミスを繰り返すのか?そんなことはありえない。裏金にしていたに違いない。それを指摘されて、忘れてましたと逃げるのは岸田前首相と同じだ。
 麻生派も去年12月の赤旗日曜版で、派閥の例会で茶封筒に入れた裏金を配っていたことが暴露された。裏金してないといって派閥も解散してない麻生派が。
 これで裏金派閥でない派閥は残っているのか?
 自民党ぐるみの大政治犯罪だ。絶対許してはならない。この犯罪を2年前から掘り起こし、いまに至るまで究明しつづけている日本共産党をこの選挙で伸ばさなければ日本の政治はまともにならない。



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大噓つきの石破新首相

2024年09月30日 12時57分54秒 | Weblog
 石破茂氏が民党総裁になった。ところが国会で総理大臣指名される前から、この人は大嘘つきだということが大問題に浮上する。
 自民総裁選のなかで、解散総選挙をいつするかが論点にひとつだった。小泉新次郎さんが早期解散、10月27日投票を主張していた。小泉氏は総裁選で十分議論しているから判断材料は十分だと道理のないことを言っていた。これにたいして石破氏は予算委員会も開いて十分議論して国民にちゃんと判断材料を示さないといけないと早期解散に反対していた。テレビ丸抱えの総裁選は内輪の議論で、国会で野党とやりあう国民的な舞台ではない。
 ところが総理大臣に決まったと思ったら、ころっと態度を変えた。予算委員会を開いて、統一教会、裏金問題の続きを、能登の災害救援復興の補正予算を早く組めと攻め込まれるのが怖い、議論抜きで早く選挙をやるのが得策だと豹変した。能登のひどい状況を放置したまま、総選挙にうつつを抜かしている場合ではない。
 石破氏はとんでもない嘘つきだった。あきれてしまう。1日に首相に選出されて、9日には解散するという。選挙のj争点は裏金政治を許すのかどうかが中心だが、その前に嘘つき首相を首相として認めていいのかが加わった。

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自民党と統一教会、組織的癒着を示す証拠

2024年09月18日 10時16分01秒 | Weblog
 「朝日新聞」が9月17日、自民党と統一教会の組織的癒着を示す動かぬ証拠を報道した。2013年の参院選を前にして、自民党本部総裁応接室で、安倍首相と萩生田光一氏、岸信夫氏が統一教会の徳野栄治・国際勝共連合の太田洪量・教会世界会長宋龍天氏と面会していたその写真だ。笑顔で懇談している。朝日報道によれば、6月30日(日)午後1時9分、萩生田・岸氏が自民党本部に入った。安倍氏は1時45分に別の日程があるためその間会談していたことになる。たっぷり30分ある。元から超過密日程の首相が、しかも選挙公示4日前に30分も時間をるというのは別格のあつかいだ。報道では、選挙支援について話し合われたという。
 これまで岸田首相は、安倍氏が亡くなったことで調べようがないとして、自民党と統一教会の組織的つながりはないと断言してきた。これで完全にひっくりかえった。総理大臣・自民党総裁と統一教会会長・勝共連合会長が参院選について会談していたのだから、これ以上の組織的関係はない。自民党はきっちり調査すべきだし、総選挙で問題にしなければならない。
 韓国生まれの反共謀略組織の統一教会・勝共連合が、古くは岸元首相の時代から自民党政治に深く食い込んで日本の政治を侵食していたこと、反共の一点で自民党が助けを乞うていたことが日本の政治に民主主義の根本からはあり得ない腐敗を生んでいたことをきっちり清算しなければならない。
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内部の議論と国会での論議を混同させて早期解散総選挙に持ち込もうとする民主主義破壊

2024年09月17日 10時51分08秒 | Weblog
 自民党総裁選挙で国会解散総選挙を特別国会冒頭で行うかどうかが大きな争点となっている。自分が人気があると思っている小泉氏が超早期解散総選挙をねらっている。自民党の大方も表紙をつかかえた直後に選挙をやれば、テレビで国民の頭の中までお祭り状態にした一種異常な状態で多数の議席を横取りできてあとは安泰とふんでいる。日本の民主政治も地に落ちた。国民も馬鹿にされたものだ。
 おどろくのが小泉氏の言い分だ。「判断材料は十分ある。史上最長の自民党総裁選、これだけの政策論争だ。国民は次の選挙があったらどう判断するかを考えながら、この総裁選もみている」と自民党の内部の選挙での議論が国会の構成員の選挙の判断材料として十分だという。この人は物事の質の違いを理解できないのか、相当悪質な意図を持つ人なのか。
 自民党総裁選の議論は、はっきりいって無責任、放言に近いものだ。野党の主張に近いことも織り交ぜながら人気を引こうとするパフォーマンスだ。そんなことをいうなら国会開会中に堂々と発言しろといいたい。開会中はなにもいわず、あるいは開会中の態度と正反対のことをいうのだから。一番肝心の裏金犯罪の真相究明には全員が反対している。また裏金犯罪の元である企業献金の禁止にも全員が反対。この二つは彼らの真実の声だ。だから彼らの中でだれがなっても、腐った日本の政治は浄化されない。
 総裁選の議論は内輪の議論であって、外部の批判にはいっさいさらされない構図だ。民主主義の試験に合格できなレベルのものだ。国会で野党と正々堂々の議論をして問題点を明らかにしなければ選挙の判断材料とはいえない。
 そもそも総理大臣が解散権を持つなどというのは、憲法7条の恣意的な解釈によるもので、これによって権力者が自分に一番都合がいいチャンスをねらって選挙をやってきた。憲法と民主主義のねじまげを今一度直視しなければならない。
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教育を徹底して私有化し、これを新自由主義的金儲けの場にしている日本の異常

2024年09月10日 16時46分32秒 | Weblog
 共産党志位議長のヨーロッパ左翼諸党との交流に注目している。その記事の中でひときわ目に留まったのが、フランス共産党との会談での学費問題の意見交換だ。志位さんが、ほぼ無料となっているフランスの公立大学の学費についてその背景にある考え方について質問した。フランス共産党のブレ国際担当責任者が、「これは、フランスの共和主義を担い支える批判的精神を持つ市民を育てる為にはすべての人への教育が必要であり、教養を高めなければならない。したがって、フランス共和主義にとって無償化は当然のことなのです。」と説明した。志位さんは「学費無償化の背景に教育の公共性に対する歴史的に形成された高い評価があるということに強い感銘をうけた」と述べた。(「赤旗」9月10日付け)
 日本にはびこっている新自由主義的な、教育を徹底して私物化、私有化しその成果をおのれの利益、出世の道具として抱え込む教育観とは180度違うのがフランスの教育観だ。
 わたしが渋谷高校で勤め始めたとき、先輩教員がこのフランスの教育観と同じこと語ってくれた。わたしの出発点となった。教育に多額の税金が投入されるのは、特に国公立大学が超低額だった名残があったころ、教育の成果は自分ひとり占めするのではなく、社会に恩返しをする、社会全体のために生かすことを自覚する。これは公立高校の生徒たちにも立派な国民を育てるために貴重な税金が投入されているのだからそれを自覚して成長していこうということを生徒に何度もいったものだ。なつかしく思い出す。
 今の日本では、学生の反対運動にもかかわらず、東大当局が授業料の10万円の値上げを発表した。学生の苦境に目をむけない東大当局、交付金を減らし続けて大学を締め上げてきた自公政府の悪辣さは寒気がする。やがて個人に利益をもたらしてくれる大学教育なのだから高い金を払っても当然じゃないかという思想が背景にある。
 これでは社会が腐っていく。学校までが腐っていく。
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朝鮮人虐殺の事実隠蔽の小池都知事の姿勢は哀れというほかない

2024年09月02日 12時21分05秒 | Weblog
 101年目の関東大震災の記念日を迎えた。警察、自警団などによって、朝鮮人が井戸に毒を投げ込んだという流言飛語を利用して、6000人にもおよぶ朝鮮人が虐殺された。日本人の社会主義者も虐殺対象とされた。
 1974年から追悼碑が建てられ追悼式典が始まった。当時の美濃部知事から歴代知事が追悼文を送ってきた。あの右翼の代表の石原知事も送った。ところが小池百合子知事は8年連続で追悼文を送らない。小池氏は震災で「犠牲になったすべての方々に哀悼の意を表す」から送らないのだという。自然災害での犠牲者と権力が起こした朝鮮人虐殺を同列にあつかうというやり口で朝鮮人虐殺を歴史の闇に葬ってしまおうとの意図がありありだ。
 自国が犯した民族的偏見による殺害であっても、これを清算し、二度と繰り返さないという態度を確立することで国際社会、未来社会に堂々と向き合うことができる。ところが、小池百合子氏らの歴史修正主義者は事実を認めて反省するということから逃げ回っている。歴史に向き合わない小心者だ。自らの過去の過ちを認めることは、己の価値を低めるどころか、信頼を増すことにつながる。
 まちがいをおかした少年たちが成長していく過程では、何が間違いだったのかを自らふり返り、あるいは教えられて大きくなっていく。それは決して恥ではない。おおくの人がたどっていく道筋だ。国家とて変わりはない。いまでこそ民主主義国家といっているが、かつては人権を無視した権力行使、植民地支配をしてきた。日本だけでなく欧米諸国の多くがそうだ。その過程での間違いを正す勇気を持つことが、尊敬を集めることにつながる。
 その勇気をもたず、事実をなかったかのように隠し、問われても答えず、「なにが事実かは歴史家がひもとく」とごまかしてきた。だが歴史家はもう十分にひもといてきた。この1年だけでも事実の発掘と研究は大きくすすんだ。問題は、権力者の小池氏がひもとかれた事実から目を背けているだけなのだ。
 知事選の時でも公務が忙しいと屁理屈をこねて討論会から逃げた小池氏だ。イメージ捜査はうまいが、討論ができない。記者会見でさえ自由な応答をさせない。8年間も非常識をつづけている朝鮮人大虐殺問題でも本格的な討論や意見表明を彼女はしたことがない。逃げたまま、歴史修正主義を振りまいている。
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映画「オッペンハイマー」を見た

2024年08月22日 16時21分50秒 | Weblog
 昨日、十三の第七芸術劇場で「オッペンハイマー」を見た。東京では3月末から上映していたようだが、大阪では第七で8月からだったようだ。
 3時間もの長編で疲れた。はげしいセリフのやり取りの連続で画面から目が離せない緊張の映画だった。
 理論物理学者オッペンハイマーは、いわずと知れた「原爆の父」と呼ばれた人物だ。極秘「マンハッタン計画」によるロスアラモス研究所長に抜擢されたのは1942年10月。ナチスドイツが最初に原爆開発をするのではないかとの懸念が開発を急がせた。
 映画では、オッペンハイマーと何シーンか登場するアインシュタイン以外は
役回りが十分わからず、はげしいセリフにほんろうされるばかりだった。1時間半を過ぎたころからアラモゴードでの原爆実験へと展開した。長崎に投下されたのと同型のプルトニウム原爆が完成し実験される。1945年7月16日明け方だ。車の中で実験を見守る職員もいるが、多くは分厚いサングラスをかけ、紫外線対策だといって顔にグリースを塗りたくるシーンにはおもわず「あほか」といいたくなった。問題は紫外線ではなく放射能なのに。体は痛くないのに、数時間から数日で死ぬ人が次々出たこともさらりと描かれている。しかし、このことはまったく深められないままでそんなシーンがあったこともわからいままだ。原爆の殺害能力は、熱線、爆風、放射能だ。30メートルくらいの鉄塔での爆発なので、爆風はそれほどではないというセリフがあった。距離は何キロもとっていたので見物人が熱線にやられた様子はなかった。実験原爆はTNT火薬3キロトンの威力だといっていた。
 すでにドイツは降伏していたので、当初の目的には使えず、日本向けに使うことに。すでに戦闘能力をなくしていた日本をなかなか降伏しないといって、原爆によってアメリカ兵の命を救ったという言説が当初はアリバイ風に、戦後は大々的な国際法違反の無差別殺害を覆い隠すために使うようになった。今に至るも使っているので思考停止に陥っている。
 広島、長崎に原爆が投下された。原爆実験に至る過程と実験の様子はその爆発のものすごさも含めて詳細に描いたが、実際の原爆投下の様子、投下後の悲惨な実態は1枚の写真も、1秒の映像も使っていない。この映画は一体何なのだと強く思った。過去の映像を借りることに躊躇があるのなら、同じ米軍が記録をとっていたのだから、その情報を映画に取り入れ、結果について議論するという映画作りは当たり前のことではないか。
 でないとオッペンハイマーの戦後の苦悩と反省がどの程度のものか、十分伝わらない。オッペンハイマーは1960年9月日本を訪れた。記者会見で原爆開発の責任について、「苦悶の感覚は訪日しても変わらない」が、訪日は「この事業の技術的成功に対する私の責任を全面的に遺憾とするものでもない」と述べた。彼は訪日したが、広島も長崎も訪れなかった(坂口明「映画『オッペンハイマー』と原爆投下の実相」「前衛」2024年8月号194P)
 オッペンハイマーは、1945年10月、ロスアラモス研究所長を辞任し、水爆開発には核軍拡競争を招くとして反対した。1949年彼を委員長とする米原子力委員会・一般諮問委員会は、水爆開発には反対しつつも戦術核兵器の強化を勧告した(坂口193P)。ここに彼の立場がよくあらわれている。
 そのオッペンハイマーがヒステリックな赤狩りの対象になった。彼の恋人の精神科医の女性がかつて共産党員であったことから、彼もやり玉に挙げられた。ソ連のスパイだとまでいわれた。聴聞会の場面が長く続く。
 原爆の惨害をどの程度直視したか不明だが、衝撃を受けたことは事実のようだ。しかし原爆開発は肯定し、核政策は推進する。広島には足を向けない。悲惨ではあるが必要なものだという認識だ。
 問題は映画の描き方だ。被爆の実相はまったく触れない。原爆実験で顔にグリスを塗りたくって見物する、ロスアラモスの関係者でさえこんな認識だったことを象徴的に描く。戦後70数年の現在の認識からオッペンハイマーが抱いた苦悩を映像化すべきだったのではないか。だが、そういう姿勢がまったくなかった。


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パリの緑のマラソンコースを見て、木を切る大阪を考える

2024年08月13日 16時58分07秒 | Weblog
 パリのマラソン中継を見て選手たちが木陰を走っているのに感動した。大きい街路樹が道路をおおっていた。
 ひるがえって大阪の街路樹の貧相なことに泣きたい思いがした。時あたかも維新が「木を切る改革」の完了目指して突進中だ。2018年から1万9000本の木を切る大阪市の改造計画をすすめている。街路樹、公園樹を切っている。とくに大きな反発を呼んでいるのが、公園の木の伐採だ。扇町公園の木も激しい抗議の声を押しのけて大量に切っている。扇町公園は木を切って商業施設にする。
 大阪は公園面積が狭い。大阪市の一人当たり面積は3・2㎡。パリは11・8㎡、ロンドン26・9㎡、ニューヨーク29・3㎡。
 日本国内の緑被率でも無残だ。神戸市が32・9%、仙台市26・3%、京都市25・8%、名古屋市%21・5%、東京都区部19・6%、大阪市はなんと10・8%。これ以上木を切るな。木を丸裸にして子どもとお年寄りから木陰を奪うな。
 世界の流れに逆行する維新の「木を切る改革」をくい止めよう。大阪から公害をなくす会などが呼びかけて「公園樹・街路樹の伐採中止」の署名運動が始まった。
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アメリカなどが長崎の平和式典に大使を派遣しなかったのは道理がない

2024年08月12日 17時53分17秒 | Weblog
 9日の長崎市主催の平和式典にアメリカ、イギリスなどのG7・6か国が大使を出席させなかった。理由はイスラエルを招待しなかったからだ。イギリス大使は、イスラエルはロシアと違い自衛権を行使しているからというが、ロシアと同列の、それ以上の無差別の大量殺害をしている。原爆の無差別殺害を二度とさせない誓いの場にロシアも、イスラエルもふさわしくない。
 イスラエルはハマスへの自衛権にもとづく自衛戦争だというが果たしてそうか。
 イスラエルは1967年の第3次中東戦争以来57年、ヨルダン川西岸とガザを占領している。67年の国連安保理の242決議で占領地からの撤退を勧告されたのを無視し続けている。24年の7月19日、国際司法裁判所(オランダ・ハーグ)はイスラエルの占領政策は国際法違反と断定し、占領終結を勧告した。
 イスラエルはガザからユダヤ人入植者を西岸地区に強制的に移し(05年)軍隊も撤退したが(07年)、これは占領をやめたということではない。高い塀で覆い、出入り不能にして、水・食糧・生活物資供給を最低限にした「集団監獄」にしたのだ。これは占領の21世紀型完成型なのだ。当然、完全封鎖下のガザは今も占領状態だ。
 1947年の国連総会でパレスチナ人を排除し土地をとりあげるという著しく不公正な決議で建国を許されたイスラエルは、以後一度も国連決議に従っていない。無法国家だ。
 自衛権は他国から受けた攻撃に対する必要な範囲での武力行使だ(国連憲章51条)。イスラエルは占領支配下のガザ地区の抵抗勢力からf攻撃を受けたのであって、外国から受けたわけではない。自らの占領地に対して自衛権を行使できるわけはない。他国からの攻撃ならば国連安保理に自衛権承認を求めなければならない。常に国連を無視し、罵倒しているイスラエルが承認を求めるはずもないが。求めたとしてもガザに独立国家として主権を認めることがその前提になるからありえないのだが。
 イスラエルのネタニヤフはハマスを絶滅することを宣言しているから、この戦争は終わらない。イスラエルは北部から南部へ、南部ハンユニスからどこそこへと次々避難せよと命じて大規模攻撃をする。民間人に対する予防措置を講じているから人道法に違反していないというのだが、230万人のうち190万人が家を失って、避難に次ぐ避難だ。そして4万人が命を奪われた。避難通知をしたからそこに残って被害を受けたといっても自己責任だといわんばかりの鉄面皮だ。民間人への無差別殺害、ジェノサイド。
 長崎の式典に大使を送らなかったG7のアメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、カナダはイスラエルには自衛権があり、ガザ戦争は自衛戦争だ、イスラエルがおこなう攻撃は許されたもので、イスラエルへの非難は反ユダヤ主義に通じるもので許されないという立場だ。ロシアのウクライナ侵略と虐殺は国際法違反だが、イスラエルは自衛戦争で正義の戦争だというのだ。ハマスの越境攻撃での戦争犯罪は認められない。だがその百倍返しの侵攻作戦の中身は国際法違反の戦争犯罪ばかりだ。国際司法裁判所でも国際刑事裁判所でも断罪された。
 あまりにひどいダブルスタンダード=二重基準だ。昨年10、11月段階では、ドイツがホロコーストの罪を自覚する立場からイスラエルに対して強い姿勢を採れないのかと思ってドイツを見ていた。ポロコーストの責任があるからといってイスラエルの戦争犯罪に目をつぶるのは筋が違う、そこまで屈しなくていいのにと思っていた。だがこれは読み違いだった。実態は、もっと根深い、反ユダヤ主義の脅しに屈した、筋金入りのイスラエルロビーだったのだ。イスラエルの犯罪をこの50年支え続けてきたアメリカとまでは行かなくとも、ドイツほかの国も相当毒が回ってきたと思わざるを得ない。

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パリオリンピック・スケートボードから思い出す、20年前の高校スケートボード同好会

2024年08月02日 16時27分45秒 | Weblog
 パリオリンピック・スケートボードの女子で吉沢恋が金メダル、赤間凛音が銀メダル、男子で堀米雄斗が金メダルに輝いた。選手たちが外国の選手たちとも自然に触れあい、ナショナリズムを振りまかないのも清々しい。
 ふと、昔のことを思い出した。それは、わたしが勤務していた北野高校定時制で2000年にスケートボード同好会が発足したことだ。わたしが担任していた生徒が中心になってスケボーの同好会をつくりたいといってきた。職員会議では、コンクリート上で行うため、校長から頭部を強打した場合のケガが指摘され、じっくり検討することになった。最終的にはヘルメットやプロテクターをつけることを条件に認めることとなった。当時はまだ若者の危ない遊びと見られていたが、学校としては生徒の要求を受け止め、スポーツとして取り上げて指導する方が教育の実があがると判断した。珍しいケースだったと思う。
 久しぶりに、「北野定時制72年史」を引っぱり出してみたら「。スケートボード同好会」の項目があった。
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国立公園破壊、最悪の規制緩和。岸田新自由主義の新展開

2024年07月19日 22時49分44秒 | Weblog
 7月19日、岸田首相は観光立国推進閣僚会議で岸田首相は、国立公園総破壊の指示をだした。外国人観光客が東京、大阪などの都市に集中しているので、これを地方に分散させるために35の国立公園に高級リゾートホテルなど宿泊施設を誘致することで魅力向上を図ることを指示した。
 外国人富裕層の観光客を地方にもということはいいが、国立公園の規制緩和、自然破壊必至の策がこれからの日本の正しい道だとは到底言えない。なんのための国立公園の規制なのか。最悪の規制緩和、岸田新自由主義の新展開だ。国立公園の精神に真っ向から反する。
 すぐに撤回せよ。大反対運動が必要だ。
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久しぶりに立命館・国際平和ミュージアム見学

2024年07月05日 10時44分58秒 | Weblog
 先日、暑いカンカン照りの日に立命館大学の国際平和ミュージアムの見学に行った。去年2023年の9月にリニューアルオープンしていた。案内をいただいていたがずいぶん遅れて訪れた。創立は1992年だ。1991年のピースおおさか・大阪国際平和センターの開館に次ぐもので、平和教育の拠点として設立された。大学立の戦争博物館として世界的に評価され、大きな役割を果たしてきた。両館とも、京都、大阪の戦争展運動を土壌にして生まれたものだった。
 たくさんの熱中症患者が出た日で、バスでわら天神で下車しミユージアムを探して入館したころにはもう十分疲れていた。
 常設展示は、帝国主義、十五年戦争、戦後の世界、現代の課題から成っていた。帝国主義のテーマでは、ヨーロッパの植民地支配、奴隷貿易にも視野を広げていたのが、現在の世界的な関心に沿ったものだと理解した。
 わたしは92年開館の十五年戦争展示が日本の戦争博物館の最高の到達を示したものだと評価していた。それは日本の戦争を侵略、加害、被害、そして反戦抵抗の4つの側面から丸ごととらえようとしていたからであった。ピースおおさかも優れた内容であったが侵略、加害、被害の範囲でとどまった。のち極右勢力の攻撃でその内容も切り縮めることになった。立命館国際平和ミュージアムは反戦抵抗の運動を詳しく取り上げ、これによって日本の戦争の歴史にも暗黒ばかりでなく理性の光があったことを示していた。だが今回の見学で、この反戦抵抗の展示がほぼなくなっていたのにがっかりした。これでは戦争の全体を認識することはできない。なぜこのような判断をしたのか理解に苦しむ。戦争と平和の研究を進めてきた結果がこれだとしたら、残念としか言いようがない。
 また15年戦争のテーマについては、その重要性に鑑み、展示スペースをもっと広げるべきだったと思う。15年戦争理解が深まることが、戦後の世界や現代の課題の学習につながると思うからだ。三人の方の証言ビデオで見るコーナーは普通の展示にはあまり興味を示さなかった中学生もひきつけていた。体験者の証言とともに実物展示ももう少し多く、工夫を凝らしたいと思った。
 特別展示、無言館分館も見学した。疲れもあり、終了時間も近づいたので館を後にした。


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ほっと、ひと安心

2024年06月27日 16時23分03秒 | Weblog
 25日の火曜日、掖済会病院で大腸の内視鏡検査をした。1年半前に、ポリープにろほう性リンパ腫がみつかった。以後、半年に一度検査をしてきたが、今度もポリープはなくひと安心だった。でも半年前の検査では表皮に、異変を起こす可能性のある部分が精密な検査で確認できた。
 でも変に成長していなくて安心した。大腸検査は時間がかかって一日仕事だから疲れるが。
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米兵による沖縄・少女暴行事件を3か月隠蔽した首相官邸の政治的ねらい

2024年06月27日 15時23分48秒 | Weblog
 24年6月25日、米兵による少女暴行事件が昨年12月にあり、3月27日に那覇地検が起訴していたことが明らかになった。被害者は16歳未満で、車で誘拐され米兵の自宅で性的暴行を受けた。基地あるが故の許しがたい人権じゅうりん犯罪だ。
 不思議なのは、政府がこの事件を3月27日に起訴した後も3か月間ひた隠しにしてきたことだ。沖縄県にも通知してこなかったことだ。県にも隠してきたことは放置できない重大なことだ。
 ここには沖縄玉城県政を敵視する岸田政権のゆがんだ政治的意図がある。透けて見えるのは、6月16日の沖縄県議選と6月23日の慰霊の日が過ぎるまでは隠し通そうとしたのだ。今日の「赤旗」報道では、2016年4月の米兵の20歳女性に対する性的暴行殺害事件について、米議会事務局の報告書ではこの年の6月の県議会選挙で「知事与党が多数を獲得した要因の一つになった」と分析していたことを紹介した。
 この少女暴行事件が明らかになっていれば、6月16日の選挙で米軍基地問題をいささかも軽く見てはいけないという意識が高まったことは明らかだ。基地問題であきらめ感情を拡散し、政府に頼るしかないという方向にもっていく作戦の岸田政権にとって、これはなんとしても隠したかったのだ。しかし、一応、「民主主義陣営の国」だと名乗っていながら、およそ民主主義とは縁もゆかりもないやり方ではないか。まるで中国かロシアだ。独裁国家並みの情報操作、隠蔽だ。沖縄の選挙はかねてから、首相官邸直轄で介入してきた。税金である官房機密費を私的に詐取して票買収をしてきた。議会選挙でも官房機密費での買収がなかったとは言えない。沖縄県政の重大問題を知事にもひた隠しにして、選挙結果をある方向に誘導したことは絶対許せない。これからも追及しなければならない。
 もはや日本は民主主義国家とはいえない。



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