山上俊夫・日本と世界あちこち

大阪・日本・世界をきままに横断、食べもの・教育・文化・政治・歴史をふらふら渡りあるく・・・

がんばったご褒美につけ麺

2018年11月20日 16時57分43秒 | Weblog
 掖済会病院での心臓の8か月検診を無事終了しほっとした。またまた詰まりましたねえと言われるのではという思いもあったが、いいでしょう、さらさら剤も一種類減らしましょうといわれた。しかし森岡先生と同じ心不全にもなっており、疲れを自覚するようになっている。体を動かすのがおっくうになっていたが、検診もあるので自転車にはできるだけ乗らずに歩くようにしてきた。今日は港区から歩いて、大正区のせいきょう診療所に行って薬をもらった。1種類減ったとはいえ、たくさん。診察除いて薬代ひと月5000円。これでも多くがジェネリックに切り替わって安くなった。
 そんなこんなで今日の昼は、みなと通りの「磯路亭」というラーメン屋でつけ麺760円を食べた。数カ月前に開店したが、前を通るたびにちらっとのぞいても、あまり客が入っていない。どんな味かと思ったが、うまい。つけ麺は太目、小麦の味、つけ汁はこってり、ごまだれ風味でほんのり魚介系。これなら店は続くのではないかと思った。
 いつもは昼食は家で控えめにしているが、久しぶりにカロリーたっぷり。つけ麺といえば、ひと月ほど前に長堀のかどや食堂でも食べた。カロリー高いので食べないようにしているが、10年前はよく食べた。十三の定時制の閉校間際、年史を書くために朝から晩まで学校にいた。で、昼は散歩を兼ねて十三界隈を食べ歩いた。そのときよく行ったのが「よかにせ」というラーメン屋だ。おもにつけ麺を食べた。がつんとくる魚介系でとりこになった。大盛まで注文した。おかげで脂肪も蓄えた。なつかしいつけ麺だ。

 
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何万もの労働者を泣かせた強欲資本家カルロス・ゴーンを断罪せよ

2018年11月20日 05時30分40秒 | Weblog
 11月19日、日産のカルロス・ゴーン会長とグレッグ・ケリー代表取締役が東京地検に有価証券報告書に虚偽記載をした疑いで逮捕された。容疑は99億9800万円の報酬を49億8700万円に虚偽記載したことだ。じつに50億円ごまかしたのだ。だがこれは2010~14年度の分についてだ。それ以外もほじくればもっとすごい犯罪になる。巨額の脱税をしたのだ。許せない。下々の労働者、零細業者、年金生活者にも厳しい課税がある。おまけに消費税は10%にするという。なのに、日本で指折りの高額報酬のカルロス・ゴーンがじつはその2倍を得て、脱税をしていた。こんな連中がのさばっている一方で、消費税を上げるなど断じて認められない。しかもこれらの資本家連中は、法人税をもっと負けよ、企業がもっと好き放題できる環境をつくれと経団連を通じて政府に要求し、これがそのまま政府の方針となっている。外国人労働者拡大の出入国管理法改正もそうだ。安倍首相のお友達優遇政治は森友・加計だけではない。経団連が本丸だ。税金を少なく少なく払い、一方で国家と国家財政を自分たちのために好き放題に使う。これが20世紀末から21世紀の腐敗した資本主義の姿だ。ピケティの「21世紀の資本論」を思い起こせ。
 このカルロス・ゴーンは日産を回復させたと、マスメディアはもち上げてきたが、何のことはない黒い強欲資本家でしかないのだ。忘れてならないのは彼によって、4万人以上もの労働者が首を切られ、下請け企業が切り捨てられ、非正規労働者も使い捨てられたことだ。血も涙もないとはこのことだ。江戸時代の百姓は年貢に苦しめられたが、追い出されることはなかった。追い出したら生産が減る。現代資本主義のヒーローと持ち上げられたカルロス・ゴーンは、労働者、下請けを情け容赦なく切り捨て、生活の道を閉ざした。そのやり方が、いちばんいい経営手法だと持ち上げられた。強欲資本主義には人の道はない。
 何万の労働者、下請けの生活の道を閉ざしても犯罪でなければいいということだったが、今度は明白な犯罪だ。徹底的に究明し、4年以外のすべてを白日の下に引きずり出し、断罪すべきだ。
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学生時代からの仲間、近藤知昭さんの生き方に学ぶ

2018年11月18日 16時32分58秒 | Weblog
 11月16日、志位委員長を迎えてナンバの府立体育館満員の演説会で訃報を聞いた。大阪外大2部で共に学び、活動をした仲間、近藤知昭(ちあき)さんの死だ。横浜翠嵐高校出身の秀才で、外大2部のロシア語から早稲田大学のドクターでロシア文学を研究した。研究職に就くことはかなわなかったが、たくましく生き、神奈川県大和市の地域のために尽くした。遠く離れたので疎遠にはなったが、2005年の衆院選で近藤君の名前を見つけて驚いた。神奈川13区で日本共産党から立候補したのだ。えらい!と、さっそく選挙事務所に花を贈った。大阪から応援が届いたと話題になった旨聞いた。2009年も立候補した。相手は後に世間を騒がせる甘利氏だった。公開討論会では甘利氏をぐいぐい追い詰めたそうだ。
 わたしが上本町8丁目の外大から上町台地を東の方に少し下りた細工谷に下宿していた時、近藤君はしょっちゅう遊びに来ていた。近藤君は自治会の書記長や委員長をつとめた人だ。1967~70年は、外大民主化闘争が闘われた時代だ。その中身は真に学問ができる大学をつくろうというカリキュラム改善闘争だった。外大は戦前の外事専門学校の流れを引きずっており、われわれ学生は古く貧しい大学の体質を批判した。与謝野晶子が歌壇の大御所に立ち向かったように、私たちも恐れを知らない若者だった。
 先輩たちそして私たちの闘いによって、一般教養の科目が大幅に増えた。自治会の学生みずからが関西各地の大学、教授宅を訪ねて訴えた結果招聘された。さらに専門的な科目とゼミを開設する運動をすすめた。その結果一番運動が実ったのが、英語学科だった。経済学の森岡孝二先生や、アメリカ政治、イギリス史専門の若手の研究者が専任として着任した。単なる語学学校的なものから多様な研究、教育をする大学へと変容し始めた。その後の外大のすすんだ道は、私たち若造がえらそうに主張した方向をさらに発展させたものだ。その運動の中心に近藤君もいた。のち和歌山大学副学長を務める堀内英雄君、その他研究者になった先輩・友人たちがたくさんいた。貧しい生活だったが、意欲にあふれていた。
 近藤君が亡くなった翌日、その外大2部の自治会運動の中心であるいは周りで支えた仲間たちが上六に40人ほど集った。東京、横浜からも何人も来てくれ、懐かしさで心が満たされた。近藤君を偲び、思い出を語り、思いを引き継ごうと、出席者一同心に誓ったことだ。日頃は離れていて、日々思い出すことはないが、心の中でつながっていて、生きる支えになっている大切な仲間がいることを幸せに思う。ちょうどBSプレミアムで山田洋次監督が、幸せとは何だろうか、金とモノをあふれるほど持っていることだろうか、それより、大切な人とのつながりではないだろうか。寅さんは、自分のふるまいで人が温かい気持ちになってくれることに、幸せを感じているんではないでしょうか、という話をしていた。山田監督の話を聞いて、昔の仲間とのつながり、離れていても励まし合う、ここに幸せと生きる希望があるのだとしみじみ感じた。
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二泊三日の心臓検査入院

2018年11月15日 23時13分21秒 | Weblog
 二泊三日の検査入院から解放された。この3月に心不全さらにステント装着手術をやったが、8か月後の検査だ。事前に心電図、心エコー、胸部レントゲン、血液検査を済ませたうえで、入院した。カテーテル手術と同じ手順でやるが、検査なので気分は楽ちんだ。先生から、3月の心エコーと比べるとましなので大丈夫でしょうとカテーテルの前にいわれたので安心した。
 2日目がカテーテルだ。手術室に入る。病室から車椅子で向かうのがなんとも気恥ずかしい。そうしなければならないらしい。今回は右ひじの動脈から挿入だ。動脈は静脈と違って腕の内部にある。血液検査で肘の静脈から採血するのもなかなか技術がいるのに、深い動脈にうまく太い針を差し込むのは至難の業だ。へたをすると突き破ってしまう。大量出血になる。血管造影剤を注入して心臓の冠動脈に装着されたステントの状態を映し出す。モニターが5台あるが、そのうちの3台に映像が映る。メガネ、金属類は付けてはいけないので、0・01の視力ではほんとにぼんやりしか見えない。でも、ステントがあるところは太く映っている。
 状態はまあまあだということでカテーテルを引き抜いて終了だ。肘の挿入口を強く圧迫してテープを引っ張れるだけ引っ張って固定する。腕の皮が引き連れるくらいに。6時間後に圧迫終了。出血なして安心。3月の時は圧迫を解いたら内出血が広がって、ふたたび圧迫しなおすという事態になった。
 わたしは手術室に入るのは3番目、11時の予定だったが、朝、急患が入って4番目になった。わたしも救急で搬入され助けてもらったので何か言える立場ではない。しかも本来の1番の人が2時間半もかかったために、わたしは1時半からとなった。2時間半の人は向いのベッドだったが、帰った後、途中で死ぬかと思ったとなんども言っていた。そういえばわたしも、5年前心筋梗塞で太い冠動脈2本にステントを入れたとき、死ぬかと思った。この世とあの世の境目、三途の川のあたりの風景をこの目で見た。麻酔はカテーテルの挿入口だけなので、病室全体も医師や看護師の動きもモニターも(わたしはぼんやりだが)見える。その目に映ったのが黄緑と桃色の風景だ。3秒くらいで順に入れ替わる。それまで天井が見えていたのが、黄緑と桃色の世界になったのだ。これが、丹波哲郎がいっていたこの世とあの世の境目の風景なのかと納得した。実際に見えたのだ。太い冠動脈にステントを装着し、内部の風船にヘリウムガス15気圧20秒(わたしにはそう聞こえた)ほど送り込んでステントを広げるとき、完全に冠動脈の血液が止まるので三途の川状態になったのだろうと解釈している。この3月にもステントを入れたがその時は先の方の細い血管だったので三途の川に行くことはなかった。向いのベッドの人は、初ステントということで太い血管に装着したため5年前の私と同じように死ぬかと思ったのだろう。
 あけて今日昼、支払いも済んで無事退院した。
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金澤翔子さんの新しい書「どうにかなる」を額に

2018年11月13日 12時54分09秒 | Weblog
 これまで金澤翔子さんの書を『愛の物語』など2冊の本から拡大コピーして、コーナンで買った額に入れて玄関に飾っていたが、新しい書を目にして、これはいい!これも額に!と思った。金澤翔子さんはもう有名なダウン症の書家だ。力強い書体から勇気を与えられる。
 これまでは、「夢」「笑」を玄関正面に掛けていた。金澤翔子さんの書は『女性のひろば』に毎月ひとつづつ掲載される。12月号に載せられたのが「どうにかなる」だった。うん、これはいい!!とおもった。
 コンビニで300%くらいに拡大コピーして、額に入れた。「夢」「笑」の上に三角形の頂点に「どうにかなる」を飾った。「どうにかなる」「夢」「笑」ととてもいい関係だ。
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8ch「バイキング」の自己責任攻撃の道理のなさ

2018年11月11日 15時20分09秒 | Weblog
 先日、昼のテレビで8ch坂上忍の「バイキング」がえげつなかった。3年4カ月も拘束され、生きるか死ぬかの瀬戸際をくぐりぬけてきたジャーナリストの安田純平さんを非難しまくっていた。安田さんへの人間としての敬意のかけらもなかった。悪意ばかりがあふれていた。安田さんが2時間半の記者会見で、外務省や関係のみなさんにご迷惑をおかけしたと謝罪した。だが番組では、あれは本心が隠されている、芯からの謝罪ではないと言いがかりの連発だった。なかでも一番悪意ある言葉が、安田さんの「表情には血が通っていない」というそのまんま東の断定だった。にこやかにせよとでもいいたいのか。神経的後遺症さえ心配される人に対する言葉がこれだ。
 そもそもこの番組の内容の構成そのものが意地悪い、意図的なものだった。政治的社会問題を扱う際の公平性のみじんもなかった。その象徴が、安田さんが拘束中に「金を払わないでほしい」と日本の関係者に伝え、当然外務省にも伝わっていたことを消し去っていた。さらに、拘束側に対して、最後には「すぐに解放するか、さもなくば殺してくれ」とまで迫っていたことも完全に無視していた。解放後、自分のしたことは「自業自得だ」とまで言った。これぼど自分の責任を問うた言葉はない。なのに一番大事な点を削除して番組構成をしていた。
 テレビで自己責任をうんぬんするなら、これらの証言が最も大事ではないか。これを黙殺して、自己責任の取り方が足りないとか非難をあびせるのは、番組風にいえば「どうかしてるぜ~」だ。
 それでも外務省は大変な仕事を強いられ、大迷惑をこうむったというのだろうか。だが3年4カ月、外務省が救出に全力を懐中し続けたとはいえないだろう。殺された後藤さんの件で分かったのは、ほとんど救出活動はなかったということだ。
 番組は、装備、計画が不十分だと、批判が続いた。ある戦場カメラマンをビデオで登場させ、自分はイラクの写真取材のときは、武装警備員を1日100ドルで雇い、十分準備した、安田さんはなっていないと批判した。それに乗っかって、安田攻撃がエスカレートした。武装して取材することもありうるが、人々の生活に入り込んで取材するのに、銃を構えて入るのは信頼を得られず、逆効果になるとおもう。
 救出に日本政府は金を出していないだろう。後藤さんのとき明確になった。安田さんも「金は出さないで」といっていたし、金での交渉に応じるなら3年4カ月もかからない。なのにこんなバッシングを受けるいわれはないではないか。安田さん自身が失敗だったと認め、その責任を背負って、苦難を一身に受け止めて、やっと生き返ったのに、何の関係もないテレビ、タレント、お笑い芸人たちがあしざまに悪口を言う。なんという荒廃した風景だろう。坂上忍ももうすこし人間的な仕事をする人だと思っていたが、がっかりした。

 ここで自己責任という問題について考えてみたい。
 『大辞泉』では、責任とは、「自分のしたことの結果について責めを負うこと、とくに失敗や損失による責めを負うこと」とある。自己責任とは、「自分の行動の責任は自分にあること(例 投資は自己責任が原則)、自己の過失についてのみ責任を負うこと」とある。ちなみに『新明解国語辞典』(第4版1989年)には自己責任の語はない。責任と自己責任には辞書的には意味に差がない。なのに、なぜ自己責任なる語が登場したのか。それは政治的意図があってつくられたものだろう。2004年、日本政府がイラク戦争でいち早く、国際法違反、100%の侵略戦争を全面支持し、紛争地に自衛隊を派兵したことの責任を問われる事態が発生したからだ。高遠菜穂子さんらが拘束されたのに対して、政府および政府寄りのマスメディアが、囚われたのも、万一解放されない場合の責任も自分にあるというために一斉に持ち出したものだ。政府に迷惑をかけた責任を取れと。邦人保護の責任を不問にできる程度のバッシングが組織された。この自己責任バッシングは、拘束問題にとどまらず、生活保護、老人福祉などへの攻撃に大いに利用された。権力にとってこれほど利用価値のあるイデオロギーはない。
 安田さんが、自らの判断ミスもあり拘束される結果を生んだことに他から責任を問われるいわれはない。指導者が子供を引率して遭難させた場合は責任を問われる。安田さんは自分の身で被害を全部背負っている。自業自得だとまでいっている。
 では何故に安田さんをしつこくあげつらうのか。それは日本の国家、政府に迷惑をかけたという一点に尽きる。国民は逆に国家に奉仕すべき存在だというイデオロギー、戦前の教育勅語のイデオロギーが復活しているのだ。しかし戦後民主主義国家では、国家は国民保護の責任を負う。救出のための外交努力をするところに国家の存在意義がある。だが、いらぬ外交努力をさせられた、だからその責任を問う、もとから反政府的思想の持主らしいからこの際徹底的にやっつけてやれということだ。だが安田さんに責任を問うのはスジが違う。
 山岳会が冬山登山で遭難事故を起こして、捜索に警察が大動員され、公費が支出されることは数限りなくある。そこでは登山計画や装備、現地での判断の適否が問題になる。だが、救出はしなくていいと言わしめることはない。救出された場合、ご迷惑をおかけしたと謝罪し、感謝の言葉を述べてことは収まる。同じく権力機関が動き、公費が支出されても、安田さんのように大々的なバッシングは組織されない。
 自己責任バッシングも、2004年当時より進化しているというか、変化している。当時は、救出は政府の責任だという当然の考えに対して、政府を守る防護策だった。救出されずに殺されたときに、政府に非難が寄せられるのを防ぐために、すべては本人の責任だという自己責任なる論をふりまいたのだ。だが、今や、本人が金を払わないでくれといっているケースで、めでたく解放されたのに、あらん限りのバッシングだ。今や、政府が音頭を取らなくても、ネット右翼が大量培養され、それにあおられて同列の週刊誌、テレビが躍り出る。国家、政府にへつらわないジャーナリストが問題を起こすだけでいきりたっているのだ。人権思想やリベラリズムというと西洋かぶれと嫌悪する右翼が、日本古来の農村共同体の人の優しさをも投げ捨てる狂気のふるまいは恥ずかしい姿だ。
 

 
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アメリカ中間選挙、民主党が下院を奪還、トランプに打撃

2018年11月07日 22時17分32秒 | Weblog
 2018年11月6日の米中間選挙で民主党が下院で過半数を奪還した。上院は引き続き共和党が多数だが、改選議員で見れば民主22、共和9であり、民主党の躍進は明らかだ。注目すべきは18歳から29歳までの若者が67%も民主党に投票していることだ。またヒスパニック系、黒人系、そしてとくに白人・有色系を問わず女性がトランプの差別的政策に異議を唱え積極的に投票したのが特徴だ。マイケル・ムーアがいう方向に確実に動いた。
 ただ彼が示したほどには前進しなかったともいえる。それはトランプが「ものすごい成功だ」と勝どきとも負け惜しみともいえない雄たけびをあげたことにもうかがえる。選挙最終版、トランプが巻き返しをしたことは事実だ。中米からの移民キャラバンが何千人も行進をしそれが大々的に報道され、トランプが「犯罪者集団の移民が押し寄せてきている」「軍を差し向けて取りしまる」と叫び続けたことが功を奏した。思い出す。ちょうど1年前の日本だ。安倍首相が、「国難に直面している、北朝鮮の脅威が迫っている」とあおりつづけた。あれと同じではないか。北が日本のどこにミサイルを撃ち込んだか。そんなことをしたら身の破滅だということを金正恩は知っている。中米からの移民が犯罪者集団だとどうしていえるのか。誰が証明したか。この間銃を乱射して大量殺人したのは中米系の人か。ちがう。白人男性だ。日本でもアメリカでも冷静に考えればわかることだが、感情だけで判断するととんでもないことになる。
 でもこんどの中間選挙では、2年前の大統領選の反省から、女性や若者たちが自覚を強め、行動したことが成果を生んだ。バーニー・サンダース系の社会主義者・最年少29歳のオカシオコルテルさんも圧倒的な票で当選した。希望が持てる。
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警鐘を鳴らし、希望を語る。マイケル・ムーア「華氏119」を観る

2018年11月04日 17時54分11秒 | Weblog
 マイケル・ムーアの「華氏119」を上映初日の朝に見に行った。朝なのに結構な入りなのでびっくりした。今回の作はトランプ打倒版だ。後半で、トランプを生んだ状況がこれからも続くと、これはヒトラーのファシズム独裁になると警告する。トランプとヒトラーの共通性も描かれる。
 こういう状況を生んだ要因としてメディアもやり玉に挙げる。視聴率がとれるトランプをおもしろがって追い続けたメディアだ。大阪のハシズムを産み育てた大阪のマスメディアの責任と同じ。さらに民主党主流も厳しく批判する。ウォール街の金融資本、大企業から巨額資金を得て腐り、共和党と見分けがつかないくらいになっているのが民主党だ。私などからすれば、アメリカ2大政党制なるもの、金融資本があやつる2つの人形に過ぎないと思っていたが。民主党は一時の不満吸収スポンジ役だった。やや単純化していえば。そしてムーアはついに我慢ならず、クリントンやヒラリー、オバマもやり玉に挙げる。この映画で、共和党のミシガン州知事が黒人の町フリント市の水源を変更し深刻な鉛被害を起こしながら、データも改ざんして知らんぷりをする事態に、オバマ大統領が立ち上がったが、なんと現地で安全宣言をするという茶番を演じたことを暴く。
 ムーアは、前の大統領選の民主党予備選で、社会主義者を自称するバーニー・サンダースが多くの州で本当は勝っているという。予備選の投票では各州で勝っているのに、負けるとはどういうことか。民主党全国大会には「スーパー代議員制度」というのがあって、いわば長老に割り当てられた特権で、選挙での代議員に加えてヒラリーに上積みされた。その数2割。その結果サンダースはヒラリーに負けた。これをごまかしだとムーアは批判する。金融資本支配のアメリカを維持するための二大政党制はじつにうまくできている。
 こんどの映画は以前と違って、ムーア監督の突撃がない。でも、ミシガン州知事のでかい自宅に、タンクローリーに積んだフリントの汚染水を太いホースでぶちまけたのには、マイケル・ムーアここにありという感じだった。
 ムーアは、この11月6日火曜日の中間選挙に立候補しているサンダース・グループの候補者に注目している。そのひとりがニューヨーク州のアレクサンドリア・オカシオ・コルテスさん。今回は女性の進出がいちじるしい。結果を注視したい。ムーア監督は、日本でも11月2日封切りだから、アメリカでは中間選挙に十分間に合うようにこの映画をつくった。
 2016年11月の大統領選挙は、ヒラリーが85%の確率で勝つと「ニューヨークタイムス」は報じていたそうだ。だが、マイケル・ムーア監督はトランプの勝利を予言していた。マイケル・ムーアの生まれは、ラストベルト(錆びついた工業地帯)のひとつミシガン州だ。汚染水の州だ。五大湖周辺の工業地帯は、かつて鉄鋼、金属、自動車産業で栄えたが、資本の損得で海外移転し空洞化した。マイケルの父も自動車産業の労働者だった。彼はラストベルトの白人労働者の気分、感情を理解していた。だからトランプ勝利を予想した。いっぽうのヒラリーは、もともと労働組合ぐるみで民主党の支持が強かったペンシルヴぇニア、オハイオ、ミシガン、ウイスコンシンの4州ではあまり選挙運動をしなかったという。労働者に手を差し伸べる政策が貧弱、ヒラリーもウォール街につながるエスタブリッシュメントだ。そこをトランプは突いた。自らは金満資本家なのに、金融資本と国家権力に攻撃の矢を向け、労働者の味方を演ずる。日本でもいた。小泉なんとかが自分は自民党総裁でありながら、自民党をぶっ壊すと叫んだ。大衆はコロリとだまされた。ヒトラー並みの演説だ。ヒトラー・ナチスは、国会議事堂放火事件を共産党のせいにして独裁権力を掌握する。トランプは、捨てられた白人労働者を救うふりをしながら、大企業大金持ちの減税を実施した。映画はここにもふれる。大金持ち減税をやれば、庶民を締め付けなければ財政がもたない。人気のレーガンも、トランプも減税をやるが、それは大企業・大金持ち減税だ。えっ、これは日本でも同じだ。1989年消費税が導入されて以来29年、徴収された消費税の総額は349兆円、一方、法人3税は281兆円減、所得・住民税266兆減だ。つまり導入では福祉のためといった消費税はすべて大企業・大金持ちの減税に消えたのだ。日本では、なんでトランプなんかになびくのか、だまされるのかと不思議がる風潮がつよいが、なんのことはない日本もすでにトランプ現象がまん延しているではないか。大阪の橋下・ハシズム現象も同じだ。
 ムーアはトランプの行き着く先はナチスドイツだと警告する。だからこの映画をつくった。ムーア監督は、希望の灯もしっかり伝える。そのひとつが、全米でのバーニー・サンダースの民主党民主化運動だ。2つが、2018年2月から3月のウエストヴァージニア州55郡での教員のストライキだ。違法攻撃を打ち破り、職員とバス運転手も参加して全員の賃上げを勝ちとった。3つ目が、フロリダ州バークランドの高校銃乱射事件で立ち上がった高校生の活躍だ。2018年2月14日、17人の生徒教職員が殺された。1か月後、同校の生徒が中心となり、銃規制強化を求める「命のための行進」をワシントンはじめ全米でおこなった。高校生が銃規制に反対の議員につめ寄る。議員はおろおろして、その発言は議論の体をなしていない。ワシントンの集会で高校生が堂々と主張する。じつに頼もしい。この生徒らは2020年大統領選挙では率先して選挙人登録にいくだろう。映画は高校生の映像で終わる。
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石井国交大臣、行政不服審査法の趣旨をふみにじる決定

2018年11月02日 18時18分34秒 | Weblog
 石井国交大臣が、沖縄県の辺野古埋め立て承認の撤回について、その効力の執行停止を決めた。多くの行政法学者からきびしい批判が寄せられていたにもかかわらず、異常で違法な解釈で出した決定だ。
 そもそも行政不服審査法は、行政機関によって国民の権利・利益が侵害されたとき、金や時間がかかる裁判ではなく、「簡易迅速な手続きによる国民の権利利益の救済を図る」ことを目的にしている。同法は、安倍内閣のようなずるい国や地方公共団体が私人を装って登場することを防ぐべく、7条2項で「国の機関・・・に対する処分で、これらの機関・・がその固有の資格において当該処分の相手方となるもの・・・については、この法律は、適用しない」と明確に規定している。安倍内閣が自作自演の猿芝居をする道を閉ざしているのだ。しかし、どれほど不法性を指摘されようと、好き勝手な法解釈をする。ところが安倍首相は国会で、法治主義という言葉を使って石井大臣の決定を正当だといった。もう頭が変になりそうな世界だ。
 石井大臣の決定には、もし工事続行したとしても10数年かかる「普天間の危険性の除去」「日米間の信頼・同盟関係」「外交・防衛上の不利益」という「公益性」を理由にするが、これは私人の権利救済とは対極だ。また緊急性とは縁がない。法治国家は崩壊の危機に瀕している。
 安倍首相は、口をひらけば「沖縄のみなさまの心に寄り添い」と決まり文句を言うが、そのことばを発した同じ場で、過去最高の得票で示した県民の意思を平然とふみにじる。沖縄県は220頁の意見書を25日に提出した。これを読んで、検討を加え、審査するには相当期間を要する。ところがその5日後に決定を出した。ということは最初から結論ありきで、県の文書など目もくれないという姿勢で突っ走ったのだろう。
 このような安倍内閣の一連のふるまいは、けっして余裕があってやっていることではない。塀の上から落ちるかどうかという危ういところを渡っているだけのことだ。
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沖縄知事選について考える 津田大介氏の沖縄選挙デマ論考にふれ   

2018年10月27日 00時19分30秒 | Weblog
 10月25日の『朝日新聞』の津田大介氏の「沖縄選挙デマ 阻んだ報道」には考えさせられた。
 14年以降の沖縄の選挙ではフェイクニュースのターゲットになることが多く、今回も多くのデマが飛び交い、国会議員もそれを積極的に拡散したという。これに真正面から沖縄2紙やネットメディアが立ち向かいデマをつぶしていった。その対極が2月の名護市長選挙での「現職市長のせいで日本ハムファイターズのキャンプが撤退した」というデマが拡散し現職の稲嶺市長が敗れた。
 この名護・稲嶺市長敗北でのファイターズ・キャンプ問題は、名護でかかわったものとしても、大問題だった。稲嶺さんのせいで名護は多大の損害をこうむったというビラが何度もまかれたし、口コミ・SNSで拡散されただろう。もちろん稲嶺側から、道理を尽くして、ファイターズとの間で球場全面改修のためその間キャンプをアメリカなどに変更することが合意された事情を説明した。だが世間的には言い合いと受け取られて、市長の失点視する人も相当出ただろう。だがこれは意図的デマであり、これで選挙が左右されたのは民主主義にとって重大な汚点だ。どの程度選挙が左右されたかは詳細なアンケート調査をしない限りわからないが、影響があったことは確かだ。事実の報道が命のジャーナリズムにとっても死活的な問題だ。
 その反省から、知事選では、拡散しつつあったデマをリアルタイムで検証し、丹念につぶしていったという。 民主主義を死なせないためにきわめて重要なとりくみだ。こんどの知事選では、携帯代4割値下げ公約と菅官房長官先頭の4割値下げ演説は最大のフェイク宣伝だった。何の権限もないことがらに対して、民間企業の商品の値段を勝手に4割下げると触れまわって、選挙結果を左右しようとする。重大な問題だ。
 だが、沖縄国際大の前泊教授が学生に玉城勝利を分析させたところ、「与党のデマ攻撃にムカついた」「携帯代4割削減なんてありえない」という意見が多かったそうだ。携帯値引き話は、ファイターズ・キャンプ話よりもずっとウソを見抜きやすいもので、自公候補にも菅官房長官にも値下げの検眼はないと指摘されたらひとたまりもない低レベルのフェイクだった。だから、相当反発を受けたのだろう。これも定量的に測ることはむずかしいが。
 ジャーナリズムが、フェイク、デマを検証し、つぶす作業に積極的に乗り出したことを称賛したい。またこれを大きく論じた津田大介氏に敬意を表したい。
 ただここで付け加えたい。昨年10月の安倍首相の国会解散にともなう「国難」総選挙の問題だ。北朝鮮の脅威と少子化が国難だとあおって選挙をおこなったことについて、ジャーナリズムはどれだけ検証し、糺したのか。韓国では、児童が机の下に潜り込む、ミサイルが飛んで行った何十分後に避難するというバカげたことは一切していないのに、日本では安倍首相の号令一下、太平洋戦争末期よろしく防空演習に人を駆り立てた。そのあげくの「国難」選挙だ。ありもしない北のミサイル攻撃が「国難」ならば、ことしの連続大災害は「国難」百連発だ。去年は、いち早くそのデマぶりが問題にされなければならなかったが見過ごされた。選挙をデマで左右するのは、沖縄選挙だけではない。厳しい目を向けなければならない。
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安田純平さん解放 よかった

2018年10月24日 22時34分27秒 | Weblog
 イラクの旧ヌスラ戦線に拘束されていたフリージャーナリスト安田純平さんが、2018年10月24日、解放された。殺されるかもしれないと思っていただけに、じつに嬉しい。
 7,8年前、安田さんの『ルポ戦場出稼ぎ労働者』2010、集英社新書を読んだ。安田さんが10か月も、イラクの軍関連施設で料理人として働き、取材を重ねた作品で、とても面白く読んだ。アメリカの戦争が民営化されている実情もよく伝えていた。
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那覇市長にオール沖縄・城間幹子さん当選、知事選から3連勝

2018年10月22日 15時24分27秒 | Weblog
 2018年10月21日の那覇市長選でオール沖縄の城間幹子さんが、安倍政権派の候補の42,446票に対し79,677票と、ほぼダブルスコアに近い票で圧勝した。これで、知事選、豊見城市長選につづいて、オール沖縄は3連勝となった。安倍政権には相当の打撃となった。
 沖縄県による辺野古埋め立て承認撤回に対し効力停止の申し立てを知事選まではごまかしのためにがまんしていたのに、那覇市長選はどうせ負けるということで選挙中に茶番の効力停止劇をやった。茶番劇の効果は大きく、ダブルスコアに近い数字となって跳ね返ってきた。政権内ではどう総括するのか。
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新人王戦の主催者は誰か(4)名人戦の主催者は誰か

2018年10月22日 12時27分32秒 | Weblog
 「新人王戦の主催者はだれか」は(3)でおしまいと思っていたら、今日(10月22日)の『朝日』朝刊に囲碁名人戦の記事があった。見ると「第43期囲碁名人戦7番勝負(朝日新聞社主催)の第6局が22日から2日間の日程で」などと書かれている。ちゃんと主催者を明記しているではないか。新聞記事のきまりごとなのだ。ではなぜ、新人王戦は主催者を書かなかったのか。説明をすべきだ。新人王戦はもちろん囲碁も将棋もやっている。
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新人王戦の主催者は誰か(3)

2018年10月20日 21時15分13秒 | Weblog
 今日、大阪市立中央図書館に行って、全国の18日付けの新聞を見た。まだ届いてないもの、1か月まとめて届くものなどがあり、すべてとはいかなかった。地方紙は一つを除きすべてが(という印象だった)新人王戦については同じ文章だった。多分、共同通信の配信記事を載せているのだろう。そこには、主催者は書かれていなかった。
 ただひとつだけ「(しんぶん赤旗主催)」と書いていた新聞があった。それは、『東京新聞』だ。署名入りの記事だった。さすが東京新聞だ。結局、新人王戦の主催は『しんぶん赤旗』と書いたのは、『毎日新聞』と『東京新聞』のふたつだった。情けないことだ。新聞記事の最低限の約束事を破ってまで、しんぶん赤旗主催を書かない、隠すという神経は、日本の新聞の民主主義の問題だ。
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新人王戦の主催者は誰か(2)

2018年10月20日 09時51分51秒 | Weblog
 昨日、近所の図書館で『毎日』『読売』『産経』で新人王戦の報道を見たら、『毎日』は「しんぶん赤旗主催」と正しく書いていた。他はなし。主催者不明の棋戦があるとは奇怪千万。
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