山上俊夫・日本と世界あちこち

大阪・日本・世界をきままに横断、食べもの・教育・文化・政治・歴史をふらふら渡りあるく・・・

定時制で志願者があふれる異常事態

2009年03月29日 12時05分34秒 | Weblog
 『朝日新聞』09・3・27付け1面トップに「定時制高 志願者急増 不況…私学回避・雇用不安 大阪や京都定員超え」という見出しの記事がのった。定時制志願があふれたという、日本全体から見れば極めて小さな、世間の片隅の出来事を1面トップで扱った朝日新聞に敬意を表したい。これこそ今の日本の現実を象徴する出来事だし、日本の教育・大阪の教育を象徴する出来事だ。小さな出来事、その細部に真実があるし、本質が隠されている。
 1次で定員に満たなかった学校の2次募集で、募集人員571人に対して756人が出願した。府立の布施高校では、募集24人に対して68人が志願した。寝屋川は7人に対して27人が志願した。
 定時制は最後のとりでだ。ここを落ちればもうどこにも行くところがない。27日の合格発表をひかえ、わが府高教(大阪府立高等学校教職員組合)は26日、希望者全員の受け入れを求める緊急要求書を出した。生徒があぶれるという事態を招いたのも、府教委の定時制高校半減(14校つぶし)の結果だ。
 経済的理由から私学を最初から断念し、さらに私学に受かっていたのにそれを断念して、公立に望みをかけたがそれに落ちて、定時制に志願したのだ。そのような生徒は、定時制で緊急避難措置として全員受け入れるべきだ。本来なら十分余裕をもって受け入れられるはずなのだから(学校つぶしをしなければ)。
 府教委は、これまで5%定員の枠を広げることを認めていたが、結果としてはその枠内で、18人を上乗せ合格とした。167人が不合格となった。府教委は補欠募集をおこなうといっているが、全員を受け入れる気があるのか。高校教育は社会のセーフティネットの最重要のものだ。ここが破れているのを放置するようでは政治や教育をうんぬんする資格はない。大阪府・府教委の資質が問われる。
 15歳の志願者があふれるだけが問題ではない。定時制つぶしによって、全日制を中退した勤労青年や若いときに高校にいけなかった高齢者の入学も大幅に制限されている。これらの人は家や勤務場所の近くに学校がないと通学はできない。定時制が半分に減らされたことにより、これらの人は、志願をあきらめている。府教委の統計には、15歳の新卒者しか数字として記録されないから、これらの人々は統計には全く現れない。だから、府教委は問題はない、問題は起きないなどど平然としてきた。この隠された、高校から排除された人の問題はおくとしても、あぶれる現象が出たのだから、府教委の責任は大きい。14校つぶしても昼間の学校(クリエイティブスクールと称する)をつくったから昼に行きたい生徒はみんな収容できるといって、府教委は堂々と定時制つぶしをしたが、北野定時制が廃校になったまさに今の時期に、この事態が生じているのだ。
 定時制つぶしに道理がないことが動かぬ事実で証明された。
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追悼 アレン・ネルソン

2009年03月29日 09時54分54秒 | Weblog
 平和活動家・アレン・ネルソンさんが亡くなった。死亡を報じた『しんぶん赤旗』によると、26日(現地時間25日)、ニューヨーク市内の病院で亡くなった。多発性骨髄腫で入院中だった。
 元米海兵隊員でベトナム戦争に従軍した。非人間的な侵略戦争の実体験から、退役後、PTSDに苦しんだあげく平和活動家として人間性を開花させた。
 アレン・ネルソンさんはこの20年ほど日本を訪れ、各学校・地域をまわって戦争の真実を語り続けた。軍隊における非人間的な人殺しの訓練、戦場体験、その中での人間性に目覚める体験などを話した。北野高校定時制でも、10年あまり前、ネルソンさんに来てもらって講演をしてもらった。学校のことゆえ、大した謝礼もしていない。
 その際、通訳をしたのが平塚淳次郎先生だ。平塚先生は常にネルソンさんの全国的な講演活動の通訳をつとめた。平塚先生は、私の最も尊敬する英語の先生だ。平塚先生だけでなく、竹内能忠先生やその他の先生がチームをつくって、ネルソンさんを毎年アメリカから招いて、大阪ばかりか全国に足をのばして戦争の真実を語ってもらう活動を組織した。その無報酬の活動にはほんとうに頭が下がる。出費も多かったと思う。これこそ、憲法9条を実践し、根付かせる活動だった。
 訃報に接し、アレン・ネルソンさんの活動にあらためて感謝し、その死を悼む。
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部下に責任転嫁・敗将の弁

2009年03月26日 11時03分56秒 | Weblog
 WTCへの府庁移転が否決された橋下知事は、翌日、記者会見で否決された恨みを職員に向けた。上に立つものの資質としては問題ありだ。
 朝日新聞の会見録から引こう。
「A 今回の移転案否決でも、こっちの行政サイドで心底悔しいと思ってくれた人はどれくらいいるのか、組織のトップとしては気になる。幹部を集めたしして言ったのは『魂の熱さは多分、温度差がありますね』と。僕の気合とは厳然たる差があった。
 一生懸命やってくれたが、単純にいえば気持ちの問題なのですね。大きな流れで(職員が)反対だったことは間違いないと思います。
Q 移転して実際に働くのは職員。知事は職員の魂を熱くできなかったのでは。
A なるほどねー。ただ昨年9月からふり返って考えると、教育問題、国直轄事業の問題とかに突入していたんでね。僕が全部陣頭指揮をとりましたんで、完璧に全部(議論を)尽くしていけば違った結論になるかもわからないが、今回は期限がある中でやれる範囲のことをした、というところです。」
 一生懸命やってくれたが、職員の気持ちが足りなかったのが問題だという。仕事をさぼったわけでもないのに、気持ちが足りないという。気持ちがはちきれんばかりならこの議案は通ったのか。どこかおかしい。
 この引用の少し前に、静岡県の知事が空港開港と引き換えに辞職をすることに関して、「知事は辞職の形になったが、職員ってそういうことをやるのかな」といった。知事と職員が一緒に心中することが理想というのだろうか。戦国時代の主従関係と間違っているのではないか。たしかにアメリカでは、大統領が入れ替わると主要な官僚も入れ替える。一方、日本では政権が替わっても官僚組織は替わらない。自公政権が倒れても替わらない。日本的な官僚制だ。日本のほうが官僚制としては純化しているといえる。トップの指示を受けてそれを高い能力で忠実にこなす。だから日本的な官僚制のもとでは、トップが辞めたからといって、部下が一緒にやめるというシステムはない。官僚の仕事の失敗で否決されたのなら別だが、施策の基本が間違っていたがゆえに否決に至ったのなら、そのトップが責任をとって辞めたらいい。あとで部下に恨み言をいうのは、好きになれない。
「完璧に議論をつくしていけば違った結論になるかもわからない、今回は期限がある中で」といったが、期限を切って片方で脅しをつかいながらやるのが橋下氏の政治手法だから、長く議論をすれば通ったとはいえない。人気のある自分を敵にまわすと今後にひびくとおもわせる、脅しの手法を併用すればひれ伏してくるだろうと思っていたであろうが、そうはならなかった。与党からの総反乱である。共産党は耐震問題などで相当切り込んだ。
 こういう政治的結論を部下・職員に責任を転嫁するかのような態度は、公人としてはレベルが低い。
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防災欠陥庁舎否決は当然

2009年03月25日 09時52分52秒 | Weblog
 大阪府庁をWTCに移転する条例案が大差で否決された。3分の2どころか過半数にも遠くおよばなかった。
 もともとこの移転案は関西財界の要望だった。それを人気をテコにごり押しすれば自民も公明も最後は同調するだろうとの思い込みでやってきたのが、ついに破綻した。
 ありもしない関西州の州都にとぶちあげていたが、海に面して高速艇でもつかおうというのか。関西空港に近いと利便性をあげていたが、京都や滋賀・丹波・但馬からは遠い。関西州の州都というなら、大阪駅裏の梅田貨物駅跡が便利。私は財界本位・地方破壊の道州制には大反対だけど。WTCは大手前の現府庁よりも関西空港から時間的に近いというのもうりにしていたが、府議会で大手前の方が時間では近いと逆転した。いいかげんだ。関空からの近さをいうなら、破綻したりんくうタウンのビルがいちばん近い。
 なんといっても、防災上のことをほとんど考慮しないずさんな案だった。地震の時には液状化する埋立地で防災拠点の司令塔が逆に救援の対象になるということでは、機能がはたせない。地盤沈下もまだ続いている。これらの点をあいまいにしたまま、関西再生の起爆剤にというバブルの時代のスローガンでごまかそうとしていた。ひと・もの・かねが動くという。WTCにはいま大阪市役所が入っている。空っぽのビルに市役所が入ったことで、ひと・もの・かねが動いたはずなのに、なにか爆発が起こったか?引越し業者は大もうけできる程度だろう。『朝日』でも一部識者の起爆剤論にもとづいた意見を大々的に連載したが、起爆剤論のいかがわしさには十分気をつけなければならない。こんどの予算案で茨木の彩都や箕面新町の予算がつけられたが、箕面なんか全部売れても750億円の損を出すことがあきらかになっている。これも起爆剤ではなかったのか!起爆剤が大損を出す。まったくの騙しだ。WTC移転は、現庁舎の耐震補強よりも200億円安いとうのも売りだった。だが埋蔵文化財調査の29億円をを加えていなかったなどのごまかしがばれて、議会の途中で147億円に修正した。現庁舎の跡地の売却収入も現在の地価で計算すれば、147億円はいっきに逆転するのではないだろうか。その計算も知事は出すべきだ。計画では今年、WTC買収予算初年度分をつけて引越ししようというのだから、地価がさらに下落している今、跡地がもっと買い叩かれるのは目に見えている。
 もともと府庁を耐震補強して使うということは議会で何年にもわたる調査と議論の末に決まっていたことだ。それを財界の意向をうけて、WTCに昇ったら関西がみえてきたとかいい加減なことをいって、ここまで暴走してきた。だが最低限の良識が通ったことでほっとした。
 それにしても、与党でも公明党など反対した議員には差別的に対応するとうことを橋下知事は公式にいった。こんな態度は去年の学力調査結果の公表問題で、公表しない市には予算で差をつけるといって脅しをかけたのと同じだ。大人の態度ではない。知事という職にある人間のとるべき態度ではない。まったく子どもじみた、いやらしい心性だ。
 なんでも自分の思い通りにできるはずがない。興奮状態をつくりあげていっきにつきすすもうという手法には、まず待ったをかけなければならない。だが、教育破壊、福祉破壊、文化破壊、低賃金臨時職員の大量首切りなど、本来府がやるべきことの正反対のことだけは着実にやっている。
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教育破壊

2009年03月24日 00時02分20秒 | Weblog
 橋下知事の教育破壊にはあきてはててもういうべきこともなく、そのことによって鎮静化しているように見受けられる。2月府議会によって、府立高校の教務補助員はじめ350人の臨時職員の首切りが強行決定された。いずれも年収100万円あまりの低賃金労働者だ。一方で橋下知事はカッコつけのわずかばかりの雇用対策を行うが、そんなことするんだったら、350人の首切りをするな!あまりのことにはらわたが煮えくり返る。教育関係者で橋下支持者がはほとんどいないのもうなずける。これは他の理由にもよるが、ここではふれない。
 350人の首切りに付いて、橋下はもうなんの関心も示さない。もう決めたことで、当然のこと、なにをガタガタ言うという態度だ。
 教育委員会は、学校の印刷業務や理科・家庭科実習、図書館業務など臨時職員をつけているのは大阪くらいなもので、削減するのはなんら問題がないという。でも40年もつづいている制度なのだから、やっていない県が多いからといって、長年続けてこれで大阪の教育体制を形づくってきたのだから、これをなくすことは確実に穴があくことになる。現に、私が勤める高校の全日制では実験実習ができなくなると大問題になっている。全国水準をうわまわる制度だからなくして当然と言うが、各県それぞれをみれば全国水準を上回るものもあれば下回るものもある。それで全国平均がうまれる。大阪がすべての指標で上回っているから、せめてこの補助員だけでも削らせてくれというのはきいたことがない。
 全国にくらべて補助員の制度は上回っているとさんざん言うが、ならば、大阪府立高校の授業料はなぜダントツ全国一なのか!なんでこんなによその県より突出して徴集しているのか。さらに冷暖房代までとっているのか。
 全国には少ない補助員制度をやめるので、授業料も文部省基準に下げます、冷暖房料もやめますというのならば、悪いなりに筋が通っている。だが、全国ダントツの授業料は取るくせに、わずかに上回っている教務補助員などの全廃=大量解雇をするというのは筋がとおらない。論理がめちゃくちゃだ。全国一高い授業料を取っているのだから、教務補助員を各学校1、2名つけたって、バチは当たらないだろう。せいぜい1クラスの生徒の授業料の文科省基準をうわまわる分を充てるだけで補助員1人を雇える。文科省基準を上回る授業料分はすべて教育条件で全国水準をうわまわるための財源にすべきだ。ひとをだますのはやめろ!
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図書館で見てください

2009年03月21日 21時27分25秒 | Weblog
 09・3・19の『朝日新聞』夕刊に「憲兵隊 生徒の思想調査 北野高校教諭極秘文書発見」とういう見出しで私がかかわったことが報道された。報道は、極秘文書が発見されたというもので、それ以上でも以下でもない。数ヶ月前から取材されていたことで、当日昼に、担当した武田記者から、今日夕刊に載りますと連絡があったが、まさか1面に大々的に載るとは思っていなかった。職場のみんなもびっくりしたけど、私もびっくりした。昨日は、前の渋谷高校のときにお世話になった安場先生から電話があり、「『朝日』の1面に山上さんの写真があって、生徒の思想調査と見出しがついていたので、山上さんが思想調査をして問題を起こしたのかと思った」との前置きいいながら、感想を述べてくれた。今日昼、家の近所の酒屋の兄ちゃんも載ってましたねとわざわざ言いに来てくれた。
 1944(昭和19)年に大手前憲兵隊が朝鮮人生徒の思想動向を探るために北野第二中学校長あてに調査依頼をしたのに対して、校長が回答した文書の写しが残されていた。宗教や趣味、尊敬する人物、性質素行などを報告した。最高学年の4年生については「民族運動により取調べ中につき卒業留保」とされていた。
 憲兵隊や軍関係・警察関係の文書については、終戦直後、政府は焼却処分するよう厳命した。侵略や不法行為の証拠とされるような文書を残しては大変だから、焼却せよと命令した。全国の政府・軍・警察・地方政府関係で何日にもわたってあらゆる書類が償却された。八尾警察の特高係りをしていた井形正寿さんは3日間にわたってドラム缶で秘密文書を燃やし続けた。机の引き出しの底や机の脚にはさんだりしたのが忘れたままになったりするから気をつけろという具体的注意までして命令していたものだ。だから政府・軍関係では戦争犯罪の証拠となる文書は基本的には出てこない構造になっている。それを知った上で、右翼関係の「理論家」は、政府の命令文書がないじゃないか、だから日本の不法行為はなかったということをくりかえす。でも調査研究がすすめばそのようなごまかしは崩れる。今日、長く御無沙汰していた井形正寿さんから、新聞読んだよとお葉書をいただいた。
 本校の校史史料のなかに隠れていたこの文書は、現代史の真実を明らかにするひとつの史料になることは確かだ。『朝日新聞』にその概要がよくまとめられている。また『北野定時制72年史』にも記述してある。『北野定時制72年史』は国立国会図書館はじめ大阪府立・市立図書館、各都道府県立図書館、大阪府内の市町村立図書館、区図書館、全国の主な大学図書館、府立高校図書館に北野高校より寄贈しているので参照していただきたい。
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心の狭い東京都教委

2009年03月19日 08時53分42秒 | Weblog
 先日、東京の七生養護学校の体と性の教育への都会議員の教育介入とそれに同調ている都教委のこと、これに対する明快な判決のことを書いた。判決は都教委に損害賠償の支払いを命じた。ところが、都教委は敗訴しても、なにも反省していない。
 これと同質のことを都教委は行っている。都立三鷹高校校長の土肥信雄さんが退職にあたって、非常勤講師に採用するよう求めていたのに対して、不採用とした事件だ。
 都教委は、1998年から職員会議を校長の補助機関にしてきた。さらに2006年に職員会議で教職員の意向を聞く挙手採決の禁止の通知をだした。教職員はどんどん意見をいってもいい、だが採決は禁止する、決定は校長というのだ。でも全体の意向を採決と言う形で明らかにすることを禁止するもとでは、意見をいうことの意味がなくなってくる。教育を進めていく上で、教育の条理にもとづいて議論を尽くし、教職員の合意を形成していくことが重要だ。その際、採決をするまでもなく合意が明白な場合のあるし、採決でそれを明らかにする場合もある。だが採決で教職員の全体の意向を明らかにすることを禁止して合意形成がなしうるのか。校長の命令ばかりで正しい教育が保障できるのか。職員会議の形骸化・伝達命令機関化はゆゆしい事態をまねく。
 三鷹高校の土肥校長は職員会議での採決の禁止は断じて認めるわけにはいかないといってきた。ずいぶん腹のすわった見識のある校長だ。全教職員の総意を生かすのはきわめて重要で、逆に教職員の意見をないがしろにすることはやる気を奪い、叡智を結集することを困難にする。
 土肥校長は当然のことを主張し、これに多くの教育学者が同調し、支援してきた。また、土肥さんは都教委に対して採決禁止問題について公開討論会を提案し出席を求めてきたが、都教委は無視してきた。公開の場での議論を好まず、都教委と校長との間の関係も命令服従の関係であるべきだとの考えからだ。
 こんな活動をしてきた土肥さんも定年になった。土肥さんは退職後、非常勤講師になるべく申請をした。だが都教委はそれを拒んだ。都教委の立場から見て有能だと判断して、7年間も校長にしてきた土肥さんを採用しないというのだ。あからさまないやがらせだ。あまりに心が狭いし、不採用の正当な理由がない。普通校長が退職すると、教育委員会は天下り先を用意する。三鷹高校のような有名高校の校長ならば相当の扱いをこれまでなら受けてきたはずだ。短大学長、大学・短大教授、私立高校校長、私学の渉外関係などだ。でも毎年校長は退職するからいつも全員にいい天下り先は保障できないし、あぶれるひともいる。もちろん自動的にあてがわれるというものではなく、用意された枠のなかで調整するのだろう。また全員がそれを求めるわけでもない。一般教員が退職してもそんなことをしてくれるのか。ありえない。一般職員で引き続き現場で働きたいという人は、再任用や非常勤講師などをする。年金制度の支給年齢が改悪された代償として再任用の制度が国によってつくられた。土肥さんも当然それを要求する権利がある。普通はことわられることはない。でも権力主義に凝り固まった都教委は、もっとも従順であるべき校長が反逆したから、逆上して採用を拒否した。拒否するには相当の理由がなければならない。授業ができないことが明らかな場合以外はありえない。思想信条によって差別するのは憲法、労働基準法に違反する。
 それにしても土肥さんは、都教委は当然のように天下りは用意しないもとで、一介の非常勤講師として他の平教員と肩をならべて授業をしようとした。大した人だ。校長をしていた人は、立場が変わったからといって、1人の教員として授業することに踏み切る人は窮めて少ない。それだけでも土肥さんは立派だ。非常勤講師は足りなくて、毎年、各校の校長はさがすのに苦労している。教科によっては取り合いにさえなっている。
 立派な教員を不採用にする都教委の不見識と違法行為は許せない。
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中米エルサルバドルでも左派政権誕生

2009年03月17日 08時27分22秒 | Weblog
 中米エルサルバドルで、3月15日の大統領選挙で左派のファラブンドマルチ民族解放戦線党のフネス候補の当選が確実になった。新自由主義からの転換を訴えての勝利だ。中南米33カ国のうち16カ国が左派・中道左派政権となった。
 今の日本も新自由主義「改革」で貧富の差がひろがり、社会が疲弊している。そろそろ日本国民も中南米を見習ったらいいとおもう。
 ところが、日本では中南米のこの巨大なうねりはほとんど報道されない。うねりの先頭にいるベネズエラのチャべス大統領など相当ねじまげた報道がされている。今度のエルサルバドルについては、『しんぶん赤旗』は1面トップ、世論調査の情報も事前に報道していた。『朝日新聞』は国際面左下3段だ。これでも他の新聞に比べればいいほうだろうが、少なくとも国際面トップにすべきだ。日本でアメリカの大統領選挙を民主党・共和党の候補者選びの段階から異常な報道をしていたのにどうだこの落差は。日本のアメリカ追随、アメリカが世界のすべてといわんばかりのマスコミの姿勢にはあきれる。ベネズエラに対してアメリカは悪魔のようにいう。日本の報道もこのアメリカの目を通してしか報道しない。まあ、小泉・竹中新自由主義改革にはもろ手をあげて賛成してきたのだから、反米・反新自由主義の急先鋒のベネズエラを日本のマスコミが気に食わないのも当然か。
 私がファラブンドマルチ民族解放戦線に注目したのは30年前のことだ。『世界政治資料』などの情報誌を読んでその動向を追究していた。ニカラグアに続いて武装闘争で政権奪取の直前までいっていた頃だ。当時は軍事政権に対抗して武装闘争をしていたのだが、民主化され選挙で大統領を選ぶようになって、ファラブンドマルチ民族解放戦線も武装闘争をやめて選挙にでて、ついに当選するまでになったのだ。
 アメリカ中心で世界を見るのではなく、アメリカから自立した目で世界を見る作法を日本人も身につけるべき時代だと思う。世界の巨大な動きが見えてくる。
 この記事をいったん書いて投稿をクリックしたのに、なんと消えてしまった。がっくりしたが、気を取り直して、今、書き直した次第だ。
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中華料理・桃林

2009年03月17日 00時15分18秒 | Weblog
 帰りにJR塚本近くの中華料理台湾料理の桃林(とうりん)に立ち寄った。閉店かなと思いつつ入った。シェフは日本のホテルだけでなく台湾のホテルでも修行したなかなかの腕前のもちぬしだ。素人がいうのも変だが。
 今日は、前菜と海老の甘酢あんかけを頼んだ。この前菜がうまい(ご推薦)。4種類が角皿にのっている。海老の煮含めたもの、バンバンジー、美味しい創作中華風ムール貝、名前はない創作中華風ミルフィーユ。これで生ビールがうまい。海老の甘酢あんかけは海老のチリソースかと思ったら違ってた。大きい海老4尾の背中を開いてあるのでくるっとまとまっている。秘伝の下処理をした海老に野菜の細切りのあんが薄くかかっている。これは美味。ビールも紹興酒もおいしい。ギョーザも食べてしまった。
 先日は職場の懇親会を桃林で行った。予約の点心のオンパレードにみんな大満足だった。シェフは朝から準備に忙しかっただろう。
 店は、JR塚本駅東側線路と直角にすすむ。アーケードの道ではない。駅から150メートルで左側。途中に秀壮会クリニックという病院がある。
 生真面目・探究心旺盛なシェフの腕を信用して一度御賞味あれ。
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麻生さんはホテルがお好き

2009年03月16日 10時10分31秒 | Weblog
 15日(日)の首相動静をみると、午前はウオーキング。午後、墓参りのあと、高輪のホテルパシフィックの理容佐藤で散髪。首相クラスはだいたい散髪もホテルだ。首相公邸でNHKの「総理にきく」に出演したあと、帝国ホテルの客室で書類整理と読書。そのあと同じホテルで食事するならわかるが、そうではない。書類整理のために帝国ホテルの部屋を借りたのだ。書類整理など家でやればいいのに、わざわざ帝国ホテルに書類をもちこんで整理する。これがちょっと理解しがたい。6時57分から三田のウエスティンホテルの中国料理店・龍天門で親族と食事。10時17分公邸に帰宅。
 1日に3つもホテルを渡りあるく。そういう生活スタイルもあるのかと思った。麻生さんは、晩御飯はだいたいホテルだ。毎日2時間くらいかけて晩御飯を食べる。われわれの感覚では、毎日が宴会という感じだ。ちがうね。
 ここではっと気がついた。麻生さんは、家でできる書類整理を帝国ホテルでやったのではなくて、ホテルの部屋で自民党の有力者と密談をしたのだ。きっとその有力者も帝国ホテルにもしかしたら前日から泊まっていたかもしれない。政府関係者との懇談は、この「首相動静」に記録される。記録されては困る人と会っていたのだ。今後の政治情勢の進展、解散時期の問題、西松建設の献金問題の推移、民主党の党内情勢など話したいことはたくさんあるはずだ。
 帝国ホテルには4時2分に入って、ウエスティンに入ったのが6時57分だから、2時間以上、ある人あるいは複数の人と密談したのだ。
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教育介入に判決

2009年03月13日 09時31分27秒 | Weblog
 東京の七生(ななお)養護学校(現・七生特別支援学校)の性教育を過激性教育などと特殊な政治的立場からこれを攻撃し、教育に権力的に介入した事件に対し、09年3月12日、東京地裁は、自民・民主都議が行ったことは教育への「不当な支配」だと断じ、都教委の処分も違法だとした。訴えていたのは、都教委から「厳重注意」処分を受けていた教員や保護者31人で、被告は土屋敬之民主都議、古賀俊昭・田代博嗣自民都議と都教委だ。裁判所は、原告の損害賠償請求に対し、210万円の賠償を被告に命じた。03年7月、3都議が都教委と産経新聞記者を伴って、七生養護学校を訪れ、教材の手作り人形などを持ち去った。教材は今に至るも返却していない。こういうのを泥棒というのではないだろうか。
 土屋都議らは、七生擁護の性教育を、過激セックス教育などどねじまげて非難し、産経新聞が非難キャンペーンをはった。私の参加した全国教研の時も、産経新聞記者は、教研全体の取材ではなく、健康教育の分科会だけを特別の意図をもって取材しに来ていた。
 だが、七生擁護で生徒の発達上の必要から研究実施した性教育は、知的障害をもった生徒が自分の体のことを知り、体を大切にするための教育であって、保護者の支持のもとにすすめられていた教育だった。
 都議・都教委は、生徒のための教育を政治的に攻撃し、教員を処分し、校長を平教員に降格処分し、教材を持ち去って返さないという不法行為をした。
 これに対し、裁判所は、都議の行動は教育に介入干渉するもので、教育への「不当な支配」にあたる、都教委が教員を厳重注意処分にしたことは「著しく妥当性を欠き、裁量権の乱用だ」と断じた。
 東京での一連の教育への政治的介入は常軌を逸しており、生徒の発達課題に応じたあたりまえの教育をとりもどすうえで、今度の判決は画期的な判決だ。
 
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大嫌いなヒヨドリ

2009年03月10日 09時36分39秒 | Weblog
 家の白木蓮のつぼみが日に日に大きく膨らんできた。20年余り前に植木市で買った細い苗木が太さ20センチ、高さ10メートルくらいになった。つぼみの数は500以上。
 ところが悩みは、ヒヨドリの襲来だ。つぼみを食い散らかして、花をだめにする。大きく白く咲くはずの花が、茶色くひきつったままに成長しなくなる。食べるならひとつひとつを丸ごと食べてくれればいいのに、少しだけついばんでわたりあるく。だから腹が立つ。ヒヨドリは、貪欲、ギーギーと声が悪い、緑と茶と黒を混ぜたような色で、私の印象は悪くなるばかりだ。庭は毎日、食べ散らかしの白い花びらでいっぱいになる。
 カラスの模型をつるしたりしたが、3日で見抜かれた。田舎の田んぼのすずめよけの目玉のようなものは、何の効果もない。カラスがまだましだった。試行錯誤の果てにたどりついたのが、磁石だ。鳩除けとして売られている。磁力線が鳥の脳を狂わせる。だからよりつかなくなるのだ。でもヒヨドリは貪欲だから、その隙間をねらって、入り込む。ここ3年ほど磁石を導入し、数を増やした。20個くらいある。
 2日くらいかけてつるした。竹ざおの先に紐で2、3個つるして枝の二股のところにかけて、ベランダに竿の手元をくくりつける。もっと先に竿を出すために竹を二本つないでやったりもした。
 でも、磁力が弱くなってきたのか、うまくヒヨドリにあしらわれている感じがする。新しい磁石をつるさなければダメか。なんとか少しでも多くの白木蓮を咲かせて、近所の人に見てもらえたらと思っている。
 弁天町駅の近くの、あるいは十三公園沿いのこぶしの花は全くヒヨドリ被害を受けていない。この差はなんだ。こぶしと白木蓮は親戚だが違う。白木蓮はおいしいのか。コーナンで新しい磁石と竹ざおを買い足そう。7割くらいは咲かせることができるようにもう少し努力しよう。
 思い出したこと二つ。以前、サクランボのなる桜の木を大きな鉢に植えた。サクランボの実がなるようになったが、これもヒヨドリに全部食べられた。ネットを買ってきて上からかぶせたが、ヒヨドリは下からもぐりこんで実を食べ、また下から飛び立っていった。腹が立って、桜の木はやめた。もっと以前、子どもが小さい頃、ベビーバスに土を入れて水田をつくり、田舎でもらった稲の苗を植えて育てた。でも、稲穂が垂れる前の段階、まだ稲穂がつんと上を向いている段階で、これはすずめに全部食べられた。固い米になる前のとろっとした汁を食べられた。これも腹が立ったが、まあ、小さいすずめも生きていくのが大変だからとあきらめた。以後、稲は作っていない。
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上村さんモーグル優勝おめでとう

2009年03月09日 10時20分52秒 | Weblog
 上村愛子さんがフリースタイルスキー世界選手権のモーグルとデュアルモーグルの2種目で優勝した。すごい。会場は、福島県猪苗代町のリステルスキーファンタジア。ホテル・リステル猪苗代が経営するゲレンデだ。小さいスキー場だ。だが国内モーグルの世界では聖地といわれてるらしい。このワールドカップのゲレンデは、最高斜度37度、平均30度をこえ、第2エア下のゴールに近いところでも25度というから普通の人にはすべることも無理だ。ましてこの斜度で大きいコブがあるのだから恐怖はただものではない。リステルはまだ行ったことがない。群馬、福島のスキー場にはいったことがない。
 私がよく通った志賀高原では、丸池Aコースという急斜面の大きなコブで有名なコースがある。みな遠慮してあまり滑ろうとしない。ここですべると汗をかく。運動量が多いこととともにすごい緊張で冷や汗も同時にかくからだ。同じ志賀高原の高天原のコブは斜度がゆるいので、楽しい。
 コブ斜面は50~60センチのコンクリートの段を両足そろえて連続して50~60段飛び降りていく感覚だ。それも息もつかずに。片足交互に下りていくのは衝撃をやわらげることができるが、両足そろえてしかもかかとでドンドンと下りていく感じ。相当衝撃がある。足がスキーに固定されているので、かかとで衝撃をうける。そのまま衝撃をうけたら体はもたない。だから、ひざ、腰で衝撃を吸収する。新聞の写真を見ると、ひざと腰が水平になっている。でも、ひざと腰が水平になるということは、腰が大たい骨の長さの分だけ後ろにいってしまう。スキー経験者はよく知ってるように、後傾は失敗のもとだ。スキーがコントロール不能になる。だから、1回ずつ後ろにいった腰をその分だけ前に出さなければならない。でもその動作は、急斜面の下へ体を投げ出すことになる。こわいし、腹筋が相当いる。一瞬の遅れもなくこれを繰り返すのが必須だ。腰、上体が遅れたままだと、その瞬間に破綻して、転倒だ。
 私も、へたながらも、コブ斜面にずいぶん挑戦してきた。でもテレビで見た上村さんのスピードは尋常ではない。私だと、ひとつひとつのコブをなめるように攻略していく。でないとスピードがでてコブに跳ね飛ばされてしまう。彼女はコブの底に近い斜面を左右に蹴って飛び下りて行っている。私のコブのすべりとは方法も水準もちがう。私のレベルは、スピードをコントロールしてコブ斜面を滑り降りようとするものだ。彼女のは、スピードを殺さす、できるだけ直線的に、ターンをしないで下へ滑り降りようとするものだ。とにかくすごいスキー技術と、精神力だ。
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体力回復へ向けて

2009年03月07日 09時05分34秒 | Weblog
 10月から丸5ヶ月間何の運動もしていなかった。まったく。机にへばりついていたという感じだ。筋肉は衰え、足腰は萎え、かわりに脂肪がついた。やばい。
 とはいってもやっと暇をてにいれたここ2日、すぐに体力回復にすすまなければと思っても、体を動かしたくないという気持ちが勝ってしまう。もうそういう方だのシステムになってしまったのだ。
 これではいかんと、今朝、3月7日(土)港区磯路にある磯路公園まで走り、公園の周回路を5周ほどした。野球場もある公演でかなり広い。歩くよりましかというスピードでトロトロと走った。途中で野球の練習を眺めたりしながら。そうこうしているうちに、血液が体中をめぐって、なんか調子よくなってきた。すこしだけど爽快感が味わえた。
 なんとか体を普通の状態に戻すために、トロトロばしりをこれからしようと思う。
 気がかりは、家の白木蓮がつぼみを膨らませてきており、すでにヒヨドリが襲来して、これからというつぼみを食い散らかし始めたことだ。
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久しぶりに上質な教育記事

2009年03月06日 10時10分44秒 | Weblog
 朝日新聞3月5日、6日に「高校中退・現場報告」という記事が載った。高校中退は重大な教育問題だ。中退の社会的背景にまで迫ったいい記事だった。特に、小西教諭の指摘は、これからの教育、そして教師にとって重要だ。教育と福祉をつなぐ実践の提起だ。これは、小西先生の実践に基いたもので説得力がある。
 じつは、昨年夏の府高教(組合)の定時制通信制部の夏の宿泊の教育研究集会で小西さんの提起していることがシンポジウム形式で時間をかけて議論された。中退や生徒の荒れの背後に生活破壊の問題が隠れていることがしばしばだ。そこまで視野を広げ、生活の建て直しに教師が手をさしのべる、さしのべるとまでいかなくても、社会福祉の運動と連携して橋渡しをするということが必要な時代になっている。そんなことは教師の学校の本来の仕事ではないのはわかっている。だが、社会福祉と教育の連携が教育にとって、ひとりの生徒の成長、自立にとって鍵になる事例があちこちにある。
 6日の記事にでた井沼教諭の指摘する観点も重要だ。自己責任でわりきる現状に対するするどい指摘だ。自己責任を高校生相手にふりまわして、どうにかおしきったのが、去年秋の橋下知事と高校生の討論だ。教育論的には高校生の方が上回っていた。でも知事は生徒の要望をはねつけた。世間は自己責任の世界だから、学校でも自己責任を自覚してやれと。自己責任は、いわずと知れた新自由主義の構造改革のイデオロギーだ。弱肉強食をおおいかくす煙幕だ。井沼さんの指摘はここを突破しようとするものだ。
 お二人の実践と問題提起は、現在の日本の後期中等教育の最先端にあるものだ。多くの人にこの記事を読んでもらい、検討してもらいたいと思う。
 この記事は教育記事としてはいいものだった。新聞やテレビの教育記事ははっきりいってくだらないものが多い。もっとはっきりいえば、有害なものが多い。競争をあおり、競争にかちぬく教育こそがいい教育だとする。勝者をたたえ、多くの生徒の気持ち、落ちこぼれる生徒の心の傷を一顧だにしない。選ばれた人間だけが、有名校めざして同じ方向をむいて競馬のゲートに入った状態で走り出し、そこでムチをあてればいっそう馬は同じ方向に突き進む。これが理想の教育現場!こんな教育論、教育記事があふれていて、いやになる。一部の私学は、新聞にとりあげられることが教師の評価の特別ポイントになっている。新聞はそういう持込ネタにすぐ食いつく。いとも簡単。普通の学校、とくに公立高校はそんなことをしないからたいしたことはないのかと世間に思われているが、とんでもない。学校全体として包容力のあるすぐれた教育力をもっている。でも我が知事は、特別進学学科を10校作ることに70%の校長が気持ちでは賛成でないと毎日新聞に答えたのに対して、こんな学校つぶしてやるとか、それだけで罷免に値する暴言をはいた。新自由主義的教育論の極地を行く知事と小西さん・井沼さんの実践のどちらが生徒を大切にしているか明らかだ。すべての生徒を自立させるための教育をすることが、次の世代の日本をつくることになる。勝者にばかり光をあてる今の日本の動向は、30年後、社会の崩壊をかならず招く。社会が崩壊しても、権力者・大金持ちはなんともおもっていない。アメリカを見よ。社会不安がたかまり、犯罪社会になっても、高い塀にかこまれ、警備を万全にした特殊なコミュニティで生活すれば、社会が壊れても自分はハッピーという考えがある。アメリカを見習えと。
 でもどちらが将来の日本を考えているか明らかだ。
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