山上俊夫・日本と世界あちこち

大阪・日本・世界をきままに横断、食べもの・教育・文化・政治・歴史をふらふら渡りあるく・・・

新自由主義にウルトラ右翼の地金をあらわにしただけ:橋下

2012年08月31日 13時30分42秒 | Weblog
 『朝日新聞』が8月31日、「橋下流・考」という不定期の特集で、「語り始めた歴史認識―慰安婦強制確証ない」という見出しをうって橋下氏の妄言にさぐり?をいれている。
 すでに、大阪府・市共同運営の平和博物館「ピース大阪」への運営費を極限まで切りちぢめたうえに、展示内容に介入をしている。現代史について両論併記の内容にしろというのだ。靖国神社の戦争推進の資料館・遊就館の展示内容をとりいれよということだ。学問的にはまともに取り上げるに値しないような政治的見解ばかり。ピース大阪は、故小山仁示関西大教授はじめ専門の研究者の監修によって展示してきた。そこに侵略戦争肯定のものを同列に取り入れよというのだ。
 そのうえで今度の慰安婦=戦時性奴隷肯定発言だ。人権擁護が職務である弁護士とは思えない発言だ。いわく、従軍慰安婦は業者・慰安婦とも商売としてやっていたのだから問題ない、問題があるとすれば強制連行していたかどうかだが、強制連行の証拠はない、あるなら韓国政府が出せと。これは橋下氏の大好きな安倍晋三氏らウルトラ右翼政治家の常套句をくりかえしたにすぎない。逃げられない状況のもとで一日数人から数十人の兵士の性のはけ口にされることが当時であっても許されない。慰安所が軍の管理のもとにおかれていたことは多くの証拠がある。強制連行によるものかどうかは一番の中心問題ではない。だが安倍氏らは強制連行だけが問題だとして、日本政府・軍の強制連行命令書が存在しないから強制連行はなかったとする。だが被害者証人の証言がつみあげられている。彼らの言辞の特徴は、問題をわざと狭く設定して、そこに問題がなければ、全体も問題がないというやり方だ。
 『朝日』は、橋下氏は知事就任前後は歴史認識に一家言をもつ人物ではなかったという書き方をしているが、それは少しだけちがう。知事になる1年以上前、関西だけ放送の「たかじんの何でも言って委員会」という読売テレビの番組で「高校で南京大虐殺を教えられて信じてきたが、最近ある人から本を紹介されて読んでみると、高校で教えられたことが真っ赤なうそだったことがわかった」と広言した。先生の名前まではいわなかったが、あきらかにウソを教えたといった。研究熱心で知られるその先生は、橋下氏の無責任な発言に怒りをあらわにした。当然だ。早稲田大学出身ならば、すくなくとも南京大虐殺の研究を学問として確立した故・洞富雄早大教授の本の一冊でも読むべきだが、専門の研究者でない人の本をうのみにする浅はかさがきわだつ。橋下氏は知事になる戦後は一家言をもっているとまではいえないが、軽薄で無責任なな発言をしたことは事実だ。橋下氏の、学問的うらづけのない歴史認識は、南京大虐殺否定にはじまり、どんどん広がっていったのだろう。
 安倍晋三氏についてはおもしろい話をきいた。安倍氏が首相になる前のことだ。わたしが教育委員会推薦の金融問題の研修会に出たとき、講師の一人に阪大医学部の教員から医学関係の企業を設立した人物がいた。その人は自慢話として、安倍晋三氏がとりしきる懇談会のひとつによばれてメンバーになったと。学者や芸能人のとりまきをあつめた会だ。そのなかに島田伸介氏もいたと。島田さんはテレビ出演料だけで週1200万円の収入だとも教えてくれた(年52週に換算すると…)。反人権茶髪弁護士として週刊誌からテレビへと進出していた芸能人橋下さんも右翼政治家からお呼びがかかってもふしぎはない。わたしは、橋下氏が週刊誌に書いたものを当時読んで、弁護士にあるまじき人権否定にびっくりした。人権否定の土台があるから、従軍慰安婦の何が問題だといって、元慰安婦の踏みにじられた人権をふたたび蹂躙してもへっちゃらなのだ。日本政府の正式の見解さえも否定するのだ。
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橋下持ち上げのマスコミの異常、市政・府政を利用した政党活動の違法

2012年08月30日 11時42分34秒 | Weblog
 野田首相への問責決議が通り、以後国会が停止することとなった。民自公3党合意を批判した内容の問責決議に自民党が賛成したのも珍事だ。
 マスコミは、橋下おっかけ、もちあげをいっそう強めている。
 関西でいえば、朝日放送(ABCテレビ)のワイドショー「キャスト」が異常だ。連日、橋下持ち上げの大キャンペーンだ。メインキャスターの顔は高揚感でいっぱいだ。もちろん腰ぎんちゃくのようなコメンテーターをそろえて。維新の選挙支援、橋下政権樹立めざしてつっぱしるつもりなのだろう。もう、放送倫理もなにもない。フジテレビ系列関西テレビのほうがずっと冷静だ。
 一方、維新の政党活動も常軌を逸している。毎日、橋下や松井といったひとたちは、市役所や府庁の行政スローガンの書かれたパネルの前で維新の政党活動のあれこれについてテレビインタヴューをうけている。これはつまり、市や府の応援をうけていることになる。市や府を利用して、特定政党のアピールをくりかえしているのだ。こんな違法行為が放置されていいのか。一般公務員は勤務時間外に、公務員の地位とは無関係な政治活動をしても処罰すると強権をふりかざしながら、自分らは基準も、線引きもなくやりたい放題をくりかえす。
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津波被災地を歩き、福島原発とたたかう人の意見をきく

2012年08月27日 08時53分42秒 | Weblog
 8月24~26日、平和・国際教育研究会東北集会に参加した。24日は宮城県の石巻・女川の被災地を現地の菊池先生の案内でマイクロバスで廻った。現地で救援活動の先頭に立ってきた方の説明がないと真実はわからない。わたしたちは河北新報社の写真記録を手にし、菊池さんの視察のしおりと照らし合わせて、話をきく。今は雑草がはえているところが、3・11以前は商店や旅館が立ち並んでいた―雑草と写真と解説で以前の街並みを想像する。学校は放棄され、がらんどう。かろうじて流されなかった住宅も1階は吹きぬけ。女川では3階建てコンクリの建物が横倒し。16m以上の高台にある病院の1・9mの高さまで津波が襲った。生きた人は奇跡。
 2、3日目は福島に会場をうつし原発問題の研究討議。16万人が原発難民。佐藤栄佐久・前知事の講演があった。でも原発と真正面からたたかっている人たちの証言と交流がいちばん勉強になる。原発の危険性を説いてきたが、どこまで徹底したものだったか自問自答がつづくといわれたのが心にのこる。
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文楽いちゃもんの行きついた先

2012年08月22日 08時51分23秒 | Weblog
 橋下さんが8月12日、文楽に対するいちゃもんの行きついた先と思わせる発言をした(ツイッター)。
「こういうロジックも成り立つんです。なぜストリップに助成金はだめなのか。自称インテリや役所は文楽やクラシックだけを最上のものとする。これは価値観の違いだけ。ストリップも芸術ですよ。だからアーツカンウンシル」
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マツ枯れ実態調査12年の結論

2012年08月19日 10時17分52秒 | Weblog
 『日本の科学者』(2012年9月)に興味深い論文があった。「煙樹ケ浜松林のマツ枯れ実態調査」(乾風 登ほか3名)だ。
 和歌山県日高郡美浜町の煙樹ケ浜の幅500m、長さ4・6㎞の松林は、徳川初期に防潮林としてつくられたが、1955年ころよりマツ枯れが発生した。国は、マツ枯れの原因はマツノマダラカミキリによってはこばれるマツノザイセンチュウだとして、農薬散布と枯れたマツの伐採・焼却を進めてきた。ここでは1968年から農薬散布がおこなわれてきた。
 日高地域環境研究会(代表:乾風登)は12年にわたって農薬散布後の虫の死体調査をおこなってきた(うち1年は土壌調査)。論文はその報告だ。11年間の調査の結果、拾った虫の死体は6881個体、そのうちマツノマダラカミキリはたったの5個体にすぎなかった。調査方法は松林内の道路沿いを探す方法だ。蝶や蛾やトンボ、コガネムシ、テントウムシ、セミ、カメムシ、ハエ、ハチ、アリなど多様である。マツノマダラカミキリの死体は、2000年に4個体、2001年に1個体が見つかったのみだ。農薬散布でマツ枯れがへった時期はあるがまたふえている。2002年から見つかっていないが、マツ枯れは2002年261本→2009年434本とふえている。だから別の原因が考えられる。
 原因について、論文は京都大学の二井一禎教授の説を支持する。すなわち、アカマツやクロマツは細根に菌類が共生する「菌根」を形成することで養分の少ない土地で生育する。燃料革命がすすむ以前は松葉をかき集めて燃料や肥料にしてきたから問題はおきなかった。ところが、落ち葉をかかなくなり土地が肥えてくると、雑菌がはびこり「菌根」が衰弱し、マツ林は広葉樹におきかわるようになる。植生の遷移という百年単位の変化がすすむ。日本でマツタケがとれなくなった原因はマツ林の富栄養化にあるのは広く知られている。
 対策としては、土地の富栄養化を阻止し、他の樹木が進出できないようなやせた土地にもどすのが根本的な対策だということになる。海辺のマツ林ならば、落ち葉かきのボランティア隊を組織すれば対策は不可能ではないが、気の遠くなるようなはなしだ。山のマツには無理だ。

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大阪でアブラゼミ発見!

2012年08月15日 11時34分41秒 | Weblog
 今朝、家の裏を歩いていたら、アブラゼミがアスファルトにはいつくばっていた。死んでるのかと思って、手に取ったら足がもぞもぞする。地上に出て間がない感じだった。家の裏の銀杏の木の枝にとまらせた。あたりを一周してもう一度見たら、まだしっかりとまっていた。
 大阪はクマゼミばかりで、アブラゼミはいないものと思っていたが、皆無ではないことがわかった。
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橋下市長の犯罪的公私混同、行政を私物化

2012年08月15日 10時20分35秒 | Weblog
 『朝日』2012・8・14夕刊のコラム「窓・論説委員室から」に「帰ってきたブレーン」と題した記事があった。山口県知事選で自民・公明・安倍元首相派にやぶれた飯田哲也氏が、ふたたび大阪府市エネルギー戦略会議のメンバーにもどるというのだ。維新と安倍氏は思想的にぴったりの間柄だ。両者がドッキングして国政を握ることにでもなれば、憲法は否定され、とんでもない社会が現出することになるだろう。脱原発・自然エネルギーへの転換を訴える飯田氏が、以前とは違って、維新=安倍の側に入ることは理解に苦しむ。
 飯田氏をよびもどすねらいはなにか。論説委員・前田史郎氏は解説する。
 「橋下氏は、脱原発が次の選挙の争点になるとして戦略会議に『原発ゼロ社会』へ向けたシナリオづくりを指示。そこで、この道に詳しい飯田氏の知恵が必要というわけだ。」
 維新の会が総選挙にのぞむための政策づくりに利用するねらいがすけてみえる。税金をつかって市の機関に調査研究をさせ、結果を維新の会がちょうだいしようというのだ。こんなことが許されていいのか。
 橋下氏は知事時代、維新の会の代表を兼ねるとき、維新の会の活動と知事の公務はきちんと区別すると明言していた。ところが、それがどんどんあいまいにされ、市長になって以後は、公務中に大阪市のスローガンを貼った会見場で、維新の会の政党活動をおこなっている。テレビを利用する形で。これを批判する在阪マスコミはゼロだ。
 もっと重大なのが「大阪府市エネルギー戦略会議」の党派的利用、私物化だ。この問題をわたしは前にも指摘したが、新聞紙上ではこういう視点は全くない。
 橋下市長は、地下鉄職員に対しては、たばこ1本で1年間の停職にした。教職員組合が教育公務員特例法にもとづく研修を、休日に、学校でおこなうのを禁止した。橋下氏に自浄作用は期待できないので、批判的世論をひろめることに力をいれたい。
 
 
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区長の暴言はまずいが、自分はいい(橋下市長)

2012年08月13日 20時56分48秒 | Weblog
 橋下大阪市長が「自分の価値観と合うと思って選んだ」公募区長のひとり、榊正文淀川区長(44)が、ツイッターで自分を批判した読者に対し「アホか、相当な暇人やな」と暴言をはいていたことが、9日、わかった。
 おどろくのは、これに対する橋下市長の見解だ。「一般職(の公務員)の立場で、一般の人に馬鹿とかアホとかいう言葉づかいは許されない」とのべ、処分も検討する考えを示した(『朝日』8・9夕刊)。『赤旗』8・10は、「公選職じゃない一般職なので『僕と同じやり方』はできない。一般職の有権者にアホとかバカとかの言葉遣いは行政職としては許されない」と発言を報じ、任命責任とともに暴言をくりかえした姿勢を批判した。
 橋下氏はこれまで、どれほど人をアホ、バカとののしり、人の名誉を傷つけることばをはいてきたことか。「僕と同じやり方はできない」とのべていることから、これまでの一連の橋下氏の暴言・人権侵害的発言は自覚してやっていたことがはっきりした。これを「橋下流」(『朝日新聞』)などと名付けて甘やかし、おだててきた新聞・テレビの罪は重い。
 一般職の公務員の暴言はだめなのは当然だ。特別職の公務員はいいのか。橋下氏はそこがずるい。特別職の中の選挙で就任するものは暴言を吐いてもいいというのだ。わたしは、不勉強にも、これまでこんな理屈は知らなかった。公務員制度の専門の研究者にぜひ教えていただきたい。常識からすれば、「橋下流」のへりくつは通用しない。区長の処分とともに、自分自身の処分を数十回すべきだ。
 それにしても、大阪『朝日』の記者の腰抜け、卑屈さはどうだ。「公選職じゃない一般職なので『僕と同じやり方』はできない」という肝心要の部分に目をつぶっている。これまで数限りなくくりかえされてきた橋下暴言・人権侵害発言を免罪してきたゆえの気恥ずかしさからか。
 わたしは、今日、吹田警察のとなりにある「秀一ラーメン」にいった。定時制で4年間担任をしたAくんといっしょに。身体障碍とともに知的障碍も持つAくんは作業所で働きながら、今度、府の知的障碍者の採用に合格し、非常勤で働くことになった。働いて役に立つことが何よりの生きがいになっている。そのお祝いの会を2人でもったのだ。Aくんは「秀一ラーメン」の開店以来、10年以上のひいきだ。ご主人はおだやかで、研究熱心な人だ。
 そこでAくんが思わぬことをいいだした。「先生、橋下大阪市長はひどいですね」というのだ。「えっ。どこがひどいの?」というと、「区長の発言は処分するのに、特別職の自分はいいというのはおかしい」というのだ。「そうやねえ。するどい」と、わたしは応じた。障碍をもってはいるが、消防や警察、市役所について関心がつよいAくんはよく観察していた。
 このようなへりくつ、勝手なやり方が許されるのか、一人ひとりの有権者、市民が判断をくだすべきときだ。
 
 
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竹島問題の要点

2012年08月13日 14時21分15秒 | Weblog
 竹島問題に関して『赤旗』2012・8・12に重要な記事があった。志位委員長の2006年の発言の再録だが、竹島問題を解決する要点が示されている。党本部で9月25日におこなった韓国訪問の報告会での発言。普通の新聞では示されない視点であり、これなしには解決はないと思われるので紹介したい。

 4つ目に、日韓の間にあるどんな懸案事項を解決するうえでも、歴史問題で日本が誠実な態度をとること―侵略戦争と植民地支配への反省をきちんとおこなうことが、冷静な話し合いを成り立たせる基礎になることを痛感いたしました。
 たとえば、日韓の間には、竹島―韓国では「独島」と呼ばれている島の領有をめぐる問題があります。韓国では、国民のおそらく99%以上が、「独島」は韓国の領土だ、日本帝国主義の侵略によって奪われた領土だと考えています。9月5日におこなった西大門での韓国メディアとのインタヴューでも、この問題への態度が問われました。9月7日におこなったハンナラ党のキム・ヒョンオ院内代表との会談でも、この問題についても「さらに関心をもって示していただきたい」と要請されました。
 私は、「この問題は、靖国問題などとは違った事情があります。わが党は、1977年にこの問題についての見解を発表していますが、竹島(独島)の領有権を日本が主張することには、歴史的な根拠があるとそのなかでのべました」と、まず私たちの立場を率直に伝えました。ハンナラ党のキム・ヒョンオ院内代表との会談では、私がそこまで言いますと、「共産党がですか」と聞き返してきました。会談は一瞬、緊張しました。私は、「そうです」と答えるとともに、「同時に、この問題が、1905年に起こったということを私たちは重視しています。すなわち韓国の植民地化する過程で、これ(竹島の日本への編入)がおこなわれたことも、まぎれもない歴史的事実です。韓国はすでに外交権を剥奪されており異議を申し立てる条件がありませんでした。ですから、韓国側のいい分も検討しなければならないと考えています。植民地支配への反省という問題が基礎にないと、この問題は、冷静に話し合いができないと思います。その反省のうえに、事実を突き合わせる冷静な共同研究が必要ではないでしょうか」とのべました。そうしますと、先方から、「いいお話をありがとうございます。植民地化の過程については、私の方からあえて申し上げなかったのですが、志位委員長の方から言及されたというのは、非常に意味のあることだと思います」との答えが返ってきました。この会談は、一瞬の緊張はありましたが、最後はたいへん友好的な雰囲気で終わりました。
 竹島問題は、日韓間で非常にこじれている問題ですが、私は、この会談を通じて、こじれにこじれた糸をときほぐす道が見えたように思えました(拍手)。1965年の日韓基本条約の締結にいたる過程で、日韓両国政府間で竹島領有をめぐって往復書簡による論争があります。その論争の家庭でも、また今日においても、日本政府は、韓国併合―植民地支配を不法なものであったと認めていません。それを認めないもとで、竹島の領有権を主張するから、韓国民の側からは、この問題が「侵略の象徴」となってしまうのです。ですから韓国政府は、この島の領有権をめぐっては話し合いすら拒否するという状況にあります。日本政府が、植民地支配を不法性、その誤りを正面から認め、その土台のうえで竹島問題についての協議を呼びかけるなら、私は、歴史的事実にもとづく冷静な話し合いが可能になると、これらの交流を通じて痛感したしだいです。
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松野由子さんの『言葉という絆』を読む(3)

2012年08月09日 14時46分35秒 | Weblog
 前の(2)文章を書いているとき、小指がどこかに触れて、かってに載ってしまいました。やむなく(3)として続きを書きます。また十分見直しすことなく載ってしまいましたので、不十分で松野さんには失礼な表現があったかもしれません。

 (つづき)
 今、学力の商品化、道具化がすすんでいる。昔は、学力がつけば、人間や社会への洞察もでき、弱い子をひきあげ、クラスをまとめる役割をおのずと担うようになった。だが、今の新自由主義的な学力観のもとでは、小学校の学級崩壊は、進学塾へ通う子が学校を遊びの場にすることによって進行し、いじめに加担する事態さえ生まれてい
る。21世紀の教育の最大の課題は、学力と人間性の復活だ。高い学力はあるけど、いじわるな人間が育つのでは、これは教育とはいえない。
 東大出版会のこの本は「言葉という絆」とテーマをかかげているので、松野さんもそれほど明示的には書いていないが、松野さんの教育の柱は、自身の戦争体験からくるメッセージ「戦争の子のバトンを渡します」にある。小学校入学が中国への全面侵略の年、授業はなくなり勤労動員にあけくれる、女学校3年の1945年。皇国民をそだてる教育のなかで育った”戦争の子”だった。「天皇陛下ノタメ、オ国ノタメ、命ヲ捨テテオ仕ヘスルリッパナ人」になるための教育を二度とくりかえさないことが誓いとなった。松野さんの授業計画には、12月8日に「戦争の子のバトンを渡します」が入っている。生徒は、あらためて松野さんの授業が、いかに生きるのかを問う授業であったことをかみしめるのだ。
 松野さんが退職した年、「松野由子先生のバトンを受ける会」が5つの学校の卒業生によって盛大に行われ、しっかりとバトンは受けつがれた。松野さんの授業は授業方法の問題を提起しているのではない。方法をも規定する内容を問うているのであり、授業をする教師の生きざまを問うているのだ。
 小森陽一がいうように、「授業を展開する技法はかなりソフィスティケイト(洗練)された形でいろんな手だてができていて、選り取り見取りですね。教師にとって便利にはなっているわけでしょう。そうすると問題なのは、教師がどういう自分として教室にいくのか」ということになる。このことを通してしか、学力と人格の分裂という、今の教育の本当の危機は救えない。教育の危機は、けっして学力ランキングで順位が下だというところにあるのではない。
 わたしのこの文章が、本の編者の「教室の言語空間」(佐藤学)という関心事からややそれたかもしれない。しかし松野さんの教師としての生き方には添うことができたのではなかろうか。

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松野由子さんの『言葉という絆』を読む(2)

2012年08月09日 10時29分50秒 | Weblog
 松野由子さんは、高校の国語というじつに難しい教科を思考をきたえる教科へとつくりかえた。
 「小学校のはじめのときには楽しかった『国語』の時間が、中学校、高校に進むにつれて一気に魅力を失っていく」(第3章 紅野謙介)。その根底には、紅野が指摘するように、教科書を対象とした解釈中心主義とこれをしばる学習指導要領がある。指導要領の解説は「文学作品の読解、鑑賞において、…あくまでも主題、構成、叙述などの上に立ったものでなければならない。作品の表現を離れた勝手な感想や想像からは、的確な鑑賞は生まれない」と枠をはめる。ここからはずれる読みや授業は恣意的なものとして抑圧の対象となる。この作品にはこれこれの読みと鑑賞が正しいという線路が無数にひかれる。かくして、あの楽しかった小学校の国語が魅力を失っていく。
 もうひとつは簡単には心を開かない青年期特有の難しさがある。だから多様な感動や想像力をと願っても、授業は空振りする。こうなると、いきおい学習指導要領の線に沿った一義的解釈を提示するという方向にいかざるをえない。
 松野さんはいう。「じっと前方を見て坐っているのに、私と視線が合う寸前、生徒の多くは、さりげなく目をそらす。」「白々とした静けさと、表情の捉えどころのなさが切ない。私を見て!なにか話して!」困難校の喧騒に立ち向かうのとはちがう難しさ。楽でやりやすい静かな教室になにが不満なのか。人間が、人間の魂がぶつかりあわないよそよそしさに松野さんはいらだつのだ。
 教師の質問に「わかりません」。これが一巡して、教師の説明で決着する。生徒は内心、はやく決着させろと思って下を向く。でも松野さんは「わかりません」ですまさない。森鴎外の『舞姫』の授業で、教室全員に発言させた。「わかる」「わからない」ではなく、「あなたは、こんな言い方好きですか。」「主人公のこと、どう思いますか。」「読み終わってどんな気分ですか。」と。「長すぎてうっとうしい。短い作品が好き。」「言い回しがぐだぐだしていて、しんきくさい」「主人公がきらい。読みたくない。」などと反応がでてくる。全員発言には3時間かかる。普通の教師にはやりきる気力がない。ところが生徒はクラスメイトの発言が楽しいらしい。しだいに教室の空気が変わり、発言が長くなり、くわしい言葉がでる。
 「漢字ばっかりで、紙面が黒い感じ」の『舞姫』を、松野さんは最後まで読む、語句の意味調べをしない、読めない漢字はとばすことをまず求める。
 長い作品を読み終わって、最終的な感想文を書く。第1次の発言にあった類型的な人物論はみごとに深められる。ある生徒は「私はかなりの数の本を読んできました。しかし一冊として、考えながら読んだ本はなかったのだ、と気づきました。”本を読む”ことは、いつでも、一人でもできますが、”本を読み、考える”ことは、一クラス48人が、そして教師が、ともにつくり上げる”今しかできないこと”だったのです。」と書いた。この授業では、友達と教師の意見をききながら考えを深め、感想文という形の作品論を書いたのだ。
 通り一遍の解釈の提示では、深まりはでない。松野さんはいう。「定評となっているから、すでに確立された見解だから……などに倚りかかって、教師の”人間”を濾過せずに語ることをするまい。伝えずにいられない、なんとしても伝えたい私自身の感動を、読解を、分析を語りたいとおもう。」
 3年生の古文の授業では「1年間、源氏物語を読みます」との宣言に、教室がどよめく。「源氏物語を読んで、文学と時代と人間のかかわりを考える」のだ。自主学習の課題は、20ページを4月末まで毎日音読することだ。ただし意味しらべや品詞の分解などしてはいけない。品詞分解や助動詞の意味など古文授業の状態をくつがえす。松野さんはいう。「文法にしたがって分類するための例文ではなく、古典とは、遠い時代の、人間の文学であることを実感させたいと思う。」
 5月末まで、授業でも全員で朗読する。文章の分析はせず、源氏物語の作品の説明と朗読だけ。どこで切って読めばいいか、何をいってるのか、なんとなくわかるようになる。
 松野さんは長年、地域の婦人学級で源氏物語を読んでいる。「婦人学級の、ゆっくりした歩みの根底にある、しなやかな学ぶ力、生活に裏打ちされた、自分自身の判断をまっすぐに語り合うまじめさ、きびしさは、高校生を感動させた」ものだ。文法的な解釈の対象ではなく、文学作品として格闘したいとの思いが学校でも婦人学級でも貫かれている。
 松野さんの実践で脱帽するのは試験だ。教科書、ノート、参考書持ち込み可の記述式だ。答案には寸評をいれて返却する。その際、一人ひとりと会話を交わす。友達の意見、自分の意見を総合して、「”作品”に仕上げる場が、テストだった。私は答案用紙を”作品”として保管している。読み返すたびに、”自分”が見えてくるような気がするのである。答案の一つひとつが、そのときのわたしであり、一枚ごとに変化していくのがわかる」と生徒は書いている。
 全民研(全国民主主義教育研究会)の同年代の先生で樋渡さんという方が東京にいる。数年前、生徒の書いた「倫理」の授業のノートを見せてもら機会があった。そのノートは、単に教師が黒板に書いたことを写すのではなく、調べたことを書き込み、自分の考えをまとめる場でもあった。先生の考えももちろんメモし、疑問やつぶやきも書き込まれていた。だからノートは比較的整然とした板書の部分を中心にぎっしり書き込みがあった。読み返しながらつぎにすすみ、また思索の断片やまとめをつぎのページに書き込んでゆく。文科省の学習指導要領の対極にある授業をかいま見た。腰を抜かした。樋渡さんは若いころ、『普通の学級でいいじゃないか』という本をだし、並みではないなと思っていたが、老いてなお高い境地に達していた。この倫理のノートは、生徒の思索の足跡となっている。
 これと同じように、松野さんの試験の答案や『舞姫』の2回の感想文は生徒の思索の場となっている。若くして作品を書く作業をさせたのだ。
 松野さんの実践は、生徒に発言をさせているからいい授業だというのではない。おしゃべりだけれど、発言はしない高校生に対して、いろんな装置をつかって発言させる授業がある。松野さんの全員発言三時間という忍耐と格闘の授業も、高村光太郎の詩の授業で校庭で、秋空の下で朗読をし楽器を演奏した授業も見事な装置だ。だが、松野さんの授業の真髄はそれではない。松野という人間をぶつけること、松野さんの少女時代の戦争体験をふまえた平和への思い、学力つけることと思いやりのある人間に成長することが一体であること、これらを柱にして授業が汲み上げられているのだ。ややもすれば、20世紀末からの新自由主義が、教育や子どもの中にも浸透し、学力が商品となり、じっさい進学塾では「この商品は…」と特別講習などを説明する

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松野由子さんの『言葉という絆』を読む

2012年08月03日 09時14分09秒 | Weblog
 松野由子(まつのよりこ)さんは大阪府立高校の大先輩の教員で、組合の大先輩だ。松野さんの教育実践報告やエッセーはそのときどきに読んできた。今度、佐伯胖・藤田英典・佐藤学編『言葉という絆』(東京大学出版会、1995年)を読んだ。
 松野さんには、20年ほど前に退職されたころ、広島での日本平和教育研究協議会の平和教育シンポジウムで無理をいって発表してもらったことがある。国語教育全体を通しての平和教育についてだった。平和教育教材をつかった直接的平和教育ということではなく、1年間の授業が人間性に働きかけ、人格を育て、それが平和をうみだす、いわば平和教育の土壌を耕す教育だった。
 今年の退職教職員の会の総会後の懇親会でとなりにすわり、久しぶりに親しくお話しができた。おどろいたことに、松野さんは先輩教員であるだけでなく、大学の先輩でもあった。大阪外国語大学のフランス語科だ。わたしは2部スペイン語科の落第生。松野さんの外大での学生運動についてもうかがった。ジャンヌダルクだ。いまもかがやきを失わない松野さん。終戦から5、6年しかたたない時代、さっそうとしていたことだろう。
 後日、松野さんから『言葉という絆』を送っていただいた。丁寧な手紙を添えて。
 この本は、学びを探求する「シリーズ学びと文化」の2冊目として、書くこと、読むことを主題にしている。
 本を送っていただいたお礼として、わたしのブログで書評を書こうと思いながら、1日延ばしが延々とつづいた。生来、怠け者なので。

 
 佐伯胖(さえきゆたか)さんは存じ上げなかったが、藤田英典さん、佐藤学さんは日本の教育学を代表する研究者で現場教員に励ましを送り続けている。本の構成は、以下の通り。
  第1章  言葉で結ばれる人間関係     鹿島和夫
  第2章  ”学級”で読むということ    松野由子
  第3章  文章を読むこと・表すこと    紅野謙介
  第4章  悪文のすすめ          小森陽一
  第5章  教室の言語経験         [座談]小森陽一・紅野健介・佐藤学
  終章   言葉と出会うこと        佐藤学
 
 この本は、鹿島さんと松野さんの実践とこれをもとにした討論が中心になっている。ページ数も6割近くにおよぶ。
 鹿島さんは神戸の小学校で、1年生の子どもたちに「あのねちょう」をもたせ、家庭や自然や社会を子どもなりに見つめ書かせている。いい文章を書かせるのではなく、心の扉をひらくことに重きをおく。
 ほとんど手をあげて発言をない高校生を相手にした高校の国語の授業ほど難しいものはないと思う。松野さんの実践は、普通とは違うなあとおもわせる。
 (つづく)



  
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原発に関するパブリックコメント

2012年08月01日 21時30分29秒 | Weblog
 信頼する先輩教員の安場先生から、政府エネルギー・環境会議が募集している「エネルギー・環境に関する選択肢」に関するパブリックコメントに応募したということで、提出文が私にも送付されてきた。公表された文章であり、簡潔ながら学ぶべき内容なので私のブログでも紹介したい。
 いま国会をとりまく国民世論は「再稼働やめよ」であり、2030年に0%ということではない。まして15%でも25%でもない。ところが日本経団連は、パブリックコメントで、0%、15%を全面否定し、25%について「評価できるものの問題が多い」という姿勢だ。理由に雇用の空洞化が起きるなどというに至っては、なにおかいわんや。政府を操って労働法制を改悪し、正規を非正規におきかえ、雇用の空洞化と労働者の貧困化をすすめている張本人がいうことか。


原発に関するパブリックコメント募集に応募した提出文です。
                    2012・7・30 安場 敏
 (主文100字以内)
原発は、可能な限り早く、全廃する以外に正しい判断はありません。正しい判断とは、科学的判断であり、政治的(政策的)判断とは違います。どんな理由をあげようと、人類と日本国の存続を優先するならば、原発肯定はありえません。

(説明文 字数自由)
なぜなら、第1に、使用済み核燃料はじめ放射性廃棄物が、中間であれ最終であれ、処分方法未確立のまま溜まりつづけ、すでに貯蔵施設が満杯に近く、それだけでも人類の生存にかかわるほどの重大事態だということです。第2に、放射性廃棄物は半永久的に放射線を出し続け、安全に処置する方法が未確立(というより存在しない)ことです。すでに溜まっているものは仕方ないにしても、この魔物をこれ以上増やさないことが絶対に必要な判断です。第3に、後世の人々に、何のブラスもない最悪の尻拭いをさせる罪悪に、謝っても謝りきれません。この尻拭いは、廃炉作業を含めてこれから生まれてくる人々にさせるのです。今に生きる人間として、心から子孫に謝罪し、迷うことなく全廃にとりくむ決意と実践を伝える国民総意の手紙を書き残すべきです。
原発の危険は、こんど東海で、若狭湾で重大事故が起こったら日本おしまいというレベルの決定的危険です。特に地震国日本において、この危険回避は、相対論、確率論で語ることが許されない絶対的なものです。原発廃止は、たとえ事故が起こらなくても、科学技術の多様な発展、人間社会の健全な発展の道でもあります。
近い将来に原発の依存度を0%にするか15%がいいか20何%かとかいった選択の問題にするなどは論外であり、策略的だとさえ思えます。
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全国民主主義教育研究会大会に参加しました

2012年08月01日 10時13分25秒 | Weblog
 7月29日から31日まで、東京・筑波大駒場高校でおこなわれた全国民主主義教育研究会(全民研)の43回大会に参加した。全民研は、「平和で民主的な社会の主権者を育てる民主主義教育」にとりくむ研究団体だ。研究成果をこれまで数多く出版し、会員の中には教科書執筆に加わっている人が何人もいる。
 全国どこでも、学校が忙しくゆとりがなくなり、長年の会員でも参加が難しくなっている。教育公務員特例法には勤務場所を離れての研修の自由が保障されているが、今、この権利は抑圧されている。私が最後に教諭(再任用)として勤めた3年間、夏に自主研修を申請し認めさせたのは私だけだった。申請用紙はやや古びていた。もちろん研修報告の提出を求められる。報告まで細かく言われるのはいやだと、いまではだれも勤務場所を離れた研修をしなくなった。大阪では研修で図書館へ行くのも禁止される。制限する側の知的退廃。研修は教育委員会の枠の中でしか認めないといわんばかりだ。養殖の網の中でしが泳がさない。大海に(民間研究団体の大会に)出てこそ、世界が広がる。だが、大阪の教員や職員をしばる条例にみるように、自由をうばい、競争させ、評価する、これが権力者の至福の境地。
 教育の現場がこれだから、若手の教員が民間教育団体に加入するのがぐんと減っている。権力に縛られない研究こそ真の研究だという意識はうまれようもない。全民研の大会参加者も高齢化し、大学関係者の比重が高まりつつある。でも、若い新会員も紹介された。
 自分の頭で考え行動する自律的人間を育てようというのに、教員から自主的に研究する自由を奪っているのは漫画だ。教育内容も管理的になるのは論理の必然だ。
 全民研は教科としては社会科、政治経済・現代社会・公民の教員が多い。大会での実践報告の水準は官制研究団体を完全に凌駕している。全民研の会員で管理職を定年退職した方が11年ぶりに大会に参加し、しみじみと語っていた。全民研とちがって、目的を明確にもたない授業があふれている、これではダメだと。私がこれまで参加した教育委員会主催の研究発表(ご推薦の)でも、なぞり方の工夫、授業方法の若干の工夫がはあるが、はっとするような教材の発掘・研究には出会わなかった。得意なテーマを発表しているはずなのに、教科書を如何になぞるかというのが研究姿勢になっていた。推薦の授業は大体そうだった。その点、公民分野では全民研、歴史分野では歴史教育者協議会の授業は、教材発掘、教材研究の質がちがう。
 若い教員もどんどん参加して、研究討論に加わってほしい。
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