山上俊夫・日本と世界あちこち

大阪・日本・世界をきままに横断、食べもの・教育・文化・政治・歴史をふらふら渡りあるく・・・

菜の花

2010年03月30日 08時52分41秒 | Weblog
 線路脇や思わぬところで菜の花の黄色が美しい。春の景色だ。
 となりのおばさんから、去年の秋、菜種をもらった。すぐ蒔けばよかったのだが、遅れて12月ごろ植木鉢三つに蒔いた。水やりもした。ひとつの鉢からは、苗を抜いてお浸しにして食べた。
 寒い季節に芽を出し、伸びてきたのだが、間引きもしなかったので、なかなか成長しない。春になっても15センチくらいでひょろひょろだ。だがなんと、いっせいに黄色い花をつけた。すごい。花びらもこころなしか小さいように見えるが、でもそろって咲いているからやはり勢いがある。
 からだはちいさくても、季節がくれば花を咲かせる。自然はすごい。
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ビラ配布無罪判決をよろこぶ

2010年03月30日 07時23分05秒 | Weblog
 2003年の総選挙に際して、「赤旗」号外を配ったとして、一審で国家公務員法違反で有罪とされた社会保険庁職員・堀越明男さんに対し、2010年3月29日、東京高裁(中山隆夫裁判長)が逆転無罪の判決をだした。
 きわめて当たり前、憲法の表現の自由の立場から当然の判決だ。だが、私には驚きだった。6年もたたかってきた堀越さんは勝利を確信していただろうが、常識が通らない最近の裁判事情から、私は悲観的だった。
 勤務時間外にビラを配ることは、国家公務員であれ、市民社会を構成する人としての健全な姿だ。ところが国家公務員法、人事院規則は、選挙にいくこと以外はまったくといっていいほど政治行為を禁止している。それもそのはず、アメリカ占領軍が押し付けた反共国家づくりの柱のひとつだったのだから。健全な市民社会とは反する、制定当初から憲法の表現の自由をふみにじる違憲の産物だった。国際人権規約にも反する。
 大企業や政府の外郭団体に天下りしていく高級官僚には大きな職務権限がある。長年にわたって自民党と一体になって、巨大な職務権限を行使して、自民党と大企業、アメリカに奉仕してきた。その職務権限行使は、すべて政治行為だ。だ賄賂をともなわない限り、罪に問われることはない。いかに政権党と癒着していようと問題にならない。逆にそれが官僚としての栄達の道なのだ。
 ビラを配る行為は、職務をゆがめるのとは無縁の行為だ。一市民として社会に参加する表現行為だ。多くの人がそれぞれの立場から活発になされる社会が理想だ。
 僧侶の荒川康生さんのビラ配布の有罪が確定したり、大阪の私学教員が経営者から敵視され解雇された事件で、解雇は当然というあきれた判決がつづいていた。裁判官には人間の心がないのかとさえ思っていた私には、うれしい判決だった。良心的な裁判官もいたのだ。
 『朝日新聞』では、いっせいに歓声をあげ拍手をした傍聴者に対して、中山裁判長は「静かにしなさい。こんなことで喜んではいけない」と制したそうだ。たしかにその通りだ。当たり前の判決なのだ。こんなことで喜んではいけない。ビラ配りを犯罪に仕立て上げる法律を変える時なのだ。国際基準と憲法にしたがって。
 付け加えて公安警察について。堀越さんを逮捕した公安警察は、長期にわたって何十人も動員して尾行、監視、ビデオ撮影していた。日々の行為を犯罪の可能性があるとして捜査員を大量投入していた。これのほうが重大問題だ。戦前の特高警察の流れをくむ勢力が温存されている。公安畑のひとが出世するのも戦前といっしょだ。交通や刑事で靴をすりへらしても出世とは無縁だ。公安を廃止すべきだ。民主党も人権侵害の疑いのある、そして無駄遣いでもある公安警察に事業仕分けのメスをいれるべきだ。公安の人員を刑事警察に振りかえれば安全に役立つし、多くの警察官もよろこぶのではないか。
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タンサンが三つ

2010年03月29日 12時05分03秒 | Weblog
 昨日、ワラビを一束買った。
 去年、大山の麓に行ったとき、山すそでワラビを採った。宿に泊まって、大阪に帰るまで、ワラビは車のトランクで暖められた。家に帰って取り出したら、弾力があったワラビが、なんか筋張っているように見えた。茹でてみたものの、案の定、筋の固まりと化していた。とても食べられなかった。
 その失敗があったので、4時間弱の車中であったが、足元においてできるだけ風を入れるようにした。
 スーパーでタンサン(重曹)を買った。茹でる時、山菜を色よくやわらかく、えぐみを取るためだ。えぐみはむしろ好きなのだが、去年のこともあったので買った。
 揚げといっしょに炊いた。色もよく、やわらかく、とてもおいしかった。
 今日、なにげなく台所の棚をみたら、なんとタンサンが二個あるではないか。計三つとなった。あるかもしれないな、と思いつつ買ったのだが、その通りだった。その棚は、いろんな乾物などがぎっしり入っている。ベトナムのライスペーパー、しまやだしの元、干ししいたけ、丁子扶、五穀米、ケシの実、松の実、くるみ、八ヶ岳のこおりもち、韃靼(だったん)茶、黒豆茶、ベトナムのお茶、ウーロン茶、もち、アルミホイル、コーヒーフィルターケーキ用の紙の枠などありとあらゆるものがつめこまれている。
 魔法の棚みたいなものだ。なんでもでてくる。タンサンのようなめったに使わないようなタンサンが三つもあるのだから。
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「古代カルタゴとローマ展」

2010年03月23日 12時45分02秒 | Weblog
 昨日22日、京都三条の文化博物館で開かれているカルタゴとローマ展を見に行った。チュニジア政府の全面支援で実現した貴重な展覧会だ。
 フェニキア人のつくったカルタゴ。ローマとのポエニ戦争。金の装飾品が多いのにびっくりした。ハンニバル軍のものかといわれる金属製の鎧にも目をみはった。墓に納められた石碑はエジプトと同じく石灰岩だが、きめの細かさ、かがやきが少なかった。
 ローマに征服されたあとのローマ風のヴィーナスなどの彫刻もすばらしい。モザイクがたくさん展示されていたが、5,6メートルもある大きな作品もあり、どうやって部屋に入れたのか考え込んでしまった。
 暖房はしていないが、暑くて体がぐったりして、椅子があるとそのたびにすわりこんだ。
 外にでたら、空気がピンとして体がしゃっきりした。三条通は明治のレンガ造りなどの建築物が並んだおすすめスポットだ。アート・フリーマーケットというのを一帯でやっていて、人だかりができていた。
 JR京都駅から三条までの往復を歩いた。東本願寺にも入った。阿弥陀堂が大屋根でおおわれて改築に入る準備がととのっていた。東本願寺の向かい側一帯の路地には、参拝客用の小さな旅館がたくさんあった。各県、地方別の「詰所」という名の宿泊所もある。ぶらぶら細い通りを歩くのはいいものだ。
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オバマ医療保険改革成立!やった!

2010年03月23日 12時03分53秒 | Weblog
 米下院は21日、オバマ政権がすすめる医療保険改革法案を可決した。やっと通ったかと思った。なにしろ4600万人もの無保険者が放置されてきた。マイケル・ムーアの「シッコ」でも厳しく批判されたアメリカ国民の健康・医療問題を前進させる重要な改革だ。これで新たに3200万人が保険加入の道が開かれることになった。
 でも、マイケル・ムーアは今回の法案を、「改革ではない、おふざけだ」と手厳しく批判しているらしい。確かに全体をカバーできていないし、民間保険中心は変わらない。
 それにしても、共和党は全体が反対、民主党でも30人以上が反対に回った。10年間で85兆円かかる、財政支出が多すぎるというのだ。だが、他国に無法に侵略して莫大な金を軍需産業に提供してきたことをまったく反省せずにこんなことをいうのだから、どうかしている。 またどう医療を受けるかは自由だ、自己決定にかかわることで、そこに国家が介入するのは個人の自由を侵害するものだという論がいわれている。究極の自由主義だ。弱者を生きさせないことを自由を盾に正当化する。この新自由主義は、21世紀の、まさに強者のイデオロギーだ。銃で多くの命が奪われるのを規制しようとするのに対して、自らの命を銃で守る自由と権利を侵害するとして反対するのと同じ理屈だ。ばかげた屁理屈なのだが、こんな屁理屈が公然と主張されているのがこわい。
 でも長年の妨害をやっと、完全ではないとしても、打ち破った意義は大きい。
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アバター

2010年03月22日 00時50分05秒 | Weblog
 今日、友人が「アバター見たよ。よかった。アメリカの海兵隊やベトナム戦争・イラク戦争、そしてアメリカ先住民迫害などを念頭においてつくったもので、いい作品やった」といった。私は、「そうやね、その通りや。僕も見た」といった。ついでに、「池田中央第1か第2でメガネなしやった」といったら、ばかにされた。やっぱりメガネで3Dのものを見ないと値打ちがないということだ。私は、そんなんでみたら気分が悪くなって酔うかもといったが、負け惜しみだった。うちはメガネなしですよ、と念を押されたが、できればメガネで見たかった。
 海兵隊といえば、今、普天間基地の県内たらいまわしか、国外、県外かで問題の焦点だ。民主党内閣の真価が問われる重大局面を迎えている。どうやら公約を捨てる方向のようだ。民主党も各新聞なども、米軍の抑止力は当たり前、当然の前提という立場だ。だが、沖縄米軍は海兵隊が中心、普天間の米軍も海兵隊だ。海兵隊が抑止力なのか。ちょっと待って欲しい。沖縄の海兵隊はイラクにいって現に戦争(国際法違反の侵略戦争)をしてきたではないか。抑止力ではなく侵略力だ。抑止力を持ち出せば、思考停止におちいる今の日本はおかしい。憲法第9条に立ち返って、考え直そうという柔軟性がないのか。
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エジプト展に行ってきました

2010年03月21日 23時15分15秒 | Weblog
 20日は土曜日ですが出勤日だった。午後は休みを取って、この日から神戸市立博物館で始まった「トリノ・エジプト展」を見に行った。まあ、仕事上、欠かせない勉強だ。
 ミイラや彩色の木棺、「死者の書」など120点が展示されている大規模なもので、すごいのひとことにつきる。トリノ博物館は、ナポレオンのエジプト遠征に従軍した人のコレクションを中心に構成されている博物館ということだ。
 注目の「アメン神とツタンカーメン王の像」は、ツタンカーメンがアメン神より小さく作られており、アメンへの忠誠をあらわしていることがよく示されていた。この像をはじめ石碑も石灰岩で、白く艶やかな肌合いにびっくりした。今から3300年ほど前のものだ。
 長さ3mのも「死者の書」も圧巻であった。最も有名なところは「私は赤ん坊のミルクを奪ったことはありません」「私は天秤の分銅をごまかしたことはありません」などと生前に罪を犯していないことを主張する。死後の裁判で罰せられないための弁明だ。パピルスに書かれている。20年余り前に買ったパピルスよりも、また会場売店で売っていたパピルスよりも、死者の書の縦横に重ねられた一本一本の古代パピルスの幅が狭いことがわかった。ちなみにパピルス草は大阪の花博公園の温室に植わっている。
 棺はほとんどが木造だった。箱型よりも人型の棺が多かった。いずれも分厚い木で作られていた。7、8センチはあるだろう。今の日本の棺も、なかなか立派だと思っていたが、板の分厚さでは勝負にならない。来世で復活するためにはきわめて頑丈な棺でないとダメなわけだ。人型のものだと中蓋、外蓋とも極彩色ですばらしいつくりだ。
 その中に入れるのがミイラだ。30年あまり前、世界史を教え始めた時、ミイラの作り方のプリントをつくったことを思い出す。幼児と大人のミイラが展示されていた。本物のミイラを間近で見るのは初めてだ。ミイラをくるんでいる3000年近く前の亜麻布は確かに古いが、朽ちてぼろぼろではない。感動ものだ。
 展示品の多くは3000年ほど前の新王国時代のもので一部は後のプトレマイオス朝時代のものもある。圧倒的な存在感だ。見学をおすすめする。
 入館料1500円。説明イヤホン500円。図録2300円。しめて4300円だった。本来ならこんなものはすべて出張で行かせるべきだと思うのだが、出張どころか研修にさえもしないご時勢だ。
 京都文化博物館でやっている「チュニジア世界遺産 古代カルタゴとローマ展」も行かなければならない。4月4日までだ。頼まれた宿題を1週間前に提出したので心が軽くなった。必ず行こう。
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鳩山政権にがっかり、中井拉致担当大臣の非常識

2010年03月14日 22時25分43秒 | Weblog
 鳩山内閣は、朝鮮学校への無償化をしないと決めた。国際的な人権感覚からいうと問題だ。やっぱりこの程度かとがっかりした。国連人種差別撤廃条約の委員会ですでに問題になっている。当然だ。
 それにしてもひどいのが中井大臣だ。今日の『毎日』によると、鳩山首相が朝鮮学校の生徒との面会を検討するといったことに対して、「あの人は超のんきというか、人柄がよすぎる」と批判した。さらに、「まず拉致した人を返してもらうのが(無償化より)先だ」と強調したという。
 完全に、生徒を天秤にかけている。拉致問題のひとつの方策として高校生を扱っているのだ。政治家としては最低だ。大体、教育と外交を同じ土俵であつかって天秤にかけるその政治感覚は近代以前のものだ。いちど国連の人権委員会にでて発言したらどうか。
 こんなことで拉致問題が前進するというのだろうか。担当大臣がこの程度ではだめだ。もっと本格的な外交交渉をすすめるべきだ。中国とアメリカが交渉のお膳立てをしてくれないと何も手が打てないのが現状だ。
 鳩山さんも朝鮮学校の教育の中身がわからないというが、そんなことはない。鳩山政権も中井大臣に押し切られるようでは、沖縄普天間基地問題とともに、こころある国民をがっかりさせてしまう。
 政治資金の問題で支持率が急落し、まさか自民党よりも新自由主義的・右翼的な「みんなの党」が支持率をふやしていることに目をうばわれて、こんな態度表明をしたのではあるまい。
 中井大臣は、橋下知事さえも批判している。私は、橋下知事が朝鮮学校に対し、拉致問題で学校として政治態度を表明せよと発言したことを厳しく批判した。こんな名もないブログを見ているはずはないのだが、いくらなんでも道理がないと教育委員会あたりが注意したのだろう、こんなばかなことは朝鮮学校に行ったときにはしゃべっていない。
 
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上沼さんの料理

2010年03月14日 21時49分53秒 | Weblog
 遅れていた原稿の最後の修正をしながら、夕方何気なくテレビをつけたら、上沼恵美子さんが料理を2つやっていた。以前、夜遅くやっていたスタイルを日曜の午後のバラエティの最後にやっているようだ。
 美味しそうだったので早速晩ご飯にとりいれた。
 ひとつは、クリームチーズに高菜の漬物をまぜて、棒状にして豚肉の薄切りで包み、フライの要領で揚げる。これを斜めに二つに切って盛り付ける。包丁で押して切ると、つぶれやすい。なにしろチーズだから。斜め下に引きながら切るとつぶれない。上沼さんは、カレー塩につけるといってたが、忘れてしまった。いつものようにポン酢をすこしつけたが、ちょうどいい。チーズが塩味が強いので。
 ふたつ目は、梅チャーハンのシソ海苔つつみ。梅肉のみじん切り大さじ4と玉子2個、マヨネーズ大さじ3を混ぜて、中華鍋に油を大さじ1入れ、にんにくのみじん切りを大さじ1入れたところに、梅肉玉子マヨを流しいれ、ご飯を茶碗3,4杯分を入れて炒める。ゴマを適当に入れ、切るようにしてよく炒めて皿に取る。海苔の上にシソの大葉をのせチャーハンを乗せて包んで食べる。上沼さんは、にんにくは入れてなかったが、私はついいれてしまった。入れないほうが梅の香りがストレートにでてよかったと思う。
 そのほかに、水菜と薄揚げの煮物。縦半分に切った手羽先塩コショウして薄く片栗粉をまぶして揚げたもの。1分半茹でたブロッコリー。ビールがよく合った。
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自然栽培ひとすじの木村さんの本

2010年03月14日 21時32分07秒 | Weblog
 以前、艱難辛苦、貧乏の末に、自然栽培に成功したりんご農家の話をテレビで見た。図書館でその木村秋則さんの『自然栽培ひとすじに』(創森社)みつけて読んだ。
 私は、自然栽培は無農薬・有機栽培だと勘違いしていた。無農薬・無肥料なのだ。米や野菜などにくらべりんごは一番むずかしいらしい。
 木村さんは、とにかく研究熱心。なにごとも研究心がないとだめだ。農業や自然に関するあらゆる文献を読み、みずから実験をしてきりひらいてきた。
 本全体が驚き満載なのだが、私の農業経験?に照らしあわせていえることを書こう。それは米作りの部分だ。ビックりしたのはこんなことだ。初春におこなう田起こしは、あくまで大きく粗く耕す。そして土を乾燥させ土中に空気がいきわたりやすい環境をつくるのがポイントだというのだ。私の小さいころは、冬になると馬を借りて、田起こしをした。だから数ヶ月のために馬小屋があった。完全に人力で鍬で耕していたころもあった。やがて耕運機がはいった。耕運機は細かく細かく耕してくれる。だが木村さんの理論によると粗く大きく耕すのがいいらしい。牛や馬鋤をひかせるスタイルがむしろいいみたいだ。耕運機のやり方を覆す理論だ。また、田植えをするための代掻きも田起こし同様粗くおこなうのがいいという。バクテリアを働かせるためには、土の塊がごろごろしているくらいがいいらしい。丁寧に代掻きをして、土が練りあんのようにどろどろになってしまうと菌が活動できなくなってしまうのだそうだ。私の記憶では、まじめな熱心な農家は、代掻きを丁寧に行い、とろとろで鏡のような状態にしていた。そこに苗を植える筋をきれいにつける。芸術的でさえあった。ところが木村さんによれば、これがいけないというのだ。私の子どものころの農業の、立派な農家のイメージとは逆の、いい加減な、あらっぽい作業程度がいいというのだ。これにはびっくりした。
 木村さんおよびその仲間の自然栽培は、たっぷり農薬、たっぷり肥料の農法の9割の収量をあげている。農薬代、肥料代を考えれば十分おつりがくる農法となっている。しかも自然環境にやさしい。まさに21世紀の世界の農法だといえよう。
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注目した短歌

2010年03月08日 22時28分40秒 | Weblog
 退職教職員の会の新聞『府高退教通信』141号の短歌欄の中で四つの作品が目にとまった。

 ドクちゃんのフジ・サクラ愛でる瞳見て込み上ぐるものあえて拭わず    松田皓平

 アッツ島に「玉砕」せし君23歳吾と同姓同名同郷なりき         川上憲一

 いつよりかはやり来し語に違和感あり納得できぬ「日米同盟」       中川義邦

 市場にて「イスラエル産」蜜柑見たり入植地の産物ならずや        福田 勉


 いずれも大先輩の作品だ。日本も深くかかわったベトナム戦争。かつてベトナム反戦運動に情熱を注いだであろう作者。犠牲の象徴であるドクちゃんに男の子と女の子の双子が生まれた。ベトちゃん・ドクちゃん支援に日本の心ある人々が力をつくしてきた。その双子の名前がフジとサクラだ。作者の長年の思いがあふれる。第2首。アッツ島玉砕者のなかに同姓同名、しかも同郷者をみつけた驚き。疑いを知らず身を投げ出した君は思いもよらず身近にいたのだ。第3首。日米安保体制といわず、日米軍事同盟と正確にいわず、日米同盟とオブラートをかける。しかも国連中心主義から「日米同盟」中心へとシフトしてきた自民党政権。その到達点が国連憲章違反のイラク侵略。取り込まれるマスコミ。第4首。近くの市場で「イスラエル産」と書いた蜜柑をみつけた驚き。もしかしてヨルダン川西岸にあらたに入植をすすめ、パレスチナ人を抑圧しつつ生産されたものではないか。歴史教師の作者には、第1次大戦の頃からこの地をもてあそんだヨーロッパ帝国主義が浮かぶ。そしてアメリカの庇護のもと横暴な侵略をくりかえすイスラエル。その犠牲にされたパレスチナの民族の歴史が市場の蜜柑に集約されて目に飛び込む。作者ならではの視点がさえる。
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朝鮮学校除外 橋下知事最悪

2010年03月03日 07時50分52秒 | Weblog
 昨日3月2日、橋下知事は朝鮮学校の高校無償化の府独自助成について、「拉致問題を切り離して考えることはできない」「朝鮮総連と朝鮮学校の関係を確認して、府民が納得できないような関係があるのなら支援すべきでない」と述べた(『朝日』3月3日付け)。ここでの府民がというのは自分がであろう。
 同じ日付のオピニオン欄によれば、全国の朝鮮学校生徒のうち朝鮮国籍の子は46%、韓国籍の子は51%、日本籍・中国籍の子3%だという。朝鮮総連に属さない朝鮮籍の家庭も相当あるだろう。
 橋下知事がおどりでてきたのはやはりという感じだ。気持ちがふさいでしまう。日本に生きる各民族が日本社会を支えるよき市民として手をつなぐ雰囲気がようやく醸成されてきたのに、橋下知事のような人物に引きずられて、確実に逆戻りするだろう。
 看過できないのは、知事が、支援の条件を「総連や学校側が拉致問題を一緒になって解決していきましょうと表明できるかどうか」とし、「朝鮮学校に通っている高校生を泣かしたくないのであれば、総連はしかるべき対応を取るべきだ」といったことだ。これは重大だ。生徒を人質にとろうというのだ。特に学校が拉致問題であれ、どんな政治問題についても、学校として態度表明をし、行動をするということはありえない。もし橋下知事の気に入らない態度表明をどこかの学校がやったら、彼はどんな態度に出るだろうか。それは目に見えている。かん高い声をはりあげて、糾弾、攻撃するだろう。そして処分に及ぶだろう。学校に外交政治問題の態度表明を求めることは、今まで誰もしなかった。すべきことではない。こう考えると知事の常識を疑わざるをえない。
 記事にのったコメントを一部引用したい。
「教育と政治 別次元  水野直樹・京都大教授(朝鮮近代史)の話
 教育問題を拉致問題への圧力にしようという考え方はおかしい。別次元の話で、教育と政治の問題を結びつけるべきではない。 中略  人権に関する国際的基準を軽視しているのではないか。」
「計算透けて見える  ジャーナリストの斉藤貴男さんの話
 橋下知事というお茶の間の人気者の発言は、本人が思っている以上の意味を持つ。場合によっては一部の学校を差別的に取り扱ってもいい、という発言をするのは、国民の少なからずが閉塞感を感じている社会でむしろプラスに受け止められるという計算が透けて見え、非常に嫌な気がする。こういう政治家を人気者に押し上げている府民の民意も問われることになる。」
 斉藤さんのコメントは、するどい指摘だと思う。
 民主党政権で、次の社会の担い手をつくる子育てや教育は社会全体の仕事だという発想のもとでの施策には、問題点もなくはないが、基本方向は歓迎すべきものだ。教職員組合運動で長年求めてきた方向が政治的合意になったことをよろこぶ。日本では、教育・子育てが極端に私事化され、投資と表現されるまでになってきた。その転換を今図ろうとしているのだ。
 教育を受ける権利は、民族で差別されてはならない。国際的な人権基準だ。政治問題で差別してはならない。政治問題は政治の世界で、外交問題は外交で解決すべきだ。
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