黄昏どきを愉しむ

傘寿を過ぎた田舎爺さん 「脳」の体操に挑戦中!
まだまだ若くありたいと「老い」を楽しんでま~す

「板上に咲く」第3話

2024-03-25 | 日記

棟方と、出会ったチヤ。

 念願かなって看護婦の試験に合格したチヤは、この春、

 弘前市内の病院で働き始めた。

 実家から離れた生活が始まって、やっていけるのかどうか、

 両親もチヤ自身も心配ではあったが、案ずるより産むがやすし…

 風呂敷包みひとつ抱えて単身赴任~

  弘前でのひとり暮らしが始まった。

 いちばん寂しかったのは、友人の川村イトと離れ離れだった。

 

  仕事が始まると、看護婦見習いの毎日は目まぐるしく

  仕事終え帰宅する頃にはくたくた、それでも、今日一日

  頑張ったなと充実感があった。

  下宿先の工藤一家は父の古い知人。

  いま寝起きは、三畳一間がチヤの部屋、朝夕の食事つき。

  工藤家は子供たちはみな独立や、嫁いだりしていまでは

  老夫婦二人きりの生活に。

  夫婦はチヤの帰りを待って三人揃っての夕餉となる。

  食事を終えると~ 終い湯をもらって、

  いよいよ楽しみなひとりの時間である。

 

  貸本屋で借りてきた本を裸電球の下で読書する。

  好んで読んだのは、女流作家のもの、なんでも読んだ。

  なんと言っても与謝野晶子が好きだった。

         

  <みだれ髪> を読んで、何度ため息をついたことか。

        

 「やは肌のあつき血汐にふれも見て

             さびしからずや道を説く君」

 

    「やは肌」なんて、文字を見ただけで頬が熱くなってきて

         しまうけれど,憧れずにはいられなかった。

 

  チヤはもうすぐ20歳である。

  そんなふうに恋する夢見がちな乙女であるチヤが、九月の末の

  夕暮れどき、台所の勝手口の外にしゃがんで、炙り火鉢で魚を

  焼いている・・・工藤のおんちゃおばちゃのためではない。

   とある男 — のためである。

  その男の名前は、棟方志功といった。

 

  その日、チヤは休務日で、市内の中心部にある百貨店「かくは宮川」

  へ出かけた。   

            

  ところが、夕餉の時間になっても帰ってこない。

  工藤夫婦は気を揉みながら、食事を先に済ませ、チヤの帰りを待っていた。

 

 とっぷりと日が暮れたころ~・・・玄関の引き戸がガラガラと開く音。

  そこにいたのはチヤだけではなかった。

  見知らぬ男 ー牛乳瓶の底のような分厚いレンズの眼鏡

         鳥打ち帽の裾からはみ出したもじゃもじゃの

         ウエーブがかかった髪

              

         紺地に白の水玉模様のド派手なシャツ、

         脛をのぞかせたつんつるてんのズボン、

         くたびれた革靴を履いた

   男が、チヤと並んで、すとんと立っていた

 

  男はペコリと頭を下げ、

  「ども、お世話になります。

     ワタクシ、青森出身、東京在住、棟方志功と申します。

   絵描きをやっとります。」

   と津軽訛りの東京弁であいさつをしたので

   おんちゃ と おばちゃは、

          はぁと目をパチクリさせるばかりであった。

 

   二人は茶の間での語らい~

    チヤが焼いたヒラメの皿を棟方の目の前に~

   「へば、いただきます」 箸でヒラメをひょいと持ち上げると、

    いきなりガブリと頭から喰らいついた。

    チヤは目を丸くした。「あっ、ちょっ、そったこと…」

 

   「いや、すまね。意地汚くで、すまねです。ヮ,目が悪りはんで、

     細がどごが見えねだ。魚の身をきれいにほぐすごどが

    できねんです。」 ようやく津軽弁になって言った。

           *****

   「すたっきゃ、ヮが身をほぐしましょう」そう言って、

          チヤは棟方のヒラメの皿を自分のほうへ寄せた。

    「川は皮から、海(み)は身から…」とつぶやいた。

 

    棟方はうつむいて皿を凝視~やがて顔を上げた。

    黒々とした瞳がうるんで光っていいる。

    目と目が合った瞬間・・・・

    チヤの胸の奥のほうで、何かがことんと柔らかな音をたてて動いた。

    「 ーー 忘れね。ヮ、この瞬間、一生、忘れね」

      棟方がつぶやいた。

 

      そうだとすぐに気づいたわけではない。

           けれどその日、チヤは棟方に恋をした。

            

        

 

  *余談ですが~

   この小説中、原田マハさんの軽妙洒脱な「津軽弁」の会話を駆使しての展開は

   ほんとに楽しく読ませていただきました。

   東北弁、特に「津軽弁」は難しい・・・の評がありますが

   さて、急な話なんですが、近ごろ、この北国の話題が随分と流れている?

    「大谷さんを筆頭に、菊池さん、ロッテの佐々木、高校野球で「佐々木麟太郎君」

     サッカーでの青森山田高校 等々。 

   実は、今朝の朝日新聞<天声人語>欄で「春場所新入幕で初優勝した「尊富士」関の話。

   110年ぶりの快挙~

   地元五所川原市で応援していたおじいさんの言葉に「よぐ けっぱった!」一言。

    さらに地元の山「岩木山」は津軽富士…優勝したのが「尊富士」

    もうひとつおまけに 部屋の親方は元「旭富士」現在一人横綱が「照ノ富士」

    他に、富士の四股名も大勢

     おやおや この「伊勢ケ浜部屋」はなんとめでたい部屋なんでしょう。

   この春の天気は なんという毎日なんでしょう。

   一向に春が来ない~でも こんな一句も  春場所を大いに盛り上げてくれた

      「尊富士」に「大の里」を詠んで

         <大銀杏結えぬ二人が春嵐> 小森伸一  

 

    こんな嵐なら、毎場所吹いてもおもしろいかも?

     でも、やはり、相撲は 

      その地位にいる関取は 関取らしい相撲を取って欲しいね。

 

     では、また 続きを~


続 黄昏どきを愉しむ

 傘寿を超すと「人生の壁」を超えた。  でも、脳も体もまだいけそう~  もう少し、世間の仲間から抜け出すのを待とう。  指先の運動と、脳の体操のために「ブログ」が友となってエネルギの補給としたい。