黄昏どきを愉しむ

傘寿を過ぎた田舎爺さん 「脳」の体操に挑戦中!
まだまだ若くありたいと「老い」を楽しんでま~す

「デトロイト美術館の奇跡」の再読を。

2022-02-28 | 日記
 依然として続く「コロナ」

もう、うんざり気味…福岡県もこの今週6日までが、延長か?
 そんな結論もここ数日だとか~。

 先日、福岡市美術館で「ゴッホ展」行き、ブログもアップした。
その続きではないが、コロナ禍では、そうそう外出も気になるので
本読みが多くなる。
 今回、またまた原田マハさんの「幻想美術館」という1冊。

       
対談形式で…
 出版社からの提案が、「もしこんな美術館があったら?」
妄想を好きなだけ膨らませる対談をしませんか。
との話に…マハさん迷わず。
 即、飛びついた。なぜなら、対談の相手がヤマザキマリさん。

私も、新聞広告の下段に、大きく掲載されていたのを見た瞬間
アマゾンに注文です。

 発想が素敵ですよね… 私も、今まで「絵画」の本を読み、
その時の感想をブログにアップしたり、美術展の感激を皆さんにも
味わってもらおうとアップしてきました。
これも、ひとつの「架空美術館」です。
画面を通じてですからね。

文中、原田マハさんの好きな作家ベスト10
・フィンセント・ファン・ゴッホ
・クロード・モネ
・ポール・セザンヌ
・ポール・ゴーギャン
・アンリ・マチス
・レオナルド・ダ・ヴィンチ
・ジョルジヨ・モランディ
・俵屋宗達
・東山魁夷
   う~ん、納得
 マハさんの描いた本に登場している主人公がずらりですねぇ。
 
 私のブログにも、モランディを除いては、登場していますよ
    
     バックナンバーで是非ご覧ください。

二人の美術に対する深い洞察力に圧倒され、また、新しい空気を
十二分に吸収することができました。


これは全く偶然なんですが~
先週、「断捨離」で、本棚の整理をしていたら…
   栞が1枚。    パラリと落ちた。
  それは デトロイト美術館展の割引券…
 そう、日本初上陸! 上野でこの美術展がある~ その券。

本の購入した際に、付いていたものが…この日まであったのだ。
           (2016年9月)
      


この本は とても感動した1冊
   「デトロイト美術館の奇跡」だったのです。
劇的な展開 魂の物語・・・だった。

確か、ゴッホも、ゴーギャンも、そしてセザンヌの絵
 ここにはある。
 よし、再読だ! と、 
 1日掛けて読み上げました‥‥。

この本は、実話に基づいた感動の物語。

そして、私の記憶の中にも、この実話の美術館展が、日本で開催!
 2016年10月~2017年1月 東京 上野の森美術館で。
  当時の写真
       
 
 行きたかったのですが・・・叶わず、残念な思いをした
 だから、しっかり覚えています。

今週は、この「デトロイト美術館の奇跡」について
 登場する「絵」をご覧いただきながら お話を進めます。

     

  
 この表紙のセザンヌの描いた…「マダム・セザンヌ」 
  これからたびたび出てきますので~覚えていてください。 
 
    作家原田マハさんと 「マダムセザンヌ」の絵の前で

     
       

この本で登場する主要な人物

フレッド・ウイル 主人公です。
  妻のジェシカ
  ウイルはデトロイトの自動車会社で溶接工として40年間働く。
  
ジェフリー・マクノイド DIY(デトロイト美術館)
             コレクション担当チーフ・キュレーター
ロバート・タナヒル
 地元デトロイトの百貨店ハドソンズ創業者一族に生まれた彼は
 20世紀の最も偉大な近代美術コレクターの一人として名を残した。
 死後、自邸にあった550点超もの美術品を遺贈するだけでなく
 作品購入のための多額な基金を美術館に遺し、現在もなお役立て
 られているという。
         

 タナヒル邸の玄関に飾られていた

 ゴーギャン「自画像」や、
         
 
ピカソ「アルルカンの頭部」
            

 マチスの「コーヒー・タイム」
  
          

 セザンヌの愛妻を描いた「マダム・セザンヌ」 

          

などは大のお気に入りだっただろう‥‥
 リビングに掛けて日々眺めていたようだ‥‥。

まるで美術館の中で、生活しているようなものですね。
 そう、この絵は 全部現在の「デトロイト美術館」に展示されている。

 第1章 フレッド・ウイル《妻の思い出》     2013年
 第2章 ロバート・タナヒル《マダム・セザンヌ》 1969年
 第3章 ジェフリー・マクノイド《予期せぬ訪問者》2013年
 第4章 デトロイト美術館《奇跡》        2013~2015年

 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

年寄りには寒い朝は堪えるねぇ~

2022-02-25 | 日記
 2月の「学童見守り」が今朝の当番で終わりました。

 今週は、特に早朝の冷え込みがキツク…肌に刺すほど。

 午前7:00ではありますが、まだまだ冷え込みは相当なもの。
 坂の頂上なので、風の強い日は、とても冷え込みます。
 朝日が昇って来る時間は、とっても清々しい気持ちにはなりますが。

 交差点の信号場所まで自転車で行き、学童の見守り役です。
 学校から依頼され「老友会」のメンバーが交代で当たります。

   緑のコートと黄色い旗
     

 その信号機は、四つ角にあり、国道からの上り(頂点になる箇所)
 そして、一気に下り坂へ、毎朝通勤の自動車の列が多く、信号機は
 横断する各自が「押して」信号を変えるもの~。

 ちょうど通勤者にとって大急ぎにと、はやる心で運転する時刻。
 かなりのスピードなので・・・怖い。

      
  

     

 切れ目ない自動車の列に、十字路の交差点なので、
 上から降りてくる車、、下から上がって来る車、
  運転される方の目視、判断での運転ですから~
 強引な方、きちんと進行の列が途切れるまで待つ方
 見ている私たちの方が~冷や冷や。


     

 左へ、右へと「ウインカー」が点滅する。
 本当に危ない…
 ただ、私たちは、その車の交通整理には関与できない。

 子供たちが、自らボタンを押し、横断歩道を当たっていくのを
 注意して見守ってあげる役目…

     
  
   
 さらに、工場へ急ぐ、自転車利用の通勤者も とても多く、自転車と車、
 子どもたちとの接触、その方にも注意が必要~
 たかが、見守りですが、これがなかなか大変。

 子供たちも狭い旧道を歩くので、できるだけ揃って歩く。
 すれ違いに注意を呼びかけ~緑の歩道線に沿って急ぎます。
 
        
 おかげさまで、今までのところ、事故もなく、経過していますが、
 万一のことを考えると…そんな心配もこれありです。

 老友会のメンバーといえば、すでに後期高齢者ばかり。
 そのほとんどが、学童なんておりません。
 ほんの数人、孫がいる程度。
 現在の若い夫婦は「共稼ぎ」が普通なので、「見守り」のお願いも
 できません。
 さらに、この地区の住民はお年寄りばかりで、若い人がいない。

 現在、見守りしている学童達の多くは、地域の「自治会」にも入らず、
 地域の活動にもほとんど関心を持たない・・・
 という「はっきりした世代?」
 なんとなく、割り切れませんが~心大きく持って、次代を背負ってくる
  宝だから・・・と殊勝な考えです。

 まぁ、この年配方は…少しでも役に立つならば~ と、思い
 老骨に鞭打って? 
 「おはよう! 気を付けて、行ってらっしゃい~」と声をかけて。
 
       また、来週からも頑張りますよ!

 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

蘇るアート…

2022-02-21 | 日記
 厳しい朝です。
  昨日よりは体感温度も下がり気味?

 7:00、地区の小学校たちの通学「見守り」のため、近くの交差点へ。
 約30分、見届けて帰宅。
 今週は当番で、老友会のメンバーが交代で担当している…
 寒い朝は、正直、老人には堪える。
 まぁ、健康な間は頑張るか~次世代の子供たちの為に。

 ちらほらと雪が降っている。
 部屋のストーブも綺麗な炎で、静かな部屋を暖めてくれる。

 1冊の本を読んでいる。

         

  愛読している「原田マハ」さん。
  今日は、ヤマザキマリさんとの「アート」の話、満載編です。

  文中、いろいろな話があり、私の今までの人生での「アート」との
 触れ合いを思い出しました。

 この1月、80歳の私。
 高校時代に美術部で油絵を勉強そっちのけで部室にへばりついていた昔。
 あれから、すでに60年以上の時が流れれている。
  油絵、水彩、水墨画…と、あれこれ齧り~気分のいいときに
 筆を握るのがストレス解消!
  でも、この数年は、ちっともその気になれない…

 文中で、ご両人の話で「モナ・リザ」が出て来た。
            
 
そう、この世界的に有名な1枚は
 私の頭にある巨匠と言われる画家「レオナルド・ダ・ヴィンチ」
 本物の絵の最初の出会いだったのです。

 田舎の高校生では、教科書や、カレンダーの絵でしかねぇ~。

 思い出しました~時は、1970年(昭和49年)の春でした。
 その前年東京本社から「広島」に赴任。
 その本部の国内旅行の企画担当として1月1日付だった。

 当時は旅行会社と国鉄(現在のJR)との共催募集旅行が
 各大手旅行会社では盛んだった…。

 当時の企画担当として、この世紀のイベント…
 東京国立博物館(モナ・リザ展)を企画し、総勢90余名の集客で
 現地に赴いたのだった~
        

 夏にはまだ少し時間はあったが、その日は暑かった。
 5月ごろだったと 確か。

 入場するまで…かなりの時間を。
 そう、日本人は並ぶのが得意 いや、粛々、整然と本当に
 お行儀がいいのは、民族のなすところか?
 でも、お客さんからは、かなりの不平の言葉を頂きながら
 我慢強く、待ったこと思い出します。
  (トホホホ…これって添乗員のお勤めでもあります)

 1枚の絵を見るのに…これほどの犠牲が必要なのか?
 近来においても、私は、かなりの「美術館での企画展」に行きましたが
 その都度、大きなイベントの際の、入場には長い、長い行列が覚悟。
 まぁ、チャンスが少ないからというのも理由。
 よく言えば、文化レベルも相応に高い? のかも。
  いいことですよ、愉しむには多少の努力が必要だってね。

  でも、この時も、ゆっくりと名画を鑑賞‥‥とんでもない!
 もう、まるでコンベアーの流れに身を任せる…
 生産ラインの商品そのもの。
     
   *当時の貴重な写真を見つけました(報道機関の蔵)。
      入場前の行列は二重三重に蛇行する。
           

      館内に入って、モナ・リザの前に行く前も
       もうすぐだ…
    

   
  やっと、絵の前に~ もう、肩が邪魔だよ!
       はっきり見えないよ~ 押さないでよ…もう。
 この小さな絵を、前の客の肩越しから、ちらり…と眺める。

 えっ、これで終わりなの? もっとゆっくり見たいよ~。

 ダメです、どんどんお進みください。 監視員の声が・・・

  って、ほんとにこんな流れで押し出された記憶です。
  防弾ガラス越しのその微笑は~絵空事?だった。


         これが世紀の一瞬です。
 
 

 文中のお二人の話は、軽妙洒脱に展開され~楽しく、勉強になりました。

 あのモナリザから、十数年後、私は、ニューヨークの
 「MOMA」美術館にいました。(ニューヨーク近代美術館)

 そして、ヴィンセント・ファン・ゴッホの名作の一つ
    「星月夜」の前に‥‥
  ここは、独り占めです~時間をかけて納得いくまでの時間で。
   

  私のブログでも、再々、ゴッホが登場してきますが‥‥
  この絵が、自分の目の前に~本当に興奮した思い出が。

  この本の中で、マハさんの好きな名画が10点
  挙げられていました。
  そのなかにこの「星月夜」が…
  原田マハさんは、以前、このMOMAで働いていたのですから
  好きな絵を、飽くことなく鑑賞できたのだ…羨ましい!


 館内を巡り~
   「パブロ・ピカソ」の大作
         「アヴィニヨンの娘たち」 
   もう、この絵には、言葉もありませんでした。
    スケールの大きさにあっけにとられ~
           ただ 茫然と立ち尽くす。
   不思議な感覚でした。  

  

 
  これだって サルヴァドール・ダリ 「記憶固執」
     最初にこの絵を見たとき…
      衝撃的でした、「ぐったりと曲がっている時計」
     どこから、こんな発想が出てくるのか‥‥
      ダリの絵は…ダリにも理解不可能?
   
       

  この軽やかな曲線の見事なこと~二回とは同じ線は無理。
   マチスの「ダンス」

       
  

   そう、ニューヨーク滞在中、生涯忘れることがない興奮を堪能。
    さらに、メトロポリタン美術館にも足を延ばし~
   それから、(ボストン美術館)~(シカゴ美術館)へと
   美術館巡りの旅の記憶は、この歳になって価値倍増の
   最高の宝物です。
  きっと、私が認知症になったとしたら「記憶」の奥に。
  そして、直近の記憶は思い出すことができなくとも、
  この記憶だけは、はっきりと相手と話ができるほどの財産です

 「妄想美術館」での二人の会話の中に
  幼少の頃から「絵画」に縁のある家庭だった・・・。
  必ず部屋には、名画が額に治まっていた。
 それは、本物でなくても、カレンダー、複製画、ポスターの類でも、
 親は、子供に対して「アート」を体感させるという
 教育心があったと言うこと~  やっぱり「教育」だね。

 私が、部屋に絵を掛ける・・それは、随分、大人になってからも
 遅い年だったようだ。

 生活の中に「絵」はまだ存在していない。
 若く、転勤が多く、賃貸の部屋では~絵を飾る壁すらもない。

 自慢げに、部屋の壁に「絵」を掛けたのは~
        いつだっただろう…記憶ははっきりしない…が、
 博多に赴任した際だったから~あれは、昭和59年~63年
 
 40代の頃   この絵が 一番最初のはずだ。
 あるデパートの美術品催場で、絵画の販売会場
 この絵との運命的な出会いを。
   瞬間、迷わず…購入した。

        
    
 フランスの画家「ベェルナール・カトラン」 のリトグラフです。
         〈小さな薔薇と黒い床の間〉
  
   1987年 165枚印刷のNO.1のもの。
   小さな作品です 27.5×16.0㎝ 本人サイン。

  平面的に抽象化して描かれ簡略された形。
   どこか詩的では‥‥?
   色彩の妙~誰も 近づけない感覚です。

  現在でも、我が家の壁に掛かっています。
  東京でも2作品購入した カトラン…
  
 この時期には、リビングの中心に~これを


 今日は、思いがけなく、「1冊の本」から「アート」をテーマに
 ブログをまとめることができました。

 コロナが終息したら~
  待ってましたと! 「美術館巡りの旅」へ飛び出す予定!

  

 日々の生活の中に必要なものって、私はこう思います。
 生きていくには~「食べること」「寝ること」「働くこと」
 これは欠かせませんが~
  そのことだけでは…そこに「1枚の絵」「好きな1曲(音楽)」
 「1輪の花」を傍に添える。
 そのことで、さらに生活そのものに
「味」が増し、「癒され」「楽しみ」「潤い」が
 明日への活力なるのではないでしょうか‥‥。

 夢中で ブログ作成していたら…
 もう、夕方ですね~
 
  すっかり外は明るい陽ざし、いや、もう夕方かな。

 夕食まで 
   「妄想美術館」 
          
 
   もう少し、ページを捲って~ 二人の会話を追いかけます。
   
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

やっぱりゴッホが好きだ NO.4

2022-02-10 | 日記
  ‥‥俺はアルルに行く、そこに、おれの「日本」があるんだ。

 日本の浮世絵から影響を受けるようになり、明るい色使いや独特の筆使いなどを自分の作品に取り入れ作風を一変させた後。

1888年2月 ゴッホ34歳
 サン・ラザール駅の出発ホームに、フィンセント・ファン・ゴッホの
 顔があった。

 フランス・アルルに引っ越すのも、日本によく似た明るい景色があると
思っていたからでした‥‥(ゴッホの熱烈な思い込み? まだ見ぬ国の

 パリを発つときに雪が降っており、
   南の方へ澄み切った日本的な光を求めていったら~
   アルルで最初に見た景色は…「雪景色だった…
       
        (展示されていませんが、参考に。)
     弟テオ宛の手紙に、「日本の雪景色のようだ…」と。
      また、その感動をすぐに「雪景色」という作品を描いています。
 
 ゴーギャンとの共同生活、「耳切り事件」があり、その後
 サン=レミ修道院の療養院へ移ります。
 1年後の1890年には、オーヴェル=シュル=オワーズというパリ近郊の
 村へ移り住み、7月に拳銃で自分の胸を撃ち抜いて2日後に永眠します。
  アルルへ行ってから、その間、たった2年半です。

  ゴッホはアルル時代以降、何百枚もの絵を描いているのですが、
 現存しているのもので全リストがつくれるほど、その画業はハッキリ
 しています。
 
 しかし、この2年半の時間はゴッホにとって、
 そして作品は孤独感を拭いきれません。
  ゴッホは仲間を求めていました。芸術家によるコミュニティを結成し、
 同じ方向に向かって大きな潮流を作りたいと思っていました。
 美術史の流れを変えていこうという気概がありました。

 ゴッホはアルルで旗揚げをしようとしたのです。
 しかし、誰も周りにいない。
 焦り、寂しさ、虚勢を張っていても・・・心の奥は寂しい。

 そんなときただ一人、弟テオは応援してくれる。
  ゴーギャンがアルルに来たのも…弟の声がかりだったのです。

 アルルでの日が過ぎゆく中、描く対象にまつわる自分の感情を
 どうしても抑えることができないことに気がついたゴッホは…
 自分の感情を写実的ではなく、思うままに力強く表現することを
 決意します。

 それでは アルルでの絵を見ていきましょう。

『ゴッホフアンならばご存じの多くの作品がありますが

     以前、掲載しています私のブログで全容ご覧いただけます』
   2020.4      「タンギー爺さん」
   2020.10 NO.1 ~14  「あの「ゴッホ」を追いかけてみよう!
   2121.7 NO.1~NO.21 「ゴッホはほんとうにピストル自殺をしたのか」


 「夕暮れの刈り込まれた柳」1888


「糸杉に囲まれた果樹園」


「レモンの籠と瓶」


「サント=マリー=ド=ラ=メールの眺め
    

 「種まく人(ミレーを模して)」


 この「種まく人」の絵で…浮世絵から取り入れた構図の1枚

        

 「緑のブドウ園」

 

 今回の展示、クレラー=ミュラー美術館「アルル編」では、
 この6点でした。

 物語的にも、作品の数にしても、
 「アルル」「オーヴェル=シュル=オワーズ」でのゴッホの作品も
 劇的な場面が多いので是非、ご紹介した以前のブログをご覧下さい


 サン=レミとオーヴェル=シュル=オワーズ

「サンレミの療養院の庭」


「麦束のある月の出の風景」


「夕暮れの松の木」  


 「草地の木の幹」


「善きサマリア人(ドラクロワによる)」


「悲しむ老人」


「夜のプロヴァンスの田舎道」


「花咲くマロニエの木」


最後に~
  ゴッホと言えば…「ひまわり」の絵ですが…
 この時期に描いたのが7枚、 
  1888年に描いた1枚が当時日本での話題になった
   「東郷青児記念損保ジャパン日本興亜美術館」の作品です。

                       
 
お馴染みの「自画像」は生涯40点ちかく
 描いていますが、ここでの「耳切り事件」以後、あまり自画像を描いて
 いません。

     (包帯を巻いてパイプをくわえる自画像)
                       
                                      (チューリッヒ美術館蔵)
                      

 ゴッホの作品は 900点以上にもなります。

  まだ、これからも、どこかの美術館が、さらに充実した企画を
 私たちファンにて提供してくれるものと信じています。

  同じ作品を 何度見ても、飽きません!
 それどころか、ますます 思いが深くなり、愛着が湧いてくるのが
  ゴッホの作品ではないでしょうか…

  そんなことを想いながこのブログを終わりにします。
   
      御愛読ありがとうございました。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

やっぱりゴッホが好きだ NO.3

2022-02-09 | 日記
 今日は「アルル」でのゴッホ 
  と、昨日言いましたが・・・・ もう少し パリでの話を続けます。


ゴッホが浮世絵に関心を持ち、模写を繰り返します。

 No.2 でも紹介しましたが…

 特に、ヨーロッパの画家たちの驚きは その構図の大胆さ。
    空白の妙、 グラデ―ション 
    そして「雨」を線で描いたことだった~
    これは日本人 特有の表現

    浮世絵 歌川広重「大はしあたかの夕立」という1枚
     

 ゴッホも衝撃を受けて これを模写しました。



 日本美術が印象派の目覚めを促したのです


さらに、ゴッホはジャポニズムの作品として

 「タンギー爺さん」を、2枚描いています。
  (1点が個人蔵、1点がロダン美術館所蔵です)

 画中背景に、いろいろな浮世絵が模写されている
       

タンギー爺さんは、ジュリアン・タンギーといい、パリで画材屋の店主兼
画商をしていました。
 この店には、売れない画家たち(当時)
  ゴッホ、セザンヌ、ゴーギャンたちのたまり場

 爺さんは彼らにどんどん絵の具をツケで売り、そのツケが返せないと
 画家たちは自分の絵を置いていきました。

今なら、小さな国家予算に匹敵するような価格に高騰している
 彼らの作品ですぞ‥‥しかし、爺さんが亡くなった後、それらの作品は
 オークションを通じて売却され本当に涙が出るような価格で落札された
 という記録が残っています。』

ゴッホがパリに憧れ、パリでの生活は
 描いても描いても…売れない絵

  ゴッホはたった一人、絵を見てくれる人いました。弟のテオです。
            
 
テオから金銭的な支援を受けながら、自分のため、そしてテオに絵を
みてもらうために絵を描いていました。

 今回のゴッホ展での、このパリ時代の作品は少なく
     (クレラー=ミュラー 美術館収蔵品が少ない
        特に、収蔵作品は「ゴッホ美術館」に集中しています。

  また、ゴッホは自画像を生涯40数点描いていますが、そのほとんどが
  ゴッホ美術館蔵です。

  
 その憧れのパリ・・・

 ちょっと時間を戻して~
 
  もう数年前になりりますが、ひょんなことから映画を見る機会が
 あって、それもタイトルが「パリよ、永遠に」でした。

       

 1944年、最後に連合軍が「パリ解放」をかけて押し寄せてきたとき、

 ヒトラーが「パリに火を放て」と命令します。
            

「奪われくらいなら、自分のものであるうちに全部燃やし尽くしてしまえ」
という、非道な指令をしたのです。

  けれども、、ナチスのコルティッツ大将
           

  「できない。何故ならパリは美しすぎるから」と拒否した…

       と、伝えられています。 伝説化されたきらいはありますが…   

 この映画は、ドキメント…美しいパリの街が今日残っているのは
   20世紀の奇跡?  
     誰の手を下すことができなかった…凄いですねぇ~。

  だから、世界中からあらゆるジャンルの芸術家が一度は訪れる?

  そんなパリの奇跡のシーン知ることになり
   ちょうどゴッホの本を読んでいたので、自分がパリで生活?
   してるような気分に…     横道でした。

  パリの普遍的な美しさは?

  19世紀後半のパリでは万博が何度も開催されましました。
  パリは長きにわたり芸術の都でもあり続けてきました。

  誰もが「パリだ、パリだ」と。
  
 それほどまでにパリは魅力的な都市でした。

 現在のパリの街の原型が作られたのは・・・
  19世紀の「パり大改造」でした。

 
 ナポレオン3世の 構想のもと、セーヌ県知事ジョルジュ・オスマン
  行った都市整備事業です。
              

   
 エトワール凱旋門から放射状に12本の大通りが設置されました。
 スラムが一掃され、整備されたパリの街は「世界の首都」と呼ばれ
 都市建設の手本ともいわれました。
 
 なのに、ゴッホは パリを離れるのですね。



ここで「ゴッホ作品」から離れて・・・
「クレラー=ミュラー美術館」に収蔵されている
                       
 
 ヘレーネ婦人の愛した芸術家たち~

        

  と、題しての作品が展示されてました。 

その中からご紹介します。


   「静物(プリムローズ、洋梨、ザクロ)」 
     アンリ・ファンタン・ラトウール
       

  「カフェにて」  ピエール=オーギュスト・ルノワール   
       

  「2月、日の出、バザンクール」 カミューユ・ピサロ
         

 「ポール=アン=ベッサンの日曜日」 ジョルジュ・スーラ 
       

 「ポルトリューの灯台、作品183」 ポール・シニヤック 
       

  「黄昏」  アンリ・ヴァン・ド・ヴェルド       
       


 「花嫁」 ヨハン・トルン・ブリッケル
          

  「キュクロプス」 オディロン・ルドン
       

  「キャベツのある静物」  ジェームス・アンソール
       

  「トランプ札とサイフォン瓶」 フアン・グリス
       


  「菱形の中の静物」  ジョルジュ・ブラック
       

 「グリッドのあるコンポジション:菱形、色彩のコンポジション」
            ピート・モンドリアン
       


 如何でしたか?
 
  写生主義の画家から、キュビスムまで・・・
  
 レーネ夫人の情熱、審美眼の素晴らしさ~

 一つの美術館からこれほど大量に展示される機会なんて、
 滅多にはありません。   本当にいい企画でした。

   さて、明日は、いよいよ

 「 アルル~サン=レミとオーヴェール=シュル=オワーズ」の
   作品の紹介です。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

やっぱりゴッホが好きだ! NO.2

2022-02-08 | 日記


 1886年 ゴッホは、パリに出るのです。

       

                                     この頃の自画像
                                       
美術史の中では、ゴッホ、ゴーギャン、セザンヌと並んで「後期印象派」
呼ばれています。
                                      
                                                        
    彼らは、印象派の影響(ルノワール、モネ、など)を受け、
                                  

そこを出発点としながらも独自の画風を生み出していきます。
新しいものをどんどん取り入れようとする印象派の画家たちに交じって、
ゴッホは今までに見たことのない浮世絵という日本美術にも夢中になります。
パリに出てからのゴッホの作品はがらりと変わります
 その変化は、「パリ」そのものと、「日本美術」だったのです。
パリに来てからのゴッホは、いろいろなアーティストと出合い、多くの
影響を受け、変化していく~「とにかく学びたい!」
    
        彼にとってパリは運命的な街でした。

 「ムーラン・ド・ギャレット」1886年 カンヴァス

        

  「草地」 1887 

 「青い花瓶の花」1887

        
    
   「レストランの内部」1887
  


 「石膏像のある静物」 1887  
             
         

 
  浮世絵の花魁を模写する~

 1887年に描かれた{花魁}です。
   この項は、以前にアップしていますが…
  溪斎英泉という浮世絵師の 『雲竜打掛の花魁』です。

 オリジナルと 模写した作品を 
   溪斎英泉のオリジナル       ゴッホの模写

  

   ‥‥フィンセントは、この絵の前で固まって動かなくなってしまった。
   しばらくして激しく肩を震わせ始めて、どうして、こんな絵がこの世に
     あるんだ? いったい、どうやってこん絵が生まれたんだ?

         「この絵は、私の先生になるだろう…」
                        *原田マハ著 (美しき愚か者タブロー)より


  「花魁の向きが違っているでしょう…」
    ということは、ゴッホは本門の絵を見ていなかった。
   おそらくパリで見たのは、オリジナルの版画ではなく、
   本の表紙に出ていたものを模写したらしい。
   雑誌「パリ・イリュストレ」1886年5月号の日本特集の表紙を
    みると、この英泉の作品が刑されていて、すでに反転して
    います。

画家たちは、新しいもの、誰も見たことがないもの、
ブームになっているものを探し出し、果敢に自分たちの作風に取り入れて
いきます。特に日本美術の新しさに敏感に反応しました。

 他に、モネは、初期作品『ラ・ジャポネーズ』(1876)の中で
着物を身にまとい、扇を持ってポーズを取るモデルの女性を描いています。
 
  

     このモデルは、モネの婦人カミューユです。

 モネも、浮世絵の「見返り」のポーズを真似している…
            

こうして、ゴッホも華やかなパリに出て、多くの人と知り合いになり、
仲間もでき、夜な夜な飲んで騒いだりして、賑やかに楽しく毎日を過ごして
いた。 ついにパリに出てきた、という高揚感もあったことでしょう。

ところが、受け入れたと見せかけて…実のところは扉を開けていない。
 「えっ、勘違いだったの?」・・・・という寂しさに気がつくのです。

 「いったいこの街は、何なんだ?」

    どんなに頑張って絵を描いても売れない。
        展覧会もできない。
            誰にも受け入れられない。

   そういう疑念にとらわれて来た~ と、思うのです。

  ゴッホは、描いた絵をすべて弟のテオに送っていました。
      「売ってほしい」と。
           しかし絵は売れない。

 *弟テオは、パリの「グーピル商会」で画商として活躍しています。
                   
           
                                           パリ  グーピル商会跡

   ゴッホは常に自分に向かって絵を描いています。
  自分が満足するもの、今、描くべき絵を描き続けました。
        売れるかどうかも分からない・・・・

   諸説ありますが…ゴッホの生前に売れた絵は

    「赤い葡萄畑」1888年 の一枚のみだったと言われています。
     

  ゴッホは、自分がパリにいることが、かえってテオを苦しめるという
ことに気づき、自分も疎外感や孤独をおぼえ、だんだん追い詰められて
いきます。

   あんなに愛したパリを離れて、どうしてアルルへ行ったのか


     明日は「アルル時代」のゴッホをご紹介します。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

やっぱりゴッホが好きだ!

2022-02-07 | 日記
 世界最大のファン・ゴッホ作品集家、ヘレーネ・クラー=ミュラー
   
       
  
 「ヘレーネ・クレラ=ミュラーは35歳のとき、美術評論家で教師である
  ヘング・ブレマーの個人講義を受けて美術の世界にのめり込み、1907
  年から近代絵画の購入を始めました。
  鉄工業と海運業で財を成した夫アントンと共に収集したコレクションは
  約11,000点に上り、近代絵画の巨匠たちの作品を数多く有しています。
  ヘレーネはとりわけファン・ゴッホに深い精神性を感じ、個人としては
  世界最大となる役270点のゴッホ・コレクションを築きました。
  作品を後世に伝えることを念頭に置いて美術館設立に情熱を注ぎ、
  1938年に開館したクレラー・ミュラー美術館には、現在も多くの人々
   が訪れています。
                  (*ゴッホ展公式パンフレットより引用)
  
   いよいよ待ちに待ったゴッホ展!

    行って来ました・・・・
   昨年(2021.12.23~2022.13 )から「福岡市美術館で開催中)
    コロナのこと考えながら様子見していた。 

      

 今回の企画は、クレラー美術館と、ゴッホ美術館のコレクションから
  52点のゴッホ作品を展示しています。

  ずーっと待っていた企画です。
  以前にも、何回も、場所を変え、作品もそれぞれ…その度に足を
  運んできましたが、今回は作品の数からいっても大変なものです。
  「これぞ、ゴッホ」を堪能できる。
  そう思って、ゴッホの足取りを、原田マハさんの作品から
  再度読み直すほど熱を入れ用意万端で出かけました。
   と、言うのも、美術館で「原田マハさんの講演」の企画があり
   (1月15日)福岡市美術館)
  限定の視聴申し込みがあったのですが、抽選に外れ…残念!
  そのため、年を越してとうとう今週になってしまいました。


  
  
 大濠公園からの風は、ことのほか冷たく肌に刺さる朝でした。
 9時過ぎに着き美術館までの道には、冬にもかかわらず大勢のジョギング
 を楽しむ人で賑わっていました。

  お馴染みの草間彌生の作品も朝の光の中にくっきりと~。
        ああ、やっと来た! の感じです。
        
  
  予約入場券の方を優先でした。     
  (入場には時間制限があって、1時間ごとに入場者を誘導していく…)
  しかし、今日は、その影響もなく、購入と同時に入場できました。

薄暗い館内に、全員マスク姿の大勢が、ぞろぞろと静かに移動していく
 「順路」の誘導はなく、自由に動けるのは助かりました。

 ブログ掲載の為、事前に用意した作品と、同じかどうかの確認を先に
資料片手に一回りした後、ゆっくりと眺める、ゆとりある時間を持つこと
ができ、ひとつひとつ、彼(ゴッホ)がどんな思いで描いたのか…
心の内を探りながら~ 原田さんの文章とも思い巡らせながら…
の幸せなひとときでした。

 今回は、作品の数も多いので、数回にまとめてできるだけ沢山の作品を
皆さんにも楽しんでもらおうと思ってます。

 ゴッホって、こんなにも心に残る画家なんだなぁ~って、きっと
 あなたもイメージも  そんな時間をお楽しみください。

 それでは、まず最初に、  画家フローリス・フェルステルによる
 彼女「ヘレーネ・クレラー=ミュラーの肖像」
         

 
  素描家ファンゴッホ、ランダ時代 (1881~1885)
 
  「コーヒーを飲む老人」
         

  「祈り」
         

  「防水帽を被った漁師の顔」
         

   「耕す人」
           

    
   「じゃがいもを食べる人々」
     

 この絵は、何枚も書かれているもので「暗い」感じでがすね。
  32歳の時の作品です。 初期の代表作。
  ゴッホのイメージとは、全然違うような~。
  登場人物も、誰一人として笑っていません。
  農家の貧しい食事は、温かいジャガイモを揃って楽しむ…
  いや、じゃがいもしかなかった。

 画家への第一歩を踏み出した頃からミレーの作品を素描で模写して
 いまいた。 そこにはリアリズムの影響があると思います。
 村の農民たちの姿をスケッチし、じゃがいもを食べる人々を描く。
 自分の目で見た現実としての絵にするために~。

 そのころ、牧師になろうと模索していたゴッホ~
 信仰心篤く、聖書の世界観を現実に置き換え追求していく、
 そんな哲学者のような一面も。

  画家ファン・ゴッホ、オランダ時代(1854~85)

 「麦わら帽子のある静物」


  まだ ゴッホというイメージでないような~

「森のはずれ」
       

 「織機と織工」  

  この絵も暗いですね~ でも、リアルに描いています。
 暗い中の部屋も…外の光をうまく使って
 織工の額にも ひかりと影が。
 終日、いや、生涯かけてこの椅子に座って、繰り返し、繰り返し 
 今日も、この作業を続ける 音が聴こえてくるような~

 【白い帽子を被った女の顔】
       

「リンゴとかぼちゃのある静物」


 オランダには、フィンセント・ファン・ゴッホ美術館があります。
 今回、特別出品としての作品 その中から 
 
  「モンマルト 風車と菜園」


 「サントーマリー=ド=ラ=メールの海景」

 「黄色い家(通り)」  

     


 
アルル駅からそう遠くないところに、ゴッホが住んでいた家があります。
ラマルティーヌ広場に面した黄色い外壁の二階屋。
建物は戦災で失われて現存していません。
当時と同じく広場は残っています。

              「ゴッホ・美術館」からの作品でした。

  いよいよゴッホは、パリに出ていきます~。
                           明日へ続く。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アートの始まりで春を感じる

2022-02-04 | 日記
 第16回アート作品展「美夜古の風」に行って来ました。
      

この春の訪れを待って例年この時期に開催される絵画作品展です。
私も一フアンとして、毎年楽しみにしています。

ブログ掲載も、第9回から続けており、第12回(2018年)は
  行っていませんでした。
  *振り返ってご覧頂くには「バックナンバー」で。
   《 2016・2・21 2017・2・14 2019・2・15 2020・2・11
    2021・2・11 2022・2・4 》

今日も青空ですが、まだ風は冷たく感じます。
「美夜古の風」のタイトルの意味するところは、春なんですがねぇ~。

 会場のみやこ町 「みどりの館」は、この時期外の景色も味があります。

 ちょっと雰囲気を~この館の名前は「みどり館」
 でも、今の時期は… 裏山の樹も 枯れて~でも、枯れ加減?が
  素敵です。
      

   空に向かって目をやると~
      
   気持ちいいです!
      玄関の古木の傍には…「南天」の赤が鮮やかに。
      

    館も、西日を浴びて幻想的に映えます。   

    
 
  もうすぐ満開でしょう ~白い梅の花も膨らんできました。
       

  少しばかり冷たい風に当たって…館内に。

  コロナ禍の切ない時期での作品制作には、みなさんきっと大変な思い
 でも、「作品に込めるエネルギーは人一倍」
 その、熱意は作品を通じて感じました。

  70点以上もの出品…見ごたえがありました。

  ぜ~んぶの作品をご紹介したいところですが…その中から
 目に止まった作品を。

幸いに今日は、時間は午後2時過ぎ、車は駐車されていましたが
皆さん鑑賞の後のコーヒーのひとときでしょうか、会場は私、一人。

 人ごみの中での鑑賞は?と思っていただけに・・・ラッキー!

誰にも邪魔されず?に ゆっくり、じっくり、眺め、作者の心を
探りながら~ 足を進めて、心地よい時間を過ごすことが~。

  では、いつも この方の作品から
  「マルス像とコーヒーミル」  有益人良竹
           

  「日本海」   山路博之
            

   「古の語り部」  蕪木 博
               

   「太陽の理想郷」  岩本将弥   (*案内はがきの表紙)



 「早春の滝」  田中博史

        

  「ゆり」 宮脇和子
        

    「黒川」 高田 増光


  この作品の主題「黒川」にこんなインフォメーションがありました。
 『築上郡上毛町の中央を黒川が流れている。この川の上流を照日前と言う。
  ここに何時の時代か、どのような訳かは知らないが、京の都から「照日御前』
 が来られたと言う。そして「緑の黒髪」を川で濯がれたところ川の水は黒く染まり
 「くろごん川」と呼ばれるようになり、今は「黒川」と呼ばれています。

     この作品、私の記憶の中にありました。
  2017年の同じ作品展に出品されております。
  以前の題材から、さらに筆を入れたのかもしれませんが~分りませんが。
  その折には、私も 作品名、作者も掲載せずに 「いい絵だなぁ」
  ブログにアップしていました。
  きっと 高田さんお気に入りの作品なのじゃないでしょうか‥‥
  「川」にも、ファンタジーなストーリーがあるんですからね。


   「磯の香」  木元美千子
           

   こんな 作品も 良いですよ…

   「意味? いらないよ。
       感じれば いいんです 」
             
               ばらばら消える  神崎美紀
     

 おお! こんな逸品がありました。 陶器ですよ。 渋いねぇ~

  北部九州には、古くから古窯が多く…
  お馴染みの 「有田」「伊万里」「高取」「香春」「小鹿田」と。
    さてさて? これは どの窯風でしょうか

    無骨な感じですが…落ち着いて 味わい深い。
           素敵だなぁ~

   この壺に、 
       「藪椿」なんぞ いっぱい活けてみたら~
  
 「焼締め壺」  濱口 恵子

 

   「釉」の姿は神の仕業? 
           

   いつも 精力的な作品を出品される

  真夜中のモンサン・ミッシェル」   岡田猛彦     

 

 そして最後は オーナーの中村さんの一品です。

   「鉄橋のある風景」  中村正範  
 
   安心して 眺められ 癒しの筆使いにはうっとりしています。     
  


   アートって いいですねぇ~
 
    コロナ禍の憂さを思いっきり晴らしてもらえました。
   
  「心を動かす」 そう簡単にはできない。
  何がそうさせるのか、「思い」が込められていれば他人は感じます。
   それは、絵だけではありません。
   全ての事象において~ きっとそうだと思います。

   今、絵を通じて~ 
  「認知症」の方との接点をどう向かい合っていくか…
   これからの私の課題として 
  「アートリップ」の勉強を挑戦していきたいと…
          今年のテーマです。
    
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

暦の上では…

2022-02-03 | 日記
 今日は節分。
 町のスーパーの今朝の新聞折込には大量の「恵方巻」の写真が
 ずらりと続く~。
  まさに競争曲(狂騒曲)!
 そして、きっと今日が終われば・・・また大量の「恵方巻残飯」だぞ。
 今年は「北北西」だとか、何の意味があるのか…
 昔、ケリーグランド主演の映画で「北北西に進路をとれ!」というのを
 見たが・・そちらに向かってこの巻きずしを食べると願いが叶う…
  いやはや、商売根性丸出しの業界ですね。
 きっと、「海苔業者」ですよね。
 つづいて、チョコレート業界が発信した「ヴァレンタイン・デー」
 とにかく、今日的には消費者側もいいように踊らされている?
  これ間違いない。

 ま、これも社会現象だから致し方ないのかな。

  季節の移ろいにははっきりした明日はあるけれど、コロナの方は?
 いよいよ日増しに増加数はうなぎのぼり~
  次の「一手」って、あるのでしょうか。

  もう、3年目に入り、人々の動きにも微妙な動きも。
  政権が替わっても、一向にめども立たず。
   医療従事者も疲労困憊…どうすらいいんだい!

  でも、結局は、一人一人が、言い古されても…
  「マスクをして」「距離を置いて」「密にならず」・・・
  同じことの繰り返しだが、もう一度、辛抱しながら潜り抜けるしか
  ないようだね。

  もうすぐ3回目の接種をするのだが~その前に・・・
  「私に襲いかかってくるかも~」 

  さて、こんな毎日ですが、外へ出る機会が少ないことで
  ある意味、収穫もありました。

   以前より、「講演」の依頼はありますが、このありさまなので
  期日変更が多々続き、「延期」「中止」と、思うようになりません。

  しかし、より深く、より面白く、話のネタ探しができました。

  おかげさまで、「本」を読む量が、格段に増え、
  時間を有効に使え、飽きが来ることはありません。

  歴史話を中心として現在展開しているので~選ぶ本も歴史もの。
  一冊の本の、一行から いろいろな「横道話」を拾う作業。
  これが楽しいのです。

  2020~2022年の今日まで…我が家の本棚は新しい背表紙がずらりと
  並びました。
   この2年間、本読みの量の増加は、本の購入にも知恵がつき
  ネット検索で…「中古本」探しで格安に仕入れをしています。

  「中古本」といっても、本当に新品同様です。
  きれいに消毒し、装丁もなんの傷や古さも感じません。
   近頃の読書家は、読んだらすぐに「古本屋」へ走るのでしょうか?

  いやいやこちらとしては有難いことです。
  中には「0円」、何十円、何百円で 最近の本も購入でき
  さらに、注文後、数日で手もに届く。
   外の本屋へ出かける手間もなく。 

   よむペースも当然、今までよりスピードアップです。
  「暇だからね~」「人も訪ねて来ないし」
  これは、と思う本を 手当たり次第に読破です。
  このコロナ禍で読んだ本は…100冊を超えるでしょう~

   本棚の2列目で整理するほどに。

   チラリとご紹介しましょう~。

   写真の背中で本の「タイトル」が読み取れるでしょう。


 


  
  









 

 「歴史とアート」に絞って本読み中です。

 「アート」では、原田マハ
   を集中していますね。

  歴史ものでは~
   安部龍太郎、伊東潤、葉室麟、米澤穂信、今村翔吾
   でも、本当の大好き作家は…「司馬遼太郎」です。

 本棚の各段の後段は~全~部 遼太郎さんの本が並んでいます。
 歴史、エッセイ、対談集他
 彼のほとんどを読みました。
  もっともっと書いてほしかったのですが、残念です。

  と、まぁ、考え方を変えれば~
 「コロナ禍」でも、
  プラス思考で・・・大いに収穫もあった。

  これを、今、整理して 
  「講演」の話に向けて、どう展開していくか 思案中。
  また、ブログにアップすることも~

  しかし、正直、仲間との、おしゃべりであり、
   肴を前に、徳利と共に「とっくりと」話がしたい!

  その日が早く来るのを期待しながら~

  渦中の火の粉を払って お互いにもうしばらく辛抱しましょう。
         
           「負けるなよ!」

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

続 黄昏どきを愉しむ

 傘寿を超すと「人生の壁」を超えた。  でも、脳も体もまだいけそう~  もう少し、世間の仲間から抜け出すのを待とう。  指先の運動と、脳の体操のために「ブログ」が友となってエネルギの補給としたい。