この仕事を始めて6か月ほどが過ぎたある晩、うれしいことにアスター・コートに
配置された。アスター・
コートは明時代の中国の停戦を再現したもので、中国の伝統的な楽器の演奏もある。
「静けさを求めて」という意味の言葉が書かれた月の門と、「優雅なやすらぎ」
という意味の言葉が書かれた太陽の門を見つめる。
古琴を演奏する女性(ハーブを横にしたような楽器)
私はこのセクションFに配置され、1000年前の北宋の画家、郭煕(かくき)が描いた
巻物にたまたま目を留めた。巻物としては控えめなサイズで、もともとの大きさは、私が
両腕を横に広げたほどの長さもない。だが、それから数世紀にわたり、この巻物を所有して
いた学者たちがそこへ、「「奥書」と呼ばれるその作品への賛辞を添えた。その結果、
盾35㎝あまりの巻物の長さは、いまや、9m近くまでに伸びている。
この絵は、1000年前から見る者に与えた来たものを、今も与えてくれる。 私の目は、
かってその絵を見た人と同じ道筋をたどり、静かに浮かぶ小舟の漁師、秋になって葉を落とした
木々、行商人やその荷を運ぶラバ、露出した岩、身を屈めて山を登っていく老人を見ながら、
霧に包まれた山の奥へと入っていく。その美しさは筆舌に尽くしがたい。
この巻物をいくら見ても見尽くすことはできない。
その絵が提示する充足した世界に没入する。
やがて私は、芸術作品への接し方を確立した。
芸術作品に出合った時にはまず、何もしてはいけない。ただ見るだけにして、
自分の目に、そこにあるすべてを吸収する機会を与える。
「これは素晴らしい」とか、「これはよくない」とか、「これはバロック時代の絵で、XやY
Zを意味している」などと考えたはいけない。理想を言えば、最初の1分間は何も考える
べきではない。芸術には、私たちに作用を及ぼすための時間が必要なのだ。
私がセクションBにいると、最低でも1日1回は、イエスの絵画を非難めいた厳しい表情で
見ていた来館者が近づいてきて、「スイレンとか、ヒマワリとか、印象派の作品は?」と
いうようなことを言われる。
そのため、数区画も離れている、この建物の一番端っまでの、遠く曲がりくねった道のりを
教えてあげなければならない。私は何も、こうした来館者を嫌っているのではない。
だが、結果的に見れば彼らの愛する印象派の画家(特にクロード・モネ)に対して、必ずしも
公平ではなかった。
モネの絵はきれいだが、それだけだと思っていたからだ。
だが、私はふと、芸術に接する第一のステップを思い出し、モネの絵にもチャンスをあげる
ことにした。
ある金曜日の夜、
私は睡蓮や積みわらを描いた作品が展示されているエリアを担当することになった。
美術館で1日を締めくくろうとしている熱心な絵画ファンが数名いる。
「積みわら」の絵がいくつもあるが、これはモネがさまざまな季節、1日のさまざまな時間帯に
描いた連作の一部である。
この人気あるセクションではいつものように今日も「そんなに近づかないで下さい!」とか
「フラッシュは禁止です!」と大声をあげる忙しい1日だった。
ここで「積みわら」の作品について少し紹介しておきましょう。
「雪の朝」 メトロポリタン美術館 「ジヴェルニー」 イスラエル美術館
「雪の朝の効果」 シカゴ美術館 「夏の終わり」 シカゴ美術館
「夏の終わり」 オルセー美術館 「日没」 ボストン美術館
「夕日」 埼玉県立近代美術館 大原美術館
「積みわら」 オーストラリア国立美術館 「雪」 ポールゲッティ美術館
この位で・・・
私は 【夏のヴェトゥイュ】という風景画に歩み寄り、その絵が私の視界を覆い尽くすぐらいまで近づく。
すると、その架空の世界を現実として受け入れられることに気づく。
そこには村があり、川があり、川の水面に揺れる村の風景の販社がある。
ただしモネは、自分の世界には、実際のところ太陽光のようなものはない。
あるのは、色だけだ。モネは、自分の小さな宇宙の優れた創造主のように、
太陽光の色をちりばめた。熟練の技でそれをばらまき、まき散らし、キャンバス
に張り付けた。
そのため私は、その絶え間ない揺らぎに見切りをつけることができない。
長い間その絵を見ていると、その絵はますます豊かになっていくばかりで、
終わりがない。
モネはこの絵を通じて、自分の感覚の震えを私に伝えてくれたのだ。