黄昏どきを愉しむ

傘寿を過ぎた田舎爺さん 「脳」の体操に挑戦中!
まだまだ若くありたいと「老い」を楽しんでま~す

デトロイト美術館の奇跡 NO.5 最終

2022-03-04 | 日記
 第4章 デトロイト美術館 《奇跡》 2013~2015年

 目が覚めるほどの青空がいっぱい広がった冬の朝、
 ジェフリー・マグノイドは、出発予定時刻よりも1時間早く家を出た。

 その日、デトロイトのダウンタウンにあるセオドア・レヴィン裁判所で、
     重要な会議・・・裁判ではなく、
   あくまでも会議だ ~ が開かれることになっていた。
 ジェフリーは、その会議の傍聴者として参加することを許されていた。
 
        DIAの存続がかかった大一番の会議になるずだ。

 まず、その前に、いつものラリーズの店へ。
 店内に入っていくと…奥のカウンターに~フレッドが。
        「やあ、ジェフリー。やっぱり来たか」

 隣同士に座って、コーヒーを飲みいつも通りに会話を楽しんだ。

          

 時計の針が、8時半を指していた。
   「そろそろ行くよ」と、ジェフリーが立ち上がった。

 特別室のドアーが、9時きっかりに開けられた。 
 会議の進行役を務める裁判官、ダニエル・クーパーに呼び止められた。
  
   「君の席は私のすぐ後ろだ、ジェフリー」 小声で耳打ちされた。
      見守っていてほしい
        という裁判官の気持ちがその一言に込められていた。
 
  「皆さん、お手元の資料の表紙をご覧ください。
   
   本日、私たちは、なんのために集まり、協議するのか。
     その目的がそこに書かれています」
                                                        ダニエルが朗々と語った。


  「デトロイト市の退職職員の年金削減の救済 
   ならびに市の経済的・文化的活力再興の為の資金調達と支給」

       ~ ~ ~

 連邦裁判所で会議が行われる2か月前のこと・・・・

ジェフリーは、ラリーに紹介されて二人は握手を交わした。
 櫛目の通った銀色の髪はきっちりと撫でつけられている。

 「ジェフリー、こちらがダニエル・クーパー裁判官」

 連邦裁判所の裁判官といえば、社会的な地位も名誉もある職だ。
 しかし、ダニエルは尊大なところはちっともなく、気さくで飾り気の
 ない人物だった。 

        

 すぐに意気投合した二人は、しばらくよもやま話に花を咲かせていたが‥‥
 ジェフリーは、ふと、
   この人物に自分の本音を聞いてもらいたい気持ちになった。

 「ところで・・・・」
   ダニエルがふいに話題を変えた。
 「もしも、DIAが閉鎖されてしまったら君はどうするつもりだい!」
   どきりとした。
 
 「わかりません…答えるのは、とてもむつかしい」

 ダニエル
「僕だって市の職員だ。もしもらえるはずの年金が大幅にカットされて、
 退職後の生活がままならなくなってしまったら‥‥
 どれほどきついことなのか、
 自分の身に置き換えてみればよく分かります。 でも‥‥」

 ジェフリー
「それでも、DIAのコレクションを散逸させることは、
 許されないことだと思います。
 退職者の年金を守ることも重要です。
  けれど、コレクションを守ることも重要です。
 僕は、その両方を実現したい。~このふたつは等しく価値があります
 どちらかをとってどちらかを切ることはことは、できません」

 ダニエルは、ジェフリーをみつめた。深く、思い詰めた目で。
  そして、何も言わなかった。
        
                                     沈黙が流れる

 やがてゆっくりとジェフリーの方を向いた。
 「ジェフリー、 DIAのコレクションは、クリスティーの試算によれば、
   100億ドル以上の価値があるということだったね? 

 ジェフリーは正直にうなずいた。
 「ええ、100億どころではありません。 とてつもない価値があります」

  「…だったら…それを『売る』のではなく、『守る』ために、
    寄付を募るだけの価値がある‥‥ということだね?」

 ジェフリーは、はっと息をのんだ。

 ダニエルの瞳には輝きが宿っていた。
 朗らかな声で彼は言った。

    「『売る』ではなく『募る』発想の転換だ。
           ‥‥やってみようじゃないか」

     ~ ~ ~

 2015年1月。
 フレッド・ウイルはベッドの中で目覚めた。
 軽やかにメールの受信音が…
 ジェフリーからのメールだった。
         
                     「We did  it !  (ついにやった!」

 メールを開いた。
 差出人 : ジェフリー・マクノイド
 宛先  :フレッド・ウイル
 件名  :ついにやった!

 フレッド、速報だ!
 DIAがついに寄付金目標額を達成した。
 資金調達キャンペーンの最後の最後になって
 アンドリュー・メロン財団 
        
 ゲティ財団
                         
 
   が巨額の寄付を表明してくれたんだ。
 これと引き換えに、美術館は市の管理下を離れて独立行政法人になる。
 これからは市の経済状態に左右されることなく、存続していくことが
 できるようになったんだ。

  「な‥‥なんてこった! ほんとうか、ジェフリー⁈ 」

 フレッド、僕は、まずあなたに感謝の言葉を告げたくて、
   誰よりも先にこのメールを打っている。

 僕は、あなたような市民がいるこの街、
 デトロイトを誇りに思う。
 あなたがこの街にいてくれたことこそが
          デトロイト美術館の奇跡なんだ。

 ありがとう。

     ~  ~  ~

 すっきりと晴れ渡った青空の中で、星条旗とミシガン州旗がはためいている。
 白い石造りの建物が、春の日差しの中で眩しく輝いている。

 デトロイト美術館の正面入り口に、フレッドはひとり、佇んでいた。
 
      

            終わり

これも 何てこった! ですよ。

  ‥‥この裁判の後  僅かの時間で 
 このデトロイトの至宝(ロバート・タナヒル・コレクション)
 日本へ初上陸し、東京上野の森美術館(2016.10.7~2017.1.21)
 を皮切りに巡回展が行われた。
                   
 最後に、この時にお目見えした名作を少しご紹介しましょう。
 この連載中にアップした名画も、もちろん展示されました。
  作中でクリスティーズが査定した、多くの作品‥‥
   実際に、これをオークションに掛ければ
        いったい どれほどになるのでしょうか?

  ヴィンセント・ファン・ゴッホの「自画像」     

          

     「 オワーズ川の岸辺、オーヴェールにて」
        

    ドガ 「女性の肖像」
        

    モネ 「グラジオラス」
        

    ルノワール 「肘掛け椅子の女性」
        
 
      「座る女」
        

   ワシリー・カンディンスキー 「白いフォルムのある習作」
        

   モジリアニ 「女の肖像」
        

        
    「男の肖像」
        


 どれもこれも、あの騒動から・・・

 全てのコレクションが今も、美術館のそれぞれの部屋で
      今日も・・・息づいているのです。

 もう一度、日本へ来る機会があれば~
        今度こそ、絶対に 美術館には 足を向けるぞ!  
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続 黄昏どきを愉しむ

 傘寿を超すと「人生の壁」を超えた。  でも、脳も体もまだいけそう~  もう少し、世間の仲間から抜け出すのを待とう。  指先の運動と、脳の体操のために「ブログ」が友となってエネルギの補給としたい。