徒然草

つれづれなるままに、日々の見聞など、あれこれと書き綴って・・・。

映画「裁かれるは善人のみ」―権力を持った陰謀か無慈悲な神の裁きか―

2015-11-30 11:00:00 | 映画


 「父帰る」(2003年・ヴェネチア国際映画祭金獅子賞)、「ヴェラの祈り」(2007年・カンヌ国際映画祭主演男優賞)、「エレナの惑い」(2011年・カンヌ国際映画祭審査員特別賞)に次いで、ロシア鬼才アンドレイ・ズビャギンツェフ監督が、現代社会にはびこる腐敗体質を、痛烈な皮肉を込めて描いた大作である。

 この作品、カンヌ国際映画祭脚本賞受賞したのをはじめ、26を獲得し、世界の映画祭を席巻した人間ドラマだ。
 壮大な美学が凍りついているかのよな映画で、言い換えれば、それはブラックユーモアに満ち溢れた力強い悲劇だ。
 人と国家、善と悪との対立を描いて、深遠で普遍的な物語を際立たせる・・・。








自動車修理工のコーリャ(アレクセイ・セレブリャコフ)は、自然豊かな北の海辺の田舎町で、若妻リリア(エレナ・リャドワ それに前妻との間にもうけた息子ロマ(セルゲイ・ポホダーエフ)とともに、慎ましい生活を送っていた。

そんな彼の受け継いだ土地が市に収容されることになった。
コーリャは、不当に土地を収用しようとする市当局を相手に訴訟を起こし、ヴァディム市長(ロマン・マディアノフの悪事を知る友人の弁護士ディーマ(ウラディミール・ヴィドヴィチェンコフ)の協力を得て、徹底抗戦の構えだ。

しかし、政治、警察、司法が一体となって独裁体制を敷いているこの土地で、横暴な市長は力ずくで善良な市民を押さえつけようとするのだった。
コーリャは市長がかつて犯した悪事をタネに、ディーマとともに市長から多額の補償金を引き出す作戦に出る。

一方コーリャの家庭では、実の息子と後妻の間で争いが絶えない。
生活に疲れた後妻は、魅力的なディーマと関係を持ってしまい、それを知ったコーリャは二人に暴力を振るう。
ちょうどその頃、激怒したヴァディム市長が反撃に出て、事態は最悪に向かって坂を転がり始めるのだった・・・。

この作品は、アメリカ・コロラド州でセメント工場建設のため、当局の土地収用で逆上した自動車修理工が改造ブルドーザーで賛成派の建物を破壊し、内側から溶接したブルドーザーに籠城したのち自殺するという「キルドーザー事件」が、着想の下敷きとなっている。
映画の方は、主人公コーリャが家を当局に奪われ、妻リリアを友人の浮気とその後の死によって奪われ、自身の自由さえも妻殺害容疑によって奪われるという、悲劇の展開をたどる。

コーリャの敵は誰なのか。
信心深い(?!)といわれる悪者市長なのか。
市長の告解に耳を傾けようとする司祭(協会)なのか。
神ならぬ主人公本人なのか。
市長が悪人であることは容易に解るが、明確な答えはない。
政治権力と司法、教会は癒着しているのだから、どうしようもない。
裁判官と市長がグルになっていたら、結果は見えている。
庶民は虫けら同然の扱いを受け、家庭崩壊にも苦悩する無力な主人公の姿が浮かび上がる。
信ずべき神さえも、ここでは不在なのだ。
ここにあるのは、必然的に絶望のみである。
そして、それがいかに深いものであるか。息苦しいまでに胸に迫ってくる。

冷たく何もかもが凍てついた画面の中で、廃船、廃屋、廃墟となった教会、浜辺に横たわる巨大なクジラの骨など、どれも滅びの象徴、滅亡のシンボルばかりが鮮烈な映像となって迫ってくる。
冰のような映像世界だ。
この政治権力の腐敗というテーマは、主人公の悲劇を極限まで高めるドラマ的要素を持っていて、怪物のレヴィアタン(海の怪物=国家=作品タイトル原題)と向かい合った、旧約聖書ヨブの現代版のようだ。
つまりはその受難劇だ。
この悲惨に神は沈黙するのだろうか。
ドラマの中での宗教論は、長々とくどい。疲れるシーンだ。
不幸ばかりが連続する展開に、無常観が漂い、神秘的な荘厳さがある。

理不尽を受けいれない諦念・・・、荒涼とした現代ロシアの心象風景が、それも寒々としてぞっとするほどの美しさで描かれるシーンが、容赦なき絶望の凄さを物語っている。
権力に敢然と挑戦し、そして打ち砕かれていく男の過酷な運命を描いた、アンドレイ・ズビャギンツェフ監督ロシア映画裁かれるは善人のみ」は、あまりにも救いのないテーマだが、そのゆえに記憶されるべき作品ではないだろうか。
鯨の骨が散らばる海辺に、今日も白い波が打ち寄せている。
それはこの世の果ての風景だ。
この物語は、そこから始まりそこで終わる。
こんなことが、この映画のようなことが、現実にあっていいものか。
この作品には、簡潔でリアルな映像に、鋭い社会批判が込められている。
涙も枯れるドラマだ。
いやぁ、参りました。
     [JULIENの評価・・・★★★★☆](★五つが最高点
次回はフランス・スイス・ドイツ合作映画「アクトレス 女たちの舞台」を取り上げます。


最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
確かに (茶柱)
2015-11-30 23:08:21
救いのない話ですよね。
ロシアだからつい、と思ってしまいますが、でももとになった事件は「自由の国アメリカ」で起きたのですよね。
そちらの方がより救いがないのかも・・・。
返信する
救いのない・・・ (Julien)
2015-12-02 16:56:27
話です。ほんとうに・・・。
観ていてつらくなります。
終盤に少しでも希望を期待したのですが、見事に裏切られました。
しかし、これもまた映画なのですね。
返信する

コメントを投稿