世界から注目を集めている、女優ジュリエット・ビノシュとオリヴィエ・アサイヤス監督が組んで作り上げた映画だ。
女優を主人公に、演劇制作の舞台裏を描いている。
その華やかで美しい世界と、そこで繰り広げられる、嫉妬と野心うごめく女たちの、繊細にして静かな闘いのドラマだ。
登場人物の実人生と芸術、現在と過去を交錯させながら、物語は二重、時には三重の視線に根差した展開を見せる。
短いシーンでは、出来る限り説明は省略され、たとえば、女優と劇中の役どころが重なるような手法でつないでいる。
様々な仕掛けをそこここに施しつつ、少しずつドラマの主題が明らかになっていく仕組みだ。
3人の女優たちの絡む、濃密な人間ドラマである。
スイスのチューリヒへ向かう列車の中で、ベテラン女優マリア・エンダース(ジュリエット・ビノシュ)に、劇作家ヴィルヘルムが亡くなったとの知らせが入る。
マリアは、若く有能な秘書ヴァレンティン(クリステン・スチュワート)を伴って、彼の功績をたたえる授賞式に出席する途中だった。
授賞式でマリアは、自らを有名にしたヴィルヘルムの『マローヤのヘビ』という作品のリメイクへの出演を依頼される。
だが役柄は、かつて彼女が演じた20歳の小悪魔の主人公シグリッドではなく、主人公に翻弄され自殺する40歳の女性会社経営者ヘレナの方の役だった。
授賞式の当夜、マリアが会場入りすると、壇上では、ヴィルヘルムの作品の常連俳優であったヘンリク・ヴァルト(ハンス・ツィシュラー)が故人の思い出を語っていた。
そして、主人公シグリッド役には、ハリウッドの大作映画で活躍する19歳の女優ジョアン・エリス(クロエ・グレース・モレッツ)が、すでに内定していたのだった。
混乱するマリアは、2つの役柄の間に、自らに流れた時を重ねあわせることで、次第に自分の演じることの意味を見出していく・・・。
一世を風靡した大女優の孤独と葛藤の、しかし美しいドラマである。
豪華な女優陣の競演も艶やかだ。
大女優マリア役のジュリエット・ビノシュ、ジョアン役のクロエ・モレッツ、マリアのマネージャーでヴァレンティン役のクリステン・スチュワートと、3人による演技バトルが大いに見ものだ。
いわゆるハリウッドを舞台にした、華やかなゴシップにあふれた通俗的なドラマではなく、この作品、どこまでも真面目な女性たちの人生を真直ぐに見つめた、立派な大人の映画なのである。
3人の女優陣は十分魅力的だ。
3人それぞれの豊かな魅力に、舞台となったスイスの壮大な風景が生み出した、繊細なドラマだ。
それにしても、ビノシュを若い女優と対決させ、若い頃の自分に別れを告げさせるという、アサイヤス監督の演出は心憎いばかりだ。
ビノシュはきちんと自分の現在と向き合わねばならないし、モレッツはビノシュを中立的に見る役柄だ。
それがマリアとジョアンはビノシュとモレッツに、そしてヘレナとシグリッドという、それぞれの新時代と旧世代の対決が複雑な三重構造の様相を呈しているのだ。
いやいや、何とややこしいことか!
老いていく人間は、自分が老いに向かっていることをなかなか受認できにくいものだ。
それに対する若さは強力な武器となって、無防備で行動力に富んでいる。
この二者の対比と、他方、若さや美しさとは関係なく、この作品の中の秘書ヴァレンティンのような、中立的な存在というのもあるが・・・。
スイスの山々の絶景も圧巻で、それもいかにもこの物語にふさわしい。
時を超えてなお美しくありたいという女優像・・・、それも理解できぬことはない。
主人公を支える秘書役のクリステン・スチュワートは、存在感のある演技でセザール賞最優秀助演女優賞を受賞した。
とにもかくにも、フランス・ドイツ・スイス合作、オリヴィエ・アサイヤス監督の「アクトレス 女たちの舞台」は、新旧女優が作品の中で対峙する二重構造がかなり刺激的だ。
シャネルが手掛けた衣装やメイクも見どころのひとつだし、フランス人のアサイヤス監督と主演のビノシュが組んだ作品とはいえ、セリフは全編フランス語ではなく英語であることに注目だ。
この映画では、対比される秘書と若手女優にハリウッドの申し子がキャスティングされ、フランス女優だけを使ってフランス語で撮ることをしなかった。
ドラマの中での演劇論は、少々理屈っぽく辟易したが、作品そのものは知性にあふれており、ハリウッドの娯楽産業とヨーロッパの伝統といった、この対極も面白い。
女たちの虚実が入り交じった、十分知的な作品だ。
専門家の評価はかなり高いが・・・。
[JULIENの評価・・・★★★☆☆](★五つが最高点)
次回はロシア映画「草原の実験」を取り上げます。
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それこそキック・アスは大きなお友達向けの作品でしたが、こんな大人向け作品が演じられるようになったんですね。
人として演者として成長したんですね。
ビノシュとは親子以上の差がありますか。
大女優との競演、そしてスチュアートと、映画賞に縁のある三人の女優陣の取り合わせの妙が面白いですね。