徒然草

つれづれなるままに、日々の見聞など、あれこれと書き綴って・・・。

映画「休暇」ー懊悩する心の向こう岸でー

2008-08-20 17:00:00 | 映画

生きることにした。人の命とひきかえに・・・。
吉村昭の短編集「蛍」のなかにある、30頁ほどの小説が原作だ。
吉村昭と言えば、徹底した考証や取材にもとずく資料を駆使して、作品を執筆する作家だ。
門井肇監督のこの作品、佐向大の脚本によるところも大きいが、よく映像化できたと思った。
非常に困難な題材を、かなり大胆に描いて見せている。
おしどり作家の津村節子(吉村昭夫人)も、難しいと思われた、この小説の映画化には驚いたそうだが、
出来上がったドラマティックな作品を鑑賞して、原作のテーマを損なうことなく、観客にとっても受け入れやすい形になっていると言って、ことのほか満足していたという。

「休暇」は、とくに重苦しいテーマで、天井が開いて落ちてきた死刑囚の身体を支える役目をする刑務官の話で、息絶えてもなお反応する肉体を克明に描写している。
活字と映像は異なるが、その点も考慮された作品だ。
この作品の中心にあるものは、人間の命はどれほど重く尊いかという極めてシンプルなことだ。
刑が決まり、死刑囚は死を待つだけだ。
彼と関わらざるを得ない、刑務官(執行官)たちの苦悩は・・・。
そして、その影をひきずりながら、対比して新婚旅行が描かれる。
映画では、原作にないエピソードやキャラクターも登場し、ドラマにふくらみを持たせている。

門井肇監督は、前作「棚の隅」では、普通の市民の哀歓を実に温かな視線で描いたが、この作品でも、生と死の間で揺れ動くひとりの人間を、限りない優しさで包むような演出を見せる。
重いテーマを扱いながら、あえかな悲しみの先に、ほのかな希望もさして、本当の幸せとは何だろうかを問いかける。

他人の命を奪うことで得られる幸せとは、果たして本当の幸せと言えるのだろうか。
死刑囚を収容する、拘置所に勤務する刑務官たち・・・。
彼らは、常に死と隣り合わせの生活を余儀なくされている。
ベテラン刑務官の平井(小林薫)も、その一人だった。
心の平安を乱すことには背を向けて、決まりきった毎日を淡々とやり過ごす男、そんな平井がシングルマザーの美香(大塚寧々)と結婚することになった。
しかし、なかなか打ち解けない連れ子との関係を築く間もないまま、挙式を迎える。
その直前に、死刑囚・金田(西島秀俊)の執行命令が下る。
執行の際、支え役(死刑執行補佐)を務めれば、一週間の休暇を与えられると知った平井は、新しい家族とともに生きるため、究極の決断をすることになった。
それは、誰もが嫌悪する支え役に自ら名乗り出ることだった。

主演の小林薫は、生きることの意義を見出していく不器用で寡黙な刑務官に扮し、なかなか好演だ。
死刑囚役の西島秀俊も、あらかじめ未来を失った青年を圧倒的な存在感で体現する。
平井の上司大杉漣、平井を本能的な優しさで受け止める妻役の大塚寧々と、多彩なキャストを揃えた。
「刑務所の中」「13階段」にも参加した元刑務官・坂本敏夫が、アドバイザーとして名を連ねている。

これまで、無為に過ごしてきた男が、人生を見つめなおすために乗り越えなければならない壁・・・。
そして、希望を奪われた死刑囚の抱える闇の苦悩と、彼の未来をも奪う使命を託された刑務官たちの苦悩・・・。
そこににじむ厳しさは、決して尋常とは言えない。
さらには、彼らと関わりを持つ者たちの深い哀しみと愛情・・・。

死刑にいたる日々と、親子三人のささやかな新婚旅行を通して、それぞれの幸福、家庭の絆が浮き彫りにされる。
生死と直面した人々の、骨太だが、繊細な人間心理を描いて、それなりに見ごたえのある小品となっている。

これは、言ってしまえば、死と背中合わせの場所で、身も心もすり減らしていく男たちの話でもある。
それは、どこか寂しい男たちの登場する物語だ。
門井監督のデビュー作でもあった、前作「棚の隅」もよかったが、少しばかりメロドラマのような風情もあって、血のつながりだけを絆にしない男と女と子供が、一から本物の家族を作ろうと再出発するエンディングもよろしいではないか。

門井肇監督作品「休暇は、拘置所という苦悩の空間に宿る孤独な魂が、新しい家族の誕生とともに解き放たれていくような安らぎを、そっとあくまでも優しく差し出してくれている。
悲しみの向こう側に、小さな希望をほの見せる‘独房の詩’である・・・。
この人の作品には、どこか温かいヒューマニズムが感じられて、次作にも期待を寄せたくなる。


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2 コメント

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死刑。 (茶柱)
2008-08-20 23:57:28
日本の死刑制度は考えさせられますね。
何しろ無期懲役の次に死刑なので、なんだか大事な事が抜け落ちている様な気がしてなりません。アメリカ流が何でもいいという訳ではありませんけど、アメリカのように終身刑や懲役200年なんていうのがあってもよいのかも・・・。

何しろ「死んだ人間は帰ってこない」のですから。
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最近の・・・ (Julien)
2008-08-22 06:56:19
凶悪な犯罪を考えると、死刑制度の是非は難しい問題ですね。
一方で、冤罪、再審、裁判員制度など司法の問題は、まだまだ検討、議論の余地が必要ではないでしょうか。
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