瀬戸内寂聴が、まだ瀬戸内晴美(旧名)と名乗って新進作家として活躍し始めていた頃の、1957年(昭和32年)に発表された小説「花芯」がこの映画の原作だ。
「花芯」というのは中国語で「子宮」の意味だそうで、この作品が文学雑誌「新潮」に掲載されたとき、作者は毀誉褒貶の激しい嵐を浴びて、その後5年間も、文学雑誌からパージされるに至ったといういきさつがある。
この作品は「海を感じるとき」(2014年)の安藤尋監督が、ひとりの女性の生き様を通して、主人公の愛と性を描いて見せた初めての映画である。
現在と当時の世相は当然大きく変わっている。
当時の世相に反逆するかのように、傷だらけになりながらのヒロインが、ひたすら女としての性愛を貫いた、熾烈な恋愛ドラマがここではまこと秘めやかに綴られる。
終戦の翌年、昭和21年・・・。
古川園子(村川絵梨)は、親が決めた許嫁の雨宮清彦(林遣都)と結婚し、一人息子の誠をもうける。
雨宮に愛情を感じられないまま、よき妻として夫婦生活を営んでいた園子だったが、妹の蓉子(藤本泉)は彼女が幸せな女を装っていても、本当は満足していないことを見抜いていた。
昭和25年、転勤となった夫について京都に移り住んだ園子は、下宿先である北林未亡人(毬谷友子)の一軒家で、雨宮の上司・越智泰範(安藤政信)と出会い、男との恋に目覚める。
園子は初めての気持ちに戸惑い、苦悩する。
そしてある時、ついに園子は雨宮に越智を好きになってしまったと告白する。
それを聞いて激昂する雨宮は、園子をひとり東京へ帰らせようとするのだが、荷造りのすきを見て越智に会いに行った園子は、彼と再び会うことを約束する・・・。
安藤尋監督の映画「花芯」は文学作品の映像、翻案ということもあって、物語や登場人物の簡略化を施しつつ、原作にかなり忠実に描かれている。
ヒロインの村川絵梨がいい。
越智との恋に苦しむ園子はよく描かれてはいるが、彼女の表情はきりりとして厳しく、感情を押し殺したような演技がことのほか冴えている。
園子役の村川絵梨は、8歳で主演したNHKの朝の連続テレビ小説「風のハルカ」から10年、今回はセリフが少なく、多くを語らない中での表情の変化を迫られる大役に挑んだ。
目線や体のたたずまいなど、何を考えているのかわからないような場面は、その内面も観客に想像させるところや、下宿の大家役の毬谷友子のねっとりと絡みつくような演技も際立っている。
随分思い切ったキャスティングである。
小説の方は、発表された当時読んでいて少し驚いたりした部分もあったが、いま読み返してみると作品には古風なしなやかさが漂い、淡々と読めてあまり強いインパクトも感じないし、印象も薄い。
文学作品としてはむしろ物足りなさもある。
この映画「花芯」の核となるのは、女の〈業〉だろうが、総体的にはお世辞にも十分に描かれているとは思えなくて、残念だ。
やはり物足りない。
心理描写が主体となるべきこの種の文芸作品は、大体映像化そのものが難しいのだろう。
波乱のドラマのはずなのに単調で、画面のトーンの暗いのが気にかかる。
ひと皮むけたヒロインの熱演は賞賛したいが・・・。
瀬戸内寂聴は「花芯」が活字になったとき、各界から罵詈雑言を浴び、まだ名もない時代の一作家が反抗したことから、5年間も文学活動がままならなかったことは、この一作がもたらした不幸な運命のためだと言っている。
しかしそれはまた、却って彼女の60年余りにわたる小説家の生活が続いたという、因縁の作品ともなった。
原作者は、映画化された「花芯」での、主人公の身体を張った捨て身の演技に拍手を送っている。
ここに描かれるヒロイン園子の恋は、単なる女の狂気などではなく、人が人を愛する上での深い悲しみであることをじんわりと表現しているといえるだろうか。
[JULIENの評価・・・★★☆☆☆](★五つが最高点)
次回はフランス映画「アンナとアントワーヌ 愛の前奏曲(プレリュード)」を取り上げます。
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それはそれで立派に存在しますし、男も女も堂々と渡り合う、時には血みどろの戦いにもなりかねません。
この後のブログでも、たまたま不倫のドラマとそれに関する著名人の談話なども取り上げてみました。
悪しからず、ご了承ください。
お断り申し上げますが、私自身はとくに肯定も否定もしませんが、不倫を礼賛する者ではありません。はい。