カンヌ国際映画祭を皮切りに、フランスのゴールデン・グローブ賞にあたるリュミエール賞など、各種の賞レースを席巻した作品だ。
映像は、絵画を見ているように美しい。
作品は、娼館で働く女性の裏側を、切ないまでにあえかな美しさと哀しさで描いている。
ベルトラン・ボネロ監督の、フランス映画である。
20世紀初頭、まだベルエポックの華やかなりしパリで・・・。
高級娼館‘アポロニド’の女たちは、毎夜美しく着飾り、男たちの欲望を満たしていた。
しかし、美しく華やかな舞台裏とは裏腹に、娼館の日常は、女たちの孤独、苦悩、不安、痛みの渦巻く坩堝であった。
娼館一の美人といわれたマドレーヌは、客人男に騙され、顔に酷い傷を負っていた。
ジュリーは、自分の常客に本気で恋をし、いつか、彼が娼館から自分を連れ出してくれることを、固く信じていた。
レアは、ずっと若い時からもう12年間もの間この娼館で働き、先が見えないでいた。
新人のポーリーンは、美しく華かな世界へ憧れて、この娼館にやって来ていて、一番若い16歳だった。
そして、彼女たちを決して手放さない、凄腕の娼館の家主はマリー・フランスであった。
だが、娼館と女たちを取り巻く状況は、時代とともに次第に変わってゆき、‘アポロニド’はやがて閉館を余儀なくされることになるのだった・・・。
この作品には、特別なストーリーがあるわけではない。
新人、ベテラン入り乱れた高級娼婦らと、夜ごとやってくる資産家の客たち、娼館を取り仕切るマダムらの人間模様を、細やかに綴っていく群像映画だ。
出演は、ノエル・ルボフスキー、アリス・バルノル、セリーヌ・サレット、アデル・エネル、ジャスミン・トリンカ、イリアナ・ザペットら、女たちは揃って悲しいまでの官能を垣間見せる。
美しく着飾ったドレスや装身具、白い裸身と長い髪、まやかしと偽善に満ちたとりとめのない会話・・・、そんな世界をのぞき見る感じだ。
作品には、汚らわしさも、嫌らしさもない。
確かに美しいのだが、どこか背徳の悲しみと残酷な陰影に彩られた、女性たちの人生模様と生きることの哀れを描いて、ドラマはそくそくと切ない。
女たちは、みんな体を張って精いっぱい生きている。
彼女たちは、不安や苦悩をコルセットの中にとじ込めて、コロンをすり込み、酒と煙草と性で夜ごと殿方を待つのだ。
男たちからは商品としてしか扱われず、暴力や病気といった危険と常に隣り合わせの状況下で、その場所でしか生きる術のない女たちだ。
彼女たちは、すべてを諦めの気持ちで受け入れ、悲しいほど無邪気に生きている。
ドラマの半ばで、男の暴力によって、「笑う女」として生きるしかなくなったマドレーヌの運命が、とくに切ない。
ベルトラン・ボネロ監督は、クラシックの音楽家でもあり、スクリーン一杯に光と音楽を巧みに取り入れて、絵画の世界のような美しさを演出する。
映像が、芸術的だ。
20世紀初頭のパリ・・・、かつて、そこにはこうした優雅でデカダンスな娼館が間違いなくあったのだ。
娼婦たちは、娼館の中で互いに寄り添いながら、ときには少女のように明るく無邪気に戯れ、またときには悲しげな微笑を浮かべ、男性たちへの残酷な‘奉仕’を余儀なくされてきたのだった。
このフランス映画「メゾン ある娼館の記憶」は、そんな、儚くも過酷な運命を生きる娼婦たちを描いた群像劇だ。
[JULIENの評価・・・★★★☆☆](★五つが最高点)
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何とも美しい映画ですね。映像美としてではなく。むむむ。
いやいや、これは、これは・・・。
たまには、こういう美しさもいいのではありませぬか。
絵画でも、こうした作品(ときに目を見張るような傑作)に、お目にかかることがあるではありませぬか。
紅葉の深まりゆく、まさにいま芸術の秋ではありませぬか・・・。