徒然草

つれづれなるままに、日々の見聞など、あれこれと書き綴って・・・。

映画「さあ帰ろう、ペダルをこいで」―故郷に帰る旅、そして自分を取りもどす旅―

2012-10-03 10:15:00 | 映画


 国家の歴史に翻弄され、離ればなれになった祖父と孫・・・。
 ドイツから故郷のブルガリアへ、その二人が家族の歴史をたどる旅である。
 そして、失われた時間と二人の絆を取りもどす、心温まるロード・ムービーだ。

 確かに、人生はサイコロと同じ、どんな目が出るか、それは、時と運と自分の才覚次第だとは、ドラマの中での祖父の言葉である。
 ステファン・コマンダレフ監督の、ブルガリア・ドイツ・ハンガリー・スロベニア合作映画だ。
 こちらの国の映画と聞いただけでも、大変珍しい作品ではないだろうか。









     
1983年、アレックス(カルロ・リューベック)一家は、共産党政権下のブルガリアからドイツへ移住した。
それから25年後、ブルガリアへと里帰りの途中で、一家は交通事故に遭い、両親は死亡した。
そして、アレックスは記憶喪失になってしまった。
孫を心配して、祖父のバイ・ダン(ミキ・マノイロヴィッチ)が、ブルガリアからやって来た。
アレックスは、自分の名前すら覚えていなかったし、もちろんバイ・ダンのことも知らない。

祖父バイ・ダンの提案で、アレックスは二人乗り自転車で、二人はヨーロッパ横断の旅に出る。
目ざすのは、祖国ブルガリアだ。
アレックスは、幼いころ手ほどきを受けたバックギャンを、再び祖父から教えてもらいながら、故郷を目指した。
バックギャンというのは、世界最古のボードゲームのひとつで、2つのサイコロと15のコマ(チェッカー)を使って進めるゲームで、ルールは難しくないが奥が深く、遊戯としても世界各地でトーナメントが開催されているそうだ。

故郷へ向かう途中でそんなことをしながら、アレックスは自分自身の人生をもう一度たどり始める。
そうして、家族の歴史をたどることで、失われた時間を取りもどそうとする。
・・・やがて、すべての記憶を取りもどすことになるのだが、ある日アレックスが目覚めると、バイ・ダンはバックギャモンのゲーム盤と二人乗りの自転車を残して、ひとり列車でブルガリアへと帰っていた。
祖父を追いかけるように、ブルガリアへようやくたどり着いたアレックスは、昔バイ・ダンと通ったカフェへ出向き、バックギャモンの勝負を挑むのだった・・・。

旅の途中、バイ・ダンとアレックスは、祭りで賑わうキャンプ場に一泊するが、そこで出会った美しい女性ダンサー・マリア(ドルカ・グリルシュ)恋したアレックスは、彼女と一夜を共にし、自分の身の上を語るシーンがある。
一夜明けると、アレックスはマリアと別れ、最終場面で彼女との再会の時を迎える。
このシーンもいいようなく微笑ましいし、バイ・ダンとアレックスの祖父と孫が、父子のように心を通わせていく過程が、爽快感があってとても温かく感じられてよい。

ヨーロッパとアジアの入り混じった、小さな田舎町で始まるこの物語「さあ帰ろう、ペダルをこいで」では、この旅の案内人バイ・ダンを演じるミキ・マノイロヴィッチが郷愁を誘う演技を披露し、実にいい味を出している。
円熟の味である。
1971年に両親に連れられ、ユーゴスラビア、イタリア、ドイツへ逃げ、ミュンヘンで政治亡命者として保護を受けたといわれるブルガリアの作家、イリヤ・トロヤノフ(原作)が、ほんわかとしたユーモアに満ちた、ちょっと不思議なストーリーを生み出した。
本作の原題は「世界は広く、救いの手はすぐそこにある」で、劇中で幾重にも語られる祖父バイ・ダンの人生哲学にも納得だ。
年間製作本数7、8本という、ブルガリア映画界の新鋭ステファン・コマンダレフ監督は、この作品が長編2作目だそうで、ソフィア映画祭で上映された会場では涙と笑いが溢れるほどの、珠玉の作品として歓迎された。
ささやかな感動を呼ぶ、優しさに満ちたいい作品である。
    [JULIENの評価・・・★★★☆☆](★五つが最高点