イギリスのケン・ローチ監督は、カンヌのパルムドール受賞作「麦の穂を揺らす風」(06)など、社会の矛盾や問題点を鋭く描く映像作家だ。
今回の作品は、イラク戦争の闇に踏み込んで、男同士の友情を描いている。
さらにサスペンスやアクション映画の要素も取り入れた、骨太のドラマだ。
ケン・ローチ監督としては、新境地を開いた新作だ。
イラク戦争の大きな特徴は、「戦争の民営化」だ。
米軍基地の建設や施設の管理、物資輸送、兵士たちの給食から洗濯にいたるまで、軍隊の後方支援に関わる部分など、あらゆる業務が民間軍事会社に委託されたのだった。
その民間労働者の人数は、20万人近いといわれる。
この「民営化」がされていなかったら、米兵の死者数は1万人に迫っていただろうといわれる。
推計によれば、その代わり民間人約10万人以上が犠牲になった。
ひどい話である。
駐留米軍の撤退した後も、テロは後を絶たない。
この作品は、米軍の視点からではなく、民衆に視点をあて、彼らの大きな傷痕を強調したドラマだ。
二人の男を通して、あらゆる側面から、戦争の持つ残虐性(戦争ビジネスなる言葉まで)が見えてくる。
ある電話へのメッセージを最後に、イラクの戦場にいたフランキー(ジョン・ビショップ)が帰らぬ人となった。
リヴァプールの町で、兄弟同然に育ったファーガス(マーク・ウォーマック)は、友の死に深く心を痛める。
フランキーには美しい妻レイチェル(アンドレア・ロウ)がいて、彼女もその突然の死に衝撃を受ける。
フランキーが命を落としたのは、〈ルート・アイリッシュ〉と呼ばれる、イラクとバクダッド空港と市内の米軍管轄区域(グリーンゾーン)を結ぶ、12キロの道路のことだ。
そこは、03年の米軍のイラン侵攻以降、テロ攻撃の第一目標とされ、世界一危険な道路として知られるエリアであった。
かつて、ファーガスはフランキーとともに、イラクでイギリスの会社のコントラクター(民間兵)の一員だった。
ファーガスは、親友の死に不信感を抱き、レイチェルの協力も得ながら、死の真相を調べ始める。
フランキーの亡くなった日、ファーガスの電話に、「大事な話がある。今夜でないとだめだ。電話がほしい」というメッセージが残されていたのだった。
そして、葬儀の時、ファーガスは知り合いの女性マリソル(ナイワ・ニムリ)から、フランキーが残した包みを受け取った。
その中には、手紙と携帯電話が入っていた。
その携帯電話には、幸せそうな家族の映像の後に続いて、ある銃声とともに二人の少年が銃殺される様子が収められていた。
銃を撃ったのは、イラクにいる兵士ネルソン(トレヴァー・ウィリアムズ)で、その場にいたフランキーは激怒した。
それは、罪のない民間人が殺害された瞬間を収めた映像だった・・・。
ファーガスはレイチェルとともに、フランキーの死の真相を追い、その時間を共有し合ううちに、二人は惹かれ合うようになる。
しかし、ファーガスは彼女を愛し始めながらも、レイチェルとの人生は選択せず、フランキーの身に起きた事件の解明につとめるのだが、調査を続けるうちに、やがて事件の怖ろしい真相が見えてくるのだった。
イギリス映画「ルート・アイリッシュ」は、イラク戦争の裏に隠された真実が明らかになるにつれ、ニュースフィルムのようなリアルな戦場の映像は、とても力強い。
イラク戦争は、グロテスクなお祭りだといわれる。
そんなお祭り気分に、ケン・ローチ監督の怒りが向けられている。
ドラマのプロットはちょっと複雑で、わかり難い部分もある。
親友の死の真相を追い続けるファーガスが、やがて精神のバランスを崩し、彼自身の生活が壊れ始める・・・。
彼は、心に深い闇を抱えたまま、ずっと戦争の痛みを引きずっているわけだ。
ケン・ローチ監督は、大スターや英雄に目を向けることはなく、たとえば、サッチャーの改革によって押しつぶされた労働者の立場で、澄んだ少年のような眼差しで、普通の庶民を撮り続ける。
だからこそ、イラク戦争の最大の犠牲者は、米国人兵士ではなく、あくまでもイラク人だということを強調する。
この戦争を描いた映画が、米軍に捧げられることを良しとしないのは当然なのだ
ファーガス役のマーク・ウォーマックも、レイチェル役のアンドレア・ロウも、ともに新人ながら、演技力は確かだし、近頃のサスペンスフルな社会派の作品としても、一見の価値はある。
スリリングな、謎解きのドラマでもある。
[JULIENの評価・・・★★★★☆](★五つが最高点)