昼中の暑さをどのように乗り越えるか?などは目先の話、それより今夏の暑さを乗り切ることができ得ようか?がある。
昔々、夏に疫病が流行りバタバタと倒れる人が多かった故の疫病退散、無病患災として輪くぐりの行事ごとがあり、夏越し、名越しとして今も聞く。 名越しは夏の恐ろしい伝染病や水の災難を防ぐことができると考えられ行われてきた年中行事。
また夏の病気や家内安全などのお祓いとして、毎年7月になれば神社からお札が回ってきたものの今年は神社総代さんがやって来なかった。
で、輪をくぐることなどはやったことがないが、とりあえず冷たいシャワーを浴びることの回数が多い。じっとしていても汗が滲んでくる。ベトベト感が気持ち悪い。よってすぐに風呂場に直行することになる。今日は4回も汗ばむ体に水をかけた。
今日から妻が奈良に帰る。朝の早い便でお見送り。
ヤレヤレお見送りをした後は、自分の用事ごと。刑余者支援の仕事とうつ病支援の両方でハローワークへ。それぞれの担当者3人と打ち合わせ。前者の用事ごとは、釈放前に事業所から面接に来ていただくにあたり専用求人票のことなど今私が取り組んでいることへの協力依頼並びに保護観察所に通報し助成金等の説明申し出のこと。後者は私が関わっているメンタル不全者が医師の就労可の診断を受けて就活を行うにあたり、アドバイスを担当者にお願いのこと。両方支援は私が仕組んでやっているので、当然慎重に事を運ぶ必要がある。
空港のマーシャラーは、両手のパドル二つで大きな物体を自由に誘導をする。ゆっくり走れとか右とか左とか停まれとかまたエンジンを入れろとか切れとかをパイロットに指示を与える。私にも就職困難者をパドル、イヤむしろ暗い闇夜の中だからライトスティックのような困っている人から見れば目安となるような指示棒を持って、あっちとかこっちとか、イケイケとかヤスメなどの案内ができればいいのにナァ…などと思ったりするが・・。
昨日もユタカちゃんから連絡があった。ヨ~イ同級会の案内状を出したばかりというのに、毎回出席してもらってるレイちゃんが死んだよ・・・と。
毎日国会中継をテレビで見ている母親が、何ということなのか、憲法9条をどのように今の人たちは考えてるのか!と怒気鋭く、年齢にはふさわしくない言葉で息子の私にしゃべる日が続いている。どんなことがあっても戦争はダメだと、戦争に行くことはあってはならないことだと、94歳の母親が身動き取れない体で福祉ベッドに横たわりながら話しかけてくる。ジツハ私がもの心つく少年時から死について考えさせられた最初は母からである。死についてことあるごとに長男の私にしゃべっていたから。
新渡戸稲造・「武士道」の死生観がいい。“私は、私”である・・「生きる」ことについて「生きる」方向からしか考えない 。のに対して、“私ではない私”が私である ・・「生きる」ことについて「死」から発想して考える 。死の側から出発して、いかにそこまでを生きるかということを考える、が『武士道』であるとすれば、自分のXデー当日から今に向けて充実した生を営むことが大切なこと。だから、たまにいる私の周りの数人が、せいぜい生きてる間に楽しいことをしておこうよ・・などとバカなことを積極的に考えることはない。最近、急速に同じ年の同級生が続いて亡くなっている。