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カクレマショウ

やっぴBLOG

「ゴッド・イン・ニューヨーク」─「けんかはやめよう」と「神」は言う。

2008-06-08 | ■映画
GOD HAS A RAP SHEET

2003年/米/118分
監督・製作・脚本・音楽 カメル・アメッド
出演 ジョン・フォード・ヌーナン ボンズ・マローン ウィリアム・スミス ピーター・アペル

2003年の映画ですが、今年になってようやくDVDが発売されました。こういう作品が日本未公開というのはとても残念ですね。いわゆる「密室劇」としても、とてもすぐれた映画です。

満月の夜、様々な罪状で逮捕された男たちが警察の留置場で顔を合わせる。

1 自称ミュージシャンの黒人
2 その友人らしいプエルトリカン
3 その2人を乗車拒否するアラブ系タクシー運転手
4 音楽関係の制作会社に務めるアジア系
5 その仕事仲間のイギリス人の金髪おじさん
6 敬虔なユダヤ教徒
7 イタリア系のチンピラ
8 アイルランド系の刺青マッチョ

人種も民族も宗教も、よくこれだけ都合良く集めたというくらい多様。けれど、この中で「イギリス人」以外はすべて「アメリカ人」。米国がいかに「人種のるつぼ」であるかを象徴するようなラインナップです。加えて、表面ではわからない属性、「多様性」もだんだん見えてきて、ますますバラエティに富んだ顔ぶれであることがわかっていきます。

それぞれ、部屋の壁際に、一人ずつあるいは二人組で自分の居場所を確保しています。最初は、仲間どうしでこそこそ会話している。実は別々の部屋にいるのでは?と錯覚させるほど、お互いに見えないカベを作って、たとえ他人の話は聞こえてきてもそこに関わろうとはしない。ところが、ある拍子から会話がだんだん「外」に広がっていく。その過程はとても興味深いものがあります。

会話が成立すると、初対面の相手の、「外見以外」のこともわかってきます。たとえば「生まれ」であるとか、「白人至上主義」であるとか、「ゲイ」であるとか。それらが、相手と「仲良くなる」きっかけにはならないように描いているのがこの映画です。外見でまず相手を判断している彼らは、隠された「中身」を知って、ますます反目し合うという仕掛けです。

様々な「理由」で彼らは反目し合う。アラブ人対ユダヤ人。白人対黒人。アラブ人対黒人。カトリック対プロテスタント。たとえ同じ「白人」でも、アイルランド系とイギリス人は「歴史」のために反目し合う。

たとえば、これが「アジア人」の集まりだったらどういうラインナップになって、どんな関係が生まれるのか、興味深いところです。つまり「ゴッド・イン・アジア」。たとえば、日本人、韓国人、中国人(漢民族)、パキスタン人(イスラム教徒)、インド人(ヒンドゥー教徒)、チベット人(ラマ教徒)、スリランカ人、アラブ人、ミャンマー人…といったメンバーだったら。

そもそも共通語がないですね。そうなると、「英語」はいかに便利な言葉かと言わざるを得ません。とりあえず、言葉でコミュニケーションができるというのは、非常に大きなポイントです。ま、仮に「ゴッド・イン・アジア」では「アジア語」をみんなが話せることにしましょうか。

まず、「タイムリー」なところからいくと、中国人とチベット人が喧嘩を始めるでしょう。ことによったらつかみ合いが始まるかも知れない。そこに韓国人が割って入って仲介する。一方、別の隅では、宗教的な対立が火を噴く。パキスタン人とインド人。アラブ人はムスリムの立場からパキスタン人に加勢する。インド人には、仏教徒のスリランカ人も楯突く。ミャンマー人も仏教徒の立場からそっちの味方。立つ瀬のないインド人は、もう一つの喧嘩に目を付けて、名誉挽回とばかりにチベットの応援演説を始める。

日本人? そうですね。日本人は何してるでしょうね。勢いで韓国人や中国人から「不幸な歴史」を蒸し返されてるかもしれません。チベット人から助けを求められるかもしれません。ミャンマー人からは、サイクロンの救援に来てくれと泣きつかれるかも。結局、みんなに「いい顔」しているだけなのかもしれませんね。

そうした対立や反目をじっと見ていた「神様」は、静かに説教を始める。それは「仏」の教えかもしれません。でも、たぶんそれは「ゴッド・イン・ニューヨーク」の「神様」とほとんど同じことを言っていることでしょう。

この映画の中の「神様」は、ぼうぼうに伸びたあご髭、贅肉がつまった太鼓腹、シミだらけのシャツとパジャマのズボン。真っ黒な足の裏。薄汚いおっさんです。「神がそんななりなら自分に自信がもてるぜ」と言われてしまうほど。そんな「神」が部屋の片隅に据えられた便座に座りながら「愛」を説く。これをシュールと呼ばずに何と呼ぶ。

シュールといえば、原題の"God Has a Rap Sheet"とは、「前科者の神」という意味だそうで。彼が、「私は神だ」と言った時に8人が笑い飛ばした時にそんなセリフが出てきます。おまえが神なら、「神に前科がある」ってことかよ!8人はそれぞれに、自分の価値観と異なる人間にいろんな「レッテル」を貼っています。「神に前科があるわけがない」、それも一つのレッテルなのかもしれません。

その「前科者の神」は言う。
「われわれ全員が ほんの少し 互いを理解すれば 差別の足かせをはずせる」
「世の中を正しく動かすのは 君たち自身だ」

そんな言葉に、彼ら8人は少しずつ少しずつ感化されていく。「悪魔」の誘惑にも負けず、最後には抱き合って留置場を出て行く。それほど簡単には人の価値観とか前提は変わらないはずと思っていても、妙に納得してしまう。「神」はそれほど偉大だということか。というより、「神」に言われなければ気づかない人間たちの浅ましさも、そこにえぐり出されています。

スラングだらけのセリフの中に、「民族」って、「宗教」っていったい何だろうと考えさせられる言葉が何度も飛び出してきます。「ピラミッド」を作ったのは誰かという、ムスリムと黒人の言い争いとか、ユダヤ教徒とムスリムの「先人」の行状をめぐるけんかとか、ホンネがばんばん飛び交う。元々ミュージシャンだというカメル・ハメッド監督自身による印象的な音楽とともに、密室の中から一時も目を離すことができない映画でした。

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