新聞連載中の「中学生のキャリアデザイン」最終回で、法政大学助教授の児美川孝一郎氏は「キャリアアップという言葉がわたしはあまり好きでない」と言っています。「どこか上昇志向の香りが漂うし、逆に言えば、「『負け組』に転落しないように、常に自分を磨いておかないと」といった強迫的なにおいを感じてしまうからだ」そうです。「キャリアはその人の生きざまそのものであり、本来、アップもダウンもない。あるのは、生涯を通じたキャリア発達であり、本人の満足度であるはずだ。」
「キャリアはその人の生きざまそのもの」。私は「生きざま」という言葉があまり好きではありません。「死にざま」という言葉から派生してできた言葉だと思うのですが、「死にざま」があまりいい死に方ではない場合に使われるというイメージがあるため、「生きざま」っていう言い方はどうなんだろう…と思います。「生き方」でいいんじゃないのかなと思います。それはともかく、「アップ」とか「ダウン」とかいう言葉は、外から見た時の様子を意識した言葉だと言えます。「目に見える形のキャリア」です。はたから見て、昇進したとかヘッドハンティングされたとか華麗な転身を遂げたとか、とてもわかりやすい「キャリアアップ」の形があります。
ただ、「生涯を通じたキャリア発達」という意味で言えば、そのような外見的なキャリア発達だけではなく、内面的な、自分だけが知っているキャリア発達もあるはずです。何か目標を持って努力した結果、自分の中で何かしらの変化を感じ取ることができた。他人の目には変わったことがわからないかもしれない。でも以前の自分とは明らかに違う、少なくとも一歩は「前進」している自分を見い出すことができた。そんな経験は誰もが持っているのではないでしょうか。それもキャリア発達と言えます。内面的にキャリア「アップ」しているのです。
ですから、やっぱり大事なのは「キャリアアップ」という言葉だと私は思います。目に見えるわかりやすいキャリアアップを目指すことも大切。しかし、「生涯を通じたキャリア発達」を目指す以上、内面的なキャリアアップはもっと大切なことです。
「キャリアはその人の生きざまそのもの」。私は「生きざま」という言葉があまり好きではありません。「死にざま」という言葉から派生してできた言葉だと思うのですが、「死にざま」があまりいい死に方ではない場合に使われるというイメージがあるため、「生きざま」っていう言い方はどうなんだろう…と思います。「生き方」でいいんじゃないのかなと思います。それはともかく、「アップ」とか「ダウン」とかいう言葉は、外から見た時の様子を意識した言葉だと言えます。「目に見える形のキャリア」です。はたから見て、昇進したとかヘッドハンティングされたとか華麗な転身を遂げたとか、とてもわかりやすい「キャリアアップ」の形があります。
ただ、「生涯を通じたキャリア発達」という意味で言えば、そのような外見的なキャリア発達だけではなく、内面的な、自分だけが知っているキャリア発達もあるはずです。何か目標を持って努力した結果、自分の中で何かしらの変化を感じ取ることができた。他人の目には変わったことがわからないかもしれない。でも以前の自分とは明らかに違う、少なくとも一歩は「前進」している自分を見い出すことができた。そんな経験は誰もが持っているのではないでしょうか。それもキャリア発達と言えます。内面的にキャリア「アップ」しているのです。
ですから、やっぱり大事なのは「キャリアアップ」という言葉だと私は思います。目に見えるわかりやすいキャリアアップを目指すことも大切。しかし、「生涯を通じたキャリア発達」を目指す以上、内面的なキャリアアップはもっと大切なことです。
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