「蟹工船」はまる若者、という新聞記事(2008年5月13日付け朝日新聞)に思わず引きつけられました。
小林多喜二の『蟹工船』。1929年、昭和の初期に書かれたこの作品は、「プロレタリア文学」の代表作と言われます。「プロレタリア文学」なんてもうとっくに過去の遺物かと思っていましたが、ところがどっこい、この作品は今でも立派に若い世代の心をとらえるらしい。
「おい、地獄さ行(え)ぐんだで!」という有名な書き出し。「蟹工船」はあくまで「工場船」なので航海法は適用されない。劣悪な船内の環境。カムチャッカのすさまじい寒さの中でのカニ漁。そして缶詰への加工作業。一方で、蟹工船は、日露戦争を背景とした「日本帝国主義」のロシアに対する対抗意識のシンボルでもありました。
「蟹工船はどれもボロ船だった。労働者が北オホツックの海で死ぬことなどは、丸ビルにいる重役には、どうでもいい事だった。」
悪辣な監督・浅川の仕打ちに耐えかね、男たちが団結して立ち上がる。しかし、浅川は帝国海軍の介入を求め、駆逐艦が彼らの船に近づいてくる。自分たち民衆・労働者の味方だと思っていた軍が「帝国主義」側、つまり「搾取」側に立つのを見て、労働者たちは再び立ち上がる決意をする。この物語は次の言葉で閉じられます。
「そして、彼等は、立ち上った。――もう一度!」
このあたりは、ロシア革命の第一段階である「血の日曜日事件」という歴史的事実と重なる部分があります。広場に集まった群衆に対して、軍が発砲する。そのことで民衆は軍が自分たちの味方ではないことに気づき、「再び」行動を起こしていくのです。たぶん、小林多喜二もこの事件を意識していたにちがいありません。
私がこの作品を読んだのは確か中学1年の頃でした。「純粋」に彼らの境遇に同情し、浅川に怒りを覚え、ストライキを起こした彼らに拍手を送った。そういう感想文を書いたら、先生に軽くたしなめられ、なんでだろうと不思議に思ったものでした。
今、「ワーキング・プア」とか派遣社員の労働条件が社会問題になる中で、そうした当事者たちにとっては、蟹工船の男たちの姿は決して絵空事ではないのでしょう。彼らが、「団結」する労働者たちの行動に共感する気持ちもなんとなくわかるような気がします。
小林多喜二は、『蟹工船』を書いたがために、当局に目をつけられます。何しろ、共産党が非合法だった時代です。4年後の1933年、彼は特高に逮捕され、激しい拷問を受けてそのまま獄中死。享年29歳の若さでした。
今は時代が違います。「言論の自由」はとりあえず保障されているし、「蟹工船」を読んでいる若者も、右とか左とか、意識しているわけではないでしょう。ただ、この「格差」が不気味に広がりつつある社会で、「純粋」に自分の生き方や身の処し方を模索しているのだと思います。その時に、「団結」することの大切さは感じているかもしれない。 だからといって、「新たな階級闘争」が始まりつつあるのだとは思いませんが、今の時代に合った、新しい「つながり」の形が生まれつつあるのは確かなような気がしています。
『蟹工船』≫Amazon.co.jp
小林多喜二の『蟹工船』。1929年、昭和の初期に書かれたこの作品は、「プロレタリア文学」の代表作と言われます。「プロレタリア文学」なんてもうとっくに過去の遺物かと思っていましたが、ところがどっこい、この作品は今でも立派に若い世代の心をとらえるらしい。
「おい、地獄さ行(え)ぐんだで!」という有名な書き出し。「蟹工船」はあくまで「工場船」なので航海法は適用されない。劣悪な船内の環境。カムチャッカのすさまじい寒さの中でのカニ漁。そして缶詰への加工作業。一方で、蟹工船は、日露戦争を背景とした「日本帝国主義」のロシアに対する対抗意識のシンボルでもありました。
「蟹工船はどれもボロ船だった。労働者が北オホツックの海で死ぬことなどは、丸ビルにいる重役には、どうでもいい事だった。」
悪辣な監督・浅川の仕打ちに耐えかね、男たちが団結して立ち上がる。しかし、浅川は帝国海軍の介入を求め、駆逐艦が彼らの船に近づいてくる。自分たち民衆・労働者の味方だと思っていた軍が「帝国主義」側、つまり「搾取」側に立つのを見て、労働者たちは再び立ち上がる決意をする。この物語は次の言葉で閉じられます。
「そして、彼等は、立ち上った。――もう一度!」
このあたりは、ロシア革命の第一段階である「血の日曜日事件」という歴史的事実と重なる部分があります。広場に集まった群衆に対して、軍が発砲する。そのことで民衆は軍が自分たちの味方ではないことに気づき、「再び」行動を起こしていくのです。たぶん、小林多喜二もこの事件を意識していたにちがいありません。
私がこの作品を読んだのは確か中学1年の頃でした。「純粋」に彼らの境遇に同情し、浅川に怒りを覚え、ストライキを起こした彼らに拍手を送った。そういう感想文を書いたら、先生に軽くたしなめられ、なんでだろうと不思議に思ったものでした。
今、「ワーキング・プア」とか派遣社員の労働条件が社会問題になる中で、そうした当事者たちにとっては、蟹工船の男たちの姿は決して絵空事ではないのでしょう。彼らが、「団結」する労働者たちの行動に共感する気持ちもなんとなくわかるような気がします。
小林多喜二は、『蟹工船』を書いたがために、当局に目をつけられます。何しろ、共産党が非合法だった時代です。4年後の1933年、彼は特高に逮捕され、激しい拷問を受けてそのまま獄中死。享年29歳の若さでした。
今は時代が違います。「言論の自由」はとりあえず保障されているし、「蟹工船」を読んでいる若者も、右とか左とか、意識しているわけではないでしょう。ただ、この「格差」が不気味に広がりつつある社会で、「純粋」に自分の生き方や身の処し方を模索しているのだと思います。その時に、「団結」することの大切さは感じているかもしれない。 だからといって、「新たな階級闘争」が始まりつつあるのだとは思いませんが、今の時代に合った、新しい「つながり」の形が生まれつつあるのは確かなような気がしています。
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蟹工船にでてくる、労働者には、私も拍手を送りました。その先生、『軽くたしなめられた・・・』って、どんな意図でそうしたのでしょうか?
たぶん、田舎だったので、「左」傾向はあまり好ましくないとその先生は思ったのではないでしょうか?私もいまだによくわかりませんが。
「新しいつながり」。東西冷戦も終わり、イデオロギーではなく、新しいよりどころによる「つながり」が生まれてきて当然だというか…。
…あまり深く考えているわけではありません。すみません。