風塵社的業務日誌

日本で下から258番目に大きな出版社の日常業務案内(風塵社非公認ブログ)

壱岐坂へ(2)

2019年07月11日 | 出版
N氏と別れてから、雑司ヶ谷霊園を抜けて護国寺近くに出、そこから春日通へと向かう。春日通を右折し、お茶大の前を過ぎてから、茗荷谷駅、後楽園駅と通過することになる。途中暑くなり、コンビニに立ち寄っては缶ビールを購入。歩きながら行儀悪くそれを飲みつつ、1本が2本となったところで尿意をもよおしてきた。そこでラクーアのトイレを借りることにしたのだけれど、そこの野外ステージ上では女の子4人組のグループが歌っていた。100人くらいかな、というファンが押しかけている。あおぎ見てはいないが、2F通路にはファンがもっといたのかもしれない。当世の売れっ子アイドルすら知らない小生が、彼女らのことを知るわけもない。アイドルと呼ぶには少し年季が入っている感じの彼女らであったが、熱心なファンがそこそこついているようだ。そのオニーチャンたちが、彼女らの振り付けに合わせて後ろの方で踊っている。しばらく見ていたけど飽きちゃったので、本郷3丁目方面に向かうことにした。
そういえば、日常的にラクーア内を歩いているというのに、その施設はほとんど使ったことがない。したがって、アトラクションの申し込みの仕方も知らないし、スパに宿泊したこともない。N氏が昔、「ラクーアのスパはよかったんだけど、そのうち泊まりにくくなっちゃったんだよね」とこぼしていたことを思い出す。現状はどうなのかを知らないけれど、別の関西在住S氏が3・11のときにラクーアのスパにたまたま泊まっていて云々という武勇伝を本人が語っていた(武勇伝の内容は秘密)。小生もそのうち、若いネーチャンとラクーアのスパにでも遊びにいくことにしよう。
それはともかく、ラクーアの本郷側出口の階段を降りていけば1FにビールパブのHUBがある。以前はちょくちょく飲みにいっていたお店だ。さらにそれはともかくこれは池袋のHUBの話になるが、昔々のある日、妻ではない若いネーチャン(マタンゴでもない)と二人でそこでビールを飲んでいた。小生らの隣りでは、これまた若そうな白人女性の二人組みがビールを飲んで楽しそうにおしゃべりをしている。そこに、店内のBGM(ジュークボックス?)でU2の「With or Without You」かなんだかがかかってきたのかな。するとその白人女性の一人が突然、「これってGreat Songでしょ」みたいなことを小生に話しかけてきた。酔っ払っていた小生は「Yes! Nice Music! Bono's voice is so warming」みたいなことを適当なシジャパニーズ・イングリッシュで応えておいた。U2に反応しているとは彼女らアイリッシュ系かなとは考えつつも、しかし、目の前には別の日本人ネーチャンがいるわけなので、彼女との話が終わったところでアイリッシュ組みとはバイバイと別れることになった。ウーム、うまくやっていれば、アイリッシュネーチャンとウハウハだったのだろうか。世のなか、思うようにはならないものだ。
話をもどし、ラクーアを出ればそこは壱岐坂下交差点である。本郷にある坂がなぜ壱岐坂と呼ばれているのか、その由来は知らない。ほとんど毎日のように歩いている坂ではあるけれど、その日は気分を変えて、坂上に向かって右側の歩道を歩いてみることにした。その交差点の角にセブンイレブンとファミレスが入っているビルがある。そのコンビにもファミレスも、30年ほど前は東海銀行水道橋(本郷?)支店であった。支店どころか東海銀行自体がなくなっているわけで、時代の移り変りの速さを感じさせる。そこから少し上がれば、それほど広い店ではないがローソンがある。このローソンは意外に古い。もう20年以上は営業を続けているのではないだろうか(アレッ、昔はファミマだったかな)。安泰なようでいて、コンビニの店舗も栄枯盛衰が速いように感じる。そのなかで地道に20年も続けているのだから、客ダネがそれなりにいいのだろうか。
そこから少し歩けば交番がある。若いころ、その交番の巡査になんだかを毒づいたらかえって怒られてしまい、日本の警官って優秀なんだなあと感心した記憶が残っている。確かそのときは素面だったと思うけれど、日中、自転車でその交番にもどろうとしていた制服の警官になにやらイチャモンをつけたわけだ。すると、「おまえの言いがかりの方がおかしい」的なことを威風堂々と反論され、小生は尻尾を巻くことになった。そのときに、警察官って相手に対する威圧の仕方がうまいなあと感心すると同時に、どこかでそういう職業的な訓練をしているのかなと想像したということである。
さらに坂を上がれば、結構広いスペースが更地になっている。工事の看板を見たら、敷地面積が約750平米とある。その内の一部には20年ほど前、ある心を病んだ一家の2階建ての家があった。おじいさんは認知症だったのかな。おばあさんは明らかに精神を病んでいた。その息子か、孫かという男性がいて、彼は自閉症的な知的障害を抱えている様子であった。ときおり、そのばあさんが大きな声で笑いながら、自分をカサでたたきつつ壱岐坂を往来していた。こちとらその姿を眺めつつ、まあ、楽しそうだからそれでいいじゃんと思っていたわけである。

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