風塵社的業務日誌

日本で下から258番目に大きな出版社の日常業務案内(風塵社非公認ブログ)

ブタ箱物語(19)

2017年02月14日 | ブタ箱物語
検察官の前に到着すると、手錠をはずされたんだっけな(記憶は不確か)。小生の右後方ではまだ若い女性の検察官が、被疑者に詰問している声が聞こえてくる。正義に燃える奴ってなんだかいやだなあと、その被疑者に同情してしまった。腰縄はつけられたままで、小生を誘導してきた警官は、小生を事務机の前に座らせてから、本人も小生の後ろの椅子に座った。検事に飛びかかることのないようにという配慮なのだろう。
小生の目の前に鎮座まします検察官は、50代後半かなという男性であった。50代後半で地検の検事なんだから、さして出世はできなかったということだろう(世の中には出世を希望しない人もいる)。しかし、嫌味な印象は受けない。小生から向かって右側に、女性の検察事務官がパソコンを前にして座っている。検事の目の前には、小生の調査ファイルが置かれていて、これが5センチほどの厚みだ。一日半前のどうでもいいような事件で、警察はそんなに分厚い書類を用意しているわけである。これにはびっくりした。
小生が着席すると、検事から簡単なあいさつがあったように記憶している。こちらも彼とケンカするつもりもないから、フレンドリーにあいさつを返す。そこで、「ご職業は?」と最初にたずねられた。「零細出版社の社長をしています」「どういう本を出されているんですか?」「近々出すのはADR関係の本です」「それは、あの家庭で問題になっている?」「いえ、そっちじゃなくて(おそらくはADHDと勘違いしたのだろう)、裁判外紛争……なんでしたっけ、そっちの方です」。そう答えたら、いやな顔をしやがる。そこから本題に入った。
「酔っ払っていて覚えていないということですが、ポスターを破ったということは認めるのですか?」
「覚えていないのは、覚えていないんですね」
「そうすると、容疑を否認するということですか?」
「いや、そういうことじゃなくて、私を逮捕したお巡りさんがそう言っているのなら、そうかもしれないということです」
「ああ、そうですか。それで、どこで飲んでいたんですか?」
「会社で一人で飲んでました」
「どのくらい飲んだんですか?」
「いやあ、それも覚えていないんですねえ。一人でそんなに飲んだんだっけなあ」
「ポスターを破ったのはわざとやったんですか?」
「わざとと言われても、その、おっしゃる『わざと』ということの意味がよくわからないんですけど」
「つまり、意図的にしたということですか?」
「意図的なのかどうか、覚えていないので説明のしようがないんですね」
そこで検事がパラパラとファイルをめくり始めた。これは小生にわざと見せるためにしたのかもしれない。一番真っ先に、S弁護士が手配してくれた、妻の署名捺印のある身元保証書があったのが小生の目に留まり、Sさんへの感謝の気持ちがわき起こる。さらに先へパラパラ進むと、リュックを背負った半ズボン姿の小生がポスターを破っている写真まであるではないか。これには、内心ギクリとなる。
おそらくは、いわゆる犯行現場の向かいにある、小生が連れていかれた交番の監視カメラから撮った写真ではないかと推測するが、その写真だけを取り出せば、いかにも小生が悪意を持って政党ポスターを破ったように見えてしまう。こうした勾留施設内だけでなく、社会が監視下に置かれているオーウェル的な世界になっているんだなあとしみじみ実感した。まさにディストピアに我々は生活しているわけだ。
それからつまらない問答が始まった。「さっきもうかがったけど、職業は会社役員ということですね?」とその検事がたずねる。「いや、役員じゃなくて社長です」「それが役員ということなんです」「ヘッ? だから代表取締役ということですよ」「それも役員ということなんです」。ここに来てようやく、彼らの指す会社役員の定義がおぼろげながらわかった。「ああ、それなら役員でいいです」と答えておく。
「じゃあ、これでいいですよ」と検事が言う。そこで事務官がタイピングした文書を検事がザッと眺めて確認し、小生はまた待合室にもどることになった。な~んだ、もう終わりかいなというのが正直な気分だ。たかだか10分程度の話のために、一日中堅い木のベンチに座らされるのである。警官にまた手錠をはめられて、もと来た道をもどり、待合室の房にぶちこめられた。
そこで考えてみるに、ここにはおよそ100人ほどが収容されている。それを7名でさばかないといけない。すると、一人頭14人ほどを担当しなければならないということになる。しかもその前に、警察などから提出されている分厚い捜査資料に目を通さないと尋問もできない。慣れたらたいしたこともないのかもしれないが、14人分の資料に目を通すだけでもかなり大変な作業のように思われる。しかも、土曜日である。検事もシフトを組んで出勤しているにしても、なかなか大変な商売だなあと思い至った。しかしまあ、楽な仕事なんて世のなかにあるわけがない。

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1 コメント

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Unknown (第五細胞「吉田」)
2021-11-16 09:16:29
ブタ箱にぶち込まれてもなお「社長」の肩書に固執する俗物性がおもしろい。なお検察官が「社長」の語を避けたのは、それが「役員」「代表取締役」と違って法的地位ではないから。
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