風塵社的業務日誌

日本で下から258番目に大きな出版社の日常業務案内(風塵社非公認ブログ)

台風の夜に(続)

2019年10月18日 | 出版
ドシャ降りのなか、タバコを吸いに外に出たところで前回の話は終わってしまった。建て前としては、もしも数日自宅避難態勢となったとき、最低限の物資だけは事前に確保しておこうということで外出したわけである。ところが、近くのスーパーなどは軒並みお休み。セブンイレブンだけが開いていたので、そこで水やらタマゴやらを購入し、家にもどることになる。 もどってTVを点ければ、三重から静岡、箱根にかけては大雨ということ . . . 本文を読む
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台風の夜に

2019年10月15日 | 出版
最近の台風被害に遭われたかたがたには、お悔やみ申し上げます。不便な生活を強いられる人々も多いでしょうが、早期の復旧を期待しております。 さて、台風15号が通り過ぎてしばらくしてから、房総にお住まいのSさんと久しぶりにお会いすることがあった。「台風の被害どうでした?」と小生がたずねると、「その前に香港に行っていたの」「ヘー、それじゃあ、デモにも参加して?」と聞くと、Sさんはニヤリと笑みを浮かべ、それ . . . 本文を読む
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アナルコ保守主義(16)

2019年10月09日 | 出版
前回で終りにしようとしたのに尻切れトンボとなってしまった。本当にこれで中締めにしよう。 前回では、要するに、人間は自分自身のことすら理解しきることができないし、その不十分な自画像で社会全般について構想してもどこかで破綻するだろうということを述べたかった。そして、その内省的な発想は保守主義に通じるものがあると思う。自分自身ですら信用できないのだから、他者の掲げるスローガンになどホイホイついていけるわ . . . 本文を読む
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アナルコ保守主義(15)

2019年10月07日 | 出版
この項を記しているのにも段々と飽きてきたので、この回で一度中締めにすることにしよう。 前回、サンディカリズムの目指すところは、結局、民主制国家の目指すところと本質的に変わらないのではないかと考え、それならばサンディカリズムはアナキズムではないと考えている旨を述べた。一方、健全な民主制国家に小生が反対しているわけでもないので、サンディカリズムもまたよしとも記したところである。 レーニンは『国家と革命 . . . 本文を読む
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アナルコ保守主義(14)

2019年10月03日 | 出版
いつまでたっても、アナルコ・キャピタリズムから話が抜け出せない。つまらない迷路にはまってしまったようだ。そこで強引に、サンディカリズムに話を変えることにする。前にも述べたけれど、米民主党を規定する思想のうちの一つがサンディカリズムである。米共和党が、『ドラえもん』に出てくるジャイアンのようなものだとすれば、民主党はスネおのような性格なのだろうか。つまり、共和党は素朴な分、粗野で腕力任せの傾向があり . . . 本文を読む
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アナルコ保守主義(13)

2019年10月01日 | 出版
最近いろいろとゴタゴタしており、更新に間が空いてしまい、これまでなにを考えていたのかを忘れてしまった。アナルコ・キャピタリズムと米共和党の精神についてしつこく書いていたような気もする。ああ、思い出した。共和党の建党の精神に質素さが含まれていた旨を記した。ところが、アナルコ・キャピタリズムの段階に至れば、そんなものは関係ない。トリクルダウンこそがマネーを回す要件だとされてしまう。その変化の機制を考え . . . 本文を読む
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アナルコ保守主義(12)

2019年09月27日 | 出版
最近、夜に用事が入ることがしばしばで、ついついブログの更新を怠ってしまった。間が空いてしまうと、これまでなにを考えていたのかをほとんど忘れてしまっている。一連の妄想を最初から確認し直すのも面倒なので、ここで話が少し飛んでしまうかもしれないが、どうかお許し願いたい。 ある休日の晩、ほろ酔い気分で近所をウロウロさまよっていた。近くの古本屋の前を通りかかると、店先の100円均一セールの棚にソローの『森の . . . 本文を読む
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アナルコ保守主義(11)

2019年09月19日 | 出版
戒律についてもう少し考えてみたい。ここでいう戒律とは、キリスト教なり唐招提寺的なものに限らない。確かに宗教的な要素が濃い用語なのだろうけれど、どっかの村落共同体に代々伝わる掟のようなものと、とりあえずしておこう。マックス・ウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(岩波文庫、大塚久雄訳)を、あえてここで超バッサリと要約しておけば、プロテスタントは戒律を放棄したがゆえにかえって不安に . . . 本文を読む
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アナルコ保守主義(10)

2019年09月18日 | 出版
もう少しアナルコ・キャピタリズムについて考えてみたい。前に、アナキズムに近い概念にリバタリニズムとサンディカリズムとがあるものの、アナキズムとの区分けを小生はよく理解していない旨を述べた。それでも小生の理解としては、リバタリニズムとは自由放任主義とでも訳されるもので、権力に対して否定的ではあり、経済思想としてはアダム・スミスの「神の見えざる手」を楽観視したものといえるという解釈をしたつもりである( . . . 本文を読む
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アナルコ保守主義(09)

2019年09月13日 | 出版
テロリズムに親和性の高いアナキズムはあるものの、テロそのものは、権力を握っている側が他者を支配するための手段であったことを述べた。一番最初に記したように、英のバークはジャコバン派のテロが吹き荒れるフランス革命の進行を見て、「だから言わんこっちゃない」と革命そのものを否定したわけである。のちのロシア革命も、中国革命も同じようなコースをたどることになる。そのため、革命なるものを否定したくなる気持ちは、 . . . 本文を読む
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アナルコ保守主義(08)

2019年09月10日 | 出版
前回、少しばかり結論を急ぎすぎたか。そこで、そもそもの初心にもどることにする。なぜ保守思想なのかという説明は、一番最初に行ったつもりなので繰り返さない。それよりも、なぜアナキズムかということの方が重要だろう。そして、アナキズムといっても多種多様なイメージがあることは述べたけれども、その保守思想との相性のよさそうなイメージというものがあるのか、どうかという点を考えてみないことには、話の重心をどこに置 . . . 本文を読む
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アナルコ保守主義(07)

2019年09月06日 | 出版
前回、全共闘の不倶戴天の敵であった林健太郎と、日本の新左翼との比較でもしようかしら、というところまで話が進んだ。しかし、結論を急ぐつもりもないし、このテーマで結論めいたものにたどりつけるのか自体がはなはだ不明だ。ようやくおのれのなかでは、こういうことなのかなあという像が結ばれつつあるのだけれども、それを文章として記せるのかどうかはわからない。まあいいや、ゆっくりやりましょ、てなもんだ。 また前回、 . . . 本文を読む
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アナルコ保守主義(06)

2019年09月05日 | 出版
前回、話がまたヘンな方に向かってしまった。抽象的にすぎるのだけれども、人間社会が自由自治を目指し、その構成員である個々人が自主、自立、自律などを獲得していくためにはどうすればいいのか、ということを考えていたつもりであった。その一つのオルタナティブとしてル・グィンの小説を取り上げてみたものの、そこから、名誉なるものを考えていたら迷走してしまったので話をもどすことにする。 ここで、社会が先か個人が先か . . . 本文を読む
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アナルコ保守主義(05)

2019年09月03日 | 出版
更新するのに時間が経ってしまった。ここまで、アナキズムなるものを考えるうえで、コミューン主義ではその内部に権力構造が発生する旨を述べたつもりである。したがって、それでは権力からの解放を訴えるアナキズムなるものにはなりえず、ならば、アナキズムとは永遠の見果てぬ夢なのかと、仮に設定してみたところで話が滞っている。 そこで話が少しそれるけれど、英語でアナキズムと発音するとき、最初の「ア」の字にアクセント . . . 本文を読む
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アナルコ保守主義(04)

2019年08月26日 | 出版
さて、ここまで21世紀の共同体なるものに可能性があるのかどうかを考えてみようというところまで到達した、つもりである。すると、共同体(性)とはなにか、ということになる。しかし、これをどのように定義すればいいのか、もしくはどのようなイメージが豊穣な結果を生み出すのか、それが小生にはよくわからない。 しかし、縄文時代の遺跡発掘にたずさわればすぐに感じられることではあるけれど、そこに共同(協働、協同)の成 . . . 本文を読む
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