風塵社的業務日誌

日本で下から258番目に大きな出版社の日常業務案内(風塵社非公認ブログ)

わたしの新潮社物語 その1

2008年07月17日 | 出版
ソルジェニーツィンが旧ソ連の弾圧体制を告発した書『収容所群島』(木村浩訳、新潮社、全6巻)に、高校生の時はまったことがあった。『収容所群島』は文庫化されたのち、長らく絶版扱いになっていたが、最近、復刻版が刊行されている模様だ。さすがに、もう読み直そうとは思わない。
高校の図書館の蔵書にその上製本があり、各巻のカバーの折り返しに収められているソルジェニーツィンの肖像写真に魅入られた。3枚飾られていて、記憶によると、上から順にまだあどけなさの残る風貌、ラーゲリ時代の苦渋に満ちた顔、出所後の陰険な眼差しと並べられていた。
確か、高校2年の冬から3年の春にかけてオナニーもせずに一生懸命読んでいたと思うのだけれど、信州の冬の寒さにシベリアの冬の厳しさを想像したものだ。
1巻目は「逮捕」で、早朝だろうが深夜だろうが、突然にGPU(のちのKGP)が押しかけてくる。そしてまったく身に覚えのない罪状でしょっ引かれていくのだ。小生はただの無知なガキだったので、「エッ!こんなご無体な世界があるの?」と素直にびっくりして、その世界にグイグイ引き込まれてしまった。
GPUに拘束されたのち、何日も何日も執務室に呼び出されては、一日中なにも声もかけてもらえない放置拷問とか、拷問されても罪状を認めようとしない男に対しては、その妻に拷問を加え、それでも認めようとしないので娘にまで拷問されそうになったとき、さすがに認めたなんて話は、「よくやるなぁ」とこれまた素直に驚いたものだ。

で、ここからが本題の新潮社攻撃である(というほどでもないか)。
ところが高校の図書館にあったのは全6巻中5巻目までで、フルシチョフ後の収容所がどうなったかは6巻目で扱うことになっていた。それで司書のオバサン(もとい!先生!)に、6巻目を入れてもらえないかと頼んでおいた。数週間して、図書館でその先生に呼び止められた。
 「腹巻君、君の頼んでいたのがやっと入ったのだけど、来たのが文庫本なんだよね」
一瞬「別に文庫でもいいか」と思わなくもなかったが、「続き物で上製本の最後に文庫本が並んでも格好が悪いなあ」とガキながらも考え、上製本のほうに交換してもらうことにした。そして待つことまた数週間。ようやく上製本の6巻目が届き、フルシチョフ以降の、ハンガリー・プラハ事件以降も収容所は続いているというまったく明るくない結論にたどり着くことができた。そういうわけで読了が学年を越えてしまった。目出度し、目出度し。

という話はすべて前振りで、当時はガキで出版流通についての知識があるわけもないが、さすがに新潮社という社名くらいは知っていたと思う(自信はないけど)から、そういう会社でも品違えという単純なミスをするのだ、と大人の世界を垣間見たような妙な気持ちがしたものだ。それに、本が手に届くまでどうしてこんなに時間がかかるのだろうと、素朴な疑問も感じた。
いま振り返ると、当時新潮社は『収容所群島』を文庫化したばかりで、上製本のほうが返品待ち状態だったのかもしれない(確認するつもりもないただの憶測であるが)。
しかし不思議なもので、入手に時間がかかるとなると、なぜかありがた味が生じてしまう。「苦労して手に入れたのだから貴重なものだ」「なかなか手に入らないから素晴らしいものにちがいない」という心理が働くのだろう。そういう心理を吉田兼好が「徒然草」で皮肉っていたような気がするが、どういう話だったかいまいち思い出せない。
マルクスはこういう心理状況を「物神性」として理論化していったわけであるが、小生の場合は、6巻目はまだかという渇望感を思い起こすのみだ。いまとなっては、こちらは薄汚れたオヤジであるので、「品違い?入荷になってない?ハア?とりあえず謝っておけ!」という情けない姿である。
一方で、現在は出版流通はそれなりに改善されてきているし、出荷ミスも少なくなり、ネット書店を通せば目的買いがかなり早くできる状況にある。でもそれは、果たして幸せな状態なのだろうか。渇望感の産み出す欲求不満やイマジネーションが集中を高めて、商品としての書籍が持っている以上の何かを享受していたような気がしなくもない。いまでも古書マニアは、そういう世界の住人だろう。「物神性」が資本主義の原動力になっているように、文化を構築するのはフェティシズムなのだ。

ちなみに、ソルジェニーツィンを先に読んだおかげで、レーニン、トロツキー、スターリンなどのソ連指導部はずっと嫌いだった。

その2は「カフカ」篇、その3はなし。

収容所群島(1) 1918-1956 文学的考察
ソルジェニーツィン
ブッキング

このアイテムの詳細を見る


最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
“出版界の収容所群島” (R社M社長)
2008-07-17 20:28:02
“出版界の収容所群島”からの脱出のてだてはあるのか? 答えて、腹巻の中に金貨ザクザクの腹巻社長!
返信する
ワハハ 訂正など (腹巻オヤジ)
2008-07-18 09:51:52
現在、「出版収容所」からの脱出作戦、着々と進行中です。極秘プロジェクトなので、中身は内緒。

ついでに、上記の訂正。
「GPU」→「チェーカー(非常委員会)」
1巻目はGPU以前だったように記憶しています。
返信する

コメントを投稿