風塵社的業務日誌

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鹿島神宮

2009年08月25日 | 出版
8月23日(日)、妻と鹿島神宮に詣でることにする。といって、特別な信仰心があるわけがなく、例によって神社仏閣巡りを趣味とする小生の物見遊山だ。いや、この説明は間違いであった。万城目学氏のファンである愚妻が先日関西に遊びに行き、春日大社に遊んできた。そこで、その本家である鹿島神宮の鹿を見たいと言い出したのがきっかけである。
当然のことながら、小生は万城目氏の小説もドラマも知らない。唯一、弊社刊『ポピュラーTV』に所収した、奈良のOさん著「『鹿男あをによし』と娘と共に歩んだ2008年」で、万城目氏の作品世界に触れたのみである。どうやら、鹿島神宮もその小説に関わるらしい。しかしこちらは、そういう不届きな輩なので、鹿島神宮の鹿がどうだろうが関係のない話だ。
ところが、妻のご機嫌を損ねることは小生の死命を制す。妻の命令には、「イエス、サー」の二つ返事で従わないといけない。ということで、眠れぬ夜をすごしたのちに朝の7:00には起き出し、ポリタンクだけバッグに入れてから、8:00過ぎに家を出る。東京駅八重洲口にたどり着き、9:30発鹿島神宮駅行きのバスに乗り込む。
動き出してしばらくすると、もう爆睡。目が覚めると、すでに潮来だ。11:00過ぎに、鹿島神宮前に降ろされる。ろくに地図も見ずにきているので、その場所がどこなのかよくわからないが、参道の脇に近いようだ。神宮の森に沿って移動すると、楼門のところに出る。楼門の裏に飾られている鏡のようなものにイカズチマークが入っていてかっこいい。近寄ってよくよく見ると、鏡ではなく、巨木を輪切りにしたものを加工していた。
広い神社内をぐるッと回れば1時間以上はかかるのだろう。そこで、飯を食べてから回るか、回ってから飯にするか妻に相談すると、「まだお腹が減っていない」と生意気なことを言いやがる。こちらは腹が減ってんだけどね。しょうがないから、境内の散策をスタート。おっと、その前にトイレへ。すると、その日はお休みであったが、発掘作業をしているようだ。大和朝廷の権威性を根底から覆す面白いものが出てくることを、期待しておこう。
本殿は適当にパスして奥参道に入ると、急に左右が鬱蒼とした森となり、高い木(杉と松はすぐにわかるけれど、あとはなんだ?)が立ち並んでいる。涼しくて森林浴効果も期待でき、気持ちがいい。少し進むと鹿苑がある。どうでもいいような説明書きがあり、鹿臭い(当り前か)。ここでは、せんべいではなく、ニンジンをお客さんが与えているようだ。ブラックとのハーフの小さな女の子が、鹿と触れ合って楽しそうだった。
我々はさらに奥に進む。奥の院があり、そこから右に折れると、地震を起こす鯰の頭を押さえているという要石に到着。30センチほど地表に頭を出しているこの石が、なんでも『鹿男~』に出てくるそうである。作品を読んでいない小生にしてみれば、どうでもいい話であるし、そのうえ、巨岩かどうなのかも本当にわからないものに、それほどのファンタジーはかきたてられない。小生はリアリストなのだ。
アホらしくなってもと来た道をもどり、奥の院から御手洗池に向かう。急な下り坂を降りると整備された大きな池があり、その奥に湧水地がある。バッグからポリタンクを取り出し、コーヒー用に採水。おいしいコーヒーが、きっとまた飲めることだろう。池の隣りには売店があり、そばやお酒を用意している。こちらは腹が減っているので、そばを頼むことにし、妻はみたらし団子(名物らしい)を注文。目の前でそばの手打ちをしているが、それなりにおいしいおそばだ。
一服してから、その辺をぐるっと周り、本殿方面にもどることにする。往復1時間ちょっと、というところだろう。そこで宝物館をのぞいてみる。拝観料300円也。ここの2メートルを越す直刀は国宝で、一度見てみたかったのだ。宝物館自体はうら寂びれた風情をかもし出していて、直刀がなければ300円を惜しんだにちがいない。
腹巻的歴史観によれば、鹿島神宮は、大和朝廷のエミシ侵略戦争の補給基地であったという仮説である。そうなる以前は、エミシ側の重要な防御地点で、ヤマト側がそこを占領したのちに補給拠点にしたのだろう。太平洋と霞ヶ浦に挟まれた狭い地域なので、ここを制圧しないと東上ルートが開けないのだ。
そのため、エミシ文化の残滓がどこかにかすかに発見できるかもしれないと期待しながら歩いていたのであるが、残念なことに、何も見つからなかった。しかしこの直刀がエミシ文化の残滓を伝えている。
現在日本刀という形で伝わっているものは、エミシの山刀にその淵源があるという説がある(腹巻説ではないが、だれの説だったかは忘れちゃった)。それまで大和側は、古墳から出土している埴輪に見られるような、両刀の剣を使っていたのであるが、エミシを侵略しているうちにエミシの武器を採用するようになり、片刃の刀を使うようになったのだ。そのエミシの山刀の原型に近い形がこの直刀で、日本刀のように反ってなく、まっすぐに伸びている。
ところが刀というものは、ガラスケース越しに見ていても、それほど面白いものではない。実際に手にとって眺めてみないと、その妖艶さが伝わってこない。ところが、おのれの手で束を握ってみると、本当に振り回したくなってくる。そういう魔性を秘めているのだろう。そんなわけで、直刀に魅入られるわけもなく、簡単に見学をして暑い外に出ることにする。
しかし、日本刀にはエミシの気概と哀しみが込められているわけで、日本刀には日本人の魂がこめられている、などという表現はチャンチャラおかしいのだ。あえていうなれば、日本刀には侵略主義がこめられている、とでもするところだろう。そのため、旧日本軍が日本刀を振りかざして中国侵略をした姿は、伝統的なものだとも言える。
理屈はさておき、その後、塚原卜伝像なるしょうもないものを見てから、鹿島神宮前駅に。そこからバスに乗って、鹿島スタジアムに移動。当日はFC東京戦を控えていて、お客さんが早くからドシドシ集まってきている。我々はそこでビールを飲んでから、高速バスで東京にもどったのであった。もちろん、帰りの車中も爆睡。

鹿男あをによし
万城目 学
幻冬舎

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