琴、三味、胡弓と 三つの絃を弾く 傾城「阿古屋」は 六世歌右衛門亡き後 玉三郎しか出来ないといわれています。
傾城とは 城を傾かせる程の価値、 最高位の花魁の事を言います。
壇ノ浦の合戦の後 生き延びて 頼朝の命を狙っている平景清を捜していた 畠山重忠は その愛妾の 「阿古屋」を捕らえ 行方を尋ねる。
景清の子を身篭っている 「阿古屋」は 身の潔白を晴らすため 重忠の求めに応じて
琴、三味、胡弓の 三絃を弾くのです。
すなわち 心に偽りがあれば その音は 曇る。
六世は これは責め苦であるのだから 簡単な演奏であってはならないと どんどん難しくしていったそうです。
で、六世本人も 昭和61年4月を最後に 演じていません。
ー重忠はその殆どが 13代目仁左衛門(現仁左衛門の父)ですー
玉三郎の養父守田勘弥は 阿古屋琴責 を 奏じる日が来るのを知っていたかのように 稽古に励まさせるのです。 苦節30年。 初演まで30年かかりました。
玉三郎さんは 左利きだそうです。
三味線がいまいちかな? と思われたのは そういう事情から。
逆に胡弓は 右手は単純な動作なので 利き手の左で 胡弓本体をくるくる回したり 絶え間なく絃を調整したり 見ごたえがありました。
圧巻は 琴と三味線の掛け合いです。
琴と三味
私についておいで
と 琴が誘う
ベン と一音
三味が答える
三味の音が
消えないうちに
琴の音が
被さる
阿古屋に
魅入られたのか
演者に
魅入られたのか
若き三味線弾きが
頬を上気させて
前のめりになりながら
一途なまなざし
琴が走る
三味が追いかける
高嶺の花の傾城を
ふと遊ばせた
それだけの
初心な三味線弾きの
純情
玉三郎さんは 平成12年の ここル テアトルでの舞踊リサイタルで 「阿古屋琴責」を演じられました。
私も拝見しましたが 舞踊色が濃かったように思います。
今日の演奏は 圧巻でした。
きっともう二度と観れない(聴かれない)だろう と思うほどです。
良い舞台の後は 知らない同士でも隣席の方と 褒め称え合うのですが 今日は隣席のみならず 前の席の方とも(後は通路でしたので)満足を 表情で語り合ったのです。
隣席の老婦人はお一人の観劇 89才で茨城県の果てからお見えだそう。
新歌舞伎座の杮(こけら)落としでの再会を願って お別れしました。
玉三郎さん 衣装は自前だそうです。
帯だけでも 一千万円は下らないだろうと 下司の勘ぐりの
風呼r でした
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