世界陸上の 男子100メートル決勝で 世界記録保持者のボルトが フライングで失格。
今大会より フライングは一発失格だそうです。
フライング ボルト
「全力で走っていると
空を飛んでいる気分に
なるんです」
決勝前のインタビューで
誰もが認める100メートル走の世界の王者
ボルトは言った
飛ぶような ー FLYING ー
そうなんだろうな
印象的な言葉だった
陸上の最花形
男子100メートル走の決勝の注目は
ボルトが何秒で走るか
かつての陸上の王者
C・ルイスやM・ジョンソンにも負けない
オーラを漂わせたボルトが
まさかの
フライング ー flying ー
失格
スタート前 早すぎた
飛翔 ー FLYING ー
MAXの緊張。
王者にして 容易に手に入らない金メダル。
風呼r でした
週刊文春9月1日号の 阿川佐和子この人に会いたいのゲストは 元タイガースの瞳みのるさんです。
本当にびっくりしました。
この写真に書いてある言葉 メンバーの の次は 誰とも会いませんでした。 です。
京都に戻ってから 定時制高校に戻り 25才で慶応大学に入学されます。 奇しくもアガワと同級だそうです。
そのまま大学院に進まれ 慶応高校の中国語の教師になり 先年勤め上げられました。
知的に 素敵に 年をとられています。 2年前に離婚されたそうで バツイチの独身男性によくある 色気も感じられます。
ジュリーの熱いラブコールに応えて タロー、 岸部一徳さんと共に 9月8日から 来年一月まで ジュリーの全国ツアー 全38公演に参加されるそうです。
こんな生き方もあるんですね。 久しぶりに胸が高鳴りました。
でももうチケットは 買えないんだろうな~
生きていればこそ。
風呼r でした
どこにいたって 暑いものは暑い。
暑さを返り討ちにしてくれん と 新宿のジムに出かけました。
小田急新宿駅のホームの柱に貼られていた ポスターです。 江ノ島で遊涼み なんて洒落ている。
新宿ティップネス 木曜日午後の Mインストラクターの ちょっとレトロな DDDスタイル・ウエストコースト と 今や大人気の DDDスタイル・ヒップホップ の2本に参加です。
隣の人と手がぶつからないようにするのが大変な 超人気のコマです。
みんな 汗びっしょり。 ズボンの後の色が変わっています。 お尻ってこんなに汗をかくんですね。
シャワーを浴びて外に出ると 午後5時なのに 空気がもわっとしている。 体温より高そうです。
でも 平気サ 汗は絞ってきたからね。
新宿駅西口 小田急デパート前で 販売本数300億本記念の オロナミンC を 無料配布していました。
先日、 町田駅付近でも貰いましたが 当然今日も頂いてきました。
そんなこんなの 明日からは少しは暑さも和らぐという 最猛暑の 8月18日でした。
風呼r でした
福岡市博多区呉服町 海元寺の こんにゃく婆さん像です。
正式名は 脱衣婆(だつえば)。
三途の川を渡る金銭がない者から 代わりに衣類を剥ぎ取ります。
海元寺では 1月16日と 8月16日のみ 開帳されます。 脱衣婆を こんにゃく婆さんと呼ぶのは この寺だけのようです。
こんにゃく婆さん
北鎌倉円応寺(えんのうじ)は
閻魔大王が祀ってある
ふるさと 博多で
信心深い祖母に連れて行かれた
嘘をつくと舌を抜かれる
おっかない閻魔さま
恐くて恐くて正視できなかった
いっしょにいたこんにゃく婆さんの
謎も解けるかも
「こんにゃく婆さんも
いるのですか?」
子供のままの質問をして
鎌倉人の先生をはじめ
まわりのみんなに笑われた
16日の鎌倉紀行
「脱衣婆のことでしょう。
なるほど こんにゃく婆さんね」
ーーーでも ちゃんと通じたじゃない
そうだ この像だ
4才のチラ見の記憶
なんだ 今日は恐くない
閻魔大王も凝視できる!
4才に還って エッヘン
海元寺では 1月16日と8月16日の開帳時に 脱衣婆にこんにゃくを供えるそう。
こんにゃく閻魔 も 東京 源覚寺にあるそうで やはりこんにゃくを供えます。
いずれも 眼病を治すそう。 こんにゃくは 血糖値を下げる作用があるので いずれも糖尿系の 眼病に効いたのだと思います。 先人の智慧。
長年の謎がとけて嬉しい
風呼r でした
この天井画は 今月の日経新聞の 私の履歴書 を執筆なさっている 日本画家の 小泉淳作氏が 2003年に描かれました。
中国でもあまりない 五本爪の竜です。 普通は3本だそう。
竜は男性を 蝶や鳥は女性を現すそうです。
優れた僧を 竜僧(りゅうぞう)とも呼びます。
建長寺は 1253年 中国の蘭渓道隆(らんけいりゅうどう)によって 開山されました。
度々の火災にあい 何度も再建されましたが 応永21年(1414年)の大火災で丸焼けになってからは 寺は衰退してゆきます。
禅宗では 僧は托鉢に出ますが 私は建長寺を 居ながらの 托鉢寺と呼びたい。 貰い物だらけです。
まず総門です。 巨福門(こふくもん)とも呼ばれるこの門は 1783年に京都 槃舟三昧院(はんしゅうざんまいいん) に建てられた物を 1940年に移築。
仏殿は 1647年 東京芝の増上寺より移築。 この仏殿は 徳川二代将軍秀忠夫人のお江の方(現在NHKで放映中) を供養して建てられたもの。 19年ごとに建て替えられるので お下がりを貰った。 増上寺は 浄土宗なので 本来は豪華絢爛の装飾でしたが 禅宗には似つかわしくないので 削り取った跡があります。
方丈前の 唐門も 同じく お江の方の霊廟門のお下がりです。 仏殿と同様1647年の建て替え時に 貰い受けました。 2009年より保存大修理をしていましたが 本年5月に完成、 昨日は絢爛豪華な姿を見せていました。 はて、ここは禅寺だったよな。
臨済宗
振り向くな
胸を張れ
前進あるのみ
天分をまっとうするのみ
為すべきを
為したら
決して
後悔するな
臨済宗の教えは 殺生がなりわいの 武士を救いました。 北条氏の再三の招きにもかかわらず 曹洞宗の道元は これを嫌い 鎌倉を後にします。
阿弥陀如来信仰の 浄土宗も 武士を救う。 全く正反対に思える 両宗が こんな形で混ざってしまったのは そういうわけなのです。
炎天下 どこにいたって暑いものは暑い、 開き直った 昨日の鎌倉紀行です。
風呼r でした