1月25日は 吾妻鏡購読の日でした。
文治5年(1189年) 3月13日、 鶴岡八幡宮境内に建てられた五重塔に
九輪が上げられるのを 頼朝が監臨されました。 この塔を奉行したのは
二階堂行政です。
この五重塔は 頼朝の生母 由良姫の供養の為に建立されました。
由良姫は 尾張の一ノ宮 熱田神宮の宮司の娘で 藤原氏という名門の
出でした。 二階堂行政は 由良姫の妹の子で 頼朝の従兄弟になります。
源義朝 と由良姫の間には 頼朝の他に二子がありました。
土佐に流され この地で成人し、 頼朝の挙兵に参じる途中に暗殺された
弟 希義(まれよし)と 一条能保に嫁いだ 妹 坊門姫です。
後に 坊門姫の子孫が 鎌倉4代将軍 頼経となります。
そして相変わらずの 後白河法皇との駆け引きの書簡やり取り。
風呼 でした
41年前のこの日 1月24日に ここ武道館での公演を最後に
ザ・タイガースは解散したそうです。
だから今回の4人の公演の最後は 1月24日の 武道館で
なければいけませんでした。
雪の残る千鳥ヶ淵
何やら秘密めいて人の群れ
足元おぼつかぬ 暗い道
大門を二つくぐり
ポスターさえ貼られていない武道館
これ何の集い?
地下鉄の出口付近では チケット譲ってくださいと書いた紙を
持った 普通の女性が幾人かあり もう少し先では ダフ屋が
チケットあります と 呼びかけていた。
写真は瞳みのるさん。
チケットには ゲストと書いてあったので 1ステージだけの出演
かと思っていましたが 他の二人(岸辺一徳、森本太郎さん) と
共に 全ステージ出ずっぱりでした。
完全に ”ザ・タイガース” のステージ、 ジュリーのソロ活動での
ナンバーはありませんでした。
渋い大人の年月を感じさせる 岸部さん、 自分のお面を被っている
ような森本さん、 おい詐欺だろうと言いたくなる 見事に体形・容貌
の崩れたジュリー(でも声量は衰えていないからいいか)、 そして
舞台を所狭しと踊り歌った 瞳みのるさんは ティーンエイジャーの
ような動きで 本当にびっくりです。
一番びっくりしたのは 最年少の岸部シローさんです。
お兄さんの一徳さんに支えられて 文字通りよろよろと歩いて登場。
すぐに椅子に腰かけられました。 2003年の脳内出血で視野狭窄
になられたそうです。 トークをほんの少しと 歌を一曲歌われました。
色が異様に白く 痩せ細った姿は 解脱者のようでした。
瞳みのるさんは 『老虎再来』 と称した トークイベントを この後
全国各地でなさいます。 現在、北京にお住まいだそうです。
何やら秘密めいているのは 武道館での 武道以外の日程は
公表されていないから らしい。
風呼 でした
この美しい和服姿の女性は 大相撲大関把瑠都の
奥さんだそうです。
着こなし 身のこなし 品性、 どれも一級品です。
先日 このブログでも取り上げた サッカー女子
日本代表キャプテンの 澤穂希さんの 着物姿にも
惚れ惚れしましたが それに比する美しさです。
そういえば 週刊文春のコラムで 林真理子さんが
成人式のコスプレのようなふわふわ白ショールの
振り袖娘と 澤選手の洗練された振り袖姿を やっぱり
比較されていました。
把瑠都関は 過去の素行が問題視され 他の力士より
横綱へのハードルが高そうですが こんな奥さんが
おられるなら きっとなれますね。
林真理子さんの 今週のコラムは 把瑠都関の
奥さんの 着物姿かな?
風呼 でした
私はよく 初対面に近い人から語られる。
シジュフォスの輩(やから) 語らせSuu版
お金には困っていないの
早朝から働くのは
なるべく家族と顔を合わせたくないから
社員寮の朝食作りは
一緒に仕事をする相方にも恵まれたせいか
けっこう楽しいもの
働くきっかけはこう
毎日決まった家事をこなし
洗濯物を畳んで
それぞれの箪笥にしまい
美味しい夕食を用意しても
夫と大学生の息子二人は
連絡もなく食べない日が多い
テーブルに並べた朝食さえ食べて行かない
誰も私に感謝などしないので
ある日黙って家を出た
カプセルホテルで一週間を過ごし
昼間家に帰ってみると
洗濯物も食器も洗った形跡もない
雨戸は開け閉めをしたのだか
「あ、 おかえり。
いないと思ったので飯は済ませた」
三人ともに同じことを言い
何事もなかったように
翌日からは以前と同じ毎日
で 私は考えた
家事は最小限しかしない
彼らに思い入れし過ぎない
洗濯物は畳むには畳むけど
自分の部屋に持って行けと置いておく
彼らはいる物だけを持ち去り
後は和室に置きっぱなし
全部見なかったことにして
私 自分の時間を最優先するの
今年初めから 毎日新聞の朝刊に連載されている
桐野夏生さんの 『だから荒野』 も そんな主婦の気持ちが
綴られています。 冒頭でやはりシジュフォス(大神ゼウスの
怒りを買い 大岩を坂の上に押し上げては落とされる動作を
延々と続ける罰をうける) の話が書かれていました。
主婦は自分で自分を 「こうでなければならぬ」 と縛っている
のかもしれません。 誰もそんな事を望んでいないのにね。
シジュフォスの輩の 風呼 でした
台所で キッチン鋏とか 調理器具がよく見当たらなくなる。
そういう時は 「 ♪可愛いい可愛いい鋏ちゃん~ 」 とか
「 ♪大事な私のはさみちゃん 」 とか 歌いながら探します。
そうすると すぐに見つかるのです。
呪文
おばあさまは私と会うと いつも言った。
「誰に似たんだろ おまえのこの垂れ目 しし鼻。
でも安心をし、 お前は愛嬌美人、
ばばには誰より可愛いのだから」
おばあさまは 私が中学生の時に亡くなり
『おまえは不器量だから いつもニコニコしているのですよ』
おばあさまのこの言葉は 私の呪文となった。
場を白けさせる程の不美人ではなかったので
長じて私は友人の結婚式によく呼ばれるようになった。
花嫁の引き立て役に丁度よかったのだ。
「こんな私を あんな素敵な人が
好きになってくれる筈がない」 と
恋愛には消極的で
それでも 優しい人に望まれて結婚をし
子どもにも恵まれた。
二人の子供たちは 揃って優しく、美しく育ち
私は神様に感謝したのでした。
ある日 大人になった娘が
赤ん坊の頃の娘を抱っこしている
私の写真を持ってきて言った
「おかあさんきれい!
何とかいう女優さんみたい」
あら ほんとう
でも自分が綺麗だなんて言う目で
写真を見たことなんてなかった
おばあさまが
「高くなあれ 高くなあれ」 と つまんでくれたせいか
しし鼻はいつの間にか細く高く
目は大きく二重になっていた
もっと若い時に気付いていれば
「だから良かったのですよ」
おばあさまの声が聞こえる気がする。
そうして彼女は今 電車の中で8ヶ月の男の児にもナンパされる
モテ期を迎えています。
風呼 でした
NHK朝の連続テレビ小説 『カーネーション』 が面白い。
キャスティングが ことごとくいい。
前回の『おひさま』が それはそれで面白かったミスキャスト
だったので 余計にそう思います。
写真は 周防龍一役の 綾野剛さん。
1982年生まれ モデル、バンド活動を経て 2003年に
『仮面ライダー555』 のスパイダーオルフェノクで 俳優
デビューされたそうです。
同じくNHK朝ドラ 『あぐり』 で 野村萬斎さんを見たときと
同じような印象です。 こっちの方が物静かな役ですが。
身長180センチ 運動神経抜群、 作詞、作曲もされます。
天は 二物も三物も 与え給うのだ 時として。
久しぶりに 朝からドキドキしています。
でもあの 日本語をぶちぶち切って歌う主題歌は
何とかならないかと思っている
風呼 でした
横浜駅の西口の イルミネーションです。
オレンジ色に変わったりします。
28回目の今年は 太陽光発電だそうです。
今日は 横浜ティップネスに DDDスタイルヒップホップを
踊りに行ってきました。 インストラクターの竹下さんは
今月からの振りを どう表現されるか見たかったからです。
竹下さんは 去年4月から 横浜ティップネスのスタッフに
なられました。 3月までは 新百合ヶ丘で 直江さんの
レッスンを 一緒に受けていました。 群を抜いて上手でした。
今日は 細かいところまで良く分りました。 続いての 竹下さん
オリジナルの やさしいヒップホップも 久々に出席。
このレッスン なかなか高度な内容です。
横浜のティップネスのスタッフに 小さいけれどダンスがすごく
上手い人がいる の 噂が 私が良く行く町田のティップネス
でも ちらほらと聞こえてくるようになりました。 応援隊としては
嬉しい限りです。
今日のレッスンは 7,8回出た中で 一番人数が多かったです。
スタジオの外からも 沢山の人が見学されていました。
応援隊の私も ちょっと頑張って踊りました。
難しいけど 面白いんだよ このダンス
風呼 でした