一度は管理職についたが
どうにも居心地が悪く心を病みそうになったので
現場に戻してもらい
生涯一教師として 勤め終えた
定年後は 不登校児のための高校で教鞭をとったので
小学一年生から 高校三年まで教えたのが
彼の自慢だ
自ら作詞作曲したオペレッタを
生徒たちに 文化祭で上演させたりと
教え子への情熱を語る時
合いの手をいれる間もない
そんな彼もとうとう教師をリタイアすることになり
教育への献身ぶりのひけらかしも 薄らいでいくようだった
突然 関西の通信制の大学の3年に編入学
学芸員の資格をとるそうだ
ついては 早速スクーリングに関西にいくという
他人に口を挟ませない
立て続けに喋るひとは
面と向かって訊かれたくない事があるそうな
彼の長い教師生活にも あった
触れられたくない 汚点
by 風呼
あら ゆうべ
薬を飲むのを忘れたわ
みつえさんの独り言
10年前 定年直後 はやばやと逝った
夫の仏壇のお供えを替え忘れるのと
降圧剤の飲み損ないと
どっちの回数が多いやら
毎朝 テレビの番組表をチェックしているので
曜日は間違えないのだが
時々日付が来週だ
今朝はやけにめまいがする
コロナ対応で
とうとうヤキが回ったか と覚悟したが
なんだ 薬を飲み忘れただけなのか
いままで あんまり気にしたことはなかったけれど
効いているのね
この薬
みつえさん 読みかけの本を抱え
薬が効くまで ごろごろ と
by 風呼
小さい時から
キリスト教に親しんできたちかこさんは
60才を前に 洗礼を受けた
それから10余年
毎日曜日は 教会へ
日曜礼拝に来る人はどの人も笑顔で
ちかこさんの頬もほころびます
ある日教会からの帰りしなに
信者で 一人暮らしの80才を過ぎた女性に
細かいお金の持ち合わせがないので
1000円を貸してほしいと頼まれた
いいですよ と 軽く応じたら
ご丁寧にも借用書を書いてくれた
翌週 1000円は返してもらった が
それからもちょくちょく1000円を用立てた
そのたびに 借用書を貰った
1000円の返却が
翌週でないこともあったが
自分も 貰った借用書を失くしたりしたので
ちかこさんは気にもしていなかった
その年の暮れ バザーの用意を信者でしていると
彼女がちかこさんに近づいてきて囁いた
借用書を書きますので
明日のバザーの日に 7万円を貸して下さらないかしら
by 風呼
彼女とは カルチャーで知り合った
ちょっとした一日限りのレクチャーで
たまたま隣合わせの席に座った
講義後にお茶でもご一緒にということになり
連絡先を交換
私が海辺の町に住んでいると知り
憧れの場所なので是非お邪魔したいということになった
きっちり一週間後に彼女はやってきた
先週の講義開始時間と同じ1時半だった
ケーキを二個と 古いが磨き上げられたカップ掛けを持参して
翌週も 翌々週も そのまた次の週もやってきた
ケーキ二個と ちょっとしたアンティークの小物を土産に
天気のいい日には 湘南の海が一望出来る 眺めのいい丘の上まで散歩した
彼女は丘の上が気に入り 時々旦那様も連れてくるようになった
そんな時 持参するケーキは三個に増えた
一年もたったころ 私の夫が閑職になり
その曜日は家にいるようになったので
訪問の日を変えてほしいと彼女に頼んだ
実は彼女は渋谷で夫婦でアンティーク店を経営していて
この日は休店日、他の日は夫婦で来れないという
持参のケーキは4個に増えたが
暫くして夫の堪忍袋が破れ 二人に暴言を吐くようになった
夫が二人に失礼なので もう来ないで欲しいと彼女に言うと
あら、ちっとも気にしていませんよと 答えるのだった
私は とにかくこの日に大事な用事を入れることにして
どうにか一年余りに及んだ 二人の来訪を防ぐことに成功した
わけの分からない 私にはごみとしか思えないがらくたが
これ以上増えないのでほっともした
そして半年ぐらいして 別の曜日に
二人がやってきた
あの丘の上に地下室付きの家を見つけたので 買ったという
コンクリート作りでちょっとモダンだった
地下室は 店の商品の倉庫代わりに使えるし
リフォームしたので 遊びに来てほしい
ちなみに店の休店日は 今日の曜日に変えたと
ちょうど一週間後のこの曜日に
私はケーキを三個と 深紅のバラの花束を持って
彼女の家に行った
外観はもとより 室内が素晴らしかった
磨き上げられたアンティークのテーブル
緞帳のようなカーテン
そこここに置かれた壺や絵画
とても人が暮らしているようには思えない
見るに
ご主人は作業ズボンで庭の草木の手入れ
彼女はぞうきんを片手のエプロン姿
聞けば
住宅情報社が しょっちゅう取材に来て
写真を撮っていくそうだ
自慢の地下室だが
じめじめと湿気に溢れたなかに
積み上げられた商品と思しきものの反対に
現在使用中と思われる ベッドが置いてある
電気も水道まで引いてある
彼女たちは この地下室で寝起きをしているのか
ほうほうの体で退散し
再三のお誘いにはもう乗らなかったが
ほどなくして
彼女はころころと曜日を変える休店日に
ケーキを二個もって 我が家に来るようになった
休店日、 つまり彼女が我が家にやってくる日
ご主人は 解体する古家に 目ぼしいものはないか
探しに行っているのだそうだ
丘の家の彼女の家は駅まで遠く 私の家の前を
毎日ご主人の送迎時に通る
駐車場は道路に面していて
我家の車がへこんでいる時などには
「大丈夫?」と インターフォン越しに
声もかけたりしてくれる のだ。
by 風呼
新しい 王さまは
自国の不都合は 他民族のせいにして
「出ていけ~ 」 を繰り返し
自国に好都合な 企業には
「戻ってこい~ 」 と威嚇する
国務長官に任命しは
敵国と合弁会社を立ち上げた 石油長者
エネルギー省の仕事が 核管理と知らず
廃止運動をしていた御仁が 長官に
安労働賃金の ハンバーガーチェーン店経営者を
労働長官
人種差別撤廃の 公民権運動に
反対してきた人が 司法長官で
宗教に触れない 公立学校撤廃論者が
教育長官 !
証券取引所見張り役の
財務長官には 大手証券会社オーナーを
国民総健康保険の 保健福祉長官は
昨日まで 撤廃を唱えていた・・・
揃って大富豪
反対論者ばかりを 長に据え
実情を把握させ 本意を翻させようとしているのか
王さま 何を考えているやら
何も考えていないやら
マイナス 乗じて
プラスに 転ず ?
はてさて 誰も予知せぬ 化学変化で
奇跡が起きてしまうのか
王さま
隣国との境に
大きな壁も作るそう
それは自国の雇用を生み出し
隣国のお金で
海の向こうの 同盟国も
本音を言い始めだし
為政者が 本音を振りかざしていいのだろうか
(王さまの目の周りが白いのは サングラスを掛けて 日焼けスプレーをかけるから シーッ!!)
風呼 でした
一学年8クラスあった高校では
毎年クラス替えがあったが
ナヲコと私は3年間同じクラスだった
なのにナヲコと一緒に昼食を摂った記憶は
ほとんどない
毎日弁当を持って行った私に比べ
ナヲコは購買のパンで
始めは一個は食べていたのだが
そのうちそれも抜くようになった
「太っているから と 昼食代は貯めるの」
が 理由だった
多分 朝も食べていなかったと思う
ナヲコは だんだんスマートになっていき
女子 憧れの 体重45キロを切った
ナヲコは ますます美しく
モテ度は 東の横綱だった
交際の申し込みを断るのに
頼まれて 校舎の屋上についていった事がある
振られた相手の腹いせに 私が罵られ
悔し涙が流れた
by 風呼
五月は素敵だ。
いきなり真夏日から始まり
雹が降ったり 台風のような雨風があったり
まるでティーンエイジど真ん中の をとめの心
空に 新緑のレースのカーテンを引いている
桜の若葉の間から 射し洩れる陽光は
無数のダイアモンドの煌めきのよう
とびっきりのお気に入り
そんな五月のダイアモンドがきらきらする日
ナヲコと公園のベンチに腰かけていた
話題は たわいもない クラスメートの噂
遠くで 売出し中の歌手が
カメラを前に ポーズをとっていた
ナヲコからは 見えていなかった
「わたし、 妾の子なの」
一瞬の沈黙の後 ナヲコが 話し始めた
「母は 元神楽坂の置屋の娘で
家業が左前になった時に 芸者になった」
「どうして家は お父さんが週に一度しか
帰ってこないのかって 小さいときは思ってた」
妾 めかけ?
15才の私にはすぐにはピンとこなかった
ふと目をあげると
撮影が終わったらしく 件の歌手が
こっちに歩いてきた
私はとっさに 国語のノートを取り出し
最終ページを開き ボールペンを挟んで
その歌手に駆け寄った
泣いているナヲコを残して
別に その歌手のファンでもないのに
五月は残酷だ
車のフロントガラスにひびが入るほど
思いがけない大きさの氷の塊を降らせたりする
by 風呼
木曜日の6時限の美術の時間は
よく 休講になった
教師は高齢で 有名な彫刻家という事で
制作に没頭すると 予定は否定になるらしかった
彼にとっては都立の高校で教えるのは
ボランティアにすぎなかったのだ
出席は全くとらなかったので
授業をエスケイプする者も多かったが
課題が出来上がるまで閉門まで居残ってもよかったので
そのうち皆んな創作を楽しむようになった
そう 木曜日の6時限目が休講だとわかると
ナヲコと私は図書室へ走り 朝刊をチェック
急いで名画座へと向かうのだった
そこでは 必ずと云っていいほど
クラスの誰かに出会っていた
現在と違って 映画館は上映ごとの入れ替えもなく
立ち見は当たり前の時代
たとえ込み合っていても ナヲコは
「すみません、すみません・・・」 と
上手に人を押しのけて 真ん中の通路に座り
次の回の上映には 席をゲットするのだ
結末が先にわかるのが難点だったが
私はナヲコの後を付いていけばよかった
ある時 若い男性が
「可愛いから 通しちゃうよな」
と言うのを聞いた
そうか ナヲコだから許されるのか
by 風呼
ふと行く先を変えた
反対側のホームに到着した
特急電車に乗りたくなって
小一時間の乗車中
川を二つ越えて 終点に着いた
その間 そんな事しか考えていなかった
気が付くと 海の見えるその駅の
13番ホームに立っていた
待てども待てども
電車は来ない
13番ホームは とっくに廃線になっていたのだ
ペンキの剥げた 古いベンチに腰かけて
遠く沖から寄せてくる波を見ていると
何故だか 涙が滲んできた
ただの気紛れと
そんな自分に呆れていたが
暫くたって
むかし昔 恋い焦がれたひとが
片思いだと知っていたから
距離を置いていたひとが
あの日 その街で死んだと
風のうわさで聞いた
廃線の13番ホームから
きっと彼は旅立って行ったのだ
あの日 見えない列車を 私は
見送っていたのだ
by 風呼
以前住んでいた部屋に行ってみた。
空き巣ごっこ
マンションの最上階 眺めのいいのがとりえ
ここに 一年前まで住んでいた
廊下に面した窓の葦簀も 触れるとぱらぱらと崩れそう
そのままに
郵便受けにはテープが貼られ 誰も住んでいない気配
もしかして
まだ持っていた部屋の鍵を そっと差し込んでみると
カチャ 小さな音を立てた
一人暮らしには 広めの
この部屋が好きだった
音の響く 家具のない空間
忍び足で ベランダからの景色を写し
きっとまた此処に戻ってこれると 信じる
そうして 盗んだのは この部屋にまだ残っている私の気配
多すぎて 運べるかしら
大切なものは いつも失くしてから気付く。
風呼 でした