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看板に偽りあり

2008年01月15日 23時45分03秒 | others
こんなこと書くと怒られるかもしれないが、昨今の食品の偽装問題とか、このところ大きな話題になりかけている「年賀再生紙はがき」の古紙配合率が規定を下回っていた問題とか、ハタでみていると、なんかバカみたいというか、なんでこんなことをヒステリックに大騒ぎすんの?とか思わないでもない。そりゃもちろん看板に偽りがあれば、偽った側はしかるべき制裁を受けて当然なんだけど、なんかもう十分受けてるような気もするし、果たして官憲がでてきて、お縄にするほどの問題なんだろうかと思ったりするんだよね。だってさ、そういうことを偽装していて、誰も気がつかなったんでしょ。例えば船場吉兆の食い物とか、「さすがに老舗だ」といって、みんなブランドに踊らされて「うまい、うまい」とか思いながら食っていたんだよね。それを見抜けなかった消費者の味覚ってなんなのさ(そういう問題じゃないか-笑)。食って病人が出たとか食中毒が出たとかいうなら、また違うんだろうけど、もうこれくらいで十分じゃん....とか思ったりする訳ですよ。

 古紙配合率なんてのも、結果的には品質をアップして出荷してたんだよね。「それで糾弾されたんじゃたまんねー」とかメーカーは密かに思っているんじゃないのかな。そもそも再生紙使うのって、そんなに「地球環境にやさしい」もんなのか。再生紙を作るのは地球環境に厳しくないのかな、とかいつも思っちゃう。それにうちの職場なんか絵に描いたようにそうだったんだけど、再生紙とかいうと人間って安心しちゃって、ジャカスカ使ってしまうんだよね。ヴァージン・パルプ使用だから、大事に使いましょうとかいってた時の方が、紙の使用率は断然少なかった絶対に....。その両者を秤にかけたらどっちが「地球環境にやさしい」のかとかいったら、微妙なもんがあるのではないかと思ったりするんだけど、どうだろう?。
 あっ、話が変な方向にいってしまったけれど、こうした「看板に偽りあり」って、あんまりガッチガッチに規制かけていくと、結局、誰も信じてない建前がひとり歩きするみたいな、妙な二重構造を生んで、結局のところ画一的で息苦しい世界になっちゃうような気がするんだよなぁ。

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