UGUG・GGIのかしこばか日記 

びわ湖畔を彷徨する独居性誇大妄想性イチャモン性前期高齢者の独白

「戦争画」を見たことがありますか?・・・・

2016-08-20 00:56:13 | 日記

戦争画というものがあります。太平洋戦争中に戦意高揚を目的に描かれた絵画のことです。戦争画は戦後タブー視されており、いまだにあまり公開されておりせん。

最近、神戸で二つの戦争画展が開かれました。「1945±5年」展と「藤田嗣治」展です。これらの戦争画展を題材に、神戸大学の宮下規久朗という美術史の先生が先日の朝日新聞(818日夕刊)に「戦争画の位置づけ」と題した一文を寄稿されていました。以下はこの宮下氏の一文を勝手につまみ食いしたものです

 「太平洋戦争の時代は日本美術史の空白期のように言われるが、この短い期間に軍部から委嘱された膨大な作戦記録画が製作され、それらを集めた《聖戦美術展》や《大東亜戦争美術展覧会》が、朝日新聞社主催で全国津々浦々に巡回、それまで美術と縁のなかった大衆に歓迎された」

 「日本の絵画は(西洋の美術作品にくらべて)公共性よりも私的性格がつよく、基本的に内輪のものしか見ることができないものが多かっか(たとえば絵巻、掛け軸、仏画、春画など)、太平洋戦争時代に画家たちに公的な美術を制作する機会が大々的に与えられた。戦争画は、明治以降の西洋画学習の集大成であり、大画面の群像構成や明暗表現などの成果が示された。」

「大舞台を与えられた画家たちは使命感に駆られて高揚・・・美術という私的営みが公に求められ、美術と大衆との空前絶後の蜜月であった」

「軍部の圧力で描くのを強制されたとか、戦意高揚のプロパガンダであったとかいうイデオロギー的な観点から戦争画を批判するのはたやすいが、それらは日本で美術がはじめて公共性を獲得した記念碑であり、日本の近代美術の到達点といってよい」

「残念ながら戦争画を見る機会はまだ限られているが、太平洋戦争の記憶が薄れつつある今日こそ、ますます見直されるべきではないだろうか」

GGIもわずかではありますが戦争画の実物を見たことがあります。戦争画といえば一番有名であると言ってもよいのはあの藤田嗣治の「アッツ島玉砕」です。いまから十年ほど前、京都市立美術館で行われた「藤田嗣治回顧展」を見に行きましたときに、彼の戦争画五点ばかりも展示されていました。そのなかの一点が「アッツ島玉砕」でありました。

2メートル余、横数メートルの大作、彼は才能にまかせてあらん限りの力で日米双方の兵士の屍が累々と折り重なる様子を描いたのですけれど、どうやら勢い余って戦意高揚の域を大きく超えた、リアル極まる地獄絵となってしまったようでありました。藤田は戦後自分の戦争画について厳しい批判を浴びせられて嫌気がさし、再びフランスへと渡ってしまったのですが、後に彼は「アッツ島玉砕」は自信作であると語っています。

戦時中、展覧会でこの絵を見て、そのあまりにも鬼気迫る光景に圧倒され、神も仏もあるものかと、思わず手を合わせ絵の前に賽銭を置いて行く人が後を絶たず、そのため途中から絵の前に賽銭箱が用意されたというエピソードが知られています

(「アッツ島玉砕」については以前に別のブログにも書いております。関心のある方は以下のサイトをどうぞ)

http://blog.goo.ne.jp/yossarian/d/20060811

ドイツではナチス時代の絵画などはかなり公開されているようですが、日本ではまだ部分的にしか公開されていないようです。ウィキペディアさんなどによりますと、戦後150点ばかりの作品がGHQに接収されたものの、1970年に日本に返還され、現在は東京国立近代美術館に保管されている、しかしこれまで部分的にしか公開されていないとのことです。

上記の宮下氏の戦争画についての評価がどの程度妥当なものであるかどうかはともかく、戦争画はもっと積極的に公開されるべきであることは確かでありませう。

今日の写真は上記の記事に付されていた、杉全直という画家の戦争画「出陣」(1944、油彩)の写真を撮ったものです。少々見にくいのですが、よろしければクリックしてご覧くださいませ。

グッドナイト・グッドラック!

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