透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー

「黄いろい船」を読む

2011-10-21 | A 読書日記



 「黄いろい船」、「指」、「おたまじゃくし」、「霧の中の乾いた髪」、「こども」の5編が収録されている。

中編の「こども」は人工授精で授かった子供を育てる男の物語。妻を癌で亡くした男は実の妹と子供を育て始めるが・・・。男とは全く似ていない「わが」子。幼稚園、小学校と子供は成長していくが、次第に不気味な雰囲気を漂わせるようになる。

**すると、だしぬけに子供の表情が変った。華奢な顔ぜんたいがゆがみ、単なる癇癪というより、もっと兇悪と名づけてよい影が、さっとその顔を醜くした。(82頁)** 一体この子の本当の父親はどんな男なんだろう・・・。

他の作品とは全く異質。読み終えた時、やがて男に最悪の不幸が訪れるのではないか、と感じてしまった。これはサスペンスだ。

一番好きな作品は表題作の「黄いろい船」。12年間勤めた会社を解雇された男は妻と4歳の娘・千絵ちゃんとアパートで暮らしている。千絵ちゃんはどういうものか栗がとても好き。

「で、落ちてるのかい、実が」
「そう、ガレージの前にイガが十ほど落ちてたわ。でも、みんな空なのよ。近所の子がとっちゃうのでしょうね」
「イガでも持ってくればいいのに」
「チエちゃん、イガ、きらい」
と、女の子が口をはさんだ。
「チエちゃんの指、イガが刺したの」
「あんまり急いでさわるからよ」
と、妻はまた笑った。(26頁)

ほのぼのとした会話が実にいい。このような作品を41歳の時に描いたとは・・・。北杜夫は純真な少年のようなこころ、それも内省的なこころをずっと持ち続けている作家だ。


 




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