PATEX HUNTER

マルクス経済学の視点で、「パテック・フィリップ」と「ロレックス」の世界を中立的私見で、社会科学的に分析しています。

大振り腕時計は恥ずかしい。

2016-01-14 | 日記

先日、銀座のとある安価なバーで見かけたこと。

型番は知りませんが、ブラウンのスーツにシンプルなパネライの金無垢の革ベルトを着けて

同伴でホステスさんらしき女性と呑んでいる50代前半の紳士がいらっしゃいました。

ベルトがピッタリとしておらず、新しい革ベルト故、左手でグラスを持ち上げたときに、

時計全体が袖からかなり出て腕から浮いていたこともあって、

私は思わず、心の中で〝ダサい、、〟と呟きました。


デイデイトⅡや、デイトジャストⅡなども以前、時計愛好者の会合に行った時に、

〝なぜ、ちょっと体格がいいからと言って、あんなデカウォッチを日本人のくせに着けているんだろうか〟

と思った。

つまり、根本的に着けていてる人が見る以上に他人から見れば貧弱な腕の日本人にケース径41㎜以上の時計は

似合わないのだろう。

ロレックスで言えば、5桁のケース(14203やエアキングを除く)の大きさがよい。

パテックフィリップだと3923カラトラバ~ビックカラトラバ570の35㎜が一番綺麗に見える(、、実に美しい!!)。

37㎜のカラトラバはカラトラバというよりもヒラメだ。

コンプリケーションも大きければ良いというものではない。


現代社会のミドルクラスは自分が体を使って実際に足で稼ぐ時代から、デスクワークな日常がほとんどを占める

ようになった。

つまり、ライフスタイルにアクティブさが低下したと考えていい。

したがって、大振りな腕時計は必要なくなったのだ。


フェミニンな腕時計はいらないが、35~40㎜のケース径の中でリリースしたほうが、腕時計として今やスタイリ

ッシュと言える。

つまり、デカウオッチは現代人が非日常を仮想演出(顔面蒼白なサラリーマンがシュワルツネガーや兵隊に

なった感じにさせたり、、)させるために、その時計がオーバースペックであるが故に可能とさせてきた。

しかし、今や、そのデカウオッチが傍からすれば、ミットモナイ、、のである。

日本人には根本的には似合わないのであろう。




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