豆の育種のマメな話

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恵庭の碑-4,開拓を支えた家畜を供養する 「馬頭観音」「獣魂碑」

2014-12-08 13:15:57 | 恵庭散歩<記念碑・野外彫像・神社仏閣・歴史>

府県の古道を辿れば「道祖神」や「地蔵尊」が彼方此方に見られるが,歴史の浅い北海道では殆ど見掛けない。そのような中で,いわゆる「馬頭観音」「獣魂碑」は相対的に多いと言えようか。恵庭郷土資料館がリストアップしたものだけで,この種の石碑が市内に11ヶ所ある(参照:恵庭市郷土資料館)。

因みに,馬頭観音は「観世音菩薩」(「如来」と共に仏教信仰の対象となる)の中の一つで,宝冠に馬頭をいただき憤怒の相をし,魔を馬のような勢いで打ち伏せ,慈悲の最も強い菩薩として尊崇されていたものである。江戸時代に入ると,馬頭観音は馬の供養と結び付いて信仰されるようになり,従来の石像から「馬頭観世音菩薩」の文字だけを彫ったものに変化した。恵庭にある「文字だけの馬頭観音碑」も,愛馬への供養として祀られたものと考えてよいだろう。

この恵庭に馬頭観音碑が多くみられるのは,明治以降の開拓時代に馬が交通や荷役の主役であり,農耕馬として家族同様に大切な役割を果たし,また大戦では軍馬として活躍した(軍の演習場,公共育成牧場があった)背景があるのだろう。

1. 馬頭観世音菩薩(明治18年9月建立,恵庭市島松沢)

2. 馬頭観世音菩薩(建立年不明,恵庭市西島松「恵庭墓苑」東角)

3. 馬頭観世音菩薩(昭和7年9月1日建立,恵庭市下島松)

4. 馬頭観世音(建立年不明,昭和23年12月移転,恵庭市恵南)

5. 獣魂碑(昭和24年10月建立,恵庭市盤尻)

6. 馬頭観音菩薩(建立年不明,恵庭市文京町弘隆寺境内)

7. 牛頭大王(建立年不明,昭和38年11月17日移転,恵庭市恵南)

8. 獣魂碑(昭和38年10月建立,恵庭市西島松)

9. 乳牛感謝の碑(昭和39年10月11日建立,恵庭市駒場「恵庭公園」内)

10. 家畜慰霊供養塔(昭和50年5月10日建立,恵庭市西島松)

11. 鳥獣供養の碑(昭和61年7月建立,恵庭市盤尻「市営牧場」内)

 

1.馬頭観世音菩薩(明治18年9月建立,恵庭市島松沢)

国道36号線から島松沢に下った左手に,「山神」や「地蔵尊」等と並んで祀られている(写真は2013.10.19撮影)。馬頭観世音菩薩の文字の下に「中山氏」と彫られている。この地は中山久蔵が初めて水稲栽培に成功した場所であり,島松駅逓が置かれ,函館と札幌を結ぶ馬車街道でもあった。この街道の急斜面で命を落とす馬も多かったことだろう。中山久蔵が第四代目の駅逓取扱人になったのは明治17年,この碑は明治18年に建立されている。

2.馬頭観世音菩薩(建立年不明,恵庭市西島松「恵庭墓苑」東角)

恵庭墓苑の東角に「馬頭観世音菩薩」が祀られているが,目に付く場所ではない(写真は2014.11.11撮影)。お参りする人がいるのだろう,供物が供えられている。建立年は不明。

3.馬頭観世音菩薩(昭和7年9月1日建立,恵庭市下島松)

恵庭市下島松,道道46号江別恵庭線の西島松から,ホクレン恵庭研究農場と道央農業振興公社の間の道路を直進し,突き当りを右折して,島松川が流れる沢に下る途中にある。「廣和魂」碑のかたわらに,「馬頭観世音菩薩」(昭和七年二百十日,大山口源平)が祀られている(写真は2014.11.12撮影)。開拓の苦労を分かち合った馬の供養が行われたのだろう。

4.馬頭観世音(建立年不明,昭和23年12月移転,恵庭市恵南)

恵庭唯一の「観音像を刻んだ馬頭観音」である(写真は2013.10.19撮影)。顔が三つ,憤怒の相,手の数は十本であろうか。「三面十臂」の馬頭観世音菩薩である。場所は恵庭市恵南,寺田牧場みるくのアトリエ南側に隣接して「開拓之碑」と並んで建っている。桜森開拓営団が立ち退きを余儀なくされ,この地に移住した際に移転したと言われている。演習場にあったことから推察するに,軍馬の弔いのために建立されたものだろうか。

    

5. 獣魂碑(昭和24年10月建立,恵庭市盤尻)

盤尻地区道道恵庭岳公園線を進み,恵庭カントリークラブ入口を過ぎてすぐ,左側の石狩東部広域水道企業団漁川浄水場へ向かう坂道を上った所(民有地)に祀られていると伺ったが,なかなか訪れる機会がなかった。

平成二十八年十月八日、懸案だったこの場所を訪ねた。探しても所在が分からなかったので、小豆の収穫準備をしていた方に尋ねると、その方は永峯さんで、「獣魂碑は先代が建立したものだが、牧畜業を止めて畑作専業になったこともあり、昨年(平成二十七年)解体した。畜産を再開したら建立を考える」とのことであった。役目を終えたということだろう。

6. 馬頭観音菩薩(建立年不明,恵庭市文京町「弘隆寺」境内)

「馬頭観音菩薩」と刻まれた古い碑が祀られている(写真は2014.12.5撮影)。裏には「昭和十●・・」の文字が微かに読み取れるが,建立年は不明。両側に「勢至菩薩」「普賢菩薩」が置かれている。奥には八十八か所地蔵が並んでいる。また,近くには平成十年十一月に建立された「愛玩動物畜生道解脱」の墓石があり,近ごろのペットブーム時勢を偲ばせる。

   

7. 牛頭大王(建立年不明,昭和38年11月17日移転,恵庭市恵南)

「牛頭天王」は疫病を司る神として信仰の対象とされていたが,後に「馬頭観音」との対比から「牛の神」として信仰されるようになったとされる。この「牛頭大王碑」も恵庭市豊栄(恵南の旧称)地区で乳牛の飼育100頭を上回った記念に建立されたと言われ,乳牛の供養のために建立されたのだろう(写真は2013.10.19撮影)。

8. 獣魂碑(昭和38年10月建立,恵庭市西島松)

恵庭市西島松,南21号と西8線がと交差する角の林の中,南8線に面して建っている(写真は2014.12.4撮影)。JA道央の低温倉庫,青果物出荷場の近くである。碑表には,日本酪農の父と呼ばれる黒澤酉蔵の筆になる「獣魂碑」の文字が大書されている。黒澤酉蔵は,茨城県常陸太田市出身の実業家,教育者,環境運動家。元衆議院議員。北海道製酪販売組合連合会(雪印メグミルク),北海道酪農義塾(酪農学園大学)の設立者。「健土建民(酪農は資源循環型農業の最たるもの)」「三愛精神(人を愛し,神を愛し,土を愛す)」が氏の教えであった。

基石には,「島松酪農組合,島松酪農青年研究会,昭和38年10月建立」の文字が刻まれている。なお,石工は中川貞男とある。

 

9. 乳牛感謝の碑(昭和39年10月11日建立,恵庭市駒場「恵庭公園」内)

恵庭公園の森深く,ユカンボシ川の源流地を見下ろす高台に「乳牛感謝の碑」がある(写真は2013.10.19,2014.12.5撮影)。碑表の題字は,北海道知事町村金吾の揮毫による。碑文には,「恵庭町の開拓は明治十九年に始まり,明治二十六年曠野に号線の区画が測定されるに及び,次第に開発は促進されたるも恵庭岳山麓地帯は高層火山礫地にして地味痩薄,農法亦旧来の陋習を脱せず,為に耕地荒廃して窮乏日を逐ふて迫る。茲に於いて昭和の初頭より先人相次いで北欧丁抹の農法を究め,乳牛を導入して酪農を企画す。昭和八年有志相謀り,酪農振興会を設立して斯業の発展を期せり。爾来幾多苦難の道を越へて酪農による楽土の建設に専心すること三十余年,今や乳牛の数も一千数百頭を算へ,農法又大いに改まりて往年の痩土は豊穣の沃土と化し生産頓に昂る。是まさに天地の理法に叶ふ農法にして且つ乳牛の恩択と謂ふべく,酪農振興会設立三十周年を記念し,茲に碑を建立し育ちゆく酪農を讃え,物言はぬ友,乳牛に感謝の意を表す。昭和三十九年十月十一日,恵庭酪農振興会,会長福屋茂見,撰文」(一部新字体に変更した)とある。碑背面には,酪農功労者故斎藤武彦ら10名,建設世話人福屋茂見ら14名の氏名が刻まれている。

この公園は,明治9年(1876)に官設漁村放牧場が設置され,後に北海道畜産試験場恵庭放牧場として活用されていた場所である。乳牛飼育頭数が恵庭町全体で千数百頭を超えたこの年,恵庭酪農振興会設立三十周年を記念して恵庭酪農振興会が建立したものである。因みに,平成24年の恵庭市の乳牛頭数は二千百頭余り(酪農家数21戸),厳しい経済環境のなか都市近郊型酪農経営を目指して努力が続けられている。

 

10. 家畜慰霊供養塔(昭和50年5月10日建立,恵庭市西島松)

恵庭市西島松,南21号と西8線が交差する角の林の中に「獣魂碑」と並んで祀られている(写真は2014.12.4撮影)。碑表には「家畜慰霊供養塔」,裏面には「昭和50年5月10日建立,恵庭市農協建之」と刻まれ,家畜の供養のために建立されたことが分かる。

11. 鳥獣供養の碑(昭和61年7月建立,恵庭市盤尻「市営牧場」内)

昭和61年7月,恵庭猟友親睦会有志一同によって,恵庭市盤尻「市営牧場」内に鳥獣供養のために建立された供養碑である。市営牧場に向かって進み、道路の右側、市営牧場内の林に囲まれて建っている。白御影に「鳥獣供養之碑」と刻まれた碑は、恵庭市加藤石材店石工による。

 

 

◆崇拝対象となる仏像について

ここで,仏教の崇拝対象となる仏像について整理しておこう(長い歴史があり,日本への布教過程,協議や宗派により複雑であるが,単純化する)。

仏像は,如来,菩薩,明王,天の4つに大別される。

如来:悟りをひらいた仏様(阿弥陀如来,大日如来,薬師如来,釈迦如来)

菩薩:如来になるための修行中の仏様(観世音菩薩,弥勒菩薩,普賢菩薩,文殊菩薩,地蔵菩薩など)。

明王:如来が化身した姿で,悪人を従わせるため憤怒の形相をしている(不動明王,愛染明王ほか)

:地獄道,餓鬼道,畜生道,修羅道,人道,天道という六道の天にいる仏様(七福神の弁財天ほか)。

なお,観世音菩薩は母性の慈愛で人々を救い,弥勒菩薩は未来で人々を救い,普賢菩薩は女性に篤く,文殊菩薩は知恵を司り,地蔵菩薩は子供を救い道端にあって庶民に身近な信仰対象となっている。また,観音菩薩の変化身として,六観音(聖観音,十一面観音,千手観音,馬頭観音,如意輪観音,准胝観音)があり,六種の観音が六道に迷う衆生を救済すると教える。即ち,聖観音―地獄道,千手観音―餓鬼道,馬頭観音―畜生道,十一面観音―修羅道,准胝観音―人道という組合せで対応しているのだという。

コメント (3)
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