豆の育種のマメな話

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北海道における大豆生産の挑戦(1)冷害は克服されたか?

2011-09-08 08:29:48 | 北海道の豆<豆の育種のマメな話>

冷害は克服されたか

寒地北海道はしばしば冷涼な気象に見舞われることから,耐冷性の強化が重要な課題であった。高品質な商品を安定的に供給するとの視点からみても,冷害は第1の障壁である。冷害年には,生産量が減少し農家経済への影響が大きいのみならず,商品としての品質劣化を起こし問題となる。

冷害は4年に1度やってくる

統計資料から収量が平年収量の85%以下となった年次を冷害年として拾ってみると110年中27年あり,その比率は25%,まさに4年に1回の頻度で冷害を受けていることになる。主産地が道東へ移行してからの昭和初~中期には冷害が頻発し,192635年は全道平均収量が86kg193645年には93kgと低収を示している。また,第二次世界大戦後も1954566466年など著しい被害を受け,最近では199320032009年の冷害が記憶に新しい。また,近年の事例では異常気象と呼ばれるように,気象の変動幅が大きく,局地的な豪雨もしばしば発生している。

耐冷性品種と栽培技術で冷害に勝つ

品種改良の面では,冷害頻発を契機として「大谷地2号」の普及が進み,戦後は耐冷性品種「北見白」「キタムスメ」の開発および普及など冷害の発生を契機として耐冷性は向上してきた。また,大豆の冷害研究は,1964年の大冷害を契機に本格的にスタートし,北海道農業試験場および道立十勝農業試験場(指定試験地)に低温実験室が整備され,低温生理研究と低温抵抗性品種の選抜検定が開始された。

大豆の冷害のタイプは,生育不良型,障害型,遅延型に分類され,被害は低温に遭遇する時期によって異なるが,実際には複合して起こることが多い。冷涼地に設置した現地選抜圃での選抜も合わせて行い,これまで渇毛の「キタムスメ」(1968),「キタホマレ」(1980),白毛の「トヨホマレ」(1986),「ユキホマレ」(2004)など耐冷性強の品種が育成され,安定生産に貢献している。しかし,1993年の冷害は100年に1度の異常気象と形容されるが,現在の品種の抵抗性ではまだ不十分であり,更に抵抗性の向上が重要である。

この間,低温年における初期生育の重要性が認識され燐酸施用による初期生育向上技術,低温寡照年に発生の多い豆類菌核病の防除技術の確立など,栽培面からの冷害回避技術の普及も冷害回避に大きな効果をあげている。

多収の可能性,平均収量が300kgを超えた

全道平均収量の推移を導入試作期の187595年の平均収量を100としてみると,戦前まではほぼ同等から低めに推移しているが,第二次世界大戦後は向上しており,198695年は182%,214kgの多収(全国平均162)となった。支庁単位の平均収量記録は,空知,石狩支庁で326kgの値を3年も記録しており,単収300350kgの指針(道産豆類地帯別栽培指針)は妥当なものであろう。多収となった要因には,耐冷多収性(空知石狩では多収品種キタホマレの導入が成功した),耐病多収性(十勝ではトヨムスメの導入が成功した)など品種の開発,豆作率の低下と輪作の確立,栽培技術の改善などが考えられるが,多収穫記録の裏には地域全体での熱心な取り組みのあることを忘れてはならない。

大豆の多収穫記録を示したが,全国豆類改善共励会では624kg1984),十勝増収記録会では536kg1994)の記録が達成されていることを考えると,大豆の収量水準はまだまだ高めることが可能であろう。

しかし,最近の統計をみると,収量水準の伸びが停滞しているように思える。生産環境の問題が多々あろうが,研究者も生産者もこの事実を謙虚にとらえるべきだろう。

白目品種がもたらしたもの

白目大粒で良質の品種が輸入自由化後のわが国大豆生産を支えてきたのは間違いないが,白目品種の普及が冷害の被害を増大したのではないかとの議論がる。秋田大豆は耐冷性であるが,白目大粒の「トヨスズ」は耐冷性が弱く着莢障害をおこし,しばしば品質劣化を起こした。「トヨスズ」は開花期間が短く一斉に開花するので,開花時の低温を回避出来ないとの指摘もあった。確かに耐冷性検定試験の中で,渇目品種が概して耐冷性が強く(勿論全部ではない),白目品種は開花後の低温で臍およびその周辺に褐色の着色を生じ,品質を大きく阻害することが頻繁に発生した。また,開花期間の長い小豆は無限伸育の特性をうまく活かし冷害を回避したことがあるのも事実である。

このような議論を背景に,白目大豆に耐冷性を付与すること,また着色被害の発生しない品種を早期に開発することが,緊急かつ大きな命題となった。その後,十勝農業試験場は「トヨスズ」の早生化,耐冷性向上を目指し,成果を上げている。「トヨムスメ」は熟期が早まり良質多収で黒根病や茎疫病にも抵抗性が付与され,リーデイングバラエテイの地位を占め,「トヨコマチ」「ユキホマレ」は着色被害の少ない早生種として普及が進んだ。また,「トヨホマレ」は渇目の耐冷性品種「キタホマレ」から耐冷性遺伝子を引き継いだ初の白目品種であり,着色被害も少ない。毛茸色を支配する遺伝子あるいはこれに強く連鎖した遺伝子が耐冷性に関係するとの報告(高橋1996)があるが,「トヨホマレ」「ユキホマレ」はこの困難を一歩踏み越えることに成功した事例であり,さらに今後の品種開発の進展が期待される。

参照:土屋武彦1998「北海道における大豆生産の現状と展望」豆類時報 10,9-21に加筆

写真 豆類研究者OBたち(20119月十勝農試)

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