読書日和

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「DIVE!! 下」森絵都

2014-10-26 23:59:59 | 小説
今回ご紹介するのは「DIVE!! 下」(著:森絵都)です。

-----内容-----
密室で決定されたオリンピック代表選考に納得のいかない要一は、せっかくの内定を蹴って、正々堂々と知季と飛沫に戦いを挑む。
親友が一番のライバル。
複雑な思いを胸に抱き、ついに迎える最終選考。
鮮やかな個性がぶつかりあう中、思いもかけない事件が発生する。
デッドヒートが繰り広げられる決戦の行方は?!
友情、信頼、そして勇気。
大切なものがすべてつまった青春文学の金字塔、ここに完結!
解説・佐藤多佳子。

-----感想-----
※「DIVE!! 上」のレビューをご覧になる方はこちらをどうぞ。

上巻の解説、「バッテリー」のあさのあつこさんに続き、下巻の解説は「一瞬の風になれ」の佐藤多佳子さん。
この「DIVE!!」と並ぶ三大青春スポーツ小説の残る二人が解説を務めているのは粋な演出だと思います

下巻ではまず「三部 SSスペシャル'99」の話が展開されていきます。
この第三部は主に要一の視点によって語られています。

冒頭、要一がシドニーオリンピック代表に選出されたところから物語が始まります。
選ばれたのは寺本健一郎と富士谷要一の二名。
三人目については選出されずこの二名だけとなり、知季と飛沫(しぶき)は選ばれませんでした。
本来は来年の4月か5月の選考会で決まるはずだった代表がなぜこんなに早く内定したのか、そこには複雑な裏事情がありました。

だれもがいつかは負ける。敗者の気持ちは敗者になればわかる。それまではあくまで勝者の思考で突き進まなければならない。
疾走しつづける自分の迷いなき背中のみが敗者への餞だ。


要一のこの姿勢は凄いなと思いました。
特に自分の背中のみが敗者への餞というのは負けた人の思いも受け止めながら堂々と前に進んでいくということで、知季と飛沫のことを考えつつも、要一はしっかりと前を向いていました。
しかし、この代表内定には日水連(日本水泳連盟)の思惑による複雑な裏事情があり、それが段々と要一を苦しめていくことになります。

9月1日、要一と父の敬介(富士谷コーチ)はミズキダイビングクラブ(MDC)を直営している大手スポーツメーカーのミズキの本社に行くことになりました。
敬介が五輪内定の件を報告したところ、ミズキの社長がぜひ要一に会いたいとのことでした。
この社長がかなり現金な人で、要一は不信感をあらわにしていました。

そもそも要一は「いや」や「いやいや」を連発する人間を信用していない。飛込みの関係者やマスコミの人間にもときどきいるけれど、この手のタイプにかぎって成績の悪い選手には態度がぞんざいで、スポットライトを浴びている者にだけ愛想よくすりよっていく。彼らには必ず目的がある。

これはすごくよく分かりました。
もともとミズキダイビングクラブ(MDC)を閉鎖させようとしていた人が要一がオリンピック代表に内定した途端すり寄って来るのを目の当たりにしたら不信感も沸くと思います。
ちなみに私は「俺は言った」だとか「本音を話せ」だとかをすぐに言い出すような人のことを信用していません。
みんな何かしら不信感を抱くキーワードがあるかと思います。

一体、日水連はどんな方針の転換をしたのか?
なぜこんなにも早く代表を決めたのか?


自分のオリンピック出場が現実のものになったのに、自分とは無関係の場所で何かが動きだしていることに、要一の疑問は募っていきました。
そしてミズキスポーツクラブにて、要一の父であり富士谷コーチでもある敬介によって、オリンピック内定の経緯が説明されます。
通常、オリンピックイヤーの春に開かれる代表選考会がなぜ今回に限って行われず、こんなにも早く会議で決まったのかについてです。

飛込みはシンクロナイズドスイミングと同様、試合のはじまる前からある程度、結果が決まっている。事前にどれだけ選手の名前を売っておけるか、その実力をジャッジにアピールできるかが勝負の鍵をにぎる。ぽっと出の新人が突然オリンピックへ現れても、ジャッジは決して高得点を与えない。たとえその新人がどんなにぬきんでた演技を見せても、だ。
つまり、オリンピックで良い成績をあげるには、それ以前に名の通った国際大会で活躍しておく必要があるのである。


飛込みのような採点競技の勝負は本番の前から始まっていて、それは飛込み競技の常識であり宿命でもあるとのことです。
日水連の前原(まえばら)会長はメダルの獲得に並々ならぬ意欲を燃やしている人で、日水連が今回、例年よりも早期に代表を選出したのは上記のような理由のためです。
来年は1月にニュージーランドでFINA(国際水泳連盟)のワールドカップが、5月にはフロリダでFINAのワールドシリーズが開かれます。
日水連はこの二試合に五輪代表を送り込むことにしていて、そのためには年内に代表を選出しておく必要があったというわけです。
しかも日水連は寺本健一郎のほうに期待していて、要一は寺本が一人でプレッシャーを感じずに済むための人員、万が一寺本が本番でコケたときの安全パイとして考えられています。

「おれは安全パイですか。寺本さんをリラックスさせるための付き人みたいなもんですか」

さすがの要一も愕然としていました。
要一がオリンピック代表になったことでミズキの社長がMDCの運営を今後も続けることを約束してくれましたが、要一はこの代表選出のやり方には納得していませんでした。

そして要一が練習を休むというまさかの事態が起きます。
しかも一日ではなく何日も続いてしまいます。
そんな要一を飛沫が励まします。

「でも、これだけは言っとくぜ。おれはあんたや坂井ともう一度飛ぶためにもどってきたんだ。あんたらとまた戦えるなら、舞台はシドニーでも辰巳でもこの学校のプールでも構わない。でも、あんたがいなきゃ何もはじまらないんだ」

実はこれ、上巻で要一が飛沫に言ったのと似た台詞です。
その時要一は以下のように言っていました。

「でもひとつだけ言っときたい。おれはまたおまえと一緒に飛びたいぜ。この前の試合、あんなに楽しかったのは初めてだし、あんなにくやしかったのも初めてだった。またやりたいよ」

立場が変わり、今度は要一が励まされることになりました。

10月になり、要一はかつてない絶不調に見舞われます。
完全にスランプに陥っていました。
常に自信満々で堂々としている要一がこんな局面を迎えるのは意外でした。
窮地に立たされた要一は自分の現状を夏陽子に相談します。
夏陽子は要一のスランプは誰の目から見ても精神的なもので、MDC存続のために悶々とした気持ちのまま自分を殺すより、やりたいようにやったほうが良いのではとアドバイスしていました。
印象的だったのは以下の言葉です。

「なぜなら、あなたには才能があるからよ。坂井くんや沖津くんにも劣らないすばらしい才能が……。私はそれをこんなところでつぶしてほしくない。見届けたいのよ、あなたがどこまで伸びていくのか。その先に何があるのかその目で見てきてほしいの」

やがて、まだ誰も公式戦で成功させたことのない大技「四回半(前飛込み前宙返り四回半抱え型)」の特訓をする知季と話していた時、ついに要一の闘争心が復活します。

ライバルの持つ何かを「良い」と認めた直後に突きあげてくる闘争心。
負けたくない。
負けられない。
一番はあくまでもこのおれだ。


要一は日水連の前原会長と会います。
そこでオリンピックの内定を白紙に戻すように直訴しました。
きちんとオリンピック代表選考会を行い、みんなで戦って、勝った者が代表権を手に入れシドニーに行くようにしてほしいと頼んでいました。

前原会長の話で日本の飛込み人口は600人しかいないとあって驚きました。
そんなに少ない人数で世界と戦うのは本当に大変だと思います。

11月28日、神奈川県北部の相模原台地上にある「さがみはらグリーンプール」で、日中親善試合の男子高飛込みの決勝が行われました。
この試合で600点以上を獲得した日本人選手上位二名にオリンピック出場権が与えられます。
寺本健一郎は600点越えが確実なのですが、もう一人は誰も600点を越えない可能性が高く、その場合は残りの一枠を掛けてシドニー五輪代表選考会を行うと前原会長は約束してくれました。
もともとこの試合は寺本健一郎と富士谷要一のオリンピック代表内定を発表するための大会だったのですが、どうしても内定の経緯に納得のいかなかった要一はこの試合を欠場することにしました。

この試合、知季が猛烈な奮戦を見せ、要一も驚いていました。
もしかしたら600点を越えてオリンピック代表の座を掴んでしまうかも知れない…と焦ったくらいです。
最後に四回半を飛ぼうとして失敗し、惜しくも600点には届きませんでしたが、知季は「来月の選考会では四回半、きっと成功させてみせる」「だれよりもたくさん回転して、今度こそ600点以上とって……それで、シドニーへ行くよ」と決意を新たにしていました。
それを聞いて要一と飛沫が待ったをかけます。

「シドニーへは行かせない」
と、要一は言った。
「おれが阻止する」
「おれたちが、だ」
と、横から飛沫が訂正した。
見つめあう三人の顔に愉快げな笑いがはじけた。


要一は選考会に向けて、「前逆宙返り二回半蝦型」、名付けて『SSスペシャル'99』を習得することを決意。
SSスペシャルとは「偉大なる蝦型――スーパー・シュリンプ・スペシャル」とのことです。
夏陽子に頼み、特訓に付き合ってもらうことになりました。
そしてついに、600点以上という厳しい条件つきで優勝を争う最終決戦へと向かっていきます。


「四部 コンクリート・ドラゴン」では色々な人物の視点から最後の選考会の戦いが描かれています。
選考会は大阪の「なみはやドーム」で行われます。
その前日、夏陽子が選考会が終わったらアメリカに帰ってしまうかも知れないというショッキングな情報が入ってきます。

選考会では要一が体調不良というまさかの事態になります。
知季と飛沫は絶好調で高得点を次々と出していました。
下巻の後半は最終決戦の選考会がずっと続き、12人のダイブが一巡するごとにその時点での順位が書かれています。
高熱でフラフラの要一が普段では考えられないような下位に沈んでしまっていてハラハラドキドキでした。

また、上巻では知季に嫉妬し、一度は決別したこともあるレイジが、この選考会で自分の気持ちに答えを出していました。
知季のゴールと、自分のゴールはちがう。だから行く道もちがう。進むペースもちがう。
ちがっていいのだ、と。

ようやく知季と自分の違いを受け入れることができて、レイジは精神的に成長したのではないかと思います。

この選考会、飛沫は一番最後に飛ぶ「スワンダイブ」で勝負をかけます。
要一は「SSスペシャル'99」、知季は「四回半」を最後のダイブに持ってきていました。

試合が進んでいく中で、一人ずつ心境が吐露されています。
幸也やレイジ、要一の父の敬介など、主人公の三人以外の心境の吐露もあって登場人物それぞれがどんなことを考え、どんなことに悩んできたのかがよく分かりました。

せっかくのオリンピック内定を返上した要一が抱えているプレッシャーの描写もありました。
もしも明日、MDCの中から600点以上で優勝する者が現れなかったら―。
MDCは事実上の空中分解を余儀なくされ、クラブの皆は行き場をなくす。


全部で10回ダイブするうちの、第八巡目が終わった頃。
高熱でフラフラの要一がまだ勝負を諦めていないことがビリビリ伝わってきて、読んでいてワクワクしました。
果たして奇跡の大逆転はあるのか、興味深かったです。

最後、「ファイナルステージ・要一」「ファイナルステージ・飛沫」「ファイナルステージ・知季」と、三人それぞれの最後のダイブの様子が描かれています。
正真正銘、これが最後。
シドニーオリンピック代表の座を手にするのは「SSスペシャル'99」の要一か、「スワンダイブ」の飛沫か、「四回半」の知季か、最後までドキドキする展開でした。

知季が飛ぶ時、みんなの声が脳裏によみがえっていました。
いつかの夏陽子の声だった。
「頂点をめざしなさい。あなたはそれができる子よ。うんと高いところまで上りつめていくのよ。そこにはあなたにしか見ることのできない風景があるわ」
飛沫の声もした。
「麻木夏陽子は言ったよ。だってあの子はダイヤモンドの瞳をもっているのよ、ってな」
要一の声もした。
「不可能だなんて思うなよ。はじめるまえからあきらめるのはやめろ。可能性はだれにでもある。おれにも、おまえにも、な」
未羽の声もした。
「未羽たちには越えられないもの、トモくんだったらきっと越えられるよ。未羽たちもそんなトモくんを見て、何かを越えた気分になるんだと思う」


読んで良かったと思う、素晴らしい青春小説でした。
知季、飛沫、要一の三人それぞれの輝かしい未来に期待が持てるような終わり方で、清々しい気分で読み終わることができました


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